重大な事や幹部一人で決められない事柄が発生した場合、幹部たちで寄り集まって打ち合わせを行う。この法則は、雉鶏精一派の組織内でも例外ではない。萩尾丸は、きちんとその事を心得ていた。彼は雉鶏精一派においては第六幹部の地位を永らく護っているためだ。
いや違う。幹部と言う座を獲得する前から、萩尾丸は重要妖物として、組織内の打ち合わせに出席していた。紅藤の直属の部下であり、新体制となった雉鶏精一派の中では、古参メンバーなのだから。
かくして幹部同士での打ち合わせなどは、萩尾丸にとっては慣れっこだった。だがその彼をもってしても、今回の打ち合わせは珍しいものだと思わしめるものがあった。
打ち合わせを行うように持ち掛けてきたのは、第七幹部の双睛鳥だったのだ。
通常、打ち合わせを持ち掛けるのは上位幹部、特に峰白や灰高である事が多い。序列が低い幹部たちにも、打ち合わせを持ち掛けて開始する権利はある。しかし幹部間でも何となくトップダウン方式が保たれている訳であるから、珍しい事ではあった。
「――と、事の顛末は以上になります」
促されるままに双睛鳥は報告を行い、それからがっくりと首を垂れた。偏光眼鏡の奥にある瞳も、涙でうっすらと滲んでいるのかもしれない。側近のハルピュイアが、呑気な表情でもって隣に控えているために、双睛鳥の表情は一層悲壮感に満ちているように見えてしまった。
双睛鳥が語った事は、とある仕事にて起きたインシデントと、その事後処理への協力要請だった。
彼の話によると、先週の中頃に依頼を受けていた人間の屋敷にて、蔵にある不要物の引き取りと仕分けを行おうとしていたという。そんな中、蔵には悪心を抱き力を得た九十九神が巣食っており、はからずとも乱闘になったそうだ。
幸か不幸か、烈しい乱闘にも拘わらず重傷者は出なかった。しかし良かった事と言えばその程度だった。乱闘の余波により、屋敷の蔵は半壊してしまったのだから。建物だけではなく、貯蔵していた物品たちも被害を受けたことは言うまでもない。
そしてこの被害を、雉鶏精一派が、双睛鳥の組織が賠償しなければならない事もまた明らかな話だった。双睛鳥も、側近のハルピュイアも、その事は十分承知している。だからこそ、双睛鳥は思いつめたような、昏い表情で報告に臨んだとも言えるだろう。
生真面目で聡明な彼の事だ。予算の捻出も含めて、何をすべきかは既に解っているはずだ。仮に解らなかったとしても、第七幹部の立場をもってすれば、側近に命じれば何をすべきか明らかにする事も出来るだろう。それらの事を行い、あるいは理解したうえで、双睛鳥は落ち込んでいるのだ。メランコリックで自罰的な気質であるから、致し方ない話なのかもしれない。妖の気質などというものは、すぐに変えられるものでは無いのだから。
「そんなに落ち込まなくて良いじゃないか、双睛の兄さん!」
しんとした会議室の中で、三國の明るく弾んだ声が響く。誰も何も言わないのを良い事に、彼は言葉を続けた。
「兄さんだって知ってると思うけれどさ。俺だって、若い頃に車でビルに突っ込みましたけれど、それでも免停と幹部たちからお りを喰らっただけで済んだんですから。双睛の兄さんたちは、別にムカついて暴れ回った訳じゃあないんでしょ。相手の白龍だか何だかを押さえるために闘った結果なら、しゃあないですってば」
三國の言葉は、底抜けに明るいだけではない。途方もない馬鹿馬鹿しさすらも内包していたのだ。その事に、萩尾丸は気付いてしまった。
当の三國は、落ち込んでいる双睛鳥を元気づけようと無邪気に思っているだけなのだろう。実際には、他の幹部や彼らの側近の失笑を引き起こすだけだったのだが。
萩尾丸は笑わなかった。代わりに咳払いをして三國をたしなめた。
「三國君。双睛鳥君を励まそうとする心遣いは、僕にもちゃんと伝わって来たよ。しかしだからといって、過去の蛮行を、さも誇らしげに語るような物じゃあないよ。ましてや今回は僕たち八頭衆だけではなくて、胡琉安様もいらっしゃる会合なんだからさ」
言いながら、萩尾丸は胡琉安の方をちらと見やった。胡琉安自体は怒りも呆れも見せておらず、ただただ穏やかに微笑んでいるだけだった。胡琉安は母に似て日和見な気質なのだ。その事を失念していたのだと、萩尾丸は再びため息をついてしまった。
「萩尾丸殿の言うとおりだと、私も思いますよ」
だが、ため息をついている間に、灰高がうっすらと笑みを浮かべながら呟いた。微笑みながらも鋭さを保つ眼差しは、まっすぐ三國に向けられている。
「しかも三國君は、我々の中では最年少といえども、既に妻子ある身です。養っていくべき子供たちがいるのですから、いつまでも無責任な若者みたいに振舞っていては、子供たちの教育に悪いと思いませんか?」
灰高の物言いは、叱責というにはあまりにも穏やかな物だった。三國はしかし、しおらしい表情を作って素直に頷いた。灰高にたしなめられたからではない。子供の事を引き合いに出されたためだ。
直情的で後先考えない傾向の強い三國であるが、自分の子供ら――実子のみならず、甥にして養子である雪羽も含んでいる――に対しては、良き父親であろうと心掛けているようだ。つまるところ、三國は根が善良であり、年長の幹部たちにとっては存外御しやすい相手でもあるのだ。
三國が大人しくなったところで、灰高や他の幹部たちが改めて双睛鳥の方を見やった。
「それでは話の本筋に戻りましょうか。双睛鳥君。あなたもそこまで気を落とす必要はありません。確かに人間が絡む騒動で、事前準備も無かったのですから、妖怪同士での騒動よりも厄介かもしれません。ですが起きてしまった事は仕方ありません。
何よりあなたがきちんと事後処理を行わねばならないと思っているのですから、それだけでも上等ですよ」
そこまで言うと、灰高は左手で右の義手を撫でていた。八頭怪との闘いで右翼を喪った彼は、翼の再生ではなく義翼ないし義手の使用を選んでいる。腕の再生と引き換えに妖力を消耗する事を疎んでの事だ。
右翼を喪った灰高の言動は、以前の苛烈さや辛辣さが幾分弱まっていた。それこそが彼の恐れた衰えなのかもしれない、あるいは灰高自身も不安を抱えているのかもしれない。そんな風に萩尾丸は思ってしまうのだ。
現に今回も、双睛鳥に対して比較的優しい言葉を投げかけているし。
灰高の言葉に応じたのは、双睛鳥ではなく彼の側近だった。
「事後処理に関しましては、付き合いのある施工業者に問い合わせをしている最中なのです。というよりも、鞍本様自身も、そこまで私たちの事を咎めだてしていないので、トラブルになりそうな気配もないですし。
とはいえ、相見積で検討中なので、稟議書の発行はもう少し先になりますけれど」
ハルピュイアの口調はフワフワしたものであったが、彼女の語っている内容自体は堅実そのものであった。双睛鳥とは異なり、彼女は直接現場に居合わせている。だからこそ、何をすべきかという所の見通しが立っているのだろう。
他の幹部たちは施工管理や建設も雉鶏精一派で行うべきだろうかなどと話し合っていたが、萩尾丸はそれを半ば聞き流していた。今この場では、そこまで考える必要は特に無いためだ。それに事業拡大というのは良い事ばかりではない。拡大すればするほど、運営や維持が大変になるであろう事は、萩尾丸もよく解っていた。ましてや、八頭怪との全面戦争を終え、しかもまだ敵対勢力の動向に気を配らなければならない局面なのだから尚更だ。
「まぁ、人間の屋敷の修繕については、私も特に問題視していないわ」
ざわつく幹部たちに対し、峰白が告げる。たった一言でざわつきが収まったのは、やはり彼女の地位と威厳によるものだろう。
それよりも。厳かさを保ったままに、峰白は言葉を続ける。彼女の眼差しは、しっかりと双睛鳥に向けられていた。
「双睛鳥。クライアントの屋敷が破壊された事以上に、気になる事があるのよ。あんたたちだって、むしろそっちの話の方を、私たちに報告したいって思っているのでしょう」
峰白の言葉に、双睛鳥とハルピュイアは顔を見合わせつつ頷いた。双睛鳥は言うに及ばず、ハルピュイアも神妙な面持ちだった。