九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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蔵の内外でうごめく想い

 メメトの顔を正面からしっかと見つめていた庄三郎は、半歩ほど後ずさってもいた。言うまでもなく、急に近付いてきたメメトを警戒していたためだ。メメトが妖怪である事には気付いていたし、何の妖怪であるかも知っている。蔵掃除を行っていた時に、源吾郎はメメトの事も話していた。

 管狐。実際にはむしろキツネよりイタチに近い存在であるそうだが……いずれにしても厄介な存在である事は庄三郎も知っている。術者が使役する妖獣。あるいは特定の血筋に取り憑く憑き物。人の心を惑わし、狂わせ、内臓を喰い荒らすとも言われている忌まわしい存在だ。

 また、メメトは鞍本氏と直接依頼を取り交わし、今回の蔵掃除に参加したという。だがそれも、管狐としてのメメトの計略なのではなかろうか。管狐は、と言うか憑き物の類は、裕福な家に取り入ってその財産を食いつぶす事すらあるのだから。

 

「島崎さん。どうか緊張なさらないで下さいませ」

 

 メメトが口を開いた。無防備である事を示すかのように、手袋で覆われた両腕を広げていた。そんな動きをしていながらも、彼女は庄三郎に不用意に近づく事は無かった。その事に気付くと、庄三郎は少しだけ安心した。相手の距離感を推し量る事が出来る相手なのだ、と。

 庄三郎がそんな事を思っている間に、メメトは言葉を続ける。

 

「私は別に、何か企み事などがあって、島崎さんに近付いた訳ではありませんよぅ」

 

 神妙な面持ちで、庄三郎はメメトの姿を見定めていた。おどけたような口調と、それでいて何処か物憂げな眼差し。彼女の本心がどちらにあるのか、上手く見定める事が出来なかった。

 

「私はただ、島崎さんが何か物憂い雰囲気を出しておりましたので、それで気になって駆け付けた次第です」

 

 それなら別に、放っておいても構わないんだけれど。心中に浮かんだ言葉を紡ぐ暇も与えずに、メメトは言葉を続けた。

 

「島崎さん。弟さんの事を心配なさっているのでしょう?」

 

 庄三郎の瞳が見開かれた。メメトは真っすぐこちらを見つめている。本当の狐とは異なる、横長に裂けた瞳孔までもが、庄三郎にははっきりと見えた。

 

「当然じゃあないですか。大切な、たった一人の弟なんですから」

 

 おのれの声が、洗面台の空気を振動させる。自分の気持ちをぶちまけても構わない。メメトの瞳を見つめているうちに、庄三郎はそんな事を思ってしまった。

 メメトさん。黙ったままのメメトに対し、庄三郎は呼びかける。

 

「あなたもご存じの通り、弟は妖怪の世界に入り込んだ挙句、闘う事とか、危険な事にまで身を投じてしまっているんです。そりゃあ心配に思う事はありますよ。メメトさんだってお解りでしょう?」

 

 妖怪であるメメトに対し、ごく自然に同意を求める。庄三郎は、本質的には異形連中を恐れていた。しかし、異形だからと言って人間様の考えが理解できないなどとは思っていない。妖怪の中にも、人間的な情緒があると彼は信じていた。

 と言うよりも、人間の考えが獣的なだけで、そうした考えを他の種族と共有しているだけなのかもしれないが。

 解りますとも。メメトは薄く笑みを浮かべて頷いた。庄三郎の予想、若しくは期待通りに。

 

「私めも、妹分たちの身を案じる事がありますからね。ええ、ええ。あなたの気持ちは解りますよぅ。世間でも、兄姉が弟妹の身を案じる事は、自然な事ですからねぇ」

 

 妹ではなく妹分と言った所が気になりはした。しかし敢えて深く追求するような真似はしない。あからさまに複雑な事情だと解るような事は、あれこれ聞かずにそっとしておくのが一番なのだ。それは庄三郎も解る。世間の処世術と言うよりは、複雑な事情を抱える当事者として。

 

「ですが心配は無用です。島崎源吾郎さんは、あなたの弟君は、妖怪として強い力を持ち合わせておりますからね」

 

 メメトの顔にいびつな笑みが広がる。庄三郎には一瞬そんな風に見えた。それは自分の心がそう思っているからだと、瞬きした直後に思い直したけれど。

 

「それに彼は、若手ながらも雉鶏精一派の中で重宝される妖材と見做されております。研修で他部署に身を寄せているとはいえ、いいえだからこそ、危険な目に遭わせるような事は、雉鶏精一派の方々もなさらないでしょう。ですから――」

「解ってます。僕だってそれ位解ってますよ」

 

 メメトの言葉を遮り、庄三郎は再び口を開いた。

 

「でもやはり――僕は自分が情けなく思うのです。弟と同じく先祖の血を引いているのに、いざと言う時に何もできないなんて」

 

 大妖狐の血を引いているのは、何も源吾郎だけではない。自分たちとて、玉藻御前の血を受け継いでいるのだ。しかも庄三郎は、弟と同じく玉藻御前の権能をある程度受け継いでいる。

 それでも庄三郎は、妖怪として生きる事を放棄した。人間として生きるのだと、それも何者にも脅かされずに芸術の道を歩むのだと心に決めていた。

 だが、源吾郎が妖怪として苦難に直面しているのを目の当たりにすると、心がざわついてしまう。そんな無謀な事はやめろと、面と向かって説得できれば良かった。それが出来ないのなら、自分も闘えれば良かったと、ついつい思ってしまう。

 メメトはもはや、歪んだ笑みなどは浮かべていない。ハッとしたような表情でもって庄三郎を見つめていた。静謐で、誠実な表情だった。

 

「あなたが何もできないというのは間違いですよ、島崎庄三郎さん」

 

 手指の先に、暖かく滑らかな感触があった。メメトの手だった。彼女は何と、庄三郎の手に触れていたのだ。二の腕あたりまで嵌めていた手袋を外して、素手で庄三郎の手指を撫でている。何かが抜けていくのを庄三郎は感じた。

 抜けていったのは、自分の裡にわだかまっていた不安や憂鬱と言った負の感情だ。メメトは何も言わなかったが、庄三郎はすぐに気付いた。これこそが、メメトの権能であるという事と共に。

 

「私めが申し上げると滑稽な話になるかもしれませんが、善からぬ妖怪が出現したとなると、やはり人間の皆様は恐怖を抱く事になるのです。そうした人間たちの心を鎮め、平静を保つ事が出来るからこそ、島崎さんは母屋に留まるように言われたのではありませんか? なすべき事は、あなたにもきちんとあるのです」

 

 そうか。彼女は僕の権能に気付いているのか。庄三郎は瞠目した。意図的に用いる事は滅多にないが、庄三郎には他人の心に干渉し、操る能力があるにはある。メメトがその事を知っているのは、先程の接触にて読み取ったからなのだろうか。あるいは、妖怪たちの中で情報として出回っているという事なのだろうか。

 ともあれ、庄三郎は頷くと、メメトと共に母屋へと戻った。何がどうと言う訳ではないが、確かに気分は楽になった。

 

 場所は変わって蔵の中。島崎源吾郎は、ハルピュイアを頭とする一団の中で、蔵に潜む怪異たちと対峙していた。この一団の中に、人間の尻にかぶりついた狛犬も加わっている事は言うまでもない。

 むしろ彼(?)は、長らく眠っていたとはいえ蔵の中でずっと過ごしていたのだ。蔵の内部に詳しい事、あるいは襲い来る怪異の事を知っている可能性を思えば、参加してもらう方が良いのは明白な話だった。

 

「蔵の中だけあって、九十九神の連中が多かったですね」

 

 裁ちばさみを片手で弄びながら、ハルピュイアの配下たる鳥妖怪が呟いた。今彼が手にしている裁ちばさみも、元々は九十九神として源吾郎たちに襲い掛かってきた代物だ。古道具が変化する九十九神の存在は、勿論源吾郎も知っている。だが刃物だったものが九十九神となって襲い掛かって来る様はやはり恐ろしい。たとえ向こうが、肉や骨を断つつもりはなく、髪や衣服を切り裂こうとしただけであってもだ。

 ついでに言えば、源吾郎は裁ちばさみの九十九神によって、尻尾の毛が散切りにされてしまった。源吾郎の尾を囮にしたと言っても良いだろう。身を護っていた護符は、九十九神の尻尾への攻撃までは弾かなかった。尻尾の肉や骨への攻撃ならばいざ知らず、尻尾の毛を刈り込まれた程度ではダメージにはならない。ダメージにならない攻撃までは護符も弾かないのだ。プロ仕様の護符であるから、そうした事は自分で護れという事だった。まぁ、今回は囮として役に立ったのだから構わないのだが。

 

「と言っても、私たちにしてみれば、まだまだ脅威と言うほどでも無いですけどね」

 

 次に言葉を紡いだのはハルピュイアだった。彼女の手の中には、一本の帯があった。やや古ぼけているが、女物の帯である事は、錦糸にて煌びやかな刺繍が施されている事からも明らかだ。

 この帯は、絢爛で禍々しい大蛇の姿でもって、源吾郎たちの前に姿を現した。所謂蛇帯と言う物だろう。ハルピュイアが前に進み出て、布地の大蛇を取り押さえたのは言うまでもない。基本的に、蛇は小鳥を喰らうという。しかし大型の鳥は、却って蛇を喰らうのだ。ハルピュイアも全体的には大型の海鳥ないし猛禽に属するであろう鳥魔族だから、蛇妖怪など豪勢なおやつのような物なのかもしれない。

 いずれにせよ、ハルピュイアやその配下たちの間には、何処か和やかな雰囲気が漂っていた。魔族ないし妖怪として強いが故の余裕なのだろう。あるいは、極彩色の蛇帯と言う、派手な九十九神を道具に戻したために、蔵に巣食う連中はおおよそ制したと思ったからなのかもしれない。

 しかし――と源吾郎は思った。まだ他に九十九神たちは潜んでいる。メメトが言い、源吾郎や狗賓たちが感じ取ったあの生臭い臭気。それはまだ、臭いの主と共に仄暗い蔵の中に潜んでいるように感じられたのだ。

 

「くっ、くふふふふ……」

「おっ、また新手の九十九神か」

 

 そんな事を思っている間にも、怪しげな笑い声と共に、物陰から何かが姿を現したではないか。

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