九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若狐 イベントブースで物思う

 農産業関連のイベント当日。現場に到着し、社用車を降りた源吾郎は、ぼんやりとした表情で周囲を眺めるだけだった。裏初午などと言った外部の催しに参加した事はあるが、会社組織(?)が寄り集まった出展イベントに参加するのは初めての事だったからだ。

 それにイベントのメインが農産業という事もあり、会場は外に設けられていた。県庁の傍にある自然公園だか記念公園の類らしい。いずれにせよ、スタッフも出展者も客たちも草が所々生える地面を踏みしめ、学校の運動会やら文化祭やらで使うようなテントの下で、各々の活動を報告する運びとなっているらしかった。

 

「どうしたんですか、島崎先輩」

 

 ぼんやりしていた源吾郎の肩を叩き、雪羽が笑う。彼のニヤニヤ笑いは源吾郎をわずかに苛立たせた。だが雪羽の姿は自然体そのものであり、イベントの場などにも慣れきっている事を如実に物語っていた。そんな雪羽の様子を観察しているうちに、いら立ちの念も薄らいだ。やはり雷園寺と俺とでは年季が違うのだなと、冷静に思うようにすらなっていた。

 

「仕事の最中なんですから、ぼーっとしていたらいけませんってば。まぁ、先輩の事だから、自然の多そうな気配に面食らったというのもあるでしょうけれど」

「いやいや雷園寺。俺は今田んぼばっかりの場所で暮らしているんだぞ。それなのに、何だって自然の多い場所に面食らわにゃあならんのだよ」

 

 源吾郎は眉を下げながらツッコミを入れた。白鷺城下で生まれ育った源吾郎は、確かに町育ちの都会っ子と呼んでも良いのかもしれない。しかし現在は、田園と畑の多い吉崎町で暮らしているのだ。だからもう、自然の多い光景などは珍しくもなんともない。何となれば、故郷とて実家から電車で三、四駅ほど進めば自然豊かな所に行き当たるのだ。

 雪羽はというと、源吾郎のツッコミを受けてからというものケラケラと声を上げて笑っていた。彼の姿に、源吾郎は安堵しつつも拍子抜けしてもいた。少し荒っぽい物言いになってしまったから、気を悪くしたのではないかと心配したのだが。

 元より雪羽は悪ガキとして振舞ってきた若者だ。だから多少の荒っぽい言葉にも耐性があるのかもしれない。

 

「ははは。自然の中に身を置き、身を委ねるのは、本当に良い事だぞ」

 

 雪羽とは異なる声音の、快活な笑い声が鼓膜を震わせる。声の主は三國だった。彼は明らかに上機嫌といった様子で、両腕を広げている。

 

「俺や雪羽の場合、自然の中に身を置いていると、心と魂が解放されたような気分になるんだよ。やはり俺たちは、自然と共に生きる種族だからな」

 

 三國の言葉に、源吾郎は無言ながらも頷いていた。全ての雷獣の気質や傾向を知っているわけでは無いが、三國や雪羽が自然の中で落ち着き心が解放されるというのはその通りだと思ったためだ。

 頷く源吾郎を見た三國は、満足げな笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

 

「自然の中で心が解放されるのは、何も雷獣だけじゃあない。島崎君みたいな妖狐とか半妖とか……人間だって同じ事だろうさ。何せ君の兄である宗一郎君も、子供のころは泥だらけになるような外遊びが好きだったんだぞ」

 

 三國の言葉に一瞬驚いた源吾郎だったが、話の情報源が苅藻であると知るや、心の中に納得の念が広がって行った。三國と長兄との間には、流石に直接的な交流は無い。しかし三國と苅藻は兄弟分のように交流しているのだから、苅藻の甥たち(つまりは源吾郎と兄たちだ)について三國があれこれと把握しても、何らおかしなことではない。

 特に宗一郎は、苅藻にとって初めての甥なのだ。彼の事を何かと気にかけ、苅藻が兄貴分のように振舞おうとしていたという話も、源吾郎はうっすらと知っている。

 

「そうですか……ですが言われてみれば、上の兄も子供の頃はそんな感じだったのかもしれません。上の兄は、僕や他の兄たちを公園で遊ばせたり、蝶の幼虫を育てたりするのを楽しんでいましたので」

 

 源吾郎の言葉はぼんやりとしていた。話しながら、幼かった頃の長兄や長姉がどのような性格だと評されていたかについても思い出していたためでもある。かつて長兄はごんたくれの子供であり、長姉はむしろ少し臆病で甘えん坊な子供だったという。今の二人を見ていると、嘘のように思えてしまうのだけれど。

 

「島崎君は、宗一郎君の子供だった時の事はさほど詳しくないんだな?」

 

 三國に問われ、源吾郎はぎょっとした。三國に非難されるのではないかと思ったのだ。三國はしかし、神妙でうら寂しい笑みを浮かべながら、首を揺らしただけだった。

 

「良いんだよ島崎君。そんな緊張しなくても良い。実の兄弟で、しかも長年一緒に暮らしていたとしても、兄貴や姉貴の子供だった時の事について、知らない事があったとしても自然な事だと俺は思っている。身内から話を聞かされたとしても、俺たちはその様子を実際に見た訳じゃあないんだからさ。

 俺も似たようなもんだよ。同じ両親から生まれた兄貴たちや姉貴たちの事なんざ、俺にはほとんど解らないもん」

 

 唐突な三國の述懐に、源吾郎は今度こそ目を瞠るほかなかった。宗一郎や双葉の幼少期を知らぬという源吾郎の話から、まさかこんなにもうら寂しく深刻な話が出てくるとは夢にも思っていなかったのだ。

 源吾郎はしかし、隣に控える雪羽の姿に気付くと、三國の言動も突飛なものではないように思えてきた。三國はやはり末っ子であるし、他の兄姉たちとの関係は複雑だ。特に長兄とは、雪羽の件で色々とあったのだから。いや、まだこれからも様々な事が起きるのかもしれない。

 

「いやいや三國さん。急にシリアスな話をなさったものですから、島崎君も驚いてしまっていますよう」

「ああすまん。これもまた、俺の悪い癖だよな」

 

 しんみりとした空気を打破したのは、堀川の言葉だった。彼は飄々とした口調で三國に話しかけただけだが、三國はこれで我に返り、少し気まずそうに頭を掻いている。源吾郎は少し驚いて、堀川の顔を盗み見た。

 三國に仕える優秀な参謀と言えば、風生獣の春嵐や、妻である月華だとばかり思っていた。しかし今この場にいる堀川も、中々の切れ者なのではないかと思い始めた。

 傍らにいた雪羽は、源吾郎と目が合うと何処かいたずらっぽい笑みを浮かべていた。先輩の考えている事はお見通しだぜ、と言わんばかりに。

 

 集合から準備、そして来客対応などを、双晴鳥に指示されるままに源吾郎はこなしていった。もっとも、来客対応の方は挨拶や記念品の配布などと言った、至極簡単な事を行う程度に留まっていたけれど。

 それでも双晴鳥たちからは「島崎君はやっぱり他の妖《ひと》への対応が上手だね」とは言われた。褒められた形になるのだが、源吾郎は嬉しさよりもむしろ複雑な気持ちを抱える事となってしまった。接客や来客対応に関しては、雪羽の方が源吾郎よりも上手だったためだ。

 表立って態度には示さなかったものの、源吾郎があれこれ考えている事は双晴鳥たちには見抜かれていたのかもしれない。接客や粗品配りが一段落するのを確認するや、双晴鳥は柔らかな口調で呼びかけた。

 

「島崎君。君も朝からずっと働いてくれてお疲れ様。僕たちは妖手《ひとで》も多いし、妖《ひと》の流れも少し落ち着いているから、気晴らしがてらに他のブースを見に行っておいで」

 

 気晴らしという言葉のフランクさに、源吾郎は目を丸くした。その間に、三國も思い出したかのように口を開く。但し彼の視線は、源吾郎ではなく雪羽に向けられていたが。

 

「おお雪羽。折角だし、雪羽もそろそろブースを見に回っても良いんじゃあないかな。そう言えば知り合いの妖《こ》がいるとかって気にしていたみたいだし」

 

 叔父からの言葉に、雪羽は嬉しそうに頷いていた。もっとも、源吾郎と一緒に他のブースを見て回る事を喜んでいるのか、知り合いの妖《こ》に会う事を楽しみにしているのか、源吾郎には解らなかったけれど。

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