九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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狐は夢みて現にまどう

 火曜日ゆえに今日も仕事だったのだが、午前中は頭が回らぬまま過ぎていった。いや違う。正午を過ぎて昼休憩に入ってからも、何となく思考がまとまらず、ぼんやりとしていた。

 それでも空腹を覚えたし、それゆえに売店で昼食を買わねばと思う事が出来た。本能的とも理性的ともつかぬ考えであるが、源吾郎はその考えに従って動いた。寝起きの状態が状態だけに、弁当を作る余裕すらなかったのだ。

 

「あ、島崎先輩。お昼ですけど弁当は持ってきてないんですかね。珍しい事もあるんすねぇ……」

 

 斜め後ろで雪羽の声が聞こえた気がした。だが源吾郎はそれを一顧だにせず、そのまま立ち去った。実の所もやもやとした考えは未だに憑きまとっており、どうすればそれを振り払えるか考えるのがやっとだった。歩いたり昼食を食べたりしている間にもやもやを忘れられれば僥倖だ、と思っていたのである。

 

 売店での買い物自体は上首尾に終わった。源吾郎はしかし、レジ袋に収まった唐揚げ弁当とサラダなどを一瞥し、静かにため息をついた。

 売店にてレジを担当していたしていた女性と言葉を交わす機会があったのだが、そのやり取りで源吾郎はより一層疲れてしまったのだ。

 源吾郎とて母と姉がいる身であるから、「おばさん」と呼ばれる年齢――これは実年齢のみならず、精神年齢も含まれる――に差し掛かったご婦人がある種の馴れ馴れしさを持ち合わせている事は知っていた。だがそれでも、実際にそうした言動に触れてみるとしんどさを感じてしまうのだ。

 それもこれも、もやもやとした気持ちを抱えて神経質になっているだけなのかもしれない。ご婦人には単に「島崎君が売店でお昼を買うなんて珍しいわねぇ」と言われた程度に過ぎないのだから。自分でも、そんな事で神経をすり減らしてしまった事に半ば呆れてすらいたほどだ。

 しかもおまけとしてちょっとした菓子パン(もちろん妖怪用。そもそもご婦人自体が化け狸だ)まで貰ったのだから、尚更おさまりが悪かった。

 ああだこうだと考えていても致し方ないから、その辺で食事を済ませよう。そう思って手ごろな座席を探すべく、源吾郎は周囲に視線を走らせる。

 そしてそこで、自分をじっと見つめる存在に気付いたのだ。

 

「どうしたんですか、島崎先輩」

 

 その人影はもちろん雪羽だった。萩尾丸に作ってもらったであろう弁当の包みを右手に提げ、拗ねたような怒ったような表情で源吾郎を見つめている。

 雪羽の姿に一瞬ぎょっとした。しかし彼が源吾郎の許にくっつくのはさしておかしな話でもない。そう思うと落ち着きを取り戻せた。本当に落ち着いた気持ちなのかどうかは別問題であるが。

 

「お、どうしたんだ雷園寺」

「先輩ってば酷いじゃないっすか。買い物に行くならまだしも、俺が話しかけても知らんぷりするなんて」

「ああ、すまんな雷園寺君。それは俺が悪かった」

 

 頬を膨らませつつ告げる雪羽に対し、源吾郎は笑いながらも謝罪した。酷いなどと言いつつも、雪羽が本気で怒っている訳ではない事に気付いたためだ。

 現に雪羽も、謝罪を受けると「解れば良いんだよ、解ればさ」などと言って鷹揚に笑っているではないか。

 改めて二人で空いているテーブルを探し、そこに腰を下ろす。雪羽はそこで風呂敷包みを開いていた。やはり源吾郎を探して一緒に食べる心づもりだったらしい。昼食は雪羽と一緒に食べるなどと言うルールを誰かに課せられている訳ではない。だがそれでも、大体二人でつるむ事が多かった。

 

「いやさ、俺もちょっと考え事をしていてな。それで朝からずっとぼんやりしてしまったんだよ」

 

 考え事の為にぼんやりしてしまった。内心おどおどしながら、源吾郎は不愛想になってしまった理由について雪羽に語った。おどおどしていたのは、考え事の内容について言及されないかと思っていたためだ。

 這い寄る混沌に接触し、全ては八頭怪の思惑通りだと告げられた夢。その夢こそが、源吾郎の脳内のもやもやの元凶だった。もちろん、そんな事は雪羽に伝える事などもってのほかだ。

 しかし雪羽に考え事とは何かと問われれば、今の源吾郎ではうっかり吐露してしまうだろう。

 だからこそ、雪羽には深く追求しないでくれと思っていたのだ。

 

「考え事、かぁ」

 

 当の雪羽はというと、源吾郎の言葉を反芻し視線を彷徨わせていた。彼の翠の瞳には、何処か納得したような色が浮かんでいるように見えた。

 

「そりゃあ先輩も考え事とかなさるでしょうね。昨夜だって、食屍鬼《グール》たちとの面談に駆り出されてましたもんね」

 

 どうやら雪羽は、昨日食屍鬼たちとの面談を行ったから、それで源吾郎は疲れて物思いに耽っているのだと思い込んでいるらしかった。源吾郎もまた、それを敢えて否定しなかった。雪羽がそう思っているのならそれでいいと思ったのだ。それにあれこれ考えているうちに、その通りであるようにも思えたのだ。

 

「まぁ、主に向こうと話し合ったのは萩尾丸先輩や化けネズミの桶彦さんで、俺は付き添いみたいな形だったから、言うほど責任重大って訳でも無かったんだけどね。

 でもさ、食屍鬼連中の臭いには難儀したぜ。なんせ暮らしている所や食べている物がアレだからな。俺も家に帰ってから、二回は風呂に入ったものさ」

 

 そこまで言うと、源吾郎はハッとして真顔になった。

 

「雷園寺君。もしかして昨夜の俺って臭かった?」

「いやまぁ落ち着いてくださいよ、島崎先輩」

 

 半ば身を乗り出しつつ問いかける源吾郎に対し、雪羽は肩をすくめて微苦笑を浮かべる。

 

「今だって別に臭わないですし、そもそも昨夜は定時で帰ったから、食屍鬼と面談した直後の先輩とは顔を合わせていないんすよ」

「ああ、そうか。そうだったよな……」

 

 やっぱり俺はぼうっとしていたみたいだな。苦笑いを浮かべる雪羽に対して源吾郎は言い放ち、そこからしばし二人で笑い合っていた。

 

 雪羽と笑い合ったためであろうか。源吾郎の心中にわだかまっていたもやもやした気持ちも、幾分薄らいでいた。食屍鬼の話はほどほどに、昼食を囲む源吾郎と雪羽の話題は、日常の世間話へとシフトしていった。

 

「八頭怪との全面戦争があってからしばらくは色々とごたごたしていたけれど、今週に入ったくらいから落ち着いたなって思うようになったぜ。少し前まであった白川先輩のヘルプも、ここ何日かは無いみたいだし」

「その代わり、白川先輩のボスである萩尾丸先輩が、忙しくなって本部に向かう事が増えているみたいだけどね」

 

 萩尾丸が研究センターに不在である。その部分を口にした源吾郎は、思わずため息をついていた。這い寄る混沌云々については、萩尾丸に相談したいと思っていたためだ。源吾郎の這い寄る混沌との関係のみならず、夢見の才についても萩尾丸は知っている。であれば、そうした話の相談を萩尾丸に行うのが一番であると源吾郎は考えていたのだ。

 しかし実際には、萩尾丸は丸一日研究センターを空けている。自分の部下たちの面倒を直接見たり、本部にて打ち合わせを行うためである。その話は打ち合わせでも行われていたはずだったのだが、源吾郎はその事をすっかり忘れていた。

 だからこそ、伝えたい事が伝えられないというもやもやした感覚も、源吾郎は抱く羽目になったのだ。

 

「まぁあの妖《ひと》もお忙しいからさ。研究センターの事ばっかりに関わっている暇も無いんだろうね」

 

 雪羽は事もなげに告げ、卵焼きをおのれの口に運ぶ。やけにあっさりした物言いなのは、源吾郎よりも職歴が長いからなのか、はたまた別の理由があるのか。その辺りは定かではない。

 

「でもさ先輩。萩尾丸さんが研究センターを空けてても、そんなに不安がる事は無いんじゃないの。このところ、青松丸さんやサカイさんだってやる気を出して仕事をなさっているんだからさぁ……」

「言われてみれば」

 

 青松丸とサカイ先輩がやる気を出して仕事をしている。雪羽の言葉は真実だった。もちろん、今までは二人がやる気を出さずに惰性で仕事をしていたという訳ではない。それまでだって仕事をきちんとこなしていたのだが、現在では二人ともより精力的に振舞っているように源吾郎には感じられた。

 彼らが精力的に仕事に取り組むようになった事もまた、先の全面戦争が関与していると源吾郎は思っていた。というよりも、青松丸もサカイ先輩も全面戦争の折にそれぞれの持ち場で大活躍したのだという。

 特に青松丸は、裏切り者である紫苑と相対し、殺し合い同然の闘いを繰り広げたのだという。もっとも、その話は気持ちのいい話ではないらしく、青松丸も多くは語ろうとしないのだが。結局のところ紫苑も八頭怪と共に封じられたという事だから、討ち取れなかった事を密かに悔やんでいるのかもしれない。

 やはり這い寄る混沌を見た夢の事は、萩尾丸に直接話した方が良いだろうな。そんな事を思いながら、源吾郎はサラダを咀嚼した。

 その時、視界の端で小さな物が素早く動いて横切った気がした。何だろうと目を凝らしてみても、それは既に何処かへと去っていった後だったのだが。

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