九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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第二十幕:黒山羊姫は密かに微笑む
閑話:羊術者の野望


「玄三羊《げんぞうひつじ》さん。あなたは羊力大仙どのを復活させてみたいと思いませんか」

「何、羊力大仙《ようりきたいせん》ですって……!」

 

 八月下旬の昼下がり。工房を訪れた客妖《きゃくじん》の言葉に、玄三羊は前のめりになった。

 羊力大仙。この妖怪仙人の存在は玄三羊も知っていた。何せ彼の姉たる黒山羊姫は、羊力小仙と名乗り彼の妹分として仕えていたのだから。

 厳密にいえば、玄三羊自身は羊力大仙に会った事は無い。玄三羊が生まれた時には、既に羊力小仙は死後千年以上経っているような存在だった。それでも、姉の黒山羊姫が、ひそかに羊力大仙や彼の兄貴分を慕っている事は知っていた。その話は、何度も何度も聞かされていた。それこそ、玄三羊が仔山羊だった頃から。

 

「そ、そりゃあもちろん、出来る事ならやってみる価値はあると思います」

 

 気取った口調で言い放ったものの、玄三羊は胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。羊力大仙は、姉が慕っていた妖怪仙人の一人だ。その彼を、この俺が復刻したとなれば、姉も俺の事を見直してくれるだろう。甘えん坊で未熟な坊やではなく、いっぱしの術者である、と。

 客妖は笑みを深めて言葉を続ける。

 

「やってみる価値があると言う事は、羊力大仙どのを復活させようという意思がおありと考えてよろしいですね」

「もちろんでございます」

 

 一も二もなく玄三羊は頷いた。客妖は少しだけ思案するそぶりを見せ、もったいぶったように再び口を開いた。

 

「実を申せば、黒山羊姫どのにも同じ申し出を行ったんですよ。しかし玄三羊さん。黒山羊姫どのは、私の申し出を蹴ったのです。『自分のような存在が、神に近しい大いなるものに近づくなどというのはおこがましい』などと仰っていましたかね」

「それは……」

 

 玄三羊は驚きの声を発し、しかし口ごもってしまった。とはいえ想像はつく。姉がけんもほろろに客妖《きゃくじん》を門前払いした事も、彼女が神に近しい者に介入すべきではないと言い放った事も。

 姉の言動を思い浮かべていると、様々な考えや感情が浮き上あがってきた。姉とて千年以上生きた妖怪仙人なのだ。だというのに、自分が単なる仔山羊に過ぎないなどと過小評価するとは……! 玄三羊は、確かに姉の事を尊敬していた。しかし、自分を過度に矮小な存在であると見做す癖だけはいただけないと常々思ってもいたのだ。

 それに――自分は姉よりも優れた存在であると、皆に知らしめたいという慾もまた、玄三羊の心の中にはあった。それはもしかしたら、姉を慕う心とは矛盾しているのかもしれないけれど。

 畳みかけるように客妖が告げる。

 

「もしかして、玄三羊さんも、黒山羊姫どのの考えはもっともだと思っておいでなのでしょうか。ですがおかしな話ではありませんか。黒山羊姫どのは、ずっと人形を作り、それに生命を吹き込んでいるんですよ。それって――羊力大仙どのが行っていた事と同じではありませんか」

「それはあなたの仰る通りです」

 

 客人の言葉に同意する事を示すべく、玄三羊は頷いた。

 黒山羊姫も玄三羊も妖術師ないし妖怪仙人に属する存在だが、人形として生命ある者を人工的に作り出す術を得意としている。親である母ナル黒山羊から賜った権能なのかもしれない。だがその術は――羊力大仙も会得し、使っていた術に他ならないのだ。

 

「伝承によれば、羊力大仙様は小さな龍を造り出し、自分の意のままに操っていたといいます。私も姉も生きた人形を造り出すことを生業としております。大抵は既存のモノの遺骸や妖気の残滓を基にしているので、人造妖怪を造っていると言っても過言ではないでしょう。そうした術が、羊力大仙様から継承された事は言うまでもありません」

 

 姉が何を思って人形作りに精を出しているのか。正直な話、玄三羊には解りかねる部分もあった。自分の手駒を増やし、思うがままにこの世を操るつもりなど無い事だけは解る。仮に姉が野心を抱いていたのならば、とうの昔に人形たちを使って権力を掌握する事すら出来ていただろうから。

 かといって、羊力大仙や母ナル黒山羊から受け継いだ権能や術を忌み嫌っているわけでも無い。むしろ姉は積極的に人形を作り、仲間として手許に置いたり必要な相手に渡したりしているではないか。

 しかも二、三百年ほど前には、とある妖怪仙人を復刻させようとしたメス雉に対して、人造妖怪の造り方を気前よく教えてすらいたのだ!

 実の姉ながらも、黒山羊姫の考えは玄三羊には全く解らなかった。

 彼女は用心深く、それでいて奔放さも持ち合わせ、しかも日和見主義でもあったのだ。

 

「私は羊力大仙様を復活させます」

 

 玄三羊は今一度口にした。一言一句、はっきりとした口調で。それから彼は、身を乗り出して客妖を見据えた。

 

「ですが、復活させるには、というよりも羊力大仙様の因子を持つモノを造り出すには、あのお方の遺品か遺骸、あるいは容器の残滓が必要なのですが」

 

 それはご用意なさっているのですか? 玄三羊が最後まで言い切る前に、客妖が頷く。

 

「ええもちろん。こちらで用意しております」

 

 そういって、客妖は小箱をカウンターの上に置いた。金属製の小箱は、表面が鈍い緑青色を呈していた。表面はエッチング加工された上に大陸風の紋様が刻み込まれている。大陸のあれこれを見聞きしていた玄三羊は、ふいに心が落ち着くのを感じていた。

 小箱からは妖気もうっすらと漂っている。確かに羊力大仙のものであるように感じられた。

 

「承りました。羊力大仙様を復活させましょう――」

 

 箱の上部を撫でつつ、玄三羊は告げる。だがその時には、客妖の姿は忽然と消えていた。肩透かしを食らった様な気持ちに一瞬陥った。報酬や納期など、大切な話はこれから行うべきなのではないか、と。だが客妖自体は羊力大仙を欲しているわけでも無いし、用事があればまた後でやってくるだろう。虫のいい解釈かもしれないが、玄三羊は気を取り直していた。

 ともあれ玄三羊は小箱のふたを開いた。妖気の基らしき遺骸は、人形一体分作るにはやや少ない。そこは自分の妖気で補填すれば良いだろうと玄三羊は思った。

 黒山羊姫について、奔放だのなんだのと言っているが、玄三羊もまた、そうした気質を具えているのだ。

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