九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若狐 電車に揺られて護符を語る

 商店街を通り抜けて駅に到着した源吾郎たちは、しばしの間電車に揺られていた。目的地は、白鷺城下の外れにある魔道具屋である。三月の中頃に、母に連れられて買い物に行ったあの魔道具屋だった。

 初めから、この店に行こうと考えていた訳ではない。むしろ駅に向かうべく商店街を歩いている最中などは、何処へ行こうか思案していたほどだ。水族館や植物園――互いに独立した施設であるが、隣接しているので相次いで見に行く事が出来るのだ――が案として浮かんでもいたが、動物園を見た後なので積極的に行こうとも思っていなかった。

 そんな中で魔道具屋が思い浮かんだのは、米田さんの発言がきっかけだった。彼女は金属バットやゴルフクラブ、あるいは短く切ったゴムホースや工具の類などを、護身用として寝室に置いているのだという。源吾郎はまず、米田さんの傭兵らしい用心深さに驚いた。それから、自分も身を護るものを準備せねばならないと考えた。身を護るものとして思い浮かんだのが護符や魔道具の類だったという訳だ。

 最強の妖怪になるなどと公言していた事もある源吾郎であるが、実の所好戦的な気質ではない。むしろ暴力的な事は苦手ですらあった。だから、身を護るものとして護符の類を思い浮かべたのも、ごく自然な事だった。戦闘訓練の時も、実戦の時も、護符でもって身を護るのが常だったからだ。

 

 それに今回魔道具屋に出向くのは、店主である眞宮氏へのお礼も兼ねていた。この辺は源吾郎個人の事柄になるのだが、米田さんも興味を示していたので問題はない。何よりあの店は、妖怪や魔族向けの店である。人間も来店するが、妖怪たちの世界を知っている者だけに限られてくる。それ故に街中を歩いている時のように、ずっと本性を隠し続けなくても良いのだ。

 妖怪たちの中には、人間ばかりが歩く街中に長時間いると気疲れしてしまう者もいるという。こちらの事を知らない人間たちの前では正体を隠す。近代になって急に登場したこの暗黙の了解が、妖怪たちの心を縛っているのだ。

 実際のところ、米田さんも完全に人間の姿に擬態しきっている。黄金色の二尾を隠しきり、しかも髪色までオレンジがかった金色の地毛から赤褐色に変えているのだ。毛の色や尻尾が残る人型よりも、完全な人間の擬態の方がしんどいのだという話も、源吾郎は聞いた事があった。もっとも、源吾郎は初めからヒトベースの肉体なので、人間に擬態するのは他の妖狐たちよりも楽な事なのだが。

 

「デートに魔道具屋さんに行きたいって言うのが、何となく島崎君らしいわね」

「そ、そうですか!」

 

 窓の景色をぼんやりと眺めていた米田さんが、やにわに源吾郎の方に視線を向ける。応じた源吾郎の声は上ずっていた。魔道具屋に行くのが島崎君らしい。それがどういう意味なのか、気になってしまった。

 

「あんまりデートらしくないチョイスですかね」

 

 そんな事無いわ。おずおずと問いかける源吾郎に対し、米田さんは微笑む。

 

「デートらしいとかデートらしくないとか、そんな難しい事を考えて悩まなくて良いのよ。それに今、魔道具屋さんに行くのは良いなって思っていた所なの。私も結構、護符を使う事があるのよね」

「米田さんも、護符をお使いになられるんですね」

 

 少し興奮してしまった源吾郎は、米田さんの方へと顔を近づけた。

 

「少し意外ですね。米田さんと言えば、肉弾戦や白兵戦がお得意だと思っていましたので」

 

 妖狐の中には術よりもおのれの身体能力でもって闘う事を得意とする個体もまた、少数ながら存在する。米田さんはそうした妖狐の筆頭とも言えた。妖術は変化術や狐火などを基本レベルで使える程度であり、狐火はあまり使いたがらないためだ。変化術や結界術などの妖術に頼る一方で、身体能力は人間に毛が生えた程度の源吾郎とは真逆だった。

 

「島崎君の言う通り、私はどちらかと言えば素手や武器を使って闘う方が得意な方ではあるわ。護符は闘うための武器と言うよりも、身を護るための道具として使う方が多いかな」

 

 そこまで言うと、米田さんは一呼吸おいてから源吾郎に流し目を向けた。

 

「護符の効能や使い道については、島崎君の方が詳しいかもしれないわね。島崎君は、結構護符を使っているみたいだし、職場でも製造に携わっているみたいだから」

「いえ、それほどでも無いですよ……」

 

 護符には詳しいですよ! と自信満々に言えなかったのが、やはり源吾郎の限界であろう。米田さんに褒められたり、凄いと言われたら確かに嬉しくはなる。しかし同時に、そこまで褒められると申し訳ないというか、俺は未熟なのに、と少し卑屈な気持ちになってしまうのだ。

 そうした心の動きは、米田さんの責任ではない。全て源吾郎の責任だった。幼い仔狐だと思われて当然だと思っている、源吾郎の心の癖なのだから。

 だがここで、会話を打ち切ってしまうのも野暮の極みだ。源吾郎はだから、言葉を紡いだ。おのれの右手でおのれの腹や袖の部分を撫でまわしながら。

 

「ですが、確かに僕もかなり護符のお世話になっていますね。今だって、服の裏側とかポケットとかに護符を忍ばせているんですよ。やはり護符って身を護るのに最適ですからね。もちろん、妖術を使う時にも重宝しますし」

「やっぱり色々と工夫しているのね」

 

 米田さんにそう言われ、今回は素直に源吾郎も微笑んだ。

 護符を服の内側に忍ばせているというのは冗談でも何でもない。本当の話だった。紅藤から賜ったミサンガ状の護符もあるにはあるが、これはプロ仕様である為防御する対象がやや偏っているのだ。それに神社のお守りや薬の飲み合わせなどと異なり、併用しているからと言って不都合が起こる事も特にない。

 源吾郎はだから、臆面もなく護符を隠し持つようになったのだ。戦闘訓練や、実戦の時にも護符を常備していた事は言うまでもない。最近は購入するだけではなく、自分で作りさえしていた。

 

「いずれにせよ、護符とか魔道具を扱っている所を一か所でも多く知っておくのは、私たちにとっては大切な事だと思っているの。島崎君は、やっぱり地元だから知っていたのかしら?」

 

 いえ。短い言葉で応じてから、源吾郎はしばし視線を彷徨わせた。

 

「……実は母に教えてもらったんです。三月の中頃に、母に呼ばれて実家に戻っていた事があったんですが、誕生日間近だからって事で、魔道具屋に連れて行ってもらったんですよ」

「三花様のお墨付きって所なのね」

「恐らくはそうでしょうね」

 

 母に連れられて行った魔道具屋である。下手をすればマザコンギリギリの発言ではないかとも思ったのだが、米田さんは目を輝かせて源吾郎を見つめていた。

 

「店主の眞宮さんと母は顔見知りって感じでしたからね。お墨付きと言うか、馴染みの常連と言うか、そんな所ですかね」

「それならきっといい所だわ。もしかしたら、いちかお姉様の御用達かもしれないわね」

 

 さも嬉しそうに語る米田さんを、源吾郎はひどく冷静な気持ちで見つめていた。源吾郎の母が常連であるから、これから行く魔道具屋はきちんとした所である。そのように米田さんは判断したのだろう。米田さんが、母とどれだけ交流していたのかは源吾郎も詳しくは知らない。しかし大人の妖狐として、自分よりも年長の妖怪として敬意を払っている事はひしひしと伝わってきた。

 元より米田さんは、苅藻やいちかの事を兄姉のように慕っている。そして源吾郎の母は苅藻達の姉なのだ。知り合いの親族も知り合いと言う妖怪的な心理が、米田さんにも働いているのだろうと源吾郎は思った。ましてや彼女は、血の繋がらぬ妖狐の若夫婦と親子関係を結んでいた過去さえあるのだから。

 

 なお、目的の駅に辿り着くまでの間に、魔道具屋だの妖術だのと言う単語を口にしていたが、周囲に聞かれても特段問題はない。源吾郎がきちんと認識阻害の術を展開していたからだ。妖力が並の妖狐よりも多く、それでいて人間として育てられた半妖。特異な出自と体質ゆえに、おのれの正体をぼやかしたり傍にいる妖怪の気配を誤魔化したりする事を源吾郎は得意としていた。

 もっとも、認識阻害は外に出ている時にはずっと発動させているので、源吾郎としては特に気負うような術でも何でもないのだが。

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