九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

515 / 601
一長一短の親族経営

 源吾郎が青松丸の許へ向かったのは、生誕祭から一夜明けた午前九時過ぎの事だった。向かった先は職場たる研究センターの事務所ではなく、研究センターの敷地に併設された居住区内だった。自宅から通勤している萩尾丸と異なり、紅藤と青松丸は研究センター内にある居住区で暮らしているのだ。仕事と私生活を一緒くたに考えている紅藤らしい住環境ともいえる。もっとも、源吾郎も研究センター内の居住区に住まう妖怪の一人ではあるのだが。

 

「おやおや島崎君。確か去年はホップ君の様子を見るために君の部屋にお邪魔したけれど、今回は君の方から来てくれたんだね。今日はどうしたの? ホップ君の面倒を見て欲しいって感じでもないけれど」

「ホップなら元気です。今しがた僕の方で面倒を見ました」

 

 小さな声で、そしてやや口早に源吾郎は応じる。内心驚いていた。自分はまだ何も言っていないのに、ホップの事についておおよそ推察しているとは、と。

 とはいえ青松丸先輩も紅藤様の子息であり、胡琉安閣下の半兄なのだ。それにずっと紅藤様の傍で過ごされているから、洞察力が高くても自然な事では無いか。そう思い直した源吾郎は、青松丸をじっと見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「ええと、今回は、少しお尋ねしたい事がありまして、それでお邪魔致しました」

 

 そこまで言うと、源吾郎は上目遣い気味に青松丸を見やった。相手の様子を窺う時、上目遣いになってしまうのは源吾郎の癖だったのだ。男の上目遣いには需要は無いらしいが、この癖は幼少期からの物なので、今更矯正するのも難しいだろう。それに上目遣いをしているからと言って、とやかく言われる訳でも無いし。

 青松丸も、源吾郎の上目遣いについて特に何も言及しなかった。源吾郎の想定内であるが。むしろ後輩に見つめられ、青松丸は真面目な表情を作ってすらいる。

 

「相談事の類かな、島崎君。僕で大丈夫かな。話の内容によっては、聞くだけになっちゃうかもしれないけれど……」

「大丈夫ですよ、青松丸先輩」

 

 真面目な表情で何処か気弱に呟く青松丸に対し、半ば食い気味に源吾郎は応じた。

 

「相談事と言うよりも、本当に質問したい事があるってレベルなんです。と言っても、仕事の話になっちゃうんですけれど。青松丸先輩は大丈夫ですか? 休暇の折に仕事の話を聞くのってしんどくないですか?」

「それは大丈夫だよ。僕らも仕事とプライベートはごっちゃになっているようなものだから、ね」

 

 気遣って問い返した源吾郎の言葉に、青松丸は笑顔で頷いた。普段のおっとりとした表情とは打って変わり、屈託のない無邪気な笑みだった。源吾郎も思わず毒気を抜かれてしまうほどに。

 それでも源吾郎は気を取り直し、口を開く。

 

「あ、ありがとうございます。実は僕、昨夜双睛鳥様にお会いしたんですが、その時に『休み明けから島崎君は僕の事務所で働く事になってるんだ』と言われたんです。研修とかインターンシップの類だとは仰っていたのですが……」

 

 源吾郎はここで一旦言葉を切り、青松丸の様子を見やった。思い返してみても驚きの念が蘇り、半ばまくしたてるように話してしまった。青松丸が事情を知っているのかどうか、話しながら相手の表情で確認するのを怠っていたのだ。

 もし仮に青松丸が事情を知らないのであれば、これ以上話しても無駄になってしまう訳であるし。

 

「ああ、その話だね」

 

 幸いな事に、青松丸は事情を知っていたようだ。もちろん源吾郎は「ご存じなんですね」と言って先を促した。

 

「双睛鳥君の所、八頭怪との全面戦争があった後から、少し妖員が減少しちゃったんだ。ああだけど、殉職じゃなくて退職した妖が何羽か出ただけだから心配しないで。人間の会社でも、若い子が仕事を辞めちゃう事ってままある訳だし」

 

 源吾郎は頷く事も忘れて青松丸の話に耳を傾けていた。殉職と言う単語を耳にしたせいで、顔が少し引き攣ってしまった。普通の職場ならば出てこない言葉だろう。しかし雉鶏精一派が対立していた妖怪と闘ったり、内通者を密かに粛清していた事を思えば、殉職者が存在していてもおかしくないのかもしれないが。

 ともあれ妖手不足なんだ。源吾郎の穏やかならぬ心中をよそに、青松丸はすまし顔で言葉を続ける。

 

「しかも妖員が減ったのに、業務内容自体は増えてしまったみたいでね。要するに、双睛鳥君の所は仕事が増えてしまって、今いる妖員ではちょっと仕事がきついって状態に陥ってしまったんだ」

「……それで僕が、研修と言う名目で双睛鳥様の所の仕事を手伝う話になった、と言う感じですかね」

 

 大まかな話の流れが解ったと感じ、源吾郎は言葉を紡ぐ。その通りだと青松丸も頷いていた。

 

「そうそう。研修と言うか業務の応援とも言えるかな。どっちにしろこの間の幹部会議の時に決まったんだ。僕は勿論その会議には参加していなかったけれど、母様から双睛鳥君の所の話は聞いていてね」

 

 今度は源吾郎が話に耳を傾け、頷く番だった。青松丸が幹部会議に参加せずとも、紅藤に内容を教えられたので何があったのか知っている。その事については源吾郎も特に驚きはしなかった。青松丸自身は幹部ではないが、彼自身が望めば幹部にも摂政にもなれる事は知っていた。

 更に言えば、紅藤が二人いる息子のうち胡琉安よりも、青松丸の方をより深く愛しているであろう事も、だ。

 

「もちろん島崎君の応援業務の話は、仕事の場で話すつもりだったんだ。島崎君も仕事熱心だけど、若いし四六時中仕事の事ばかり考えていてもしんどいでしょ? 紅藤様も萩尾丸さんもそう思っていたんだけど……」

「実際には、紅藤様たちに教えていただく前に、双睛鳥様ご本妖から話をお聞きする形になったって感じですね」

 

 言い終えてから、源吾郎はおのれの言い方がまずくは無かっただろうかと思案した。小生意気に思われたりしないかどうか。おのれの欲望のままに生きるなどと豪語する事もある源吾郎だが、それでも妙な所で末っ子気質が抜けない所もあるのだ。

 幸いな事に、青松丸は気を悪くした様子は見られなかった。思案するような表情で微笑んでいるだけだ。

 

「島崎君に話しかけた時の双睛鳥君って、きっとお酒に酔って良い気分になっていたんじゃあないかな。それに自分の部署での話だしと思って、島崎君を見かけた時についつい話したと僕は思うんだけど」

「そうです。まさに青松丸先輩の仰る通りです」

 

 もしかしたら、青松丸先輩には千里眼や読心術と言った権能が具わっているのではないか。半ば本気でそんな事を思いつつ、源吾郎はまたしても頷いた。

 青松丸はと言うと、その面には相変わらず笑みを浮かべてはいる。しかし少し困ったような、呆れたような笑みに変質していた。

 

「まぁ、双睛鳥君もあれで結構言動が軽い所があるからね。それでって訳じゃあないだろうけれど、とにかく島崎君を見つけたから話しておこうって思ったんだろうね」

「……」

 

 今回は相槌を打ちつつも、源吾郎は無言だった。双睛鳥の気質や性格について考えていたのだ。言動が軽いと青松丸は言っていたが、その通りであるようにもそうとも言えないようにも源吾郎には思えた。昨年の生誕祭の場では、飄々とした言動が目立ってはいた。

 だが双睛鳥の言動で印象的だったのは、偏光眼鏡が割れた直後の物である。かつて見た飄々とした言動はなりを潜め、恐ろしく自罰的で卑屈な態度を取っていたではないか。

 

「とはいえ、双睛鳥君も元気になったみたいで良かったよ。あの子にしてみても、八頭怪との全面戦争については思う所があったからね」

 

 青松丸の浮かべる表情は穏やかであるが、穏やかで緩やかな状態のまま、表情そのものが移り変わっていた。呆れの浮かんだ笑みから優しい笑みへと変わり、それから何処か寂寥感を伴った、翳りのある表情へとたどり着いたのだ。

 

「いや、八頭怪云々と言うよりも、紫苑さんと……元の第五幹部と闘った事が堪えただろうね。彼女の事は、僕らも姉のように慕っていたから」

 

 紫苑の事を姉のように慕っていた。話の流れからすると唐突で、脈絡もない言葉ではある。しかしこの言葉こそが、青松丸の本心ではないかと源吾郎は思っていた。

 

「弟も双睛鳥君の事は弟みたいに可愛がっているからね。だから僕も、あの子の事は心配になるんだよ。弟の弟分も弟みたいなものだし」

「それは確かにそうですよね」

 

 弟の弟分も弟みたいなもの。源吾郎は末っ子ではあるが、青松丸の理屈は理解できた。叔父たちがそうした考えを持っているのを知っているからだ。

 青松丸はと言うと、少し慌てた表情を作って言い添えた。

 

「あ、弟って言うのは胡琉安様の事だよ。頭目で、雉鶏精一派では最高位の地位にいらっしゃるはずなのに、ついつい弟って言っちゃう事があるんだよ……まぁ、島崎君の前だから、別に問題ないよね?」

「そりゃあまぁ胡琉安閣下は青松丸先輩の弟君ですもの」

 

 双睛鳥に言われた事について話していただけだった源吾郎であるが、最終的には雉鶏精一派の組織、特に上層部の関係性について思いを馳せ始めていた。青松丸と胡琉安が兄弟である事はさておき、やはり弟分とか妹分と言う概念が根強く残っている。その事を源吾郎は再確認したのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。