九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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第十七.五幕:邪神顕現の借体形成
未だ終わらぬは因縁の闘い


 研究センター勤めである源吾郎は、今再び雉鶏精一派の本部に出向く事と相成った。八頭怪との闘いが未だに終わっていない事、封印された事こそが八頭怪の思惑であった事を、上層部に伝えるためである。

 頭目と八頭衆に、源吾郎が夢で見た事を伝える。一見すると白昼夢めいたその話を、紅藤はすんなりと受け入れた。源吾郎がもはや夢見の才を持っている事、這い寄る混沌の司祭として選ばれている事。これらの事から、這い寄る混沌が伝えた事を蔑ろには出来ないと彼女は判断したのである。

 加えて萩尾丸の重臣にして夢魔でもあるアルテミシアからもお墨付きを貰ってしまった。彼女は何と、源吾郎がドリームランド内にて這い寄る混沌と接触した形跡を探し当ててしまったのだ。

 木曜日に急遽行う事となった打ち合わせに対して、幹部たる紅藤や萩尾丸は迷いも戸惑いも無かった。側近として出向く事となった青松丸も、だ。ただただ狼狽えていたのは源吾郎だけである。

 紅藤たちの言うように、自分がもはや這い寄る混沌の司祭と成り果てた事、それ故に這い寄る混沌からの神託には信頼性がある事は解ってはいる。しかし、這い寄る混沌から受けた神託の情報量はごくごく少ない物だった。源吾郎とて打ち合わせが決まってから、再び這い寄る混沌に会えないかと焦り、夢の中でもがこうとも思った。だがその後の夢は、短い午睡も含めてドリームランドに到達する事すらなかった。這い寄る混沌に会えなかったのは言うまでもない。

 

「情報が少なかろうと何だろうと、それでも胡琉安様や八頭衆の皆様に情報を展開する事こそが大切なのよ」

 

 狼狽える源吾郎の心中を見透かすように、紅藤が告げた。源吾郎や萩尾丸たちには穏やかな笑みを浮かべてはいる。しかし彼女の瞳もまた、戸惑いで揺らいでいるのが源吾郎には見えた。

 

「……もちろん、島崎君が見聞きした事を知って、胡琉安様も八頭衆の皆様も、驚いたり戸惑ったりするかもしれないわ。正直、私だって驚いているんですもの」

 

 そこまで言うと、紅藤は言葉を切って息を吐いた。紅藤としても、八頭怪との全面戦争の事については深く考えたくないのだろう。その事は源吾郎も薄々感じ取っていた。八頭怪だけと闘ったのではなく、八頭怪に与する者には、紅藤と因縁浅からぬ者たちも数多くいたのだから。

 

「だけどだからこそ、本当の事を知らないといけない。私はそう思っているの」

 

 顔を上げた紅藤は、静かな口調で告げる。紫の瞳は輝き、その顔には決然たる表情が浮かんでいた。

 

「私は、いえ私たちは、雉鶏精一派を護る責務があるの。今回は八頭怪を封印して全てが終わったと思いたいけれど、そうでなかったのであれば、その事を直視しなければならないのよ」

「はい……」

 

 やはりこの妖《ひと》には敵わないな。そんな事を心に思いながら、源吾郎は頷いていた。雉鶏精一派を担う者としての責務。紅藤はその事をきちんと考えているし、それに伴う自分の役割も請け負っている。だからこそ、彼女は第二幹部の地位を永らく護り続ける事が出来たのだ。源吾郎は今一度強く思った。

 紅藤の話が一段落したかなと思ったその直後、今度は萩尾丸が口を開いた。源吾郎の肩に手を添えながら。

 

「まぁ島崎君。君はそれほど緊張しなくても大丈夫だから、ね。紅藤様が仰っていた通り、八頭衆の中には驚いて、君にとやかく突っかかって来る者も出てくるかもしれない。でもその辺りは僕がある程度フォローしてあげるから安心したまえ」

 

 萩尾丸はここで言葉を切ると、思わせぶりな笑みを浮かべた。源吾郎の肩に添える手指に力が籠る。

 

「誰が何と言おうと、君は堂々としていれば良いんだ。君は確かに驚くべき真実を掴んでしまったが、かといって雉鶏精一派を裏切るつもりはないんだろう?」

 

 それに――妖しい笑みを浮かべながら、萩尾丸は言葉を続けた。

 

「元より君は、最強の妖怪となってこの地に君臨するつもりだと言っていたよね。その時にはこの雉鶏精一派も君の手に渡っている訳だし……そんな野望を持っているのならば、そもそも僕たち八頭衆の顔色を窺わなくても良いんじゃあないのかい?」

 

 萩尾丸の言葉に、源吾郎は無言を貫くだけだった。確かに野望を萩尾丸たちに口にした事もあるにはある。しかしそれは、面談の折についつい口走ってしまった事に過ぎない。あの頃はまだ高校生――正式な面談は高校三年の秋に行ったのだ――で、妖怪社会の苛酷さや力を持つ者の責務など何一つ知らなかった。

 裏切り者の騒動で上層部はピリピリしているというのに、敢えてその事を口にするなんて。何とも言えない気持ちに襲われながら、萩尾丸を見つめ返すのがやっとだった。

 

 雉鶏精一派本部の第一会議室は、もはや源吾郎にとって見覚えのある部屋となってしまった。せんだって入社二年目になったばかりであるが、何かとこの会議室に通される事があるからだ。

 他の企業ではそんな事があるのだろうか。今度勤め人である兄姉たちに聞いてみるのも良いかもしれない。半ば現実逃避気味に、源吾郎は考えを巡らせていた。

 と言っても、ずっと現実逃避を行っている訳にもいかない。源吾郎は瞬きを繰り返し、指を組みつつ周囲を見やった。

 いつも通りと言うべきなのか、第一会議室には上層部の面々が勢揃いしていた。頭目の胡琉安は言うに及ばず、八頭衆の面々もほぼ出席している。その上八頭衆は、第一幹部と第二幹部以外は重臣を一人二人従えてもいる。相変わらずの大所帯である。

 そしてもちろん、集まっている妖怪たちは大妖怪ばかり。源吾郎だけが若くて、卑小な存在だった。しかも彼らは、源吾郎に視線と意識を集中させていた。現実逃避してしまうのもやむなしと言った所だ。むしろ緊張で失神しないだけ偉いかもしれない。

 

「それにしても、雉仙女殿から緊急の打ち合わせを持ちかけられるとは、珍しい事もありますねぇ」

 

 鷹揚な口調で告げたのは、第四幹部の灰高だった。切断された右腕(右翼)の代わりに義手を着用しており、さも当然のようにボールペンを握っていた。その隣には、普段連れている重臣ではなく、妻の美鶴が侍っていた。

 

「……もしかして、八頭怪以外の敵が現れたとか?」

 

 早くも頬杖をついて尋ねるのは、第八幹部の三國である。敵と言いつつも、心配や恐れの色は彼には無い。むしろ面白がっているようでもあった。

 

「紅藤様たちって、この間食屍鬼《グール》たちの根城に出向いて、そいつらと交渉したんですよね? でもそれほど芳しい結果じゃあなかったって双睛の兄さんが言っていたから……」

「芳しくないと言っても、あの食屍鬼の群れたちと同盟関係を結べなかっただけに過ぎませんよ」

 

 同じく、明るい口調で言ってのけたのは桶彦である。第五幹部の真琴は出産と子育てに追われているため、重臣にして実の息子である彼が、第五幹部の代理として出席しているのだ。

 

「しかし、最終的には良い結果に転んだと、僕個妖《ぼくこじん》は思っているんです。何しろ亜孤姫《あこひめ》の……深海ヨリ来ル者の秘宝を持つ食屍鬼の身柄を、こちらで確保できたのですから」

「桶彦殿。そう言う抜け駆けはよろしくないと思うのですが。亜孤姫の身柄をそちらで確保したのも、真琴様の意向ではなくあなたの独断では無いのですか?」

「ちょっと双睛の兄さん。桶彦君に喧嘩を売るのはやめといた方が良いですぜ。結局のところ、ただのネズミ野郎が、生ゴミとか残飯を漁っているようなしょうもない連中の身柄を引き取ったってだけの話なんだからさ」

 

 何処か剣呑な双睛鳥の言葉に対し、三國が慌てつつも宥めている。種族は違えど、雷獣の三國はコカトリスの双睛鳥を兄として慕っているのだ。そして皮肉な事に、兄貴分をフォローする言葉の節々から、化けネズミや食屍鬼の事を三國がどのように思っているのかすらも垣間見えた。化けネズミを侮り食屍鬼を賤しい存在だと見下しているのは、奇しくも雪羽の考えとほぼ同じだ。いや、叔父たる三國の考えを、雪羽も参考にしていると言った方が正しいであろうか。

 と、ここで鋭い咳払いが会議室に響く。第三幹部の緑樹だった。

 

「お三方。色々と思う所がおありなのは解ります。ですが恐れ入りますが、今回の打ち合わせに無関係なお話は、控えて頂けませんでしょうか」

 

 緑樹の物言いは、強面の姿とは裏腹に丁寧なものだった。そんな彼の意見に賛同するように、第一幹部の峰白と、頭目の胡琉安が揃って頷いている。

 

「そうね、今回の打ち合わせは八頭怪に関する事ですもの。もっとも、詳細についてはまだ紅藤から聞かされていないんですけれど」

 

 峰白はそう言うと、隣に座る紅藤に視線を向けた。

 

「ええ。この度は八頭怪の件について、皆様にお集まりいただきました。私どもは確かに、三月三十一日の夜に八頭怪と交戦し、これを封じ込める事に成功しました。ですが――」

 

 紅藤は言葉を詰まらせ、視線を彷徨わせる。紅藤が最後まで言い切るか悩んでいる間に、幹部たちがざわめき始めていた。八頭怪の名を打ち合わせで聞くとは、彼らも思っていなかったのだろう。

 

「それで私たちの闘いは終わっていないのです。むしろ、封じられる事こそが、八頭怪の思惑だった。その事を、私は知ってしまったのです」

 

 数十秒の逡巡の後、紅藤は告げた。源吾郎は、心臓の拍動が速まるのを感じていた。ここから先は自分が語らねばならない領域である。説明する事を思って、先だって緊張しているというのもある。だが紅藤の口から八頭怪との件を耳にすると、より一層重みを感じられた。

 

「そんな、八頭怪との闘いが終わって無いだと! そんな馬鹿な事があってたまるか!」

 

 怒りの籠った叫びが、何処からともなく上がっている。あの声は三國の声だった。他の幹部や重臣は流石に叫ばなかった。それでも、紅藤の言葉が衝撃的だった事には変わりない。戸惑いや狼狽の色が、ざわめきや表情に如実に表れていた。

 但し、第一幹部の峰白だけは、冷静な表情を保っていたのだが。

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