九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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休日の昼の雑談話

 源吾郎にとって、昼下がりの町で雪羽に出くわすのは想定外の事だった。休みの日は、互いに思い思いに過ごしているからだ。今日とてそうだった。源吾郎が亀水まで出向いていたのは末の兄に会うためだった。雪羽も土日や休暇の折は亀水にある三國の家に帰されている。なので亀水でブラブラしていたら、雪羽に遭遇する可能性もあるにはあるのだろう。

 とはいえ、今回は雪羽に会おうと思って亀水に出向いた訳ではない。雪羽の方も、源吾郎に会うとは思っていなかったようだ。

 

「お、島崎先輩やん。亀水で先輩と会うとは珍しいなぁ」

「うん。俺も珍しい事があるなって思ってる所だよ」

 

 手を挙げて懐っこい表情で声を掛けてくる雪羽に対し、オウム返しめいた言葉でもって源吾郎は応じた。オウム返しになってしまったのは、雪羽に遭遇した事に驚いていたためだ。

 雪羽はというと、しばし源吾郎の顔を眺めたのちに、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「でもさ先輩。先輩にしてみれば、休みの日にばったり俺に会うよりも、米田の姐さんに会う方が嬉しいんちゃうの?」

「それはその通りだな雷園寺君。だが残念ながら、俺は昨日米田さんとデートしたばかりなんだよ」

 

 悪びれる事なくからかってくる雪羽に対し、源吾郎もあっけらかんと返す。雪羽は毒気を抜かれたような表情を一瞬浮かべた。次の瞬間には、納得といくらかの呆れの入り混じった表情に変化していたが。

 

「そっか。もう姐さんとはデートしてきたところだったのか。ははは、先輩も抜かりないなぁ」

 

 源吾郎は雪羽に対して、米田さんと交際している事を公言している。だがいついつデートするなどと言った事を逐一報告している訳でも無い。デートの予定についてはプライベートな話になるからだ。源吾郎は時に、自分の事をあれやこれやと語る時もあるにはある。しかし相手にプライベートな事を詮索されたり必要以上に踏み込まれたりするのは苦手だった。

 まぁ、雪羽はその辺を汲み取ってくれるので、親しいながらも丁度良い距離感を保つ事が出来た。ヤンチャで奔放な少年のように振舞っている雪羽であるが、本当は繊細な心遣いも出来る存在なのだ。

 

「それで今日は、庄三郎兄様に会いに行っていたって訳」

「おお、庄三郎さんの所に行ってたんだな」

 

 末の兄の名を聞いた雪羽の顔がぱあっと輝いた。雪羽は末の兄たる庄三郎の事を知っていたし、幾度か交流も重ねていたらしい。それは庄三郎が芸術家であるためだ。雪羽もまた芸術を愛好する気質があり、それ故にギャラリーで彼の作品を見る事がままあるらしい。

 ついでに言えば、庄三郎も雪羽も、相手に対して互いの正体を隠さなくて済む。その点もまた、雪羽が気兼ねなく庄三郎と交流している要因の一つとも言えた。妖怪たちの中には、自分の正体を隠して人間と交流する事にストレスを覚える者もいるという。特に雪羽は、人間に対して配慮するという考えを持つような妖怪ではないから尚更だ。それに庄三郎も、妖怪に対する忌避感は子供の頃よりも薄まっている。しかも雪羽は源吾郎の同僚であり親しい存在であるから、用心しなくても済むだろうし。

 庄三郎と雪羽との関係性はさておき、源吾郎は何故末の兄の許に出向いたのか、何をしに行ったのかについて雪羽に語った。

 庄三郎のアトリエを訪れたのは、この間のお礼を兼ねての事だった。八頭怪との全面戦争で疲弊し泥のように眠る言語るを見守り、ついでにホップの面倒も見てくれたのだ。

 そうでなくとも、庄三郎のねぐらには、源吾郎は月に一、二度のペースで足を運んでいた。他の兄姉たちと異なり、兄でありながら何処か放っておけない雰囲気が庄三郎にはあるのだ。

 元々からして、庄三郎の暮らしは極端だった。創作意欲のある時は憑かれたように製作に打ち込み、そうでない時は打ち上げられたナマコのようにぐうたらしている。時たまふらりと散策に出かけたり、糊口をしのぐために単発のバイトに赴いたりしてはいる。しかし大抵は、憑かれた創作者か疲れたナマコのどちらかなのだ。心配するなと言う方が無理という物であろう。

 しかも庄三郎は、両親や他の兄姉には妙に気兼ねしてすらいる。庄三郎が自然体でいられるのは、源吾郎の前でだけなのだ。

 そのような事情があるからこそ、源吾郎は庄三郎の許に度々赴いていたのだ。

 

「……先輩も、義理堅いしお兄さん思いの良い妖っすよね」

 

 まぁな。本心からの雪羽の言葉に、源吾郎は軽く頷いた。

 

「でもあんまり褒められると恥ずかしいからやめてくれよ。確かに兄上への恩義とか、そんな事も考えてはいるよ。だけどさ、庄三郎兄様をほったらかしにしていて、それで部屋で人知れず野垂れ死んでいたら気ぃ悪いだろう? そんな事になったら嫌だから、俺は度々庄三郎兄様の生存確認をしているだけなんだ。それ以上でも以下でもないよ」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽は静かに耳を傾けていた。源吾郎はにわかに緊張し始めた。野垂れ死ぬという言葉を聞いて、気を悪くしたのではないかと思ったのだ。ヤンチャな悪ガキとも思われていた雪羽であるが、実の所繊細な気質の持ち主である。更に言えば、死についての話題を軽々しく口にする事を死ぬほど嫌がっていた。

 真面目な表情の裏に、冷え冷えとした怒りが横たわっているのかもしれない。源吾郎は僅かに身構えた。

 雪羽はしかし、繕うような笑みを浮かべて口を開いただけだった。

 

「先輩の言葉で確信したぜ。先輩はちゃんと庄三郎さんの事を、愛しているんだってね」

「あ、愛って……」

 

 源吾郎は目を丸くして言葉を漏らした。しかしツッコミを入れる事は無かった。出来なかった。雪羽は微笑んでいたが、言葉からは真剣さが溢れていたのだから。だから源吾郎は、一人で顔を赤らめるしかなかった。愛していると耳にして、別の存在を思い浮かべたのは、他ならぬ源吾郎なのだから。

 

 てかさ。顔を火照らせていた熱が引いたので顔を上げると、雪羽が源吾郎に声を掛けてきた。先程とは異なり、軽い調子である。

 

「折角だから俺の家に寄ってかない? 先輩も、俺に対して色々と話したい事とかあるでしょ。こんな外で立ち話も何だし」

「え、いやいや雷園寺。別にそこまでしなくても大丈夫だよ」

 

 源吾郎は目を丸くしつつ、慌てて雪羽の言葉に応じた。自分の家に寄って行かないか、という雪羽の申し出は、脈絡のない突飛なものに思えてならなかった。

 

「それにアポも無しに雷園寺君の、三國さんのお宅に訪問するのも良くないだろう。三國さんたちの用事だってあるし」

「庄三郎さんの所にはアポなしで行くって話なのに、そういう事を気にするんですかね」

 

 雪羽に庄三郎の許に訪れる時の事を指摘され、源吾郎は言葉を詰まらせた。

 とはいえ、庄三郎の許にアポなしで来訪する事にもれっきとした理由がある。アポを入れてしまうと、庄三郎が源吾郎を出迎えるために妙に張り切ってしまうためだ。それで部屋を綺麗にする程度ならばまだ良いのだが、ちょっと高級なお茶請けなどを毎度用意されると、それはそれで申し訳なかった。末の兄の暮らしは決して裕福ではないからだ。

 そんな訳で、源吾郎は最近庄三郎のアトリエに、アポなしで来訪するようにしているのだ。とはいえこれも、実の兄弟だから許される事なのかもしれないが。

 雪羽は尚も言葉を続ける。

 

「それにさ先輩。叔父貴はやって来るお客さんがアポなしかどうかなんて、あんまり気にしない性質だから、先輩も気を張らなくて大丈夫だよ。俺も前までは、オトモダチとかを叔父貴の家に連れ込んだ事もあるし」

「……」

 

 明るく平然と語る雪羽に対し、源吾郎はしばし言葉が出なかった。三國さんもその辺は気にした方が良いだろう、と思いはした。しかし一方で、雪羽のオトモダチを快く受け入れる鷹揚さが三國らしいとも思っていた。

 源吾郎はしかし、静かに首を振った。

 

「別に良いよ雷園寺君。三國さんの家にお邪魔するってなれば、俺も俺で心の準備とかが必要さからさ」

「そっか。それならしゃあないな」

 

 自分は三國の家にお邪魔するにあたり、心の準備が出来ていない。源吾郎の言葉に、雪羽はしごくあっさりと引き下がってくれた。拍子抜けしつつも、源吾郎は周囲を見やりながら言葉を続ける。自分たちは亀水の街中で出くわしていた。今は人通りの邪魔にならないように、少しばかり移動しているが。

 

「それよか雷園寺君。俺も色々話し込んじゃうかもしれないけれど、時間とか大丈夫なの? 予定があるとか、早く帰らないといけないとかだったら、遠慮せずにちゃんと言ってくれよな」

「大丈夫だって」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽はからりと笑って応じる。

 

「俺も暇つぶしがてらに散歩していただけなんだからさ。オトモダチとも会う機会がめっきり減っちゃったし、先輩に出会ってむしろラッキー、って思ってるくらいさ」

「そうか、それなら良かったよ」

 

 その後源吾郎は、雪羽と二言三言交わした所で別れた。米田さんの事について相談したり、雪羽の所の双子たちの話を聞いたりするのは、また別の機会でも良いだろう。雪羽との別れ際に、源吾郎はそう思ったのだった。

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