九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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管狐は静かに笑う

 十二時五十五分。五分前行動だなと思いつつ応接室に向かった源吾郎であったが、先方もやはり今やって来たばかりと言う風情を見せていた。客妖の対面には、事業所のあるじたる双睛鳥がさも当然のように腰かけている。彼の隣には側近であるカーバングルの女性もいた。双睛鳥の配下としては珍しく、哺乳類系統の魔族である。

 双睛鳥はにこやかな笑みを浮かべてはいた。しかしその笑みの裏で既に仕事モードになっている事を、源吾郎は感じ取ったのだ。そこはやはり異形として、そして社会妖として先輩なんだなと、妙な感慨を抱いたのだった。

 と、双睛鳥が身を揺すってこちらに首を向けた。源吾郎はハッとして固まってしまったが、そのまま彼は言葉を続けた。

 

「メメトさん。こちらが島崎です」

 

 源吾郎の視線は、双睛鳥から客妖の方にスライドした。メメトと呼ばれた客妖は、獣妖怪の若い女性だった。少女と言っても通用しそうな見た目でもある。半袖のブラウスと黒のスラックスと、クールビズ対応ながらもスーツ姿だった。二の腕までを覆い隠す、黒い布の手袋がちと気になりはしたが。

 何処かで見覚えのある顔だとも思った。とはいえ何処で出会ったのかは判然としない。そもそも就職してから、様々な妖怪たちと会う機会が飛躍的に増加している。身近な相手や印象に残った相手ならばいざ知らず、ちらと見ただけの相手や数回会っただけの相手までは覚えていない。

 別に自分が人の顔を覚えるのが苦手であるわけではないはずだと、源吾郎は思っている。そもそも忙しいし。

 

「彼は玉藻御前の末裔にして、弊社研究センター期待の新妖として、僕たちも何かと注目しているんです。獣妖怪であり、情報通であるあなたならば、既にご存じかもしれませんが」

 

 研究センター期待の新妖。双睛鳥の言葉に、源吾郎は嬉しさよりもむず痒いような違和感を抱いた。気恥ずかしくもあったのだ。もちろん新妖だし研究員として雇い入れたわけだから期待されてもいるのだろう。紅藤や萩尾丸たちの思惑は解っていたが、それでもやはり恥ずかしい。

 もしかしたら、同輩ないし後輩に当たる雪羽の方が、研究員の適性が高いと評価されてしまった事も、今回の気恥ずかしさの原因かもしれない。しかも雪羽は、源吾郎と異なりなし崩し的に研究センターのメンバーに組み込まれたのだから尚更だ。

 さてメメトはと言うと、双睛鳥の言葉に笑みを深めて頷き、口を開いた。

 

「ええ、ええ。コカトリスの領主殿。島崎君の事ならば私も知っておりますよぅ。仰る通り栄えある大妖怪・玉藻御前の直系の末裔、それも一族の中で最も妖力を持つ存在と言う事なのですから」

 

 世間的には、自分が親族たちの中で最も妖力の保有量が多いという事になっているのか。いっそ不自然なほどに慇懃なメメトの言葉に、源吾郎はぼんやりとそんな事を思った。

 実際には祖母にして玉藻御前の実子たる白銀御前が、親族の中で最強なんだよな。でもお祖母様は母上や叔父上たちに親族の事を任せて隠遁しているから、一般妖怪の目に触れる事は無いんだよな。俺だって、お祖母様と直接会話したのは一回きりだし。しかも異父兄姉である伯服様や玉面公主様とも交流してないみたいだし。

 しばしの間、源吾郎は祖母の事について思案を巡らせていた。しかし数秒後には、何処にいるのか解らない相手について思いを馳せても致し方ない。ましてや、来客対応中なのだから。気持ちを切り替えた源吾郎は、改めてメメトに対して頭を下げた。よくよく考えると、挨拶や名刺交換もまだだった。これは別に、源吾郎がぼんやりしていた訳でも無いのだが。

 簡潔な自己紹介と名刺交換を行う。メメトは管狐であり、女天狗に養われ彼女のために仕事をこなしている事を、源吾郎はこの時知った。また、メメトの飼い主ないし雇い主である女天狗は、実は萩尾丸とも面識があるらしい。

 存外世間とは狭いのだな。メメトの素性を知った源吾郎は、そう思わずにはいられなかった。もっとも、天狗も天狗で同族同士で交流する事の多い種族であるから、萩尾丸とメメトのあるじとが互いに面識があっても自然な事なのだろう。しかも件の女天狗も、鴉天狗や狗賓ではなく、人由来の天狗であるという事だから尚更だ。

 

「そういう事ですので、私めも実は雉鶏精一派に関わる事は多いのです」

 

 その面に人の好さそうな笑みを浮かべながら、メメトは告げる。穏やかながらも何処か油断できぬ表情に見えるのが何故なのか、源吾郎には解らなかった。少なくとも、相手が管狐であるという事で偏見を持っている訳ではない。相手の種族でもって、偏見を持って決めつけないようにする事を、源吾郎は意識してもいた。

 

「実を申せば、先日行われた胡琉安様の生誕祭にも、スタッフとして参加していたのですよぅ。もちろん今年だけではありません。参加し始めたのは十五年ほど前からで、それ以降は可能な限り毎年参加しております」

 

 生誕祭にもスタッフとして参加している。その言葉を耳にするや、源吾郎の四尾が逆立った。眼前のメメトもまた、グラスタワー事件の事を知っているのだ。そう思うと恥ずかしさと気まずさが心の中で渦巻き始めた。

 今更知られてもどうと言う事は無いはずなのに。心の中の冷静な部分は、確かにそう囁いてはいたけれども。

 

「確かにメメトさんは、弊社の生誕祭の折にもスタッフとして参加して下さりますよね」

 

 カーバングルの女性がメメトに声を掛ける。気まずさに赤面する源吾郎に対して助け舟を出してくれたのだろう。都合のいい解釈であるとは思いつつも、源吾郎は彼女の言葉を待った。

 

「ですが今年は、生誕祭以外でも……端的に言えば八頭怪の封印を行うシーンでも尽力いただいたので、そこは感謝しております」

「八頭怪の封印……メメトさんもあの全面戦争に参加なさっていたんですね」

 

 驚きのあまり、思わず源吾郎は呟いていた。一方で、八頭怪討伐後の祝宴にて、彼女と思しき姿を見かけたことを思い出してもいた。だから驚きつつも、メメトも全面戦争に参加していた事に疑いの念は抱かなかった。雉鶏精一派の面々による闘いである一方で、雉鶏精一派に属さない妖怪や術者などにも参加を募っていたのだから。

 案の定、メメトは源吾郎の言葉に頷いていた。

 

「ええ、ええ。参加していたのは事実でございます。と言っても、私は雉鶏精一派の皆様方とは異なって、物理的な荒事はそれほど得意ではありませんが」

「メメトさん。御自分を卑下するような物言いはいけないよ。まぁ、僕も他妖の事を言える筋合いではないけれど」

 

 軽くたしなめるような口調で告げると、双睛鳥は言葉を続ける。

 

「良いかい島崎君。メメトさんには触れた物や相手の思念を読み取る能力があるんだ。その能力のおかげなのか、呪物や怨嗟の念に対する耐性も高くてね。だから彼女は、普段はその能力を使って仕事をなさっているんだよ。事件解決の糸口を探し出したり、危険な呪物の引き取りを行ったりとね」

「まぁ、私めは見ての通り賤しい管狐ですからね。有用な能力があるのならば、世間様のお役に立つように活用する事こそが道理と言うものでしょう」

 

 先程までの得体の知れない人の好さから一転し、メメトはしおらしく仄暗い表情でもって呟いていた。

 メメトと直接話すのは今回が初めてである。彼女の妖となりも先程解ったばかりのような物であるが、双睛鳥がビジネスパートナーとして彼女を重用しているであろう理由は何となく解った。能力や事業的にもバッティングするが、互いに気が合うという側面もあるのかもしれない、と。

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