九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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目覚めし狛犬 あるじを想う

 狛犬を抱えるメメトと、その狛犬を眺める源吾郎たち。思いがけぬ事にしばし場の空気が固まっているかのように源吾郎には思えた。

 

「それにしても、何で狛犬なんぞがここにいるんだい?」

 

 固まった空気をほぐしたのは伏原の言葉だった。彼はさも不思議そうな表情を浮かべ、狛犬を見つめていた。いや、周囲の匂いを嗅ぎ取っているようにも見えた。

 

「確かに、家の中に祠やら社やらがある家もあるにはある。だけどこの家は、祠とかを作っている感じじゃあなかったからな」

「お稲荷さんならばお祀りしている家は多いですがねぇ。狛犬さんを置いて祠を祀るお宅は珍しいかもしれません」

 

 鞍本氏の屋敷での、祠の有無について、伏原とメメトが話し合っていた。メメトの意見はさておき、伏原の発言にはその通りだと源吾郎も思った。

 狛犬は憤慨した様子で、言葉を続ける。

 

「祀られていようが祀られていまいが、それに深い意味などない。我はあるじに仕え、この場を守護する事を仰せつかったのだ。それを今、行使しているだけに過ぎないわ」

 

 源吾郎と伏原、そしてメメトは互いに顔を見合わせた。

 源吾郎としては、狛犬の主張を耳にした事で、ますます謎が増えたような気持だった。狛犬のようなモノの主張が正しいのならば、何故ヒトの尻に咬みついたり、源吾郎が進もうとした先に箱やら何やらを倒したりしたのだろうか。そもそも、メメトが言っていた謎の異臭と関連があるのか。もしかしたら、先程箱を倒したモノは別の存在なのだろうか。そんな考えが、ぐるぐると脳裏を巡っていた。

 

「狛犬殿」

 

 思案し黙り込む源吾郎の隣で、伏原が呼びかける。

 

「狛犬殿の言うあるじとは、今この屋敷に住んでいる娘さんの事なのかい? それとも、別の誰かの事を指しているのかい?」

「あんな小娘なぞ、我は知らんわ!」

 

 狛犬は耳を立て鬣を逆立てて、伏原の放った質問に鋭く反応した。激しく首を振る様は、張子の虎や獅子舞を連想させた。相手は狛犬だけど。

 

「我のあるじは、凛々しくも勇敢な偉丈夫であるぞ! あんな、世間を知らぬような甘っちょろい小娘なぞではない!」

 

 狛犬めいた見た目だが、中身や声は、むしろチワワに似ているかもしれない。興奮した狛犬を前に、源吾郎はとっさにそんな事を思った。

 メメトは得心が言った様子で頷き、狛犬に語り掛ける。

 

「狛犬殿。今この屋敷で暮らしているご婦人は、あなたがあるじとしてお仕えしていたお方の、孫娘に当たります」

「なんと! あの小娘が我があるじの血筋だったのか! しかし、そうだとしたら、我があるじは何処にいるのだ?」

 

 今まで尊大だった狛犬の声に、いくばくかの寂寥感と不安が入り混じっている事に、源吾郎は気付いてしまった。

 鞍本氏の祖父は、狛犬があるじと慕っているであろう人物が、既にこの世を去っている事を、源吾郎たちは知っている。だが狛犬はその事を知らないのだろう。そしてその事を伝えるべきなのか、源吾郎は悩んだ。伝えた方が良いとは思う。しかしただでさえ興奮状態にある狛犬が更に興奮し、収拾がつかない事態に陥るのではないか。そんな懸念が源吾郎の中にあった。

 

「狛犬殿のあるじは、つい先日おかくれになったそうです」

 

 源吾郎が無言のままに悩む中で、真実を口にしたのはメメトだった。その言葉には気負った気配は無い。憐みや同情の念すらない。ただただ、事実を事実として口にしているだけだった。

 メメトの言葉に、狛犬がショックを受けたことは言うまでもない。メメトを見上げるその顔は硬直し、かすかに震えているのが源吾郎にも見えた。激昂して暴れる事をも想定していたから、彼の動きは想像以上に大人しいものだった。

 

「そん、な、それは、本当なのか」

「ええ、ええ。黄泉路に還った者はもう戻りはしませんよ。それは致し方ない事です」

 

 メメトの顔に、表情らしい物が灯るのを源吾郎は見た。彼女自身も思う所があるのだろう。狛犬を見下ろす眼差しは優しく、それでいて物憂げだった。

 優しい物言いで、よくぞまぁ残酷な真実を突き付けるものだ。数秒前まで、源吾郎は無邪気にそう思ってすらいた。

 だがよくよく考えてみれば、便利屋の遣いを行っているメメトは、凄惨な事件現場に赴き、解決の糸口を提供するという仕事も請け負っているという。ヒトの生き死にについて、真摯に考えている性質なのかもしれない。更に言えば、飄々とした軽い言動は仮面に過ぎず、実際には誠実で繊細な気質なのではなかろうか?

 源吾郎があれこれ思案を巡らせていると、メメトが再び口を開いた。

 

「ですが狛犬殿。あなたのあるじがおかくれになったとしても、あるじの血は生きているのです。他ならぬあるじだったお方の子孫たちの中で」

 

 だから孫娘にしてこの屋敷をも受け継いだ鞍本氏の中にも、狛犬殿のあるじの血が宿っているのですよ。そう言った旨の言葉を、メメトは穏やかな口調でもって狛犬に伝えていた。

 

「そうか」

 

 少ししてから、狛犬はぽつりと呟いた。石像ないし瀬戸物であるものの、獅子舞の獅子頭めいた厳めしい表情がにわかに和らいだように源吾郎には見えた。憑き物が落ちたかのような表情ですらあった。

 

「そういう事ならば、あの娘を新たなあるじと見做すのもやぶさかでは無いな。だが、急に姿を現したから、我も驚いたぞ」

 

 相変わらず特徴的な物言いではあるが、狛犬は鞍本氏の事をあるじとして認めてくれたようだ。その辺りは難儀するのではないかと思っていたが……これもまたメメトの話術の賜物なのかもしれない。生物学的にはキツネではなくイタチに近い管狐であるが、ヒトの心を惑わせ操る術に長けているとも聞く訳であるし。

 もっとも、テンを含め化けイタチも化けイタチで、変化したり人を化かしたりする事を得意とするのだが。

 さて源吾郎はまたしても物思いに耽っていたのだが、その間にも狛犬の身の上と言うか来歴については、メメトや伏原があれやこれやと聞き出していた。狛犬は確かに、鞍本氏の祖父に見いだされ、この蔵に収められる形となっていた。その頃から魂が宿った九十九神のような存在だったそうだが、長らく眠った状態だったという。

 何だ何だ。ただのねぼすけじゃあないか。伏原はそう言って笑ってなどいたが、源吾郎は素直に納得していた。狛犬が鞍本氏の事を知らなかったのも、眠っていた期間があったからなのだ、と。

 ちなみに狛犬は、数十年から半世紀近く眠っていた可能性があるのだが、それも妖怪である事を思えば不自然な話ではない。妖怪の中には封印されたり、自ら身を隠すために長い年月を眠る者もいるのだ。

 ましてや狛犬は、妖狐や狗賓天狗のように生身の肉体を持つ妖怪とも異なっている。代謝や他の諸々の機構が、肉体を持つ妖怪と異なっていても何らおかしくは無いのだ。

 

「ひとまず、こいつの事はリーダーにも話しておこうぜ」

 

 一通り情報を掴んだ所で伏原が言った。メメトは狛犬を拘束していた縛妖索をほどこうとしていた。伏原はしかし、メメトの動きを手で制する。

 

「メメトさん。こいつを解放するのはまだ早くありませんかい? やつは人間のケツに咬みついただけではなく、蔵の荷物を倒して、俺たちの動きを妨害しようとしていたんだからさ」

「それは違うぞ!」

 

 疑わしげな表情を見せる伏原に対し、狛犬は鬣を心持ち逆立てながら声を上げた。

 

「この屋敷を護る我が、どうして屋敷の中にある物を損ねたりするものか。そもそも我は、この場に怪しいモノが跋扈する事に気が付いて、それがきっかけで目覚めたようなものなのだからな」

 

 それって。源吾郎の口から言葉が漏れる。狛犬もメメトも、そして伏原も源吾郎の方を見た。ずっと黙ってばかりだった源吾郎だったが、ここにきて彼も言葉を紡ぐ段となったのだ。

 

「それってもしかして、変な臭いのする奴らですか?」

「そうだ。だが、一匹だけではないがな」

 

 神妙な面持ちで告げる狛犬を前に、メメトと源吾郎はそっと目配せをした。その間に、伏原は身を翻して源吾郎たちから離れていた。やはり狗賓天狗でこの中で最年長と言う事もあり、身のこなしも軽く頭の回転も速かったのだ。

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