九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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 カクヨム版ではこのお話から第二部に当たります。


第五幕:源吾郎、アイドルな使い魔を得る
昼下がりの業務風景


 連休明け初日の業務自体は、淡々と終わっていった。ミーティングや王鳳来の来訪などで午前中は何かとバタバタしていたのだが、午後からは当初の紅藤の言葉通り、特に急ぐことも何もなく、のんびりと各自のペースで物事を進められた訳である。

 

 そんな中、源吾郎はあてがわれたデスクトップパソコンの画面を睨みつけ、ややおぼつかない手つきでキーボードを叩いていた。

 普段ならば源吾郎は雑務を行うか師範の監督下で鍛錬を行う所であるが、このパソコン作業はどちらにも該当しなかった。

 

 源吾郎が今取り掛かっているのは所謂始末書の類だ。簡単な話である。ぱらいそでの一件について、原因と対策を書くように命じられたのだ。A4の用紙に一、二枚程度の分量である。文字数で言えば原稿用紙数枚程度の代物だ。下手を打てば、夏休みの課題で行われるような読書感想文よりも少ない分量かもしれない。

 源吾郎はしかし、始末書の作成に手間取っていた。既に始末書に取り掛かってから二時間は経つが、完成には至っていない。厳密には何度か書き上げていた。しかしうまくまとまっていないと言われ、突き返され続けていた。後で気付いたのだが、最初に書いた始末書は幾分詩的な文章だったのだ。解りやすく、短い文章で書けば良いのよ。紅藤はそう教えてくれたが、源吾郎にはいささか難しいものだった。

 

「大丈夫かい、島崎君」

 

 源吾郎に優しく質問を投げかけたのは青松丸だった。風貌やひょろりとした体格は紅藤とは似ても似つかないが、こちらを静かに見下ろす眼差しは紅藤に似ている。

 

「始末書を書いて紅藤様に提出するように言われているんですが、中々難しくて……」

 

 源吾郎は少し居住まいを正し、問いに応じた。ぱらいその一件にて落ち込み半ば寝込んでいた源吾郎だったが、不思議な事に紅藤の前でその件を白状した後は大分気分も具合も良くなっていた。

 昼食にと妖怪向けスーパーで購入した炒り卵のサンドイッチとカットチーズが美味しかったからだろうと源吾郎は概ね考えていた。だがもしかすると、保持していた秘密を暴露した事も少しは関与しているのかもしれない。

 

「作文を書くみたいにクドクドと書いてしまったら駄目って言われたんだよね」

「はい……」

「そうだね。始末書は組織培養液のプロトコールみたいに、要点だけを絞って書いたらいいんじゃないかな」

「…………?」

 

 プロトコールは何度か目を通した事がある。だがどんな内容だったかすぐに思い出せなかった。源吾郎が思案していると、青松丸が小さく声をあげてから言い足した。

 

「ああごめん、プロトコールは君にはまだそんなに馴染みのないものだったかな? そうだね、料理のレシピ本みたいな感じだと言ったら……」

「めっちゃ解ります!」

 

 源吾郎は今度はやや食い気味に応じた。レシピ本であれば、最近は少しご無沙汰であるが源吾郎にも馴染み深いものだったからだ。源吾郎はある程度は料理ができる男だった。

 実家では、母の三花は息子らや娘にも料理を分担し、場合によっては丸々担当する事を強く推奨していた。そのような状況下もあり、源吾郎もごく自然に料理の手腕を身に着けていたのである。もちろん、「料理のデキる男はモテる」と言う情報も源吾郎の料理習得に拍車をかけていた。

 ともあれ源吾郎は、青松丸の助言を受け、どのような始末書にすべきかの指標を得る事と相成った。ありがとうございます! 源吾郎が元気よく礼を述べると、青松丸は穏やかな笑みを浮かべながら静かに去っていった。

 

 

 

「ありがとう島崎君。良く書けているわ」

 

 終業時間五分前。紅藤は源吾郎が提出した始末書を快く受け入れてくれた。リライトを何度か繰り返し、時々青松丸やサカイ先輩の助言を得て作った代物である。やはり文字数は原稿用紙一枚にも満たないが、源吾郎の中ではやはり大仕事だった。

 いつもの落ち着いた笑みを見せる紅藤を前に、源吾郎は軽く息を吸い、おのれの為すべき事と定めた事柄を口にした。

 

「紅藤様。僕はこれから――八頭怪の討伐について案を考えます。良案が思いつけばすぐに報告いたしますので」

「そんな、無理をしちゃあ駄目よ」

 

 勢いごんだ源吾郎の宣言を、紅藤はにべもない様子で切り返すだけだった。

 

「そりゃあ、島崎君も今回の一件で責任を感じているのは私にも解るわ。だけど、一朝一夕で敵う相手でもないでしょうし……」

 

 それとも何か、私にも思いつかないような案があるのかしら? 紫色の瞳を見つめながら、源吾郎はあいまいに首を揺らすだけだった。

 確かに自分が勢いだけで発言してしまった事は解っている。しかも源吾郎は戦略どころか戦闘の経験すら乏しいのだ。

 

「かの有名な哮天犬様でさえ手傷を負わせるのがやっとだったのよ。敗走させるだけならばまだしも……」

「紅藤様ぁ、島崎君が折角ヤル気を出したのに、それを削ぐような事を言わなくても良いじゃないですかぁ」

 

 間延びした、しかし聞きなれた声が源吾郎達の耳朶を打つ。見ればスーツ姿の萩尾丸が佇立していた。疲労の影をその営業スマイルの裏に隠し通そうとしている。そんな感じだと源吾郎は思った。

 

「おかえりなさい萩尾丸。本部での打ち合わせは長引いたのね。それともあなたの本社の方かしら?」

「本社の……金色の翼での打ち合わせなんざ長引かないさ」

 

 萩尾丸はやり手営業マンよろしく微笑み、軽く首を振った。

 

「長引いたというかてんやわんやだったのは雉鶏精一派の本部の方さ。何しろ、王鳳来様がお見えになったんだからね。ですが、やはり峰白様も胡琉安様も特段うろたえてはいなかったですね。むしろ胡琉安様などは、大叔母様などと言って喜んでおられましたよ。

――とはいえ、あのお方がもたらした八頭怪の話に、幹部連中はうろたえてはいましたが」

「それはもちろんそうよ。そういう事もあるだろうと思っていたから、こっちに控えておいて良かったわ」

 

 紅藤が茶目っ気溢れる笑みを浮かべているのを、源吾郎はのっぺりと眺めていた。彼女が権力を欲せず、また幹部同士のやり取りにうんざりしている事は既に源吾郎も知っている。だからこそ、程よく組織を運営できる萩尾丸を重宝し、彼に対外的な事柄を任せているのだ。

 

「八頭怪の動向については、特に第五幹部の紫苑様がお気になさっていましたよ」

 

 萩尾丸が幹部の名を出した時、紅藤がぐっと目を見開いたのを源吾郎は見た。八頭衆の面々はさほど覚えていない源吾郎だったが、紫苑と呼ばれる妖怪の事は記憶の中にあった。印象的な存在だったからだ。峰白、紅藤と続く女性幹部の一人であったし、何より頭目の胡琉安の遠戚であるという事なのだから。

 

「八頭衆の中では、紫苑ちゃんが血統的に一番胡琉安様に近いもの。ある意味従姉弟同士だし、そりゃあ不安になるのかもしれないわ」

 

 紅藤の言葉は萩尾丸のみに向けられていた事は明白な事だった。第五幹部と胡琉安の関係性を知らない源吾郎の事をガン無視したような内容だった訳であるし。

 しかし紅藤は怪訝そうな源吾郎の眼差しに気付くと、照れ笑いのような表情でもって源吾郎に向き直った。

 

「あ、ごめんね急に内輪の話なんかやっちゃって……紫苑ちゃんの、いいえ八頭衆のメンバーたちの来歴とかは、また今度じっくり教えてあげるわ」

「そんな事よりも、島崎君」

 

 紅藤の言葉に頷きかけた源吾郎を見つめ、萩尾丸は声をかけた。その面には満面の笑みが浮かんでる。

 

「八頭衆の事に思いを馳せるよりも君にはやるべき事がたくさんあるんだよ。手始めとして、また戦闘訓練を再開しよう。今度は野柴君以外にも志願者がたくさん出ているから、週一、二回のペースでできそうだよ」

 

 戦闘訓練。この単語に源吾郎は軽く震えたが、それでも頷くほかなかった。 

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