九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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第十九幕:社内研修と白龍の跋扈
宴の終わりと打ち上げの始まり


 接待や打ち上げと呼ばれる、本来の業務とは離れた所にある交流が、自分たちが後々行う業務の潤滑剤になる事を、源吾郎はうっすらと知っていた。

 そしてこの社会的な交流が、人間の専売特許ではない事、すなわち妖怪たちも積極的に行う事を、源吾郎は身をもって知る事となった。

 要するに、源吾郎は今まさに、若妖怪たちが行っている打ち上げの場に参加していたのだ。しかも胡琉安の生誕祭が終わった直後の事である。

 源吾郎はだから、穂谷先輩たちに誘われて出席したものの、夢でも見ているような気分でぼんやりしていた。

 元より生誕祭自体が、政治的な意図を絡みつつも宴会や打ち上げとしての側面を具えている。源吾郎も穂谷先輩たちもスタッフとして立ち働いてはいたが、大々的な宴会の場にいた事には変わりはない。そこから更に打ち上げを行おう考える若妖怪たちのパワフルさに、源吾郎は驚いていたのだ。

 

「どうしたんだい島崎君よぉ。ぼうっとしているみたいだが。まさかお前、酒なんか飲んだんじゃあないだろうな」

 

 金毛二尾の白川が、親しさとねちっこさの入り混じった口調で問いかけてくる。源吾郎は真顔で首を振った。

 

「お酒だなんて滅相もありません。僕はまだ未成年なので」

 

 未成年、と言うのは人間の基準に則っての話である。半妖として生まれ、妖狐としての自認と自覚をもって生きている源吾郎であるが、法的には純然たる人間である。それゆえ人間社会の法律に護られるが、逆に源吾郎も人間の法律を護らねばならなかった。

 もっとも、人間だの妖怪だのと言う種族以前に、雉鶏精一派の生誕祭では、飲酒行為自体が警戒しされていたのだが。前回の生誕祭で、雷園寺雪羽が過度な飲酒によって不祥事を起こした為である。あれでも彼は第八幹部の重臣であり、尚且つ雷園寺家の次期当主候補でもある。従って、彼が仕出かした不祥事は、内容以上に大きな事件として扱われた。貴族妖怪たる源吾郎が巻き込まれたのも大きいのかもしれないが。

 

「白川君。あんまり島崎君をからかったらいけないよ。萩尾丸様や林崎部長に小言を喰らうかもしれないし、何より島崎君が可哀想じゃないか」

「ははは、穂谷さんも相変わらず真面目ですねぇ。打ち上げの場ですから、俺たちみたいにはしゃいでも罰は当たらないでしょうに」

 

 絡んできた白川先輩に対してそう言うのは、黒狐の穂谷先輩だった。

 

「からかってませんよぅ穂谷さん。それに俺も、流石にあいつが……島崎君が吞んでない事くらい解っていましたし」

 

 穂谷先輩に窘められ、白川はしおらしい態度を取った。本心からしゅんとしている訳ではなく、あからさまな様子でしおらしさを演出している所がいかにも妖狐らしい。

 白川に絡まれて、現世に意識が戻ってきた気分の源吾郎だった。だが眼前で広がる穂谷先輩と白川のやり取りもまた、何処か浮世離れした物のように思えてしまった。穂他の先輩と白川は、ほぼ同年代の妖狐のように源吾郎の目には映った。二人とも二尾であるし、妖力の保有量の差もそれほど大きい訳ではない。

 しかし二人が会話する際は、穂谷先輩の方が白川に対して先輩格になる事が往々にしてあった。そして白川が源吾郎をからかうと、決まって穂谷先輩が小言を言い、源吾郎のフォローを行うのだ。

 白川が源吾郎にちょっかいをかける理由は解る。だが、穂谷先輩がせっせと源吾郎を庇い白川を諫めるのが何故なのか、その理由はよく解らなかった。と言っても、源吾郎自身も深く追求するつもりもなかった。嫌われている訳でも無いし、好かれるのならばその好意に甘えるのも良いだろう。そう思う癖が、源吾郎にはあったのだ。お前は自分が愛されて当然だと思っているだろう。雪羽などにそう詰られる事もままあったが、源吾郎の持つ思考の癖ゆえの事であるのは言うまでもない。

 穂谷先輩は、優しげな眼差しを源吾郎に向けつつ口を開いた。

 

「島崎君もお疲れ様。普段の仕事と違って、生誕祭はずっと立ち仕事だしお偉方の妖《ひと》たちの給仕をしないといけないから、疲れちゃったかな?」

「いえ大丈夫です。疲れてなんかないです」

 

 先程までぼんやりとしていた表情を引き締め、源吾郎は疲れていないと言い張った。実際には疲れていた。肉体的にも精神的にも。それでも穂谷先輩や他の若妖狐たちの前では、まだまだ元気があるのだとアピールしたかった。同席する若妖狐の中には元気そうな者もいたし、何より自身が非力でか弱い半妖であると思われるのは癪だった。

 源吾郎の心中に気付いているのかいないのか、穂谷先輩は安心したように微笑む。

 

「それは良かったよ島崎君。去年は君も初参加だったし……ちょっとしたトラブルに巻き込まれてクタクタになった事を知っているから、ね。今年はトラブルも起きずに無事に終わったから、僕も一安心だよ」

 

 目を細める穂谷先輩の姿に、源吾郎は少しだけ元気になった。あるいは調子に乗ってしまった。

 

「ま、まぁ穂谷先輩。今年は無事に生誕祭が終わるって事は、俺も薄々解っていましたけどね。何せ去年の事があったんですから。雷園寺のやつだって散々お灸を据えられたところですし、他の妖だってやらかしたりしないでしょう」

 

 つらつらと出てきた源吾郎の言葉を聞くや、あちこちで失笑が上がった。妖狐たちは、事もあろうに源吾郎の言葉を聞いて笑っていたのだ。白川などは、尻尾を震わせ手で膝を叩いている始末だ。

 

「ああ、ああ。そこで雷園寺君のやらかしの事を口にするか。確かに去年のグラスタワー事件は、雷園寺君のおイタだという事には異論はないぜ」

 

 上下左右に振るっていた尻尾の動きをいくらかささやかなものにしつつ、白川は告げる。だがな。一呼吸おいてから言葉を切ると、じっとりとした眼差しを源吾郎に向けた。

 

「あの件は島崎君にもちぃと問題はあったと思うんだがなぁ。なんせあのグラスタワー事件はさ、島崎君が()()()()狐娘なんぞに変化しなければ起きなかったんだろうからさ。ああもちろん、悪心を抱いて手を出した雷園寺君が悪いとは思っているけどな」

 

 白川の言葉に、源吾郎はぐっと呻くほかなかった。グラスタワー事件は雪羽の悪事であるが、事件そのものを誘発したのは源吾郎でもある。まことしやかにささやかれるこの論説に対して、源吾郎は大いに思う所があったためだ。

 源吾郎としてはそんな馬鹿な事を、と一蹴したい所ではある。しかし雪羽が絡んできた狐娘と言うのは、宮坂京子と言う源吾郎の変化した存在である。急ごしらえで変化したものの、宮坂京子も中々の美少女だったらしい。まぁ、源吾郎としても、同じ女の子に変化するのならば美少女に変化する事を選択するのだが。

 いずれにせよ、源吾郎が美少女に変化するという要らん事をしたからこそ、雷園寺雪羽も要らん事を考えて事件を起こしたのだ。白川を筆頭に、若妖怪たちの中にはそう思う手合いが一定数いた。これが本当の美少女ならば、罪もない被害者を糾弾しているではないかと言う意見も出たかもしれない。しかし宮坂京子はつまるところ源吾郎と同じ存在なのだから、そう言った意見も殆ど出てこなかった。

 源吾郎としても、島崎源吾郎として正体を隠さず給仕をしていたら、グラスタワー事件は起きなかったかもしれないと思っているほどなのだから。

 

「……そこは白川先輩の仰る通りだと、僕も思っています。女の子に変化したのならば、そう言うリスクも発生するという事を、僕は見落としておりましたので」

 

 でもさ島崎君。しおらしい口調で言った源吾郎の言葉に反応し、狐娘の一人が声を上げる。

 

「島崎君はさ、結局今年()宮坂京子に変化して生誕祭のスタッフとして働いていたんでしょ。今はもう、変化は解いちゃっているけれど」

「ああ、ああ。そう言えばそうだったな」

 

 狐娘の言葉に、近くにいた若妖怪も頷いて同意の言葉を口にする。

 そこからまた、あちこちで笑い声が迸った。

 

「それにしても、島崎も中々肝の太いやつだよな。俺が島崎なら、もう一度女の子に変化して給仕しようなんて思わないぜ。去年嫌な目に遭ったばかりなのにさ」

「そもそも俺らは女に変化なんてしないけどな、ははは」

「てかさ、雷園寺君も傑作だったよね。宮坂さんが近づくたびに苦虫を噛み潰したみたいな顔になってたんだから」

「まぁ島崎は執念深い所があるもんなぁ」

 

 方々で宮坂京子の事を口にしていたのだが、源吾郎は特に何も言わなかった。今年の生誕祭も、宮坂京子として参加した事は紛れもない事実なのだから。

 但し、今年は宮坂京子の素性が去年とは異なっていた。去年は急遽飛び込みバイトで参加した妖狐の少女と言う設定だったのだが、今年からは萩尾丸の正式な部下と言う事になったのだ。

 頭目と幹部たちの宴会は終わった。だが下々の若妖怪たちの宴は、これからが本番なのだ。

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