この度のデートは、何も白鷺城を回って場内にある動物園で動物を眺めるだけで終わるなどと言う訳では断じて、無い。そもそも動物園を出た時点で午後一時を少し過ぎた頃である。土曜日はまだまだ長い。(米田さんの)終電を考慮すれば、あと八時間か九時間は一緒にいても問題はない。もちろん、いかな大好きな米田さんと言えども、デートだからと言ってそこまで一緒にいる訳でも無いが。
いずれにせよ、動物園を出た後も、米田さんと一緒に何処かへ行く事は可能と言う事だ。動物園の次に植物園や水族館に向かうのも乙かもしれない。
しかし、と源吾郎は更に考えを巡らせた。大阪在住の米田さんにしてみれば、姫路の水族館は物足りないのではないか、と。
姫路の水族館は、山の上にあるという世にも珍しい水族館ではある。播磨の魚介類やカメ類(イシガメやクサガメと言った淡水の亀から、ウミガメ類まで幅広く取り扱っていた)を主に展示しているという部分も、地域密着型の水族館と言えるだろう。入館料も手頃であるし。
巷では通向けの水族館とも呼ばれているそうなのだが、若干地味である感じも否めない。ましてや米田さんは大阪の尼崎に居を構えている。大阪には、世界最大級の水族館がある事も源吾郎は知っていた。高校生の頃に行った事があるからだ。
ジンベエザメなどが泳ぐあの大水槽を知っている米田さんにしてみれば、物足りないのではないか。いやそもそも尼崎は大阪じゃあなくてギリ兵庫県内だったか……頭の中で色々な考えが浮かんでは消えていた。
「島崎君。今度は何処に行こうかしら? 水族館とか植物園に行ってみる?」
思案する源吾郎に、米田さんが問いかける。慌てて振り返ると、米田さんは微笑んでいた。
「さっき島崎君は水族館や植物園もあるって言っていたでしょ。私、あんまり仕事でもプライベートでも水族館とかには行かないから……」
「水族館に行くかどうかは、まだ悩んでいる所なんです」
言葉を選びつつ、しかし正直に源吾郎は今の心境を口にした。それから視線を町の方に転じ、言葉を続ける。
「ですがいずれにせよ、駅まで戻らないといけないんですよね。どうせなので、駅まで続く商店街の中を通りましょうか。それで、商店街を見回っている間に、水族館に行くかどうか考えるのもアリかなと思うんです」
実を言えば、商店街は白鷺城に向かう道中も通り抜けてはいる。しかし行きしなは白鷺城に向かう事が目的だったので、商店街の店たちに入ったり、どんな店があるか確認したりはしなかった。
「そうね。時間もまだあるし、何処に行くかとか少しずつ考えるのも楽しいわよね」
「本当は、ちゃんとデートのプランとか考えておいた方が良いのかもしれませんが……」
おのれの不甲斐なさを感じ、源吾郎はとうとう思っていた事を口にしてしまった。これまでに何度も米田さんとデートを行っている源吾郎であるが、そのどれもがほぼ行き当たりばったりの物だった。それか米田さんにリードしてもらっていた。今回のように、明確な行き先や目的地を用意する場合もあるが、その後はその近辺をぶらついて時間を潰すみたいな事も結構多い。
米田さんには、貴重な時間を使って会ってくれているのだ。だというのに、途中でグダグダになるようなデートで大丈夫なのだろうか。やがて愛想をつかされるのではないか。そんな恐れもあった。しかしいざデートとなると計画などが霧散して、行き当たりばったりになってしまうのだ。
「良いのよ別に。計画なんて無くても」
米田さんはしかし、プランを練らない源吾郎を叱責する事は無かった。それどころか、計画が無くても構わない、それこそが良いのだと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「別に仕事でも何でも無いんだから、あんまりお堅く考えていたらしんどいわ。きちんとその時その時をやり過ごす事が出来れば、それで構わないと私は思っているの。何せ明日でさえ、自分たちがどうなっているのか解らないんですから」
そう言う考えもあるんだな。言葉には出来なかったが、源吾郎は心の中で呟いていた。いかにも米田さんらしい考えだ。少ししてから、そんな考えも頭に浮かんだ。
米田さんが最も重視しているのは、未来でも過去でもなく現在だった。過去の出来事に思いを馳せる事はあったが、どうなるか解らぬ行く末について、くよくよ考える事はまずない。それどころか、自分が思い浮かべた未来が存在しない可能性とてあると思っているほどだった。
それもまた、米田さんの過去に起因しているであろう事を、源吾郎は知っていた。
米田さんは元々獣としてのキツネだった。妖狐になり、稲荷の一族である米田家に迎え入れられたものの、過去の事故により出奔した。そして野良妖怪として、闘いと略奪、そして殺しの世界に身を投じている。
そんな暮らしであるならば、死は身近なものであると思うのは自然な事であろう。在るかどうかすら解らぬ未来よりも、確かに在る現在を重要視するのも無理からぬ事だろう。お坊ちゃま育ちの源吾郎であったが、そのように思っていたのだった。
※
「と言う訳でね、私はオフの時は時々バッティングセンターとかゴルフ場に行くのよ。特にバッティングセンターだと、ボールが上手く打てたらスカッとするわ」
「バッティングセンターにゴルフ場ですか。米田さんって、やっぱりアウトドア派だったんですね」
白鷺城から駅ビルまで伸びている商店街を進みながら、源吾郎は米田さんの話を聞いていた。休日に何をしているのか、と言う話の流れになった時に、バッティングセンターやゴルフに行くという事を米田さんは教えてくれたのだ。
源吾郎は早速、米田さんがゴルフの打ちっぱなしを嗜んだりバッティングセンターで楽しむ様子を脳裏に思い描く。様になる姿だとすぐに思った。
人型に変化した米田さんは、源吾郎とほぼ同じ背丈の女性の姿を取っている。手足が長いのですらりとしているし、華奢過ぎず全体的に筋肉を付けているであろう事はちょっとした所作からも垣間見えた。均整の取れたヒトがスポーツをする様は、見ていて美しい物なのだ。
「そうね。アウトドア派と言えばアウトドア派かもしれないかな。まぁ、バッティングセンターとかゴルフ場に行くのは、部屋に金属バットとゴルフクラブを持っているからなんですけれど」
米田さんの言葉は、若干不自然さが伴っているように感じられた。源吾郎が戸惑っている事に気付いたのだろうか。米田さんはいたずらっぽい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「金属バットとかゴルフクラブとかは、身を護るために持っているのよ」
「……!」
さらりと放たれた米田さんのカミングアウトに、源吾郎は目を丸くしてしまった。それと共に、先程抱いた不自然さの正体が解った気もした。米田さんは、別に野球やゴルフをするために金属バットやゴルフクラブを所有している訳ではない。身を護るための防具ないし武器としてそれらを所持していて、その事を隠すためにバッティングセンターやゴルフ場に赴いているという事なのだ。
米田さんのカミングアウトに、源吾郎は目がくらみそうになった。金属バットやゴルフクラブが凶器になりうる事は解ってはいる。しかしはなから護身用に使う事を考えているのが、いかにも彼女らしい。闘いに慣れた戦士なのだと源吾郎は思った。
「もちろん、何でそう言うものを持っているのか怪しまれないように、ちゃんと本当にゴルフやバッティングセンターにも行っているのよ。ゴルフの方は、そうでなくても仕事の一環でキャディとして同伴する事もままあるから。それに、バッティングセンターで球を打つのが楽しいって言うのも本当よ」
「そうなんですね。米田さんも色々と考えてらっしゃるんですね」
ゴルフやバッティングセンターの話が一段落すると、狩猟や魚釣りなども趣味なのだと教えてくれた。狩猟と釣りに関しては、護身術や仕事とは無関係な、純粋な趣味なのだという。
狩猟免許を持っている事、狩りで手に入れた戦利品はジビエにするという話に、源吾郎は少し面食らってしまった。切り身が泳いでいるなどと言う戯言を信じてなどはいないが、それでも動物を絞めて食肉にするという行為からは縁遠かったからだ。
だがそれでも、次のデートの時には、米田さんと共に魚を釣ったりバッティングセンターに行ったりするのもやぶさかではないと思い始めていた。
それと共に、これから何処に行こうかと言う指標も、かっちりと定まったのを源吾郎は感じた。
尼崎:実際には兵庫県に位置するが、市外局番が大阪市内と同じ事で有名。
かつては「大阪府尼崎市」と書かれた郵便が届いたという逸話もある(筆者註)