九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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母屋にて 芸術家たちは思案する

 先程まで皆と一緒に蔵掃除に勤しんでいた島崎庄三郎であったが、蔵での作業はやめて、母屋にて先程運び込んだ物品の仕分けを行うようにと通達があった。

 通達を行ったのは雉鶏精一派の面々、要は弟の職場の妖怪たちだった。そして母屋に留まるように言われたのは、鞍本氏をはじめとした人間たちが大半である。厳密に言えば、そこから更に妖怪が二名母屋に配置されていた。一人は雉鶏精一派のスタッフであり、もう一人はメメトと名乗る少女だった。

 少しややこしい案件が発生しているようだから、蔵の方はこちらで処理します。なので鞍本様やお手伝いの方は蔵から運び出した品物の仕分けを母屋でなさっては如何でしょうか――

 ややこしい事案。責任者だという女性の説明は、大分抽象的でフワッとした物だった。

 だが庄三郎には解る。ややこしい事案と言うのが、妖怪絡みの出来事であるという事を。不本意ながらも庄三郎も半妖、それも曾祖母は高名な大妖怪である。大妖狐の血は人間である母方の祖父と父によって薄められているが、それでもなお、庄三郎の内部には妖怪的な感覚は、妖気などを察知する能力は残されていた。

 そもそもそうでなくとも、鞍本氏から曰く付きの場所であると伝えられていた。何がしかの事が起きるであろうとは身構えていた。その予想が当たっただけだ。いや、今回の騒動は()()可愛いものだろう。運の悪い青年が、狛犬みたいな何かに尻を咬まれた程度なのだから。咬まれたと言っても、獣に咬まれたみたいに傷を負った訳でもないし。

 そのような経緯から、母屋に留まる事となった庄三郎であるが、その心中には、どろどろとした不安が早くも沈殿し始めていた。

 不安と言っても、蔵の中で跋扈しつつある怪異を恐れている訳ではない。

 弟が、源吾郎が怪異に立ち向かおうとしている。それが庄三郎の心に不安をもたらしていた。

 弟もまた、大妖狐の血を引く半妖である。但し自分や兄姉らと異なり、彼の自我と気質は妖狐の側に傾いていた。幼くして四尾に到達するほどの妖力を具えているのだから、それも自然な事だったのだろう。源吾郎はだから、高校を出た時点で妖怪として生きるために独立した。自分たちと同じく、人間として育てられたにも拘わらず、だ。

 弟が妖怪として生きる事自体には、庄三郎も異論はない。妖怪にも妖怪の仁義や決まりがあり、それに従っていれば外道や畜生にはならないと解っていたからだ。

 しかし――弟が単なる妖怪として生きるだけではなく、野望を抱いている事、それ故に無駄な苦難や危険に身を投じなければならない事が、庄三郎には心苦しく憂鬱でならなかった。大妖狐の血筋ゆえに、自分が何かしらの被害を受けるのは構わない。矛先が弟に向かう事が辛かった。

 とはいえ、庄三郎がそんな風に思っているからと言って、源吾郎が妖怪として生きる事、そしてその先にある野望を諦めさせる事など不可能である。妖怪として生きる事。それは源吾郎にとっては何にも代えがたい生きがいなのだ。その事が解っているからこそ、源吾郎の生き方を止める事は出来なかった。弟には弟なりの生き様があり、それに向かって邁進する事が幸せなのだ。そうおのれに言い聞かせる他なかったのだ。

 

「島崎さん」

 

 真横から呼びかける声が聞こえてきた。庄三郎はハッとして横を向く。屋敷のあるじたる鞍本氏が、気づかわしげな眼差しを庄三郎に向けていた。物憂げな彼女の顔を見ているうちに、申し訳なさや気まずさがじわじわとせり上がって来る。源吾郎に対する相反する二つの思いを凝視していたために、仕事がおろそかになってしまったのかもしれない。もしかしたら、考えている事が顔に出てしまったのかもしれない。

 そんな事を思っている間に、鞍本氏は口を開いた。

 

「お加減は大丈夫ですか? 少し、顔色が悪いように見えたのですが」

「あ、いえ。大丈夫です」

 

 半ば食い気味に庄三郎は応じた。元より色白であるから、顔色が悪く見えてしまう事があるのかもしれない。それにどうしても思考がメランコリックな方向に傾きがちであるのも、顔色が悪く見える事に拍車をかけているのだろう。

 例えば弟の源吾郎も色白であるが、顔色が悪いと指摘される事はあまりない。弟は常日頃から朗らかな事を考えている手合いだ。それ故に、頬と言わず耳朶と言わず赤味を帯びており、色白ながらも血色が良いのだ。

 

「鞍本さん。島崎のやつはね、弟君の事が心配で、それでふさぎ込んでいるんですよ」

 

 庄三郎の心中を見事に言い当てたのは、宍戸と言う青年だった。彼は美大の頃からの腐れ縁であり、庄三郎と同じく芸術家として身を立てている。今でも、ギャラリーへの出店やイベントの折に交流している間柄だった。そして今回、狛犬に尻を咬まれた憐れな犠牲者でもあった。大事には至らなかったのだが。

 

「弟さん、ですか」

 

 さて鞍本氏はと言うと、まずは茫洋とした口調でもって呟くだけだった。庄三郎との交流も浅く、源吾郎に至っては今日が初対面である。庄三郎とは似ても似つかぬ風貌の源吾郎が、庄三郎の実弟であると中々結びつかないのであろう。

 

「ええ。源吾郎は確かに僕の実の弟なのです」

「ははは。見た目はあんまし似てないけどな。確か弟君だけ、親父に似ちまったんだっけ。島崎も他の兄姉も、母親に似て美形なのにな」

 

 庄三郎のあっさりとした説明に、宍戸が笑いながら言葉を付け加える。

 おのれや兄弟の容姿について、考えたり語ったりするのは良い気分のする事では無い。だが一方で、庄三郎と源吾郎の容姿がかけ離れている事もまた、動かぬ事実なのだ。大勢いる兄弟たちの中で、源吾郎だけが妖狐の血筋に由来する美貌を受け継がなかった。彼の容姿は、若き日の父に生き写しだったのだ。

 そして源吾郎自身も、おのれの容貌については思う所があったらしい。思春期の頃にはそれで色々あった訳でが、それはまた別の話だ。

 鞍本氏はと言うと、未だにケラケラと笑う宍戸をさっと一瞥した。それから庄三郎に視線を向ける。彼女の、こちらを見つめる眼差しは、何処か物憂げだった。

 

「ですが確かに、兄弟だと言われれば、雰囲気が似てますよね」

「やはり実の兄弟なので、似通う所があるんですよ」

 

 鞍本さんは、財力だけでは無くて、きちんと芸術家としての眼力や洞察力も持ち合わせているのだ。頷きながら庄三郎は思った。

 見た目の上では、庄三郎と源吾郎は似ている兄弟だとは言い難い。

 しかし、だ。庄三郎たちの事をよく知る者や洞察力の高い者は、二人をよく似た兄弟だと評する。その評価を、不思議なものだとは庄三郎は思わなかった。何だかんだ言いつつも、自分と弟は本質的な部分でそっくりなのだ。思想も、先祖の血に対するこだわりも。庄三郎は信じて疑わなかった。弟が自分に似ていると言われれば、むしろ嬉しく思うほどだ。

 

「弟君さ、島崎が時々ギャラリーとかに連れてきていたよな。俺も何回か見かけたことがあるよ。だけどさ、あいつも業者サイドで蔵に向かってるって事は、もう働いているのか? 島崎とも歳が離れているから、まだ学生かと思ってたんだけど」

「源吾郎は十九だけど、もう就職してるよ」

 

 まずは宍戸の疑問に、簡潔な言葉で応じた。鞍本氏も宍戸も、驚いたような表情を見せていた。学生バイトじゃなくて就職していたのか。宍戸はぼやいていた。

 庄三郎は、一つ息を吐いて言葉を続ける。

 

「宍戸君が、弟の事を学生じゃないかって思うのは無理もない話だと、僕も思うよ。弟は今年十九になったばかりだからね。それこそ、大学生をやっていてもおかしくない歳さ。でも弟は、高校を出て企業に就職したんだ。やりたい事をやるためにね」

 

 ここで説明を終えた庄三郎だったが、話を聞いていた鞍本氏と宍戸は、互いに視線を絡ませつつ話し合っていた。鞍本氏は、源吾郎がまだ十代である事に、宍戸は「庄三郎にくっついていた、愛嬌のある弟君」が、早々に社会人になっていた事に、それぞれ驚いているらしい。

 実を言えば、源吾郎は年齢不詳の男に見える事がままあるらしい。元々からして、のっぺりとした、下膨れ気味の特徴が薄い面立ちである。それ故に、源吾郎の顔は大人びて見える時もあったし、年齢不相応に幼く見える事もあった。

 加えて源吾郎は、大人っぽく見えるように振舞う事を好み、首尾よく大人びた振る舞いを演じる事すらできた。更に庄三郎と七歳違いである事などは、やはり庄三郎たちを知らなければ解らない事だ。

 従って、庄三郎たちの事を知らぬ鞍本氏が、源吾郎を二十三、四ほどの大人の男だと思ったとしても、何らおかしな事では無いのだ。源吾郎にはその事を話すつもりはないが。

 

 水道から流れる水で顔を洗うと、少しだけ気が晴れた。

 手を洗うという名目で鞍本氏たちから離れたのは、心を落ち着けるための事だった。他の大勢の芸術家たちと同じく、庄三郎もまた、複数人がいる所や彼らの出す喧騒は苦手としていた。そうでなければ、生活に詰まった時しか働かず、後は創作に心血を注ぐなどと言う暮らし方は出来ないだろう。

 いくらか気が晴れ、心の落ち着いた庄三郎は、鞍本氏の気の良さに心から感謝していた。彼女は、客人たる庄三郎が、こうして一人で勝手に洗面所に向かう事を許可してくれたのだから。

 だが――洗面所に向かったのは、庄三郎だけでは無かったらしい。洗面所の鏡に人影が映る。庄三郎はだから、誰かが接近してきた事に気付いた。

 

「一体どうされたんですか、メメトさん」

 

 振り返り、庄三郎は問いかける。近付いてきたのはメメトと名乗る少女だったのだ。

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