九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雷獣訪れ小鳥を思う

 木曜日。双睛鳥の事業所から研究センターまで戻ってきた源吾郎は、居住区に戻らずにそのまま事務所付近へと歩を進めた。時間は午後の八時半を回っている。双睛鳥の事業所での仕事は定時までであるが、参之宮近辺から吉崎町に戻るまでは、どうにも時間がかかってしまうのだ。

 午後八時半。夜中とは言い難い時間帯ではある。しかし日中仕事を行っている事を思えば遅い時間と言っても過言ではない。研究センターも表向きは終業時間をとうに過ぎている時間帯であるし、工場棟も夜勤があると言えども昼間のようなにぎやかさは無い。

 わざわざ職場たる研究センターや併設する施設内を歩いている源吾郎であるが、それは何も仕事をするためではない。雷園寺雪羽を迎えに行くためだった。

 

「あっ、島崎先輩。こっちこっち!」

 

 探し者である雪羽はすぐに見つかった。向こうが声を掛け、手を振って来たからである。

 雪羽は研究センターと工場棟の合間にある四阿めいたところに佇立していた。屋外なので電灯などもなく周囲は世の帳に包まれている。しかし雪羽自身がぼんやりと発光しており、暗さを気にしている素振りは無い。もっとも、雷獣は電流によって周囲を探知する事が出来るので、周りが見えなくても気にしない可能性はあるが。

 線の細い、端麗な少年の姿であるから、うっすらと発光する雪羽は怪しくも幻想的な雰囲気を漂わせていた。少しでも言葉を交わせば、怪しさも陰りもない、明るく快活な少年である事は明らかになるのだが。

 

「おお、雷園寺君。ごめんな、待たせちゃって」

 

 言いながら、源吾郎は慌てて雪羽の許に駆け寄る。そんな源吾郎の姿を見るや、雪羽は微笑みながら首を振った。

 

「謝らなくて良いんだぜ」

 

 これが今一度、源吾郎と目を合わせた雪羽の第一声だった。どうやら雪羽は、源吾郎が本心から申し訳なく思い、謝罪の言葉を口にしたとでも思っているらしい。

 

「先輩が遅くなるって事は解っていたし、別に待つのは平気だからさ」

「まぁ、それもそうかもしれないけれど……」

 

 言いながら、源吾郎は周囲を見渡す。

 雪羽が何故こんな所で待っていたのかについては、おおよそ見当がついた。表向き仕事を終えたという事になっている訳だから、研究センター内にいる事も出来なかったのだろう。かといって、工場棟に勤務している訳でも無いので、工場棟の中でぶらつく事も無理である。

 そんな事を思っていると、雪羽が悪戯っぽい笑みを見せた。

 

「それに俺、ここでずっと一人で待ってた訳でも無いんだぜ。六時とか七時ごろはさ、鳥姐さんも来てくれたから、二人で駄弁ったりして時間も潰せたし」

「そ、そうだったんか……」

 

 雪羽の言葉に、源吾郎はツッコミは入れずにただそう言うだけだった。頭の中では半ば呆れてツッコミを入れてはいたのだが、敢えて口にはしない。婚約者のいる鳥姐さんもとい鳥園寺飛鳥に、妖怪とはいえ若い男である雪羽が二人きりで会うのは何かと問題があるのではないか。源吾郎は度々そう思う事があった。しかし雪羽も鳥園寺さんも特段気にしていないから、あまり気にしない方が良いのかもしれないと思う事もままある。

 気を取り直し、源吾郎は雪羽を見据えて改めて口を開く。

 

「ま、取り敢えずこんな所で立ち話もなんだからさ。俺の部屋に向かおうぜ」

「あははっ。先輩に真面目な表情で大胆なお誘いを受けるなんて、妖生何が起きるか解らないっすね」

「しょうもない冗談を言うなよ。それともあれか、京子ちゃんと一緒に過ごしたいんか? それでも構わんぞ。京子ちゃんも今の雷園寺なら拒絶しないし」

「京子ちゃんはもう良いんだよ。と言うか先輩と同一妖物なんだろ!」

 

 ああだこうだと軽口を叩きつつも、雪羽は源吾郎と共に居住区へと向かっていた。

 

 雪羽が今の今まで研究センターに留まっていたのは、源吾郎の本宅に泊まるためだった。盆休みの前後から源吾郎の所に泊まりたいと何度か申し出ていたのだ。「島崎先輩が双睛鳥の兄さんんところで研修をするから、そうなるとちょっと寂しいな、と思ってね」と言うのは雪羽の弁である。雪羽は意外と寂しがり屋な所があるのだ。

 源吾郎の許に泊まりたいという雪羽の申し出は、萩尾丸たちにも正式に許可された物でもあった。気まま(?)な一人暮らしを謳歌する源吾郎とは異なり、雪羽の行動は萩尾丸に概ね管理されている。少し憐れに思うかもしれないが、そもそも昨年の生誕祭でおイタを行い、再教育が必要と判断された結果なので致し方ない。それどころか休日は三國の許に戻る事も、日中遊び歩く事も許容されている。萩尾丸の処遇はむしろ寛大な方なのかもしれない。

 そして今日は平日の木曜日であるが、源吾郎の許に泊まる事は、本宅であれば問題ないと当局は判断していた。本宅は研究センターの居住区であり、いざという時は紅藤や青松丸の目があるからだ。

 それに今や、源吾郎と雪羽は互いに気心の知れた間柄となっている。出会った当初ならいざ知らず、今はもう互いに喧嘩をする事もまず無いだろう。そのような事もあるからこそ、雪羽が源吾郎の許に泊まる事は容認されていたのだ。

 

「ただいまホップ」

「お邪魔しまっす」

 

 源吾郎の挨拶の後に、雪羽の無邪気な声が響く。挨拶に対する返答は無かった。家主たる源吾郎がいない部屋は電灯がついておらず、真っ暗である。留守番をしていたホップも眠っているのだろう。

 そんな事を思いながら、源吾郎は手探りで灯りを付ける。靴を脱いでリビングの方に向かった所で、小さな羽音と電子音めいた啼き声が聞こえた。十姉妹妖怪のホップが立てた羽音と啼き声である事は言うまでもない。

 

「ホップちゃん、起きたみたいっすね」

 

 軽い調子で語る雪羽に対し、源吾郎は渋い顔で頷いた。

 

「起きたというか、起こしちゃったと言った方が正しいかな。ほらさ、双睛鳥様の許で研修が始まってから、帰りが遅くなってるだろ。だからなのか、俺が帰ってきて部屋が明るくなると、寝ていたはずなのにもう一度起きてしまうんだよ。今までだったら、朝まで寝ていたはずなのに」

 

 一度言葉を切り、視線を鳥籠のある先へと向けた。

 

「ホップの健康に悪くないか、正直言って心配なんだ。生活習慣が崩れちゃってる気がしてさ」

「そんなに深刻に考えなくても良いと思うけどね」

 

 ため息交じりにぼやく源吾郎に対し、雪羽はやけにしっかりとした口調で言い放った。あまりにも真剣な物言いだったので、思わず彼の顔を見やるほどだ。

 雪羽はふざけてなどいなかった。真面目な表情で放った言葉である事は、彼の表情が物語っているではないか。

 源吾郎の視線を受け、雪羽はこちらに顔を向けた。

 

「先輩がホップちゃんの事を心配する気持ちも解りますよ。ですがホップちゃんは、先輩が思っているほどか弱い存在じゃあないと思うんすよ。

 そりゃあまぁ、生き物はいつか死んじゃう事もあるにはあります。だけどどんな生き物だって、案外しぶとくて強い物なんですから」

 

 生き物はいつか死んでしまう。それでも生き物はしぶとくて強い。雪羽の言葉は、源吾郎の胸と頭にずっしりとのしかかってきた。妖の生き死にについて語る時、雪羽の言葉は決まって重みを伴うのだ。

 そうだよな。確かに雷園寺の言うとおりだよな。源吾郎がそう言おうとした次の瞬間には、雪羽はいたずらっぽい笑みを浮かべながら言い添えた。

 

「ま、小鳥の事で心配事があるんだったら、それこそ鳥姐さんや柳澤の兄さんに相談したら良いと思うけどな。二人とも鳥好きだし鳥を飼ってるんだから、先輩の相談にも乗ってくれるはずだぜ」

 

 雪羽はここで一度言葉を切ると、ホップを眺めても構わないかと申し出た。源吾郎は雪羽の申し出を快諾した。ホップが雪羽の姿を見ても、怖がらない事を既に知っているためである。

 眺めると言いつつも鳥籠から三、四歩ほど距離を置いて腰を下ろした雪羽を見やりながら、源吾郎は手洗い場に向かった。帰宅したとはいえそのままくつろぐわけではない。夕飯の支度を行うためだ。普段よりも遅い時間であると言っても、おかずの下ごしらえや作り置きは前もって行っているためそれほど苦ではない。

 それに今回は雪羽がわざわざ遊びに来ているのだ。それならば尚更、料理は手抜きできないと源吾郎は思っていた。

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