九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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閑話:米田玲香の述懐――子供妖怪に無邪気さを見る

 桐谷三花、もとい島崎三花が懇意にしているという魔道具屋を出たのは、午後三時過ぎの事だった。一時半ごろにここに到着したため、都合一時間半は滞在していた事になる。店主である眞宮氏や、他の客妖との話が弾んだためだ。

 デートであるとはいえ、白鷺城界隈をブラブラするという以外は、別にがっちりと予定を組んでいる訳でも無い。それに玲香としても、他の妖怪たちと情報交換するのは有意義な事だと思っていた。しかも源吾郎が、地元の妖たちに対してどんな風に振舞うのかを見る事も出来たわけだし。

 だが、強いて言えば気になる事が一つだけあった。途中から、源吾郎が浮かない表情を見せ始めた事である。店に入ってすぐの時や、眞宮氏と話し始めた時はそれほどでも無かった。何処か気遣うような表情を見せてはいたものの、それは彼の癖のような物なので特筆すべき事では無い。

 源吾郎の態度に変化が出たのは、八頭怪云々の話になってからだった。

 玲香は勿論気になった。しかし店内でその事を問いただすような野暮な真似はしない。眞宮氏や、他の妖怪たちに失礼だと思ったからだ。

 それに源吾郎自身も、浮かない顔をしていたと言っても、すぐに表情を取り繕ってしまう。自分ではマイペースだの何だのと公言している源吾郎であるが、実際にはかなり相手の様子を見ているし、それに合わせようとするところも結構ある。

 玲香はだから、気になりはしたが無理に聞き出す事でも無いだろうと思い直した。わざわざ表情を取り繕ってまで隠そうとしているのだ。であれば無理に聞き出す事は良くないだろう、と。

 それに誰しも心の中には秘密や他妖に知られたくない事を秘めているものだと玲香は思っている。他ならぬ玲香だって、秘密は抱えているのだから。むしろ源吾郎は、無邪気に色々な事を開示するくらいなのだ。

 と言うよりも、勤務先とそこでのポジションを思えば、源吾郎とて玲香にも開示できない秘密を抱えていてもおかしくは無いのだ。源吾郎は高校を出てすぐに雉鶏精一派に就職したサラリーマンである。自他ともに社会に出たばかりの仔狐だという事になってはいる。しかし実際には、雉鶏精一派の第二幹部・紅藤の直属の部下に相当する。ゆくゆくは――と言っても数百年後の話であろうが――幹部の座を受け継がせる事も、当局は考えているらしい。業務内容や社会妖経験はさておき、源吾郎は存外重要なポストに就きつつあるのだ。

 重要な立場には重責が伴うのも世の定めだ。詳しい事は語らないが、源吾郎もまた雉鶏精一派に関わる重要な事を知り、関わっていたとしても自然な事であろう。

 あるいは単に、八頭怪の話から先の全面戦争の事を思い出し、それで思う所があっただけなのかもしれない。雉鶏精一派でも、頭目の胡琉安を筆頭に幹部陣をも大立回りをしてどうにか勝利を収めたような闘いだった。末端とはいえそんな闘いに身を投じた源吾郎にとっても、強い衝撃をもたらした事件であろう。源吾郎はまだ若く、争いごとや暴力的な事には慣れていないのだから。

 

 開けた通りに続く小径では、相変わらず子供妖怪たちが遊んでいた。よく見れば、彼らも魔道具屋で販売している小物やカード(カードと言ってもカードゲームの方だ。眞宮氏は、そうした物も取り揃えていたのだ)で遊んだり、近くのコロッケ屋や豆腐屋で購入したコロッケやら厚揚げやらを頬張ったりと、思い思いに過ごしていた。

 と、足許に何かが転がってきた。軟球と思しきゴムボールだった。遊びたい盛りの子供妖怪たちの誰かが、ボール遊びでもしていたのだろう。

 源吾郎はと言うと、驚いた表情で玲香とゴムボールと子供妖怪たちを交互に眺めている。

 

「あらあら」

 

 玲香はその場に屈みこみ、ゴムボールを拾い上げる。源吾郎はもしかしたら心配してくれていたのかもしれない。しかしぶつかったと言っても特に大事でも何でもない。ボール自体もそれほど速度は出ていなかったので、ぶつかった痛みなどは無かったし。

 子供妖怪たちが駆け寄ってきたのは、屈んでいた玲香が立ち上がったのとほぼ同時だった。玲香の許に駆け寄ってきた子供妖怪は二人。一方は化け狸で、もう一方は犬妖怪のようだ。人間で言えば七、八歳ほどの、やんちゃそうな顔つきの男児だった。

 

「キツネのおねーちゃん、おれのボール、拾ってくれたん? ありがとう」

「ノーコンやから、へんな所に飛んでもうたんやな。キツネのねーちゃん、迷惑かけてごめんな」

 

 犬妖怪の子が礼を述べ、仔狸が友達にちょっかいを掛けつつ玲香に詫びた。二人の言動ややり取りは余りにも無邪気で、玲香は思わず頬を緩ませた。

 

「はいどうぞ」

 

 玲香は再び屈み、犬妖怪にボールを手渡した。屈んだのは、彼に目線を合わせるためである。

 

「お姉ちゃんは大丈夫だから、ね。二人とも、仲良く遊ぶんよ」

 

 玲香の言葉に、子供妖怪たちは頷いていた。だがすぐに、彼らの視線は源吾郎に向けられた。彼は妙に緊張した面持ちで立ち尽くしていたのだが、子供妖怪たちに見られている事に気付くと、おずおずと口を開いた。

 

「あ、遊ぶときは仲良く遊ぶだけじゃあなくて、周りの安全にも気を付けるように、ね。怪我とか事故が起きたら、楽しい気持ちなんて台無しになっちゃうからさ」

 

 たどたどしい口調で放たれた源吾郎の言葉に、子供妖怪たちは微妙な表情で反応するだけだった。源吾郎の言葉自体は正しい物であると、玲香は思っている。しかし子供にしてみれば、いささか説教じみた言葉のように思えてならなかったのだろう。

 とはいえ玲香は、去っていく子供たちに手を振りながら笑っていた。過去の事を思い出すものの、子供の無邪気な姿を見ていると、心が明るく晴れやかになるのだ。

 

「米田さんって、子供がお好きなんですね」

 

 子供たちが去ったのを見計らって、源吾郎がおずおずとした口調で告げる。玲香を見つめる彼の瞳には、驚きの色がありありと浮かんでいた。

 

「昔は義弟と義妹がいたから、子供の相手をするのは少し慣れてるの。それにやっぱり、子供は無邪気だから、見ていて心が和むのよ」

「そ、そうですよね」

 

 米田さんの言葉に、源吾郎は同意した。顔には笑みを浮かべているが、何処かぎこちなさを伴ってもいた。

 

「今まで会う時は仕事がらみの事が多かったから、子供と会う事とかってあんまりないものね。雷園寺君も、結構大きくなってるし」

 

 雷園寺君と言う雷獣少年の名を出した事には、特に深い意味は無かった。雉鶏精一派にいる幼い妖怪として、真っ先に思い浮かんだのが彼だったからだ。それに源吾郎とも面識があるし。

 とはいえ、源吾郎にしてみれば色々と思う所があるのかもしれない。今は互いに仲良く仕事をしているらしいが、昨年夏の事もあったのだから。あるいは玲香が、雷園寺に何がしかの興味を持っているという事を懸念しているのかもしれない。

 

「そう言えば、米田さんは雷園寺が本当に子供だった時の事もご存じなんですよね。雷園寺のやつは、米田さんの事を姐さんって呼んでましたよ」

「そうねぇ。私も雉鶏精一派とはかれこれ二十年近く関わっているもの。その頃の雷園寺君は、まだ子供だったわね」

 

 そこまで言うと、玲香と源吾郎の間にしばし沈黙が流れた。玲香自身は幼かった雷園寺の事を思い出していた。源吾郎はきっと、妖怪と人間、あるいは半妖の年齢差について思いを馳せていたに違いない。

 ややあってから、源吾郎が口を開いた。その面には、取り繕うような笑みを貼り付けていた。

 

「子供が好きって言うのは、良い事だと思いますよ。子供が好きだと、やっぱり優しいんだなとか家庭的なんだなって思えますから。まぁその……僕たちはまだ、そんな事を考える時期じゃあないかもしれませんが」

「……もしかして、島崎君は子供が苦手なのかしら?」

「いえ」

 

 気になって問い返すと、源吾郎は困ったような表情で首を振った。

 

「子供が好きなのかどうか、実はちょっと解らないんです。ただ、子供を相手にするのは慣れていないって事だけは解るんです。末っ子で、しかも一族の中でも最年少だったから、年下の子供と遊んだりする機会が無かったので……」

 

 そこまで言うと、源吾郎は力なく微笑んだ。おのれの境遇を恥じつつも、それでも笑顔を浮かべればどうにかなると思っているような、そんな笑みだった。

 いかにも源吾郎らしい言葉だと、玲香は思った。彼が末っ子で、母方の親族の中では最年少である事は玲香も知っていたからだ。父方の親族ではどうなのかまでは解らないが。

 だがそれでも、源吾郎も子供に接する事に慣れていないだけで、子供嫌いなどでは無いだろう。先程の、彼と子供妖怪とのやり取りを思い返すと、玲香はそんな風に思えるのだった。

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