九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雷獣の語るイベント話

 気が付けば九月も過ぎ去ろうとしていた。紅藤の研究センターに一度呼び戻されてから、半月以上経っているという事でもある。

 九月もあっという間だったな。机の上に置かれたカレンダーを眺めながら、源吾郎はこの一か月にあった事を思い返していた。

 源吾郎が過ごした九月の日常は、前半と後半ではまるきり異なる様相を呈していた。端的に言えば、前半は激動の日々であり、後半は平穏かつやや退屈な日々だったのだ。白うねりが蔵を破壊した騒動から端を発し、胡張安の存在について考えたり源吾郎の裡に宿る這い寄る混沌の権能について考えたりしているうちに、九月の前半は過ぎ去って行った。

 その一方で、九月の後半は特筆すべき事は無い。ただただ緩やかに、穏やかに日々が過ぎていっただけだ。仕事は事業所内で完結する業務があてがわれ、源吾郎は他の面々――双晴鳥の部下や灰高の部下で同じく応援に来ていた者などだ――と共に書類を捌く事がほとんどだった。

 目新しい業務を強いて挙げるならば、外部に見積書や調査依頼の文書を作成することが何度かあったくらいだろうか。しかしそれも、研究センターに戻れば行わねばならない事柄だったから、さほど戸惑いはしなかった。

 仕事の方は単調かつ平穏であったが、それは私生活も同じ事だった。すなわち、ホップの世話や炊事洗濯と言った行わねばならない事にも向き合っていたという事だ。もちろん、仕事や雑事の間には余暇もあり、そこで仲間の妖狐と遊んだり米田さんとデートをしたりと息抜きも楽しんだ事は言うまでもない。

 

 いずれにせよ、源吾郎は平穏な日々に安堵と感謝の念を抱きつつ過ごしていた。時折退屈だと思う事もあるにはあった。しかし退屈だと思えるほどに平穏な日々というのが、実際には得難いものであるのだと、ことあるごとに思うようにしていた。

 野望を実現しようと雉鶏精一派に入ったからこそ、そう思えるようになったのだ。雉鶏精一派に所属してからというもの、様々な事件や出来事が降りかかってきたのだから。

 

 第八幹部である三國がやってきたのは、昼休憩が終わった午後の事だった。

 厳密にいえば、本部での幹部会議を終えた双晴鳥が、三國を連れて自分の事業所に戻ったといった方が正しいかもしれない。この日は午前中に幹部会議があったのだ。幹部たる八頭衆はそれぞれ部下と事業所を抱えているが、状況によっては幹部同士で寄り集まる事も源吾郎は知っている。第六幹部でありながら、第二幹部たる紅藤の側近を務める萩尾丸などが好例だろう。

 そういう事であったから、幹部の一人である三國が来たと解っても、源吾郎は特に気構える事は無かった。しかも双晴鳥と三國は仲が良い事も知っている訳だし。

 

「おう久しぶりだな島崎君! 君も元気そうで何よりだよ」

 

 源吾郎の姿を見つけるなり、三國は右手を挙げつつからからと笑った。彼は源吾郎の事も気に入っていた。源吾郎の事を弟分だと思っているのかもしれないし、単純に雪羽と親しいからなのかもしれない。いずれにせよ、屈託のない無邪気な振る舞いである。

 

「お久しぶりです三國さん。三國さんもお元気そうですね。ご家族の皆さんはお元気ですか」

 

 丁寧な口調で挨拶を返すと、三國は何故か笑い始めた。

 

「はははっ。島崎君、君がまじめな妖《こ》であるって事は知っているけれど、随分とお堅い挨拶じゃあないか。別に俺と君の仲なんだから、もうちっとフランクに話しかけてくれても良いんだぜ」

「三國さん。そんな事を言って島崎君を困らせてはいけませんよ。確かに島崎君は雪羽お坊ちゃまとは仲が良いですが、あなたと島崎君では職務上の立場が違うんですから」

 

 三國の言葉に、付き従っていた春嵐が困った様子でぼやいていた。春嵐に会うのも久しぶりの事だったが、困り顔である事以外は特に変わりはないようだ。

 

「双晴鳥様も、三國さんに何か言ってくださいな」

「まぁ確かに、社会妖《しゃかいじん》としての言動として考えたら、島崎君の話し方は良いと僕も思うかな。島崎君も若手だし。もちろん、三國さんのフランクな喋り方は、僕自身好きだけど」

 

 双晴鳥も双晴鳥で、何とも呑気な返答である。

 自身の参謀と仲の良い幹部から指摘を受けた三國だったが、それで気を悪くする事も特に無いらしい。今一度源吾郎を見やると、にやりと笑いながら言葉を紡いだ。

 

「家族って、妻と子供たちの事だよな。それならみんな元気にやってるぜ! 野分と青葉も可愛い盛りだし、雪羽は週末しかこっちにいないけれど、ちゃんとお兄ちゃんをやってくれているし……」

 

 子供らの近況について語る三國の顔は、柔らかく穏やかな気配に満ち満ちていた。闊達で、時に粗暴さも見せる事のある三國だが、子供たちにとっては優しい父親として接しているのだ。

 源吾郎が妙にしんみりとした気持ちになったのも、わずかな間だけだった。三國はすぐに、明るく何処かいたずらっぽい笑みを浮かべながら、双晴鳥の肩を叩いていたのだから。

 

「やっぱり所帯を持って……子供を持つっていうのは最高だぜ! うちの妻はしっかりしているし、子供らはめっちゃ可愛いからな。

 そんなわけだから双晴の兄さん。兄さんもそろそろ嫁さんを貰ってみたらどうですか。きっと楽しいっすよ」

 

 三國の言葉に、源吾郎はただただ目を丸くするだけだった。子供らの近況を語るのは良いとして、そこから双晴鳥に対して結婚するように勧めるとは。しかしこれも、ある意味妖怪的なコミュニケーションなのだろうかとも思えた。妖怪社会は人間よりも男女平等と言っても良い。一方、個妖《こじん》のプライバシーを保護するという概念はかなり薄いのだ。

 だからこそ、所帯を持つ三國もまた、兄貴分ながらも独り身である双晴鳥に対し、無邪気に結婚を勧めたのだろう。双晴鳥の周囲にも、彼に好意を抱く女魔族がいるのだから。

 

「三國さん。流石にそんな踏み込んだ事まで話してはいけませんよ。双晴鳥様も、怒っていただいて構いませんよ」

「まぁ別に、所帯を持つとか子供を作るとか、そんなのは妖それぞれだからねぇ。三國君は……僕らの中では若いうちに所帯を持ったなぁとは思っているけれど」

 

 春嵐が何処か申し訳なさそうに告げるものの、当の双晴鳥は何とも鷹揚な物言いだった。普段の双晴鳥は、このように呑気でマイペースな雰囲気を漂わせているのだ。

 

「それはそうと双晴の兄さん。俺についての世間話はさておいて、本題に入りましょうぜ。あんまり油を売っていると、それこそ萩尾丸さんあたりに嫌味を言われるからさ」

 

 本題。少しばかり真面目な表情を見せる三國を前に、源吾郎は僅かに身構えた。源吾郎の表情に気付いたのか、三國は再び笑みを作った。

 

「さっきも話したけれど、俺や堀川君の方で、農産業関連の催しに出展しようと思っているんだ。んで、折角だから双晴の兄さんの所の若い妖も売り子として手伝ってもらおうかと思っていてね」

 

 決定事項であるかのように告げる三國に対し、双晴鳥は眉を動かしていた。出展云々は知っているが、妖員《じんいん》の手配については知らないと言いたげだった。

 

「その催しとやらにはさ、雪羽君は連れて行かないのかい? 島崎君や僕の部下たちを連れていくよりも、先に雪羽君を連れて行こうと考えるのが筋だと思うけれど」

 

 そこまで言うと、双晴鳥は少し考え込むようなそぶりを見せた。

 

「だけど雪羽君は、今は研究センターの研修生だもんね。紅藤様達の許可が必要なのかな」

「いや、雪羽なら連れて行くつもりだぜ」

 

 訝りつつも探るような双晴鳥の問いに対し、三國はやはり屈託のない笑みを見せて頷いた。

 

「催しへの参加については、もちろん萩尾丸さんにも許可をもらったよ。むしろそういう事には積極的に参加させろと仰ってくださったくらいさ。兄さんも知っての通り、雪羽も幹部候補生だからな」

「そっか。それなら一安心だね」

「雪羽のお坊ちゃまも、ひところに較べて随分と真面目になりましたからね。僕も少し肩の荷が下りた気分です」

 

 腑に落ちたような気分でもって、源吾郎は双晴鳥たちのやり取りを耳にしていた。三國が出展する催しとやらに雪羽を参加させる事も、そうした経験を積ませるのは良い事だと萩尾丸が判断した事も、何もかも道理が通る事のように思えたのだ。雪羽の、悪ガキとしての気質も収まり、真面目に仕事をこなしているという点もだ。

 だがそうなると、今度は源吾郎にも声が掛かるという事だろうか。黙って様子をうかがいながら、源吾郎はそう思った。そして結局、想定通りに源吾郎にも声が掛かったのだった。

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