九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若狐 たじろぎつつも夢路を語る

 島崎君、島崎君。茫洋とする源吾郎は、萩尾丸の呼びかけによって我に返った。萩尾丸を、源吾郎は正面から見つめる他なかった。射抜くような彼の視線から、逃れられなかった。

 

「ねぇ島崎君。さっき僕が八頭怪の件が一段落したと言った時に、ひどく狼狽えていたみたいだけど……君は何か知っているね?」

「……!」

 

 断定的な萩尾丸の言葉に、源吾郎は身を震わせる。根拠があるのかどうかはさておき、源吾郎が何かを知っているのはその通りである。それを伝えるべきなのか、未だに迷ってはいたのだが。

 雉鶏精一派の進退を思うのならば語らなければならない。

 しかし這い寄る混沌の語った事はそもそも真実なのか?

 嘘を騙ったのならば、紅藤様たちをいたずらに戸惑わせて困らせるだけになる。

 怖い怖い怖い。所詮は夢だ俺は何も覚えていない何も知らない夢なんか見なかったんだ。

 

 源吾郎の脳裏では、様々な、考えが、浮かんでは、消えていた。そして、源吾郎の意識は、考えの、渦に、巻きこまれていた。

 

 気が付くと、萩尾丸は源吾郎をじっと見下ろしていた。睥睨すると言っても遜色のない、猛禽ならずも猛禽めいた眼差しだった。

 頭の中でわだかまる考えの渦の動きが、緩やかになっていくのを源吾郎は感じた。いや違う。源吾郎を取り巻く周囲が、源吾郎自身の動きが緩やかに、遅くなっている。そんな感覚を抱いていた。

 源吾郎は、萩尾丸の唇が動くのを見た。彼の眼は、相変わらず源吾郎を見据えている。

 

「――落ち着け。落ち着くんだ島崎君」

 

 ゆったりとした口調で、萩尾丸は命じた。この言葉は命令である。理屈ではなく、本能で源吾郎は悟った。

 実際に、萩尾丸の命令には効果があった。命令を聞くや否や、源吾郎の脳内にあった戸惑いの渦は、完全に動きを止めたのだ――他ならぬ、源吾郎自身の思考とは無関係に、だ。

 源吾郎はだから、萩尾丸たちを前に顔をしかめてしまった。萩尾丸が自分に何をしたのか、理解したためだ。

 

「俺の、いえ僕の心を落ち着かせたんですね。何というか妙な感覚ですよ」

 

 落ち着きを取り戻した源吾郎の第一声は、憎まれ口と大差なかった。

 萩尾丸はただ俺に命じただけではない。精神に直接作用する術を、俺に向けて放ったのだ。その事に源吾郎は気付いていた。ある種の興奮状態に陥っていた自分が、一瞬にして落ち着きを取り戻したのもそのためであろう。もっとも、自分の意志とは無関係におのれの心を操られたという不快感はぬぐえなかったが。

 

「まさしく君の言うとおりだよ、島崎君。先程まで妙に興奮していたみたいだから、今回は少しだけ君の心を操らせてもらったんだ」

 

 萩尾丸は、源吾郎の憎まれ口を糾弾しなかった。むしろ申し訳なさそうな表情で源吾郎を見つめ直していた。

 

「大丈夫ですよ、萩尾丸先輩。俺はちゃんと気付いてましたし、解ってますから」

 

 憎まれ口の次は、無駄口を叩いてしまった。しかし萩尾丸も術を使っているのだから、この無駄口も大目に見てくれるだろう。落ち着き、若干開き直りつつ源吾郎はそう思った。

 萩尾丸が、相手の精神に干渉する術をも会得している事を知ったものの、源吾郎は特に驚きはしなかった。何しろ相手は三百年以上生きた大天狗である。しかも他の妖怪とは異なり、得意分野は無い代わりに様々な術を及第点レベルで操れるという強みが彼の売りでもあった。そんな萩尾丸であるから、精神に干渉する術を心得ていたとしても、何一つおかしな事は無いと、源吾郎は思っていたのだ。

 また、萩尾丸がこの精神に干渉する術を日頃は決して使わない事もまた、源吾郎にも十分解っていた。精神干渉や洗脳によって相手を操る事が、紅藤や萩尾丸自身の美学に反するためだ。自分の意志でもって服従し、その上で成長する。その事に紅藤たちは重きを置いているように源吾郎には感じられた。そうでなければ、悪たれ小僧だった雪羽をわざわざ引き取って、再教育を施すなどと言うまだるっこしい真似などはしないだろう。

 それにそもそも萩尾丸は、強大な妖力を保有する大妖怪である。洗脳などと言う小細工を使わずとも、少し威圧して交渉すれば、その辺の四尾、五尾()()の妖怪ならばすぐに従える事は可能だ。そう言った事実から、萩尾丸は洗脳術には手を染めないと、源吾郎は判断していたのである。

 萩尾丸は、複雑な表情を浮かべたまま言葉を続ける。

 

「君には少し悪い事をしたとは思っているよ。あのまま興奮した状態が続けば、他ならぬ君が苦しい思いをすると判断したからね。それに僕たちとしても、八頭怪の事についての情報は、是非とも掴んでおきたいんだ。そのためには、君には冷静な状態で、真実を語って欲しいんだ」

 

 またしても射抜くような鋭さを取り戻した萩尾丸の瞳に、源吾郎は震え上がった。他ならぬ萩尾丸の妖術によって、半ば強制的に落ち着きを取り戻したにも拘わらず、だ。

 萩尾丸が恐ろしい。掛け値なしに源吾郎は思った。場合によってはこちらを敵とみなし、挙動一つで屠る事も辞さない。萩尾丸の眼差しや表情からは、そうした剣呑な気配が見え隠れしていた。

 

「ごめんね、島崎君」

 

 今までずっと黙っていた青松丸が、ここで口を開いた。しかも飛び出してきたのは謝罪の言葉である。

 

「実はね、昨日から島崎君が、何か気になる事でもあってそわそわしていた事には気付いていたんだ。だけど中々声を掛けられなくてね。昨日、僕が島崎君に声を掛けていれば……」

「あれこれと気に病む事は無いんだよ、青松丸君」

 

 青松丸の言葉を遮る形で萩尾丸は告げた。弟分たる青松丸に向ける彼の眼差しは、驚くほど穏やかで優しい物だった。先程の、剣呑な気配を感じ取っていたから、尚更だ。

 

「青松丸君。君が島崎君の小さな変化に気付いてくれただけでも、僕としては御の字だと思っているんだ。それにもし、昨日青松丸君が島崎君から話を聞き出していたとしても、結局は八頭衆で集まって、今一度島崎君には話してもらわないといけないからね。結局のところ、島崎君が二度話すって事には変わりは無いって事さ」

 

 さあ話せ、などと言う野暮な呼びかけを放つ者は誰もいなかった。源吾郎はだから、自分の意志で口を開いた。既に覚悟は決まっていたが、それが術による効果なのか源吾郎自身の考えなのかはもう解らない。どちらでも変わりないような気さえしていた。

 それでも予防線を張っていた。夢で見た事だから確証はない。その言葉を前置きとして、あらかじめ言い放ったのである。

 

「実の所、僕たち雉鶏精一派と八頭怪との闘いは一段落などしていない、闘いは完全に終わった訳ではない。そういう話、らしいんです」

 

 話さねばならない事はまだまだある。源吾郎はしかし、ここで一旦言葉を切った。一気に知っている事を話しきれる気力が、源吾郎には無かったのだ。

 喘ぐように荒い呼吸を繰り返し、いつの間にか伏せていた視線を上げる。柔和な青松丸は言うに及ばず、萩尾丸もまた穏やかな表情で源吾郎を見つめているだけだった。八頭怪との闘いは未だに終わっていない。そう言ったにも拘らず、萩尾丸の顔には驚きの色は無かった。

 

「……それどころか、僕たちが八頭怪たちを封じ込めたじゃあないですか。あれも実は、八頭怪の思惑通りの事なのだそうです。どういう思惑と意図なのか、そこまでは僕も解りませんが」

「八頭怪との闘いは終わっていない。そして僕たちが八頭怪を封じ込めたのも、実のところ八頭怪の思惑に過ぎない。この二点が、八頭怪に関して島崎君が知っている事だね?」

 

 全てを語り終えてから、萩尾丸が問いかける。萩尾丸の顔を見、表情を確認しながら源吾郎は頷いた。萩尾丸の表情に揺らぎはなく、驚きも戸惑いも一切見られなかった。隠しているだけだと言われればそれまでかもしれないけれど。

 と、萩尾丸が身を乗り出して源吾郎に顔を近づけた。

 

「この話については、君が夢を見ている時に知った。それで構わないんだね?」

「ゆ、夢で見た話ですから、本当の事なのかどうか、確証はありませんよ! あいつは……這い寄る混沌は、僕に対して本当の事を言うかどうかすら解った物じゃあないんですから」

 

 源吾郎は思わず声を上げた。成人男性らしからぬ、スピッツめいた甲高い声は、自分の声だと思っても何とも情けない代物である。

 あくまでも、源吾郎が八頭怪の事を知ったのは、夢で這い寄る混沌に出会ってしまったからである。這い寄る混沌も、強大な力を持っているが標的を騙して惑わして破滅にもたらすのを好むという。

 源吾郎はだから、先日の夢で出会った這い寄る混沌の言葉も、源吾郎を惑わす虚言の可能性があると思っていた。いや、虚言であってほしいという密かな願望が、胸の中にあった。

 萩尾丸はしかし、源吾郎の言葉を否定した。

 

「いやいや島崎君。君は這い寄る混沌の権能を受け継いでいて、その事は伯服様たちや若菜様からもお墨付きを頂いているんだろう。そんな立場にいる君に対して、這い寄る混沌がどうして惑わせるような事をすると思うんだい?」

 

 理路整然と問われ、源吾郎は言葉に詰まった。青松丸までもが、おろおろした様子で源吾郎と萩尾丸とを交互に見つめている。

 ややあってから、萩尾丸は表情を和らげた。

 

「八頭怪との闘いは終わっていない。島崎君の話を聞いて、確かに僕も驚いたよ。だけど、もしかしたらそんな可能性もあるのかもしれないとは思っていたんだ。覚えているかな。峰白様は八頭怪を封じる事に対して懐疑的だっただろう。

 だがそれにしても、君が妙な事を企んでいないとはっきりと解って嬉しいよ。もし君が謀反を企んだり八頭怪と手を組んでいたりしたら、それはそれで話は厄介だからね」

「そんな、萩尾丸さん。島崎君が僕らを裏切るなんて事は無いですよ。実は僕、何度か島崎君の部屋に出入りした事があるんですけれど、部屋には特におかしなものとかもありませんし……」

 

 萩尾丸と青松丸はそれぞれ思った事を口にしていて、更には互いに話し合っている。すぐ傍で話を聞いているにも拘らず、遠くから声が聞こえているように思えてならなかった。

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