九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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蔵と掛け持ち業者と芸術家

 数名いる男女のうち、見覚えがあるのは二人だった。一人は末の兄たる庄三郎であり、もう一人は管狐のメメトだった。

 

「あ」

「どうしたの島崎君」

 

 短い声が源吾郎の喉から漏れてしまった。それを聞き取った鳥魔族の青年が、不思議そうな表情でこちらを眺めている。

 メメトはさておき、兄がいる事に驚いた。思っている事を口にすべきかどうかしばし悩んだ。結局のところ口にしなかった。タイミングを逃し、口に出来なかったという方が正しいのだが。

 気が付いた時には、ハルピュイアが既に喋り始めていた。半歩ほど前に身を乗り出し、人懐っこそうな笑みを、メメトや庄三郎に向けていた。

 

「あらぁ、今回の蔵掃除には助っ人がお見えになると聞いていたんですけれど、その助っ人ってメメちゃんだったんですね。えへ、前もうちの事務所に来てくれましたけれど、お会いできて嬉しいですぅ」

 

 ハルピュイアの言葉は、驚くほどフレンドリーで尚且つフランクなものだった。逸れこそ、女子高校生が見知った友人に世間話を持ち掛けるようなノリだった。

 人型を取ったハルピュイアの姿が二十代半ばの大人の女性に、それも西洋人そのものの風貌であるから、フランクな物言いが一層際立っていた。メメトの事を「メメちゃん」と呼んでいたのも、いかにも女子高校生っぽさが滲み出ている。

 

「ええ、ええ。こちらもお会いできて光栄ですよぅ」

 

 フランクでややテンションの高いハルピュイアに対し、メメトの言葉は控えめなものだった。

 

「私も幸いな事に、鞍本様よりご依頼を承りましたからねぇ。いやはや、ご主人様と私との二人三脚での個妖《こじん》事業ですが、手広くやっていた甲斐があるというものです」

 

 メメトはそのまま、彼女特有の妙にへりくだった物言いで言葉を続けた。自分も自分である程度物を回収するが、それはメメトの取り分としてハルピュイアたちには大目に見て頂きたい。彼女の主張は、およそこのようなものだった。

 メメトの話を聞いていた者たちの反応は、実に多彩だった。

 最大の当事者ともいえる鞍本氏は、特段気にする素振りを見せなかった。強いて言うならば、ビジネスとしてそういう事もあるのだろうと思っているくらいだろうか。かくいう源吾郎も似たようなものであるが。

 一方で、応援要員であり灰高の部下たる天狗たちの表情は、険しく鋭いものへと一変していた。メメトに対して向けているのは、敵意と言うよりもむしろ嫌悪と侮蔑の方が強そうだ。

 そしてメメトに対して話しかけていたハルピュイアは、友好的でのんびりとした気配を一切崩すことは無かった。

 

「あらあら。メメちゃんもお仕事をなさるんですから、自分で仕事をなさった分は、堂々と自分の取り分にしていただいて大丈夫ですわよ。お互い曰く付きの商品の処理が得意と言えども、やっぱり得意分野の偏りはあるでしょうし。

 だけどそこまで私たちに気兼ねするのなら、いっそ私たちの配下になってはいかが? 双睛鳥《そうせいちょう》様も喜びますわ」

 

 メメトへのあからさまな勧誘に対し、またしても妖怪たちの雰囲気が一変する。天狗たちは、毛虫を口に含んでしまったような表情を浮かべていた。そしてメメト自身も、天狗どもほどではないにしろ、その顔には困惑の色が濃く滲んでいる。

 

「お気持ちは実にありがたいのですが」

 

 ややあってから、メメトが口を開いた。申し訳なさそうな表情だ。仮面や演技による表情ではなく、本心が面に浮かんだものだと、源吾郎はすぐに察知した。

 

「私めも雇い主のいる身分ですので、M&Aのような重大なお話は、私個妖(こじん)では判断できかねます。もしかしたら……ご主人様は興味を持たれる可能性もありますが」

 

 そこまで言うと、メメトはふいに笑みを浮かべた。こちらは笑みの仮面だ。

 

「それにですね、私としましても半ば野良ようか……いえフリーランスとして働く方が、何かと性に合っているのです。組織ですと確かに頼りになるシーンもあるでしょう。ですがそれだけではなく、大変な事とも抱き合わせでしょうから」

 

 メメトの主張に対し、ハルピュイアは素直に納得したようだった。それは彼女の部下である鳥系の異形たちや、ある意味外様ともいえる天狗たちも同じ事だった。強いて言うならば、うっかり野良妖怪と言いかけた事だけが気になったくらいだろうか。

 恐らくは、鞍本氏が声を掛けて集まった人間の中に、妖怪の存在を知らぬものがいるからなのだろう。その手の人間は、妖怪の事を過剰に恐れ、また人間の傍にいるとは考えてはいない。人間社会の秩序を護るためにも、妖怪たちは大なり小なり正体を隠して人間に接触する。何も知らない人間を相手にするときは気を遣うのだ。源吾郎も正体を隠して学校に通っていたから、その辺は何となく解る。

 

 結局のところ、双睛鳥の側近であるハルピュイアもまた、管狐のメメトとは相性が良いのかもしれない。どちらも大食漢で、貪欲な所のある種族だという。種族が個妖《こじん》の性格を決定づけるとも限らないのだが、そうした部分もあるだろうと源吾郎は思っていた。

 

「それにしてもあにう……じゃなくて兄さん。兄さんはどうして、今回この蔵掃除に参加したの?」

「どうしてって……そろそろお金を稼がないといけないからだよ」

 

 金を稼がないといけないから。さも当然のように答える庄三郎に対し、源吾郎はため息をつきたくなった。

 ハルピュイアとメメトとのやり取りが終わると、早速とばかりに皆で蔵の中に入っていったのだ。庄三郎が、源吾郎の兄がこの場にいる事についても言及があったが、メメトの時ほどあれやこれやと追及された訳でも無い。庄三郎は芸術家ゆえに、話し上手なタイプではないためだ。

 源吾郎はだから、蔵の中に入ったタイミングでもって、庄三郎の許に近付いたのである。ハルピュイアや一緒に参加した芸術家(人間)たちとの話の中では、当たり障りのない事しか言っていなかったからだ。実の弟として、庄三郎がこの場にいる事には興味があった。

 だが実際に問いただしてみた結果には、思わずため息が出てしまったが。

 

「お金、お金は確かに大事だけどさぁ……」

 

 言いながら、源吾郎は兄から視線を外す。蔵の中は橙色の灯りで照らされていた。灯りはLED照明などに較べれば弱々しい。しかし周囲を柔らかく、そして妖しく照らしているのを眺めていると、何となく心が落ち着いた。

 とはいえ心を落ち着かせても、気の利いた言葉が出てこない。兄と二人きりならば、源吾郎も比較的気兼ねなく話す事は出来る。しかし周囲には自分たち以外の者も大勢いた。もっと言えば、今の源吾郎は仕事をしている最中である。末の兄相手と言えども、フランクに話しかけて良いのかどうかと考えあぐねていた。

 

「そうだよ源吾郎。お金が無ければ生活は出来ないからね。まぁ、ちょっと少ないかなってレベルだったら、多少節約してやりくりすれば、必死こいて働かなくてもどうにかなるんだけど」

「どうにかする事を考える時点で、それはマズいと思うんだけど」

 

 源吾郎はまたしてもため息をついた。働くというスタンスが、自分と末の兄とでは大きく異なっている事を思い知った。

 庄三郎の肩書は芸術家と言う事になっている。しかし実際には、筆一本で生計を立てている訳ではない。と言うよりも、彼の作品が売れるのは年に数回程度の事である。従って、生活するために庄三郎は単発のバイトで食いつないでいるのだ。収入面で言えば、芸術家を気取ったフリーターと言っても過言ではなかった。

 末の兄の暮らしは、純然たるサラリーマンである源吾郎や、他の兄姉たちのライフスタイルとは大いに異なっている事もまた、言うまでもない。源吾郎としては、末の兄の暮らしについて思う所があった。芸術家の道を進むのは良いにしても、日銭を稼ぐ副業だって、もっと効率よく賢く稼げばいいではないか、と。魅了の力を持つ庄三郎ならば、()に稼げることとて理論上は可能なのだから。

 それにさ。未だ思案する源吾郎に対し、庄三郎は言葉を続ける。

 

「源吾郎も知っての通り、鞍本さんは新しくアトリエを立ち上げるって事なんだ。アトリエが立ち上がった暁には、僕らも作品を出そうと思ってね。それで今回の蔵掃除に参加したんだよ」

「そっか。兄さんにも兄さんの思惑があったんだね」

 

 ほのかに笑みを浮かべる兄に対し、源吾郎は小声で応じた。

 新しいアトリエに出展するから、蔵掃除の手伝いを行っている。庄三郎にしてみれば、こちらの方が本命の理由なのかもしれない。源吾郎は別に、打算的だなどとは思わなかった。持ちつ持たれつの関係に近いように思えたからだ。

 それに理由や仕事の内容が何であれ、末の兄が社会的な活動に参加しているのは、喜ばしい事であると思ってもいたのだ。

 

「でも源吾郎も成長したよね。中学生くらいの時だったら、曰く付きの品物とかって言ったら怖いって言ってただろうに」

「そんな昔の事を掘り返さないでくれる?」

 

 少しおどけたように兄が言い、源吾郎も怒ったふりをして応じる。

 とはいえ実際のところ、曰く付きの物品とやらの禍々しい気配は、特に感じていなかった。鞍本氏が神経質になっていて、無害なものまで曰く付きだと思っているのだろうか。それとも蔵全体に気が満ち満ちていて、禍々しい気配を感じ取れないだけなのだろうか。妖狐らしい心持ちでもって、源吾郎はそんな事を考え始めていたのだった。

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