九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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狗賓は馴染みて化鳥を語る

 商社であり営業マンが多く詰める第七事業所であるが、裏方としての作業も十二分に存在していた。源吾郎が主に割り振られていたのは、保管されている呪物や魔道具の在庫整理や棚卸がメインである。魔道具の売買と言う点でも、双睛鳥の運営する第七事業所は有名であるらしい。外部から回収した魔道具が翌日や翌々日には他の顧客の手に渡っているという事も珍しくなかった。奇妙かつ有害な念が籠っている物に関しては、双睛鳥や彼の側近が念を抜き取って無害化してから販売するのは言うまでもない。

 また、そうした実務的な業務だけではなく、営業マンの補佐や簡単な書類のファイリングなどと言った、事務的な作業も割り振られていた。従って、源吾郎は応援要員ではあるものの、納品書や簡易的な顧客リストも目の当たりにする機会もあったのだ。営業マンとして外に出ている訳ではないにもかかわらず、だ。

 雉鶏精一派の構成員と言えども、ある意味外様である自分が、このような書類に目を通しても大丈夫なのだろうか。新人特有の臆病風に吹かれる事もあったが、双睛鳥の部下たちは特に何も言いはしなかった。退職者が続出して難儀しているという話だったが、もしかしたらこの度退職したのは営業事務の要員だったのかもしれない。外様である源吾郎には調べる手立てなど無いのだが。

 いずれにせよ、双睛鳥の許での研修ないし応援業務は、源吾郎にとって多忙もとい充実した物であった。研究センターとの業務とは異なっていたから、余計にそう思うだけなのかもしれないが。

 

「島崎君、今日もお弁当を持ってきてるんだね」

 

 昼休み。休憩時に使って良いと言われた小部屋にて弁当箱を広げていると、狗賓天狗の女性から声を掛けられた。彼女は灰高の部下の一人なのだが、やはり応援要員として源吾郎と同じく第七事業所に詰めていた。源吾郎と異なるのは、同じ部署で働く同僚と共に送り込まれているという事だろうか。研究センターからは源吾郎だけが送り込まれていたが、灰高は狗賓天狗二名と鴉天狗一名を、双睛鳥の許に応援として送り込んでいたのだ。

 

「あ、はい」

 

 急に声を掛けられた事に驚きつつ、源吾郎は頷いた。彼女に限らず、狗賓天狗たちはこの小部屋で弁当を広げる事は少なかった。外食やコンビニなどを利用している事が多かったためである。今回も、彼女はコンビニ(恐らく妖怪向け)のレジ袋をテーブルの上に乗せていた。ツレである狗賓天狗の青年も似たようなものだ。

 

「自炊した方が安いですからね。それに、実家にいた頃から料理は嗜んでおりましたので……」

「あはっ。やっぱり島崎君ってお坊ちゃま育ちなんだねぇ」

「そらそうだろ犬山さん。だってこの子は玉藻御前の末裔なんだからさ。自分でもそれを意識して吹聴するくらいには、血筋について親から教えられていたんだろ」

 

 細々と説明を行っている最中で、狗賓天狗の男女は源吾郎の言葉を遮り、おのれの意見を口にして笑い合った。

 源吾郎はと言うと、当惑したような笑みを浮かべて二人を眺めるだけだった。別に腹立たしさは感じていない。語るべき事は語っているし、年長者の奔放な振る舞いについては、ある程度許容できる。それにお坊ちゃま育ちである事、玉藻御前の末裔である事に着眼してくれたのだから、実は少しいい気分にすらなっていた。

 更に言えば、狗賓天狗たちが源吾郎に絡んでくる事自体に、少しばかり疑問を抱いてもいたのだ。彼らの源吾郎への態度は、同族たる妖狐たちとは微妙に異なっていた。いっそ冷ややかで他人行儀な妖狐たちよりも、狗賓天狗の彼らの方が源吾郎よりも友好的に振舞ってくれるのだ。

 源吾郎には、それが不思議でならなかった。

 

 二人が落ち着きを取り戻した所で、源吾郎は再び口を開いた。

 

「あの、伏原さんたちってお優しいですよね。僕は外様で、元々の勤務先も違うのに、色々とお声がけして下さりますし」

 

 実質的には質問なのだが、あからさまに問いかけると怪しまれる。そう思ったがゆえに、源吾郎の言葉は世間話の体裁となっていた。

 狗賓天狗たちは一瞬顔を見合わせた。だがすぐに源吾郎の方に向き直り、営業スマイルを浮かべる。

 

「いや別に、勤務先は違うけれど、俺らって同じイヌ科の獣妖怪だろ。灰高様の所と違って、第七事業所は鳥妖怪とか鳥系の魔族が多いからさ、それで島崎君にも仲間意識が芽生えたって感じなんだよ」

「そうそう。イヌ科どころか哺乳類系統の妖がこの事業所は少ないのよね。トップの双睛鳥さんが鳥魔族だからだと思うんだけど」

 

 双睛鳥の擁する第七事業所は、鳥妖怪や鳥系の魔族が多い。狗賓天狗たちの意見はまさしくその通りであった。もちろん源吾郎も気付いている事柄だった。

 もちろん、双睛鳥の配下の九割が鳥系の異形である事も、何らおかしな話ではない。双睛鳥自身がコカトリスであり、その名の通り鳥系の魔族だからだ。

 妖怪や魔族たちは、異なる種族でつるみ、組織を構成する事もある。しかしその一方で、同族や生物学的に近しい種族の者たち同士で親近感を抱く事もまた自然な事であった。それこそ源吾郎は妖狐たちに仲間意識を抱いているのだから。

 そう言う意味では、全く同じ種族ではないが、狗賓天狗の若者たちが源吾郎に仲間意識を抱くのも、ごく自然な事ともいえる。狗賓天狗は狼系統の天狗であり、イヌ科に分類されるからだ。イヌ科と言う括りで見れば、狼も狐も仲間であると言えるだろう。

 ましてや先に述べたとおり、第七事業所は鳥妖怪たちが幅を利かせている。外様であるイヌ科妖怪たちが、イヌ科でもある源吾郎を仲間と見做し、親しくしてくれるのは自然な事なのだろう。

 もっとも、源吾郎自身はそこまで複雑に考えてはいない。事業所は違えど親切にしてくれる相手に対しては、素直に嬉しいと思うだけである。

 

「まぁそれに、元々の勤務先でもさ、鳥妖怪がトップにいらっしゃるって事には変わりないでしょ。私らは灰高様にお仕えしていて、島崎君は雉仙女様の許で働いている訳だし」

「そうそう。第四事業所も、ここほどじゃあないけれど鴉天狗とかも結構いるからさ。鴉天狗の連中、いや鴉天狗の皆様は……」

 

 狗賓天狗の伏原は、鴉天狗について何か言いかけていた。しかしツレの犬山に肘を突かれ、言葉を引っ込める。彼は慌てたように周囲を見渡していたが、源吾郎の方をじっと見据える。

 

「島崎君。君の所の雉仙女様は、あんまり哺乳類を差別なさるような感じじゃあないから、君も働きやすいだろうね」

「あっ、はい。そう言われると、そうですね」

 

 伏原の物言いはやや性急で、思いついた事を口早に言い放ったという雰囲気であった。源吾郎もつられて早口に応じてしまう。それからややあって、源吾郎は伏原の言葉を反芻していた。

 確かに、伏原が言った通り紅藤は哺乳類だからと言って源吾郎たちを見下すことは無い。それは何故なのか。鴉天狗である灰高と異なり雉だから……と言いたい所であったが、それは違うであろう。彼女の義姉であり雉天狗と名乗る峰白は、やはり灰高と同じく哺乳類を下等な畜生と呼んではばからない。

 そうなると、紅藤が哺乳類妖怪を見下さないのは、彼女がかつて人間と行動を共にしていた事があるのは理由なのかもしれない。源吾郎の脳裏では、そんな推理が浮かんでいた。

 ところがそれを、狗賓天狗たちに口にする事は無かった。気まぐれを装った足取りでもって、ふらり火という鳥妖怪の男がこちらに入り込んできたためだ。双睛鳥の配下の一人である事は言うまでもない。

 休憩時間だけどどうしたのだろうか。源吾郎はただ呑気にそう思うだけだった。雑談話を持ち掛けてきた狗賓天狗の二名は、唐突に現れた鳥妖怪の男を前に、狼狽えていたみたいだったけれど。

 

「あはは、犬山君も伏原君も、そんなに怖がらなくても良いじゃないか。別に取って喰う訳じゃあないし。食物連鎖的には、むしろ僕の方が、君らに喰われる側かもしれないって言うのにさ!」

 

 そう言って男は笑ったが、狗賓天狗たちは笑わなかった。もちろん源吾郎もだ。

 確かに彼の種族はふらり火であり、本来の姿は小動物めいた頭部を具える、ハトのような妖怪なのだろう。ハト系統の妖怪であれば、確かに狼の餌になるだろう。もちろん相手が狐であったとしても。

 しかしそれは、あくまでも一般論でしかない。妖怪は種族とは別に個体としての強さがある。生まれ持った才能や、生きていくにあたって培った技能などだ。種族的には弱者であるものの、個体的には強者である事、仮に狗賓天狗たちが襲い掛かれば返り討ちに遭うであろう事を、源吾郎は見抜いていた。きっと双睛鳥の部下の中でも、課長や係長クラスのベテランなのだろう。

 さてふらり火はと言うと、源吾郎の方に視線を向けた。その時には、狗賓天狗たちをからかっていた気配はなりを潜め、真面目な表情と眼差しになっていた。

 

「さて島崎君。この後昼一で来客があるんだけど、君も後で応接室に顔を出してね。先方が君の事を聞いて、名刺交換をしたいって言ってるそうだから」

 

 はい、と頷くのがやっとだった。何故俺に興味を持ったのですか。心の中で問いの言葉を練り上げているうちに、ふらり火らしい気軽さでもって、彼は小部屋から立ち去ってしまっていた。

 

「ああほんと、鳥妖怪らしく気まぐれだよねぇ。こっちは今からお弁当を食べようってしていた所なのに、ね」

「まぁでも、あいつらには昼飯って概念が薄いんだろうな。四六時中、起きている時は食べている訳だし」

 

 やはり狗賓天狗たちは、声を低めつつも鳥妖怪の事についてあれこれ語っている。源吾郎も気になりはしたし、話したい事はあった。しかし空腹には抗えず、結局弁当箱を開けて食事を始めたのだった。

 あるいは来客との顔合わせと言っても、単に名刺交換するだけだからと言う事で、あまりその事で深く考えなくて良かったのも大きいのかもしれない。

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