九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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閑話:更地の奥の肉喰い兎

 大学生の牛島と虎坂は、共に市内某所の住宅街をぶらついていた。秋めいておりやや季節外れではあるが、ちょっとした肝試しのつもりだったのだ。

 件の場所は、一見すると住宅街の外れにある更地にしか見えない。しかしながら、曰く付きの場所と言っても過言ではなかった。何せ――三月末までは、ここには確かに屋敷と見まがうほどの家が建っていたのだ。それが謎の爆発によって吹き飛び、更地となってしまったのである。

 それだけではない。以前より「近付いたら平衡感覚がおかしくなって迷子になる」「奇妙な姿の者が跋扈している」「屋敷の女あるじに魅入られたら終わり」などと言った流言飛語すらあったのだ。

 今は屋敷と怪異にまつわる噂も下火になってはいる。だからこそ、今この時期に見に行くのが丁度良いと、牛島は思っていたのだ。要するに、暇を持て余していたという訳だ。

 

「あー、更地だと思ったけれど、抜け目なくネットが張り巡らされているな」

「ま、まぁ、そうなるよな」

 

 更地は単に更地としてそこに在るわけではなかった。外側には杭が打ち立てられ、杭と杭の間には、黄色く太いロープが張られていた。もちろん「立入禁止」の張り紙がはためいている。牛島たちのような近所の悪童――悪童と呼ぶにはいささか年齢が行き過ぎているが――が入って来る事を想定したかのような張り紙であった。

 ともあれ牛島は残念そうにぼやいた。それに対し、虎坂はさも呑気な様子でロープと張り紙を観察している。

 

「あ、でも、市の方でロープを張ったみたいっすね。立入禁止の張り紙の下にそう書かれているみたいだし。こういうのって、私有地だから土地のあるじがやるのかと思ったんすけど」

「土地のあるじが張り紙を張れなかったから、代わりに市が張り紙を張ったんだろうな」

 

 牛島は小声で言い捨てる。張り紙が何故あるのか。そんな事は特段気にしていないと言わんばかりの物言いだった。それもそのはずである。牛島は実のところ、ロープを超えて更地の中に入り込む事だった。丁度良い事に、張られているロープは牛島や虎坂が跨げるほどの高さだったのだ。

 

「しかし虎坂。あんなしょぼいロープなんざ、気にせずに跨いでいけば良いじゃないか」

 

 言いながらも、周囲に誰もいない事は抜け目なく確認しておいた。確認してから牛島は言葉を続ける。

 

「今は良い塩梅に誰もいないし。仮に見つかったとしても、警察に少し怒られるだけで済むだろうから、さ」

「そうだな。言われてみればそんな感じがして来たぜ」

 

 牛島の言葉に、虎坂も納得したように頷いた。彼は万事のんびりとした男であり、牛島がわっと色々と言うと、こうして納得してくれるのだ。

 やはり持つべきものは純粋で呑気な友達だよな。内心ほくそ笑みつつ、牛島はそう思ったのだった。

 

 さて人の目を盗んで更地の中に入ってみた牛島たちであったが、緊張と期待に胸を躍らせていたのは、ロープを跨いで入り込んだ直後だけだった。その後は、特段胸を躍らせるような事は何もなかったのだ。

 と言うのも、更地の中には目ぼしい物を見出す事が出来なかったためだ。強いて言うならば、手入れされていないがゆえに雑草が生い茂り、在りし日の夏の日差しや秋の訪れに力尽き、枯れかけている物があるというだけだったのだ。

 端的に言えば、怪異が潜んでいそうな気配は感じられなかった。むしろその辺の手入れされていない公園や、空き地のような風景がただ広がっているだけである。

 

「色々と噂が立っていたみたいだけど、何もないねぇ」

 

 どうする、戻る? 虎坂は呑気に、しかし興味をそがれたと言わんばかりに牛島に問いかける。

 一方の牛島は悩んでいた。折角ロープを跨いで入り込んだんだ。少し入って様子を見ただけで、そのまますごすごと戻るのはもったいない。そんな風に考えてもいた。ましてや、ここの更地は広いのだ。自分たちはロープを跨いでまだ五、六歩ほどしか探索していないではないか。

 

「戻るって言ってもな、まだ少ししか見ていないじゃあないか……」

 

 言いながら、視界の端に何かが映り込んだのを牛島は見た。小柄な、二本足で動く影である。虎坂への対応が若干おざなりになってしまう。雑草の向こうに見えた影を眺めていたのだから致し方なかろう。

 虎坂からの文句は無かった。彼もまた、牛島が見た影に気付いていたのだから。

 

「今さ、何か影が動いていたよな」

「ああ。小さいから子供かなって思ったんだ」

「子供の影よりも小さいぞ」

 

 何だったのか見てみようぜ。今度は牛島が提案した。虎坂はやはり気になっていたのだろう。一も二もなく牛島の提案に頷いた。

 

 自分たちが見かけた影は、更地に潜む自分たち以外の何者かは、割とすぐに発見できた。影の正体は人でもなければ怪異でもない。兎だった。野良猫よりも一回り程小柄であろうか。長い耳と跳躍を得意とする大きな後足と、兎を兎たらしめる特徴を見せていた。毛並みは白でもなく茶色でもなくクリーム色で、光の加減で淡い黄金色に輝いているようにも見える。

 そんな兎が、牛島たちから数メートルほど離れた場所に二羽ほどいた。一羽は横を向いていたために目が合った。もう一羽は牛島たちに背を向けている。しかし何かを食べているのか、背中が小刻みに上下に動いているのが見えた。

 

「う、兎じゃないか!」

 

 まず声を上げたのは虎坂の方だった。先程までの呑気さは何処へやら、その声には興奮と喜色に満ち満ちていた。あまりの興奮ぶりに、牛島も少し驚いてしまった。

 

「え、虎坂って兎好きなん?」

「好きだよ。高校生のころまで飼ってたし。可愛いやん、兎って」

「ま、まぁ、犬や猫に較べれば可愛げがあるかもな」

 

 半ば戸惑いつつも、牛島は虎坂の言葉に応じる。虎坂が兎好きである事、かつて兎を飼っていたであろう事は初耳だった。大学で知り合って時々遊ぶ間柄だから、彼の事を詳しく知っているとは言い難いのだが。

 

「でもさ、何でこんな所にウサちゃんがいるんだろ。棄てられたとかかな?」

「あー確かに。それもあるかもな」

 

 虎坂の視線はもはや兎に釘付けである。牛島ももちろん兎を眺めていた。虎坂が言う通り、こいつらは棄てられたのかもしれない、と思いながら。

 実際問題、棄て兎や野良兎は存在するらしい。野良猫や野良犬よりは少ないものの、野生化した野良兎が住んでいる孤島があるともいうではないか。もしかしたら、クリーム色の兎たちも、そうした憂き目にあった存在なのかもしれない。

 そんな事を思っていると、兎たちが身じろぎした。牛島たちに見つめられている事に気付いたのだろう。と言っても、彼らのブドウ色の瞳には、恐怖の色は見られなかったが。獣とは思えぬ無機質な眼差しが、やけに印象的だった。

 いつの間にか、先程まで背を向けていた兎までもが、こちらを向いている。やはり何かを食べている最中だったようだ。口許や胸元は赤茶けた泥にまみれ、汚れている。

 

「なっ――」

 

 驚きの声を上げたのは、果たしてどちらだったのだろうか。ともあれ牛島は気付いてしまった。クリーム色の兎の一羽が口にしていたのは、草や葉ではなく血の滴る肉塊であるという事に。

 牛島たちはそのまま踵を返し、更地を後にした。二人が見たのは、鳥を捕食する兎の姿だけである。ただそれだけの光景が、恐ろしく不気味なものに思えてならなかった。

 

「なぁ、兎って草食だよな……?」

「うちの兎は干し草やキャベツが好物だったよ。肉を喰わせるなんてありえない話さ」

「それじゃあ、あの兎は何だったんだ?」

「それこそ怪異ってやつだろうさ」

 

 牛島と虎坂はそこまで言うと、そのまま口をつぐんだ。これ以上あの兎について詮索するのはよした方が良い。口にはしなかったが、そんな思いが心の中に居座っていたのだ。

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