九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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脳内で嗤う這い寄る混沌

 疑問と動揺の声でざわめく会議室を鎮めたのは、第一幹部の峰白だった。驚く事など何一つ無いと言わんばかりの表情で、彼女は口を開く。

 

「八頭怪との闘いが終わってないとは、これはまた剣呑な話ね。もちろん、その可能性があると思っていた者は、私以外にもいるでしょうけれど」

 

 剣呑とは言いつつも、峰白の言葉は何処か白々しかった。他の幹部たちと違って驚いていないから、そのように見えたのかもしれない。

 

「でも紅藤。話の内容が内容だから、ちゃんとした根拠は示しなさい、ね。いかに八頭怪が手ごわくて一筋縄ではいかない存在だと言えども、闘いがまだ終わっていないという事を、すぐに直視出来るわけではないのですから。

 まさか、口から出まかせや、私の機嫌を取るためだけに、そんな事を言い出した訳でも無いのでしょう?」

 

 源吾郎は、峰白と紅藤を交互に眺めていた。峰白の言葉を受けて、紅藤が源吾郎に促してくる事は解っていた。だからこそ心の準備を固めていた。

 

「八頭怪に関する、詳細な事情を知っているのは島崎君です」

 

 予想通り、紅藤は源吾郎に話すように促してきた。ごく自然に、何のためらいもなく、だ。

 射抜くような鋭さを伴った十何対もの視線が、源吾郎に注がれる。緊張感と、それに伴う息苦しさを感じながらも、源吾郎は口を開いた。どうやって語るべきなのかは解らない。沈黙を貫く事だけは許されない。その事しか解らなかった。

 

「……八頭怪との闘いはまだ終わっていなくて、しかも取り巻きと一緒に封印された事自体も、八頭怪の思惑通りなのだそうです。その点は、紅藤様が仰ったとおりなんです」

 

 会議室いっぱいに広がっていたざわめきは、もう全く聞こえない。誰も何も言わず、それどころか身じろぎする物音さえ聞こえなかった。無音ゆえに、耳が痛くなりそうだった。

 だが、源吾郎の言葉を紅藤のオウム返しだと揶揄する者がいなかったのは、良かった事とも言えるのかもしれない。

 

「私は、八頭衆の皆が奮起してくれたおかげで、わが大叔父を、いや八頭怪を封じて脅威を退ける事が出来たと思っていた。しかしそれすらも、八頭怪の計略だったとは」

 

 静寂の中で言葉を紡いだのは、頭目の胡琉安だった。その顔に怒りの色は無い。困り果てたような、何処か申し訳なさそうな表情を浮かべているだけだった。

 島崎君。次に声を上げたのは峰白だった。先程まで冷静な表情を浮かべていたはずの彼女は、鋭い眼差しで源吾郎を睨んでいるではないか。

 

「あんたが詳しい事情を知っていると紅藤は言ったけれど、今のあんたが話した事は何かしら? ただ単純に、紅藤の言った事を繰り返しただけじゃあないの」

「……」

 

 峰白の言葉に、他の大妖怪たちも疑念の眼差しを向けているように思えた。萩尾丸あたりが助け舟を出してくれないだろうか。そう思ったものの、彼の姿を見上げる事すら出来なかった。萩尾丸と紅藤以外の、八頭衆や重臣たちの視線を直視する事を思うと、怖気付いてしまったのだ。

 視線をテーブルに落とす源吾郎の頭上に、峰白の問いが降りかかる。

 

「そもそも、あんたが語った言葉には明確なエビデンスはあるの? 口から出まかせなんかじゃあないでしょうね」

「ちが……」

「だったら話なさいな」

 

 峰白にも促され、源吾郎は弾かれたように顔を上げた。幾重もの視線が源吾郎を貫いている。しかしもう、俯く事も視線を落とす事すらも赦されなかった。大妖怪たちの圧によって、おのれの視線が、顔の位置が固定されている。そんな考えさえ浮かんだほどだ。

 

「島崎源吾郎。あんたは何処で八頭怪の話を知ったの? あんたにその情報をもたらしたのは誰かしら?」

「は、は……這い寄る、混沌の言葉、です」

「這い寄る混沌が、あんたに八頭怪の事を教えてくれたのね」

 

 おのれを縛る妖気の圧が、にわかに緩んだような気がした。這い寄る混沌の名を聞き、峰白が納得した様子を見せたからだ。もはや源吾郎が、這い寄る混沌と縁ある存在である事を峰白は知っている。だから彼女は納得したのだと、源吾郎は思った。

 その推論を裏付けるかのように、峰白が言葉を紡ぐ。

 

「這い寄る混沌から、直接伝えられた話と言うのなら、多少は信憑性が出てくるわね。あんたは曾祖母の金毛九尾と同じで、這い寄る混沌と関りがあるんだもの」

「……はい」

 

 頷きながら、源吾郎は頭の中で思案を巡らせていた。自分と曾祖母での、這い寄る混沌との関わり方の相違についてだ。

 若菜の話によると、曾祖母たる金毛九尾は這い寄る混沌の化身の一つを喰らい、能力ごとそれを取り込んだという。取り込み、その身に能力を宿したのが、曾祖母と這い寄る混沌との関りだった。

 一方の源吾郎はどうか。彼は勿論、這い寄る混沌を喰らうなどと言う大それた事はやっていない。過去の先祖の血と、無貌の神を賜った事だけが、這い寄る混沌との繋がりだった。無貌の神の彫像は、実は然るべき手段を用いれば這い寄る混沌を召喚する事も出来るという。源吾郎は一度も召喚した事はない。しかし件の彫像をおざなりに扱っている訳でもない。ちゃんと神棚を用意してそこに鎮座し、毎日飲み物と饅頭を供えてもいる。備えながら、自分が這い寄る混沌に仕える司祭になったような気分を抱いてもいた。

 さて現実に話を戻そう。峰白は源吾郎を見下ろしながら言葉を続ける。

 

「それで、這い寄る混沌はあんたに八頭怪の事について何と言ったのかしら? まだ言い切れていない事があれば言いなさい」

「ええと……さっき言った事が全てです」

「……そう」

 

 峰白としては、源吾郎が他にも何か情報を持っていないか、聞き出したいと思っていたに違いない。しかし残念な事に、源吾郎は峰白に、いや今ここに集まっている上層部に提供できる情報を、あれ以上持ち合わせていなかった。

 源吾郎のそんな返答に、峰白はただ気のない返事をするだけだった。叱責されたり嫌味を言われるのではないかと思っていたから、峰白の態度は意外なものだった。何しろ彼女は、胡喜媚とその孫である胡琉安以外に大切な者は無いのだから。

 無関心にも近いと言えども、穏当な態度だったからだろう。源吾郎も、少し気が緩んでいた。それ故に、何か言わなければと思い立ったのだ。

 

「もしかしたら、覚えていないだけで、這い寄る混沌は、僕に他にも何か神託を下さったのかもしれません。ですが、あの時の僕は、這い寄る混沌を目の当たりにした事に驚いて、それでそれ以上の事は、僕にも解らないんです」

「這い寄る混沌と関りがあると言いながら、その程度の事を知ったくらいで、良くもまぁ大きな顔で主張できるわね!」

 

 源吾郎としては気の利いた弁明だと思っていた。しかしそれは、源吾郎の独りよがりな考えに過ぎなかったらしい。そうでなければ、激情に駆られた甲高い怒声を誘発する事など無かったのだから。

 声を上げたのは、灰高の妻である美鶴だった。顔は赤らみ髪(実際には羽毛だが)を逆立てた彼女は、身を乗り出して源吾郎を睨んでいた。

 

「八頭怪を封じる事が無駄だったと言うのなら、私たちの闘いは……あの妖《ひと》が右翼を喪った事も、全て無駄だったというの?」

「八頭怪の思惑に乗ってしまった事は事実かもしれませんが、全てが無駄だったとは思いませんわ、美鶴お姉様」

 

 ヒステリックな美鶴の言葉に応じたのは紅藤だった。彼女の声はしかし、震えていたが。

 峰白は怒りを爆発させた美鶴に冷ややかな眼差しを向けていた。ややあってから鼻を鳴らし、冷笑する。

 

「あーあ。外様の鴉だから私たちより賢いかと思ったんだけど、所詮は鳥頭だったのかしらね。それとも歳を取りすぎて更年期障害でも発症したのかしら?

 でもね美鶴。八頭怪を封じるのが一番だと言い出したのは、あんたの隣にいる最愛の亭主たる灰高なのよ」

「小娘が、解ったような口を……」

 

 源吾郎はぎょっとしながら美鶴を見やるのがやっとだった。第一幹部の峰白を、紅藤の義姉であり冷徹な女帝たる峰白を()()呼ばわりするとは! ぎょっとしているのは源吾郎だけではない。他の八頭衆や重臣たちも、更には胡琉安までもが、美鶴の言葉に驚いたようだった。

 峰白はしかし、美鶴の発言に驚いた素振りは見せなかった。冷笑的な表情に侮蔑の色を織り交ぜながら、灰高に視線を向けていた。

 

「灰高。あんただって、うじうじと理由を付けて翼を再生させないのが悪いんじゃあないの。そのせいで、愛妻がヒステリーを起こしているんですから。私があんたなら、とっくに失った翼なんて再生させているわよ」

「……翼を再生させる程度の事で、膨大な妖力を消耗させたとしても、ですか?」

 

 灰高もまた、冷静な態度を崩してはいなかった。しかし峰白を見やる眼差しには、形式的とはいえ敵意が浮かんでいる。つがいの鴉は、互いの伴侶の敵はおのれの敵だと見做す。本で読んだ知識が、唐突に源吾郎の頭に浮かんでいた。

 

「妖力を保有していなければ権力を維持できないなんて思っているとは、本当に惨めな事ね」

「雉天狗殿がそうお思いなのも自然な事でしょうなぁ。何せあなたは、雉仙女殿を従えて、必要とあらばけしかける事が出来るのですから。虎の威を借る狐とは、まさにあなたの事でしょうね」

「何なんだよ……とんでもねぇ打ち合わせだと思ったら、もっととんでもない事になってるじゃあないか……」

「だけど三國君。度し難い話ではあるけれど、あの闘いの時の事で思い出したんだ。紫苑は、あのメス山鳥は、止めたければ自分を殺せとずっと言い続けていたんだ。それってもしかして……」

「峰白のお姉様に灰高のお兄様。お互いにお互いを罵倒しないでくださいな。八頭怪の思惑に乗ったと言えども、あの時の私どもにはそうするほか無かったのですから」

 

 峰白が冷笑した時から、いや美鶴が声を上げた時から、打ち合わせの場は混沌とした空気と雰囲気に支配されてしまった。もちろん源吾郎は何も言えないでいる。口喧嘩と罵倒と言う幼稚なやり取りながらも、大妖怪たちの行うそれに介入するような胆力など、源吾郎は持ち合わせていなかった。

 他の幹部や重臣たちだって、コソコソと思った事を口にしあう程度である。

 

 そんな状況だったからだろう。源吾郎は初め、男の笑い声が聞こえた事に気付かなかった。

 笑い声は止まらない。しかも誰も気付いていない。自分だけに聞こえる、脳内から聞こえてくる笑い声なのだと、源吾郎は気付いてしまった。

 

 ――君を介して様子を見てみたら、何やら面白い状態になっているじゃあないか。少し、身体を借りるよ

 

 笑い声が源吾郎だけに呼びかけてくる。その声は、ドリームランドで聞いた這い寄る混沌のそれと全く同じだった。

 その事に気付いた時には、源吾郎の意識は急速に薄れていった。雉天狗と鴉天狗の口撃が止まり、驚愕した様子で源吾郎を見つめている。源吾郎が最後に気付いたのはそれだけだった。

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