九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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天狗と化鳥、目論みたるは面談なり

 翌朝。源吾郎は普段よりも二十分ほど早い時間に目を覚ました。時間は四時四十分を回った所である。夜中か早朝かと問われれば、ギリギリ早朝と呼べそうな時間帯だった。現に窓の外はまだ暗く、朝に強いホップもつぼ巣の中で眠っている。

 そんな時間帯に目を覚ました源吾郎であったが、頭は冴えていて五体にも活力が満ち満ちた状態だった。

 すっきりと源吾郎が目覚める事が出来たのは、二つの理由がある。昨晩はいつもより早めに就寝した事と、夢を見なかった事だ。特に夢を見ず眠る事に専念できたのは大きいであろう。夢を見る、あるいは見た夢を覚えているというのは、良い事でもあり悪い事でもある。楽しい夢ならばまだしも、変な夢や悪夢だった場合は、それこそ目覚めが悪くなるからだ。

 特に源吾郎の場合、眠っている時の夢は単なる脳の情報整理ではない事も往々にしてある。這い寄る混沌と縁深い存在となってしまったがために、夢見の才が発動してしまうからだ。各人の夢路にて繋がっているドリームランドに迷い込んだり、そこに潜む這い寄る混沌に接触してしまったりと、碌な事にならないのだ。

 疲労困憊の朝を迎えた昨日の朝だってそうだ。あの時はまさに這い寄る混沌と接触してしまった。しかも這い寄る混沌は、ニタニタ笑いながら「八頭怪が封じられたのも、他ならぬ八頭怪の思惑通りなのだ」などと言い放ったのである。こんな事を聞かされて、どうして平静を保てると言えるのだろうか。

 

 そしてこの件について、源吾郎も話そうかどうか考えあぐねていた。

 心の奥底では、この件はすぐに紅藤や峰白たちに伝えなければならないと解っていた。しかしその一方で、この件を伝える事に躊躇いの念も抱いている事もまた事実だ。紅藤たちは八頭怪を封じた事で、紆余曲折はあれど安堵している。源吾郎の言葉は、紅藤たちの許に訪れた安寧を打ち砕いてしまうのではないか。そんな懸念がまずあった。

 それ以前に、そもそも這い寄る混沌が語った事が真実なのかどうかも解った物ではないのだ。這い寄る混沌自身が誠実な存在とは言い難い。むしろトリックスターとしての側面を持ち合わせ、それゆえか関わる相手を破滅へと導いたり、その様を楽しんだりするような邪神なのだ。ある意味では八頭怪に相通じる所もあるかもしれない。

 暗黒神話に関する書物を漁ったおかげで、源吾郎も多少は這い寄る混沌については詳しくなった。だからこそ、這い寄る混沌が信用ならない神格であるという考えを抱けるほどになったのだ。

 這い寄る混沌について知れば知るほど、曾祖母のとんでもなさが身に染みて解るようになった気がした。何せ玉藻御前は、そんな這い寄る混沌の化身の一つを喰らい、権能と共におのれの身に取り込んでしまったのだから。そもそも何故曾祖母はそんな事をしでかしたのだろうか。野望の為なのか? 義妹である胡喜媚が道ヲ開ケル者の末裔だからだったのだろうか? それとも――

 途中まで巡らせていた考えを、源吾郎は半ば強引に打ち切った。深く考えた所で、どの道ドツボに嵌ってしまうからだ。ましてや今日は平日であり、仕事もある。仕事が始まるまでにはまだ猶予はあるが、弁当を作ったりホップの面倒を見たりと行うべき事はたくさんある。

 丁度良い塩梅にホップも目を覚ましたようだし、源吾郎も空腹を覚え始めた所だ。朝食を済ませてお弁当を作ってホップの面倒を見る。もちろん、無貌の神を祀る祭壇にもお供え物を用意しないといけないな。

 意図的に自分が行う事を、源吾郎は頭の中でピックアップしていった。そうする事で、心の迷いが消えていくと源吾郎は信じて疑わなかったのだ。

 

 今日は研究センターの職員に対して面談を行う。集まった面々に対して萩尾丸が言い放ったのを聞いて、源吾郎は思わず首をかしげてしまった。萩尾丸のみならず、青松丸までもが面談する側に回っているという話だから、余計に戸惑った感もあった。

 

「別に身構えなくても大丈夫だよ。丁度新しい年度に入った所だし、君たちがどんな気持ちで仕事に臨んでいるのかを確認するだけの話だからね。本来ならば年度末にそうした事を行えば良かったんだろうけれど、年度末はそれどころでも無かったし……」

「ええ。私たちが八頭怪と闘ったのも、丁度三月の晦日でしたものね」

 

 源吾郎の戸惑いを見透かしたかのように、萩尾丸が言い添える。年度末が忙しかった事については紅藤がその理由を口にして、そのためか場が僅かに和んだような気がした。八頭怪と闘ったというのはかなりの大事である。そんな大事を、世間話でもするかのように紅藤が言ったから、場が和んだのだろうなと源吾郎は思っていた。

 そんな事を思っていると、萩尾丸と青松丸の視線が源吾郎に向けられた。

 

「それじゃあ、早速だけど島崎君から話を聞いて行こうと思っているんだ。面談は小会議室でやるから、ね」

「時間は一人十五分、長くても二十分くらいで終わらせる予定なんだ」

 

 萩尾丸と青松丸は口々に言うと、ノートや手帳類を携えたまま歩を進めた。源吾郎も立ち上がって小会議室に向かわねばならない事は解っていた。しかし急な申し出に驚いて、少しぼんやりとしてしまった。いの一番に呼ばれるとは思っていなかったのだ。出席番号順(?)で考えれば二番目であろうし、年功順で行けば最後になるだろうと思っていたのだ。だからありていに言えば、心の準備が出来ていなかったのである。

 

「そんなにビビらなくても良いじゃないっすか、島崎先輩」

 

 そう言って、源吾郎の肩に手を添えたのは雷獣の雪羽だった。キラキラと輝く翠の瞳には、茶目っ気と源吾郎を気遣う優しさとが巧い塩梅に共存していた。

 

「島崎先輩の面談を最初に設けたのは、先輩の職歴が一番浅いからじゃあないかな。確かに研究センターでの一番の新顔は俺だけど、その前は叔父貴の職場に三十年近く入り浸ってたからさ」

 

 瞳と顔に物憂げな色を重ねつつ、雪羽は言葉を続ける。

 

「それに俺は、メンタル面で色々あるって事は萩尾丸さんたちもご存じだもん。ちっちゃい時に叔父貴たちと一緒に暮らすようになったから、そこでストレスがかかってるってさ。いや、叔父貴も月姉も春兄たちも、俺の事は大切にしてくれているんだけど……」

「俺には解るよ。雷園寺が大変だって事はさ」

 

 しまった。言ってから、源吾郎はおのれの言葉の軽薄さに後悔した。雪羽の境遇や複雑な家庭環境については知っている。しかし源吾郎が、円満な家庭で育った源吾郎が、雪羽の思いを真に理解する事などは不可能なのだ。

 雪羽はしかし、怒りもせず呆れもせず、ただ静かに微笑んでいるだけだった。のみならず、緊張しないようにと言って源吾郎を送り出してくれたのである。

 

 さて島崎君。小会議室に入った源吾郎が下座に腰を下ろすなり、萩尾丸は呼びかけてきた。業務に関する面談だと言いつつも、彼の手許には資料らしきものは見当たらない。強いて言うならば、単行本サイズの手帳とボールペンがあるくらいだろうか。

 

「さっきも言ったとおり、面談と言っても仕事についての話を少しヒアリングしようと思っているだけなんだ。だからまぁ、そんなに緊張しなくて構わないよ」

 

 もちろん。萩尾丸は一呼吸置くと、源吾郎を見やりながら言い添える。

 

「僕たちが質問する内容以外であっても、伝えたい事があれば何でも話してくれたまえ。内容によっては、僕たちも話を聞くだけになってしまうかもしれないけれど」

「はい、解りました……」

 

 小声で応じ、源吾郎は膝の上でぐっと拳を握りしめた。伝えたい事があれば何でも話して欲しい。その言葉に、おのれの心臓を握りしめられるような感覚を抱いていた。八頭怪云々の話は、今の源吾郎の中では伝えたい話になる。いや、伝えなければならない話と言っても過言ではないだろう。

 だからこそ、源吾郎は心臓を掴まれるような思いになったのだ。本来ならば、心臓の上に手を添えたかった。だが迂闊にそんな事をして、萩尾丸たちに怪しまれる真似は避けたかった。

 いやもしかしたら、既に萩尾丸たちは何かを察していて、それ故に源吾郎を面談と称して呼び出したのかもしれない。そうであったとしても、自分のタイミングで自分の言葉で、八頭怪の件については伝えたかった。急かされて誘導されたとしても、巧く話す自信が無かったのだ。

 あれこれと考えを巡らせる源吾郎の心中を知ってか知らずか、萩尾丸が口を開く。

 

「島崎君。君もよく頑張っているし、仕事が大変だと思うシーンもあるだろうって事は僕も理解しているつもりなんだ。君は高校を出たばかりの新入社員だからね」

 

 萩尾丸が口にしたのは、何とも当たり障りのない言葉だった。半ば拍子抜けしつつも、源吾郎は頷いていた。中学や高校に通っていた時と、今の暮らしが明らかに異なっているのは源吾郎も身に染みて解っていた。もっとも、兄姉たちが大勢いるため、学生と会社員の違いについては、それこそ学生だった頃から聞かされてもいたのだが。

 とはいえもしかしたら、学生気分でいるように思われる事もあるだろうか。その事を指摘されるだろうか。そんな事を思っている間にも、萩尾丸は言葉を続ける。

 

「特にこの数か月は大変だったよね。何せ僕たちの怨敵である八頭怪と闘うべく、何かと準備もあったからね。とはいえ、灰高様や真琴様たちの計画通り、八頭怪を封印して、どうにか一段落したんだけど」

「一段落、ですか……!」

 

 萩尾丸は、半ば不意打ちのように八頭怪の事について言及した。封印したから一段落した。その言葉を、今の源吾郎は素直に信じる事が出来なかった。封印される事そのものも、八頭怪の思惑に過ぎない。這い寄る混沌の口にしたその言葉が、源吾郎の頭の中で何度も反響していたのだ。

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