九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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異形たち 蔵を穿った空中戦

「今のは一体何?」

「地震か?」

「いや、地震の情報は無いけど」

 

 突如として迸った轟音を聞き取ったのは、何も庄三郎だけではなかった。はじめは地震ではないかと疑う者もいたらしい。轟音は振動も伴っていたので自然な流れであろう。手許のスマホで地震情報をチェックし、地震ではない事を各自すぐに確認したのは言うまでもない。

 立ち上がった庄三郎は、そのまま母屋の出入り口に向かっていた。向かおうとしていた、と言った方が正しいかもしれない。三歩も進まぬうちに、腕をしっかと引き留められて進めなくなったのだから。

 庄三郎の腕を取り、歩みを妨害したのはメメトだった。華奢ななりの少女ながらも、腕を振り払う事は出来ない。おのれの腕を掴んでいるのが、確かに異形の存在である事を庄三郎は再確認した。彼をこの場に留めているのが、人ならざる者の膂力なのか、人を押しとどめる妖術の類なのかは定かではないが。

 

「何のつもりですか、メメトさん」

 

 おのれの声は、自分でもはっきりと判るほどに尖っていた。源吾郎の許に駆け付けなくては。そんな焦りが声に滲み出てしまったのだ。駆け付けたとて、自分には何も出来る事など無いというのに。

 

「弟さんの所に向かおうと思っておいでですよね」

 

 上目遣い気味にこちらを見つめながら、メメトが告げる。彼女の言葉は問いかけでも何でもなく、庄三郎が行おうとしている事への確認というニュアンスしかなかった。

 黙って頷くと、メメトの腕の力と目つきが一層強くなった。

 

「いけませんよ島崎さん。事故や災害のあった場所と解った上で、わざわざそれを見に行くだなんて、危険極まりないではありませんか」

「そんな事は解ってる!」

 

 言い返した声は、思いのほか大きかった。それこそ、口にしてから自分でもハッとするほどに。庄三郎はそれから、おのれの腕を掴んでいたメメトの手が、既に離れている事に気付いた。

 私めにお任せください。淡々とした口調でメメトは言った。

 

「仕事柄、私は危険な……いえこういう状況下にも慣れているのです。なので私が一人で状況を見に行きます。場合によっては、島崎さんたちにも加勢する予定です」

 

 だからお前はこの場に留まっておけ。メメトが伝えんとしている事は、庄三郎にも十分解っていた。彼女が正しい事を主張しているという事も。

 それでも、庄三郎は頷けなかった。何もできないと解っているのに。

 

「メメトさん。私も蔵の様子を見に行きたいんです」

 

 メメトに言い返そうとしたまさにその時、第三の声が庄三郎たちの鼓膜を震わせた。声の主は鞍本氏だった。決然とした眼差しでメメトを見つめるその姿は、確かにこの屋敷の女あるじとしての威厳を具えていた。

 

「皆さんもご存じの通り、私はこの屋敷のあるじです。それに私には霊感があって……怪現象とか霊とか妖怪と呼ばれる者たちの事とかも、多少は知っているのです。なので、今蔵で何が起きているのか。それを見届けなければならないと、私は思っているのです」

 

 半ば睨み合うような形で、鞍本氏とメメトは見つめ合っていた。眼光は鋭いが両者ともに怯えの色は無い。数秒ほどしてから、先に視線を逸らせたのは、メメトの方だった。

 

「鞍本さんの決意、しかと受け止めました。恐らくは、島崎さんも同じ考えなのでしょうね」

 

 諦めたような、何処か気弱そうな表情でメメトは告げる。だが次の瞬間には、決然とした表情で庄三郎や鞍本氏を見つめ返していた。

 

「お二人は私についてきてくださっても構いません。ですが、母屋に戻るまでは私の指示に必ず従ってくださいね。傍を離れるなと言えば傍を離れず、伏せろと言ったら伏せ、母屋に戻れと言ったら母屋に戻る。さもなくば、御身の保障は致しかねます」

 

 メメトの身体から、何がしかの妖気が煙のように放たれる。その煙が、庄三郎と鞍本氏の身体に取り巻き、身体の中へと入っていく。何がしかの術を掛けられたのだと、庄三郎はすぐに気付いた。と言っても、邪悪な術では無さそうだから、特に狼狽えなかったが。さりげなく鞍本氏を見やると、彼女もメメトの術に気付いている様子だった。

 

「それでは参りましょう」

 

 メメトの言葉に、鞍本氏と庄三郎は頷く。後ろで宍戸が俺も付いて行っていいかと、もごもごとした口調で問いかけていた。メメトは、宍戸が同行する事は認めなかった。宍戸は彼女の言葉に応じていたが、その声には失望の色は無かった。むしろ安堵の色さえ滲んでいるように、庄三郎には感じられた。

 

「うそ……」

 

 母屋を出て蔵の方に視線を向けるや否や、鞍本氏が言葉を漏らした。彼女が目にしているであろう物に、庄三郎も視線を向ける。そこで彼は絶句した。

 蔵の横っ腹の壁に、大きな風穴が開けられていた。白く堅牢だったはずの壁が崩れ、黒々とした内部がそこから露わになっている。画面越しであれば、まだ映画やドラマのワンシーンだと思う事が出来た。しかし庄三郎は、おのれの目でその光景を目の当たりにしているのだ。

 

「グゥオアアア!」

「キシャァアアア!」

 

 この世の物とは思えぬ吠え声が、庭の空気をビリビリと震わせている。そして、ああ、その声の中央で繰り広げられているのは、まさしく怪獣大戦争とでもいうべきものだった。

 白い巨大な蛇ないし龍と、それよりも小ぶりながらも巨大な灰色の鳥が、取っ組み合い絡み合いながら空中戦を繰り広げていた。どちらも異形である事は言うまでもない。白くて長い方は手足と鬣があるので、白蛇ではなく白龍の姿と言って良いだろう。

 灰色の鳥の方は、頭部が人間のそれだったのだ。

 異形のモノは、飛びながら闘うこの二匹だけではなかった。上空では大柄な鴉や鳥が白龍の周囲を旋回し、地上では大きな犬が二頭、天を仰いで吠えたてている。いや、犬と言うよりも狼かもしれないと庄三郎は思った。

 そして、そして弟である源吾郎は、犬たちと共に白龍を睨みつけていた。飛ぶ事が出来れば空中戦に加勢する。彼がそう思っているであろう事が、庄三郎にははっきりと解っていた。

 そうでなくとも、源吾郎は既に臨戦態勢だった。それは腰から伸び、全ての毛を逆立てた四尾を見れば明白だ。

 

「もうお解りでしょう」

 

 ここでメメトが呟いた。先程までとは異なる、昏い響きを伴った、実に陰気な声だった。

 

「もはや鞍本さんも島崎さんにも、出る幕はございません。曰く付きの物が遺されているとは存じていましたが、今や異形同士が相争うまでに至っているのですから。お二人はもう母屋にお戻りくださいませ。くれぐれも、足許と頭上にお気をつけて」

 

 メメトの言葉が放たれる。庄三郎は言われるがままに、踵を返して母屋に戻ろうとしていた。意思はあるのだが、自分の身体が操られているかのようだ。ちらと隣を見れば、鞍本氏も同じような状況だった。彼女は首を曲げ、メメトの方を見やっていた。

 

「メメトさん。あなたはどうされるのですか?」

「私はもちろん加勢します」

 

 スピッツ犬のような甲高い問いに対し、落ち着き払った声音でメメトが告げる。

 

「なりは貧相な小娘にしか見えないかもしれません。ですが私は……荒事を切り抜ける事には慣れっこですので。心配はご無用です」

 

 荒事に慣れていると言っても、管狐の戦闘能力とはいかなるものなのだろう。憑き物としては恐ろしいが、戦闘能力が高いという話は聞かないし。つらつらと庄三郎が考えていたその時、メメトの腰の部分から尻尾が顕現したのを見た。一尾ではない。長い尾が二本と短い尾が一本。都合三尾を持ち合わせていたのだ。

 メメトの尾の数を見るや、庄三郎の胸に安堵の念が広がっていった。三尾もあるという事は、生半可な妖怪ではないという事だ。その事が解ったからこそ、彼女が加勢して何とかなりそうだと感じたのである。

 庄三郎はだから、妖術に操られるがままに、母屋へと進んでいった。鞍本氏も名残惜しそうな表情ではあるが、やはり母屋に戻るほかないと言った風情だ。

 

「おい、おい、おい! 白龍様が闘っているというのに、一体どうするつもりなんだこのワン公!」

「ワン公じゃなくて狛犬だ、たわけ!」

 

 と、隣で甲高く騒がしいやり取りが聞こえてくる。ふと横を向いてみると、狛犬が背に日本人形を載せて走っていた。狛犬同様、日本人形の方も九十九神なのだろう。もっとも、二人の会話からして、友好的な関係とは言い難いが。

 だがまぁ、状況を聞き出すには彼らも母屋に入ってもらった方が良いだろう。それは鞍本氏も考えていたらしく、彼女は早速狛犬に声を掛けていた。

 メメトの方は大丈夫だろうか。ふいに不安になった庄三郎は、走りつつも首を巡らせ振り返った。メメトの姿は見えなかった。いや、変化を解いてフェレットめいた姿になっていたため、彼女が何処にいるのかすぐに解らなかっただけだったのだ。

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