「ははは。島崎先輩も隅に置けないっすね。米田の姐さんを、別宅とはいえ自分の部屋に招き入れるんですから」
「まぁでもユキ君。島崎君たちも、そろそろ自分の部屋に遊びに行ったりお泊りしたりする段階に入っていてもおかしくないんじゃあないの。だってもう、付き合って半年以上経っているんだから」
「……米田さんは、別に泊まりに来るわけじゃあないんです」
恋人同士でお泊りする。ずっと黙っていた源吾郎であったが、鳥園寺さんのその言葉に反応し、重々しい口調で呟いた。先程までは、二人が話し合っている所に割り込めそうにないと思っていた。だが今こうして口を開いたのがきっかけで、説明する糸口が掴めたように思う。
「正直な話、そもそも米田さんが俺の部屋に泊まりたいと急に言われたら、俺だって戸惑いますよ。泊りがけとなれば色々と準備もありますし、何よりホップの事があるので……」
説明すると言っても、頭の中に浮かんだ言葉をただただ並べ立てただけに過ぎなかった。源吾郎はだから口をつぐんだ。鳥園寺さんと雪羽が、訝しげな眼差しを向けた事に気付いたためだ。
彼らの怪訝そうな表情は、数秒と待たぬ間に笑みへと変質した。
「あはっ。先輩ってばこの後に及んで小鳥ちゃんの事を心配なさってるんですか。でも先輩。そんなに小鳥ちゃんが心配なら、わざわざ別宅に招き入れるなんてまだるっこしい事をせずに、本宅に米田の姐さんを招けば良いんじゃないんです? そうすれば、日帰りだろうが泊りがけだろうが、特段気にする事は無いでしょうし」
無邪気な笑みをたたえながら告げる雪羽に対し、源吾郎はため息をつきたくなった。源吾郎が、ホップを大切に思っている事について言及するのはまだ良い。米田さんと源吾郎がお泊り会をする事を期待するというのはいささか下世話な事では無かろうか。
ああだこうだと思いつつも、源吾郎はあきれ顔で言葉を続ける。
「本宅に米田さんを招き入れるだって。雷園寺、君は今自分が何を言ったのか、解っているのかい?」
雪羽はまず気圧されたような表情を浮かべ、次にややむっとしたような表情で源吾郎を睨み返した。睨み返す雪羽が何かを言う暇を与えずに、源吾郎は言葉を続ける。
「雷園寺君。俺の本宅は研究センターの敷地内にある居住区なんだ。言い換えれば、紅藤様の縄張りの中でもあるんだよ。そんな所にさ、いかな米田さんと言えども外部の妖を入れるとなると、紅藤様たちも良い顔をしないと思うんだ」
「つまるところ、研究センターへのセキュリティリスクの問題があるから、米田さんを居住区にある島崎君の部屋に招きたくないって話よね」
そう言ったのは鳥園寺さんだった。源吾郎は顔を輝かせ、彼女の方を見やる。事もなげな表情を見せる鳥園寺さんの姿が、今の源吾郎には頼もしく見えた。
「そうです。その通りです鳥園寺さん。大学時代に研究をなさっていたという事なので、セキュリティ関連の話はお詳しいですよね。確か研究室に入るのに、カードキーが必要って話も聞きましたし」
まあね。半ばまくしたてるような源吾郎の言葉に、鳥園寺さんは片頬だけの笑みを見せた。気だるさの伴った笑みは妙に大人びていた。
「カードキーの話は島崎君の言う通りよ。だけど雉仙女様が運営している研究センターであれば、そもそもカードキーとか要らないと私は思うの。だって雉仙女様や萩尾丸さんの妖術でもって、不審者をこの敷地に入れないようにする事だって容易く出来るはずなんだから」
そう言うと、鳥園寺さんは真っすぐ源吾郎の目を見つめた。その通りだと、源吾郎は頷くほかなかった。彼女の眼力に圧されたからではない。彼女の言葉に、納得する所が大いにあったためだ。
「ええ、ええ。セキュリティの面については、全くもって鳥姐さんの言う通りっすよ」
雪羽もまた、鳥園寺さんの言葉に同意し頷いている。彼はそのまま、研究センター内には不可視の結界が常に発動されており、自分や源吾郎であっても入れないエリアがある事、そもそも紅藤や青松丸、そしてサカイ先輩が敷地内を監視している事などを鳥園寺さんに伝えた。そう言う状況下であるから、不審者や悪意を持った存在を入れる事は出来ないだろう、と。
そこまで言ってから、雪羽は今再び源吾郎に視線を向けたのだ。
「そんな訳だから島崎先輩。米田の姐さんを研究センターの本宅に招いたとしても、別に問題は無いと思うよ。そもそも紅藤様たちなら、米田の姐さんの事もよくご存じでしょうし」
「いやだから、今回は別宅にお邪魔してもらうって事で話は決まってるからさ」
言いながら、源吾郎はため息をついた。雪羽がここまで本宅への来客についてしつこく追求してくるとは思っていなかった。悪気の無い言動とはいえ、あれやこれやと言及されるとやはり疲れる。
幸いな事に、何かを察した鳥園寺さんが助け舟を出してくれた。
「それにしても島崎君。米田さんがこっちに来てくれるなんて珍しいわね。今までの話を聞いていたら、大阪とか神戸の海側とか、そう言う栄えたでデートしているみたいだったから」
「確かに、いつもは街に出てデートしていますよ」
鳥園寺さんの言葉に同意し、源吾郎は重々しい調子で頷いた。
「今回、米田さんは僕に気を遣ってこっちに来てくれると仰ったんです。何と言いますか、電話とかメールとかの連絡を見ていると、疲れているみたいだと思われてしまいまして」
米田さんとのやり取りを思い出した源吾郎の心中は複雑だった。米田さんとデートする事は楽しいし、気にかけて貰えることも嬉しい事には変わりない。しかし気遣われた事に対しては申し訳なさもあったのだ。
話を聞いていた雪羽などは「米田の姐さんに気遣ってもらえるなんて僥倖じゃないか」と無邪気に喜んでいるだけなのだが。
「そりゃあまぁ、島崎君もこの所お疲れ気味だと思われても仕方ないと私も思うわ」
ややあってから鳥園寺さんが呟いた。源吾郎は思わず瞠目し、彼女の顔を凝視した。居住まいを正しつつ、鳥園寺さんに問いかける。
「お疲れ気味って、今の僕はそんなに疲れたりやつれたりしているように見えるんでしょうか」
「いや別に、島崎君が今疲れ切っているように見えるとか、そう言う話じゃあないわよ」
慌てたような調子で鳥園寺さんは告げ、軽く首を振った。もしかしたら、先程の源吾郎の問いかけ方に気圧されたのかもしれない。それならば申し訳ない事をしたとも思った。しかし鳥園寺さんの瞳には、怯えの色は見受けられなかったが。
「ただね、島崎君が最近また妖怪絡みの騒動に巻き込まれたって話は知っているのよ。私自身はここでずっと働いているけれど、お兄ちゃんたちとか悠斗さんの知り合いの人たちから情報は流れてくるからね」
「あ、ああ、そう言う事だったんですか」
鳥園寺さんの説明を聞いた源吾郎は、気の抜けた声でそう言うのがやっとだった。疲れた表情を見せていた訳ではないと安堵する一方で、自分が何をしたのかという情報が明らかになっているという事に、そこはかとない恐怖心を抱いてしまった。
とはいえ、自分は玉藻御前の末裔である。しかも兄姉らと異なり、おのれの出自を武器にして妖怪社会で活躍しようとしている身だ。騒動に巻き込まれる事も、自分の挙動が注目されてしまう事も、大人しく受け入れなければならないのだろうとも思っている。
「そうっす。そうなんすよ鳥姐さん。島崎先輩は、先週の研修で悪妖怪とバチボコにやり合ったみたいで、それで叔父貴たちも心配していたんすよ。ええ、もちろん俺も心配してましたよ。だから今日、元気な姿を見れて安心している所なんです」
またしても、雪羽は思った事を鳥園寺さんに告げていた。彼らしい無邪気な物言いであるが、今回ばかりは聞いていて心が和んだのだった。