九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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化鳥たち 呪物を用いて狐を試す

 双睛鳥の問いを聞いた源吾郎は、彼の顔とテーブルに置かれた壺とを交互に眺めていた。籠められているであろう念の有無でもって、両者の壺の違いには既に気付いていた。

 しかしそれを、すぐさま口にして良いのか。源吾郎はそんな疑問を抱いてもいた。テストの一環であると双睛鳥は言ったのだ。違いが判るかどうかという事だけではなく、答え方などについても注目されるのかもしれない。そんな風に源吾郎は判断したのだ。

 源吾郎はだから、すぐにではなく少し考えてから質問を投げかけた。

 

「双睛鳥様。違いと言うのは一体どういう事でしょうか? 確かに、パッと見た上では同じ壺のように見える事は見えます。ですが……」

「島崎君は、二つの壺がそれぞれ違うものだと思ったんだね」

 

 言葉を半ば遮るような形で、双睛鳥は断言する。源吾郎は頷く事無く、ただただ喉をヒュッと鳴らしただけだった。今度こそおのれの心中を見抜かれたという思いが、源吾郎の脳裏を支配していた。

 

「どうして俺の、いえ僕が考えている事が解ったのですか」

「パッと見た上では、と言う前置きがあったからね。本当に同じ壺だと思っていたら、わざわざそんな事は言わないでしょ」

 

 簡単な話さ。間の抜けた源吾郎の問いかけに対し、双睛鳥は朗らかに笑った。眼力や本質を見定める能力などではなく、もっと単純な所で源吾郎の考えを読み取ったらしい。

 その事に気付いた源吾郎は、神妙な面持ちとなった。元より考えている事や思っている事が解りやすいと言われる性質だったのだ。

 

「それじゃあ島崎君。二つの壺が違うって感じたみたいだけど、どんな風に違うのかな。僕たちに説明してくれる?」

 

 微笑みながら双睛鳥は源吾郎に促す。実を言えば、応接室にいるのは双睛鳥と源吾郎の二人(一羽と一人)きりでは無かった。双睛鳥の隣に、鳥系魔族の青年が控えていたのだ。彼は肩の中ほどまで伸ばした白銀の髪を後ろで束ね、何処となく白衣めいた衣裳に身を包んでいる。種族は定かではないが、風貌からして西洋の魔族であろうと源吾郎は思っていた。

 その彼は無言で双睛鳥の傍に侍り、源吾郎の様子を静かに観察していた。

 

「違いは……僕からしてみれば明らかな物なのです。一つは普通の壺に過ぎませんが、もう一つには念のような物が籠っているみたいですし」

 

 源吾郎の言葉に、双睛鳥と鳥魔族の青年が目配せをした。この時青年が何事かを呟くのを、源吾郎は初めて耳にした。

 成程ねぇ。ややあってから、はっきりとした声量で呟いたのは双睛鳥だった。相変わらず人の好さそうな笑みを浮かべてはいるが、偏光眼鏡の奥から覗く眼差しは鋭い。

 

「やっぱり島崎君には、普通の道具と呪物の違いは解ったんだね。ふふふ、やっぱり妖狐だから呪物の気配には敏感なんだね」

「妖狐と言うのもあるでしょうが、彼自身の特性も大きいと僕は思いますがね」

 

 満足げに語る双睛鳥に対し、鳥魔族の青年がおのれの意見を述べた。先程の呟きとは異なり、源吾郎にも彼の言葉ははっきりと聞こえた。

 

「妖狐は個体数が多いですが、その分得意分野が個体ごとに異なるというのは有名な話です。島崎君は特に、術や気を見抜く能力を得意としているのでしょう」

「ああ、確かにそれはあるよねぇ」

 

 青年の言葉に、双睛鳥は納得したように何度も頷いていた。

 少しの間放っておかれた源吾郎であったが、双睛鳥はすぐに源吾郎の方に向き直り、彼に向けて解説を行ってくれた。彼の手指は、まず念が籠っていると感じた方を指し示していた。

 

「大体答えも解ったみたいだから種明かしをしていくね。こっちの壺は、元々呪詛の媒体として使われていたみたいなんだ。生贄の臓物とか血とかを入れて、熟成させるのに使っていたらしくて――」

 

 念が籠っている壺の来歴について、双睛鳥は解説を続けてくれた。源吾郎は頷く事も忘れて、ただ話を聞いていた。生々しく血腥い話を聞かされるのは、腐りかけた生肉を腹に詰め込んでいくような苦行に等しかった。

 淫蕩にして残忍な気質を持つという玉藻御前の血を受け継ぐ源吾郎であるが、先祖の残忍さを彼は一切受け継がなかった。それどころか、血肉や臓物の絡むグロテスクな話はどうにも苦手だった。とはいえ、親族からその事をからかわれたり叱責されたりする事は無かった。むしろ臆病なのは用心深さに繋がるから良い事であると、長姉から真面目な口調で諭された事すらあるほどだ。

 

「……だ、大丈夫なのですか」

 

 話が一通り終わった所で、源吾郎は絞り出すような口調で呼びかけた。あまりにも言葉足らずな問いかけだったが、向こうは何を言おうとしているのか察してくれた。

 

「もちろん大丈夫だよ。この壺に残っている念と言うのも、せいぜい残り滓レベルに過ぎないんだ。大半の念は、僕らの方であらかじめ食べていた訳だし」

 

 念を食べる。その言葉に反応し、源吾郎の瞼がピクリと動いた。

 もしかして驚いた? 源吾郎の微かな変化に気付いたのだろう、双睛鳥は微笑みながら問いかける。

 

「はい。念を食べると聞いて、少し驚いてしまいました」

 

 源吾郎は頷き、素直におのれの考えを口にした。

 眼力の有無はさておき、双睛鳥が高い洞察力の持ち主である事はもう既に気付いている。だからこそ変に誤魔化さず、素直に応じた方が良いと判断していた。

 そもそもからして、源吾郎は素直におのれの考えを口にする事や、おのれの未熟さを晒す事自体に抵抗感を抱いていないのだが。

 しかし、だ。おのれの考えを口にしている間に、妖怪が物質ではなく念を食べるという事はそれほど珍しい話では無いのだと思い直した。と言うよりも、サカイ先輩が念を食べたり、双睛鳥が犬神を襲って喰い殺したりしていたのを思い出したのだ。

 

「ですが、よく考えたら、念を食べるというのは双睛鳥様やサカイ先輩の得意分野、でしたよね」

 

 またも思った事を口にした。双睛鳥は鷹揚に微笑み、右手で髪をかき上げる。人型のままだが、彼の姿に羽毛や鶏冠が露わになっている様子を幻視したように思えた。

 

「まぁね。特に僕は邪眼を宿し、毒を具えるコカトリスだからね。呪詛の類には少々耐性があるんだ。それだけじゃあなくて、呪詛や怨念を取り込んで力に変換する事も出来る。ちょうど、フグがプランクトンを食べて毒を蓄積していくようにね」

 

 第七幹部たる双睛鳥の呪詛への耐性は、少々などと言うレベルではないだろう。そんな事を思っていると、彼は今一度源吾郎に視線を向けた。

 

「まぁ、念を吸い取るという部分は、島崎君たち妖狐にも馴染みのある所じゃあないかな? もっとも、妖狐たちの場合は、物品よりもむしろ人間や他の妖怪とかから念を吸い取る事の方が多そうだけど」

「ええ、ええ。双睛鳥様の仰る通りです」

 

 双睛鳥の言葉を肯定し、源吾郎は笑って頷いていた。笑おうとした頬は、不自然に引き攣ってしまったが。

 妖狐にまつわる伝承には妖しい気配の漂うものも多い。しかしそれも、真実に裏打ちされたものである。源吾郎とて、多かれ少なかれ他者から念を吸い取った事はあるにはある。

 その事を口にすると、双睛鳥は隣の青年と共に驚いたように目を丸くした。色事に疎そうな――実際に疎いのだが――源吾郎の発言に驚いたのだろう。妖狐に対してその手の偏見を抱いている事に気付くと、源吾郎は複雑な気持ちになった。

 

「と言っても、僕は演劇でもって人を感心させ、それで念を少しずつ吸い取っていたらしいんですけどね。もしかしたら、僕が膨大な妖力を維持できているのは、そうした事も影響があるのかもしれませんが……」

 

 妖狐としての能力を高める道具としての演劇が、実際に妖力を増やす助けになっていた。それは何とも皮肉な話ではないか。そう思うと笑いが込み上げてきそうになった。双睛鳥たちの前だから、心の中で乾いた笑いを漏らすだけに留めておいたが。

 

 ともあれ源吾郎は、先程の壺のテストにて怨念や気の類を敏感に読み取れる事、一定以上の強さの怨念を前にしても、怯んだり体調を崩したりしない事が明らかになった。双睛鳥の仕事では呪物の引き取りや怨念の浄化なども含まれるため、源吾郎の素質は重要なものであるらしい。

 余談ではあるが、もし先のテストで源吾郎が体調不良に陥った場合は、双睛鳥の傍らに控えていた青年が処置を行う予定だったらしい。彼はカラドリウスと言う名の化鳥であり、病魔を吸い取って放出する事が出来るとの事だった。

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