九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雷獣は喜び勇んで狐に語る

 夕食はチキンカツを主菜に付け合わせの温野菜、そしてやや中華風に味付けしたスープを用意した。仕事終わり、それも出来上がった頃には九時前を回っていたが、源吾郎は特に徒労だとは思わなかった。前もって下準備していた物を調理したり、適当な大きさに切って茹でたりしたためである。

 源吾郎自身は料理好きではある。しかし最近は、研修疲れと言う事もあって、より効率よく時間を無駄にせず料理を作る方法を模索してもいた。そこで適当に作れるところは適当でも良いと思い始めたのだ。

 もちろん、今回は客妖たる雪羽も口にする料理だから、全くもって手抜きなどと言う訳では無い。実際問題、チキンカツと小エビのフライを中心に、ニンジンやキャベツやトウモロコシなどの温野菜を添えると、中々豪華な料理に見えたのだった。

 

 なお、料理のメニューに関しては、雪羽には前もって確認を取っていた。幸いな事に雪羽はアレルギー持ちではない。しかし種族的な食性や個妖的な好みの問題もある。そうした事をあらかじめ雪羽と軽く相談した上でのメニューでもあった。

 チキンカツと共にエビフライも用意したのもそのためだったりする。雪羽は海産物を気味悪がる節があるが、焼いたり揚げたりして十分に加熱調理されていたら、案外喜んで食べるのだ。むしろザリガニやサワガニなどを、唐揚げにして食べた事もあるくらいだ。

 

「お待たせ。ちと遅くなっちゃってごめんな」

「そんなの全然気にしてないっすよ」

 

 各々のおかずを取り分けながら、源吾郎と雪羽は言葉を交わした。気にしていないという雪羽の言葉は本心からの物であり、そのために申し訳なく思っていた気持ちも薄らいだ。

 それに、だ。こうして顔を突き合わせて話しているうちに、自分の心が和んでいくのを源吾郎ははっきりと感じていた。雪羽は素直に寂しいなどと口にしていたが、源吾郎も雪羽に会えなくて寂しさを感じていたのだと今ここで気付いた。

 寂しがるなんて子供っぽいではないか。しかも相手は雷園寺だし。そんな事を思っていると、雪羽が話題を変える。

 雪羽は、今回の夕食が中々手が込んで豪華な割に、段取り良く源吾郎が作っている事に驚き、関心の念を示していた。源吾郎は前もって下ごしらえをしていた事、効率よく料理を進める事を考えているから、それほど苦ではない事などを語った。源吾郎の言葉には照れも何もない。思った事を口にしただけである。

 

「てかさ、雷園寺君も萩尾丸先輩の許で再教育中だから、料理とかも教えて貰ってるんだろう。だからその……俺が料理を作る事で、それほど驚かなくても良いと思うんだけど」

「ま、まぁ、料理も勉強中だよ。でも卵焼きとかサンドイッチとか、そう言う簡単な物をちょこっとやってるだけだぜ」

「簡単なやつからやっていても良いじゃないか」

 

 雑談を行っているうちに夕食の支度も終わった。かくして、源吾郎は雪羽と共に食卓を囲む事となった。雪羽が部屋に泊まりに来るのは、何も今日が初めてではない。しかしそれでも、いつもの一人の食事よりも楽しく、料理もより美味しく感じられたのだった。

 

 食事と入浴が終わった頃には、既に夜の十時を十分に回っていた。

 十姉妹のホップは勿論就寝していたが、源吾郎も雪羽もまだ眠くは無かった。そもそも源吾郎は十一時過ぎに寝る事もあるし、雪羽に至っては夜遊びを行っていた事もかつてあるくらいだ。入浴すれば目が冴えるという話もある。だが源吾郎たちが夜もなお元気な理由は、やはり雪羽が泊まりに来ているという事が大きいであろう。非日常は妖怪の神経をも興奮させる作用を具えているのだ。

 そんな訳で、源吾郎と雪羽は世間話に花を咲かせる事となった。厳密に言えば互いの近況報告と言った所であろうか。

 

「そっか。先輩も別に営業向きだとかって言われているけれど、今はまだ裏方の方で仕事をやってるって感じなんだね」

「そりゃあそうだろうさ」

 

 物珍しそうな様子で感想を述べる雪羽に対し、源吾郎は何てことないかのように告げる。

 

「確かに双睛鳥様の所はさ、研究センターとかと違って営業マンが多いよ。仕事自体も、研究をやったり物を作ったりしているというよりも、余所から物を買い取ったり受け取ったりして、それを別の所に売りさばいたりしている感じだし」

「そう言うのは商社って言うんだぜ」

 

 商社って言葉がすぐに出てこなかったんだ。悪戯っぽく微笑む雪羽に対し、源吾郎は頬を赤らめつつぼやく。と言っても、雪羽は特段気にしていなかったようだが。

 

「だってさ雷園寺君。俺はまだ先輩方に較べて未熟だし、営業マンとして使うにはまだ早いって双睛鳥様も思っておいでなんだろうね。そもそも双睛鳥様の許には、研修としてやって来ているだけだし」

 

 自分の職場に籠っていてもある程度業務ができる研究職とは異なり、営業となると対外的な仕事も多い。そうなると、社外への顔となる営業マンの役割は大切な者である事は明らかだ。

 そんな大切な仕事を、ほんの数か月研修に来ただけの若狐に割り振る事などまずありえないと言える。たとえその若狐が、玉藻御前の末裔であったとしても、だ。

 源吾郎はだから、裏方の仕事を担う事について、特段疑問は抱いていなかったのだ。

 

「でもさ」

 

 雪羽は何かを思い出したような、そして何処か得意気な表情を見せた。

 

「俺はまだ十五か六の頃にさ、叔父貴や月姉に連れられて営業先に向かった事があるんだぜ。ああ、ちなみに十五、六って言っても、人間サマや半妖とは年の取り方は違うから、そこは注意してくれよな」

「そんな事は俺も解ってるよ」

 

 妙に念押ししてくる雪羽に対し、源吾郎は半ば食い気味に頷いた。

 源吾郎は人間として生きてきたが、妖怪と人間では年の取り方が異なる事はとうに知っている。そもそも源吾郎とて半妖であるから、その辺りの事は普通の人間よりも詳しいかもしれない。

 

「まぁあれでしょ。純粋な妖怪で十五歳って言ったら、人間で言えば七、八歳くらいだよな。確か深雪ちゃんが十六か七くらいだったっけ」

「そうそう。そんな感じ」

 

 異母妹の名を耳にした雪羽だったが、嫌がったり戸惑ったりする事無く頷いていた。雪羽にしてみれば、母親が違ったり次期当主の座を相争う相手だったりしても、可愛い弟妹たちと言う認識になるらしい。時々その事で彼自身は悩む事もあるらしいが、いかにも雪羽らしい考えだと源吾郎は思っている。

 つまるところ、雪羽は弟妹想いのお兄ちゃんと言う事なのだ。

 それにしても。源吾郎は呟き、思考を雪羽の弟妹達から目の前にいる雪羽自身へとスライドさせた。

 

「そんなちっちゃい時、いや若い時から営業に参加していたって、何というか、すごいなぁ。やっぱりその辺は、三國さんと双睛鳥様とではお考えが違うんだろうね」

 

 源吾郎の言葉は、もごもごしている癖に妙な部分でぶつ切りになったものだった。人間換算で八歳に満たないような子供を、営業などと言う大人の世界に参加させるのは如何なものなのか。身もふたもない本音をオブラートで包もうとした結果、先程のもごもごとした物言いに辿り着いたのだ。

 それに源吾郎も、雪羽がずっと三國たちの傍にいた事情については知っている。だから手放しに、雪羽や三國を糾弾できない事は解っていた。

 

「ははは。凄いと言ってくれて良いんだぜ」

 

 雪羽は笑っていた。しかし茶目っ気を見せているその顔には、いくばくかの郷愁と悔悟の色も隠されていた。

 

「まぁでも、当時は出されたお菓子を食べたり、向こうの若い社員に遊んでもらったりしていただけだったんだけどね。いやマジで、マトモに働き始めたのなんて、ここ五年くらいの話さ」

 

 雷園寺って再教育の前からマトモに働いているって認識だったんだ。と言うかマトモに働いていたんだ。唐突に思ったが、源吾郎は勿論口には出さなかった。口に出したら最後、妖狐vs雷獣の妖怪デスマッチが始まってしまう事が解っていたからだ。

 何も言わないでいる源吾郎の事を、向こうは都合よく解釈してくれたらしい。雪羽は寂寥と悔悟の色を一層濃く滲ませて言葉を続けた。

 

「……あの頃の、と言うかつい最近までかもだけど、ともかく俺はアホな子供で、何にも解っていなかったんだなってこの頃思うようになったんだよ」

 

 幼子だった頃に叔父に連れていかれた営業先でちやほやされたのも、所詮は雪羽が幼子だったからに過ぎない話だ。自分はその事に気付かずに調子に乗っていただけに過ぎない――つらつらと語られる雪羽の言葉に、源吾郎は面食らってしまった。

 お調子者めいた言動を先程まで見ていた所なので、雪羽がそこまで分析しているとは夢にも思わなかったのだ。

 

「とはいえ先輩もさ、俺の言ってる事は解るだろ? 大人って、ちっさい子供をついつい甘やかしたり猫かわいがりしたりしちゃう生き物なんだよ」

「……甘やかしたり猫かわいがりしたりするだけじゃあなくて、躾を入れる大人もまぁまぁいるけどね」

 

 源吾郎は思わず本音を口にしてしまった。大人しく雪羽に同調すれば良かったと思ったのは、例によって言い切った直後の事である。境遇はどうであれ、身内に甘やかされて育った雪羽の事を羨ましく思っているのだと思う事にした。源吾郎の親族は、おおよそ身内に厳しいのだ。

 ところが、雪羽は源吾郎の言葉に気を悪くしたり、逆に源吾郎の境遇をひがんだりする素振りは見せなかった。「だからこそ先輩は真面目なんだろうな」と言っただけである。

 

 その後は三國の子供である野分と青葉の近況について、雪羽から教えてもらった。生後半年を過ぎた二人はまだまだ乳幼児であるが、両親やその他の妖怪たちに面倒を見て貰いすくすくと育っているとの事である。離乳するには二、三年かかるという事であるから、その部分でも妖怪としての長寿さを示しているようだった。

 源吾郎としても、野分たちの成長を雪羽から聞くのは興味深く楽しかった。もっとも、遊びに来て赤ちゃんを抱っこしてみないか、と言う提案には戸惑ってしまったが。

 源吾郎は末っ子であり、周囲には年少の親族もいない。従って赤ちゃんを抱っこするような経験はまだ無い。未経験であるがゆえに、抱っこした時に何かとんでもない事が起きるのではないか。そんな懸念が、源吾郎の心の中にわだかまっていたのだった。ましてや他妖《ひと》の子供であるから尚更だ。

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