九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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イベントで 妖狐は怪羊と再会す

 さてお偉方の許可を貰って他のブースを見回る事と相成った訳であるが、隣を歩く雪羽とは異なり、源吾郎の心中は複雑な物だった。

 複雑な心境を抱える要因も、複数にわたっていた。第一にイベントに参加する事自体に緊張していた。次に雪羽の物慣れた振る舞いとおのれの振る舞いを比較して人知れず落胆してもいた。更に言えば――雪羽が会う事を心待ちにしている相手を考えて、気が重くなってもいたのだ。雪羽の知り合いというのは、十中八九取り巻きだった野良妖怪だろう。そして源吾郎は、雪羽のかつての取り巻きの事を、好ましく思えなかった。

 

「島崎先輩」

 

 呼びかけられ、弾かれたように振り返る。雪羽がこちらを見つめていた。様子を窺うような、何処か不満げな雰囲気がその顔全体に漂っていた。

 

「双晴《そうせい》の兄さんたちから気晴らしにって言われたのに、何か浮かない顔っすね」

「ちょっと疲れたからだよ」

 

 雪羽の言葉を遮り、被せるように源吾郎は告げた。何となくだが、雪羽には自分の抱える複雑な心境を悟られたくなかった。

 しかし、源吾郎の稚拙な言い訳を信じるほど、雪羽も単純ではない。彼はやはり探るような眼差しを、源吾郎の顔に向けていた。

 

「疲れたって、流石に冗談きついぜ。夕方とか夜ならまだしも、まだお昼前で始まって三時間くらいしか経ってないんだぜ。そりゃあまぁ確かに、午前中でお客さんとかも多かったけれど。でも先輩は、結構社交的だし他の妖《ひと》と挨拶するなんて事くらいは平気だろうに」

「社交的、かぁ」

 

 雪羽の言葉を反芻し、源吾郎はうっすらと微笑んだ。自嘲的な笑みだったせいか、雪羽は心配そうな表情になってしまった。

 源吾郎はこの時、雪羽に対して取り繕って話そうという考えをかなぐり捨てた。本音で話しても構わないだろうし、本音で話さねばならないという気持ちにすらなっていた。

 

「それを言ったら雷園寺君だって社交的だろう。お客さんへの対応も雷園寺君の方が俺よりもこなれていたしさ。それに何より、今からオトモダチに会いに行くつもりでもあるんだろう」

「……まぁな」

 

 少し間を置いてから雪羽は頷いた。その間に、源吾郎の言葉を聞き表情を見定め、何かに気付いたようだった。源吾郎としては、オトモダチという単語を、何でもないありふれたものとして発音したつもりだったのだが。

 雪羽が思案顔だったのは、ほんの僅かな間だけだった。次の瞬間には、晴れやかな笑みを浮かべていたのだから。

 

「ああそうだ島崎先輩。よくよく考えたら、他の企業のブースの見学も、別に俺ら二人でくっついたまんまでなくても良いんですよね」

「ま、それもそうかも知れないな」

 

 さも名案を見つけ出したと言わんばかりの雪羽の言葉に、源吾郎は驚き目を丸くした。そんな考えもあったのかと、少ししてから思いもした。

 雪羽の眼には、源吾郎がぼんやりしているように見えたのだろう。いかにも世話好きそうな表情を見せながら、彼は源吾郎に顔を寄せた。

 

「双晴の兄さんや三國の叔父貴は、俺たちが一緒に見て回っているかどうかまで見ているわけでも無いし、仮に別個に回ったとしても、その事を咎めたりはしないと思うからさ。一緒に見て回れなんて事は、叔父貴たちも一言も言ってないんだからさ」

 

 それもそうだが……畳みかけるように語られた雪羽の言葉に、源吾郎は半ば納得し半ば戸惑ってもいた。戸惑っていたのは、雪羽があれこれと策を弄しているように思えたからだ。いつも直情的に考えて行動する彼らしくない事だ。

 あれこれと思案した源吾郎だったが、結局のところ雪羽の提案に頷いた。別個にブースを見て回るという案はやぶさかではないと思ったためだ。むしろ雪羽とおのれを較べて落ち込んでしまったのだから尚更だ。

 源吾郎が頷いたのを見るや、雪羽はあからさまに嬉しそうな表情を見せた。直後に、何故か申し訳なさそうな表情へとすり替わったが。

 

「ああ、良かったよ島崎先輩」

 

 雪羽は声のトーンを落とし言葉を続ける。

 

「いやさ、俺はこれからオトモダチにも会いたいなって思っていたんだよ。だけど島崎先輩が傍にいたら、あいつらも……先輩に対して委縮しちゃうだろうからさ。まぁその、先輩が優しくて良いやつだって事は俺も知ってるよ。だけど普通の妖怪たちよりもうんと強いから……」

「何だ。別個に見て回ろうって言ったのはそういう事だったんだな」

 

 源吾郎が強いと述べたあたりで、雪羽の言葉を遮ってやった。申し訳なさそうな雪羽とは対照的に、今では源吾郎の顔に笑みが広がっていた。取り巻きだった野良妖怪どもに気兼ねして、源吾郎と別行動しようと雪羽が考えたのは、ごく自然な事のように思えたためだ。

 それに源吾郎としても、雪羽の取り巻きと会いたいだとか、親睦を深めたいと強く思っているわけでも無い。

 

「良いよ雷園寺君。雷園寺君にも雷園寺君の付き合いがあるだろうからさ。俺の事は特に気兼ねしなくても構わないよ」

「ありがとうな島崎先輩。はは、それこそ先輩に気を遣わせちまったかな」

 

 雪羽は良いながら頭を掻いていた。しかし先程までとは異なり、申し訳なさそうな表情は霧散していたのだった。

 

 やはり自分のペースで見て回るのが一番だな。雪羽が向かって言った方角を見やりながら、源吾郎はふと思った。集まっている妖たちの間から、ちらと雪羽の姿が見えた。うら若い妖怪に向かって満面の笑みを浮かべ、やや大ぶりなジェスチャー――叔父である三國の仕草にそっくりだった――を交えて何やら話し込んでいる。

 きっとあの若い妖怪も、雪羽のオトモダチの一人なのだろう。穏やかな心境でもって源吾郎はそう思うだけだった。雪羽は源吾郎と仲良くしてくれているが、それでも彼なりに気を遣っている所があるのかもしれない。何かと大変な境遇の持ち主なのだから、一瞬とはいえそれを忘れられるのは良い事なのだろう。

 そう思った源吾郎は、堂々と雪羽から視線を外した。自分は自分で、興味の引くようなブースに顔を出そうと思ったためだ。と言っても、農産業と言われても中々ピンとこない。あまり難しく考えずに、ひとまずはジビエの類でも見ればいいのだろうか。

 ジビエ系統のブースも確かあったはずだよな。そう思った源吾郎は早足気味に歩を進めた。

 

「おや」

 

 背後で声がしたのは、丁度その時だった。自分に対して呼びかけられた声なのだと、振り返る前に気付いた。

 振り返ってから、源吾郎は声の主を目の当たりにし、わずかに驚きの声を上げた。伯洋児だった。今は風狸杖を携えてはいないが、パーマの強い巻き毛と何処か物憂げで穏和そうな眼差しは、以前出会った時と変わらない。

 

「伯洋児《はくようじ》さん、ですね」

 

 そうです、と言って伯洋児は頷いた。私服ではなくスーツ姿のためか、彼の姿は前よりも大人びて見えた。物憂げな表情が薄らぎ、その顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。源吾郎はほっとしたような気分になっていた。

 だが、伯洋児は羊らしく口許をもごもごさせていたが、困ったような表情をにわかに浮かべた。

 

「僕の名前を覚えておいてくれてありがとう。まだそんなに、僕の名前を呼んでくれる妖は少ないからね。君の事は覚えているんだけど……君の名前は知らないから、どう呼べば解らないんだ」

「すみません。僕は島崎源吾郎と申します」

 

 勝手に名を呼んだ事を謝罪し、それから自分の名前を告げた。初対面ではないにしろ、名前を伯洋児に伝えたのは今回が初めてだ。何しろ前に出会った時には、鴉を術で落とすという尋常ならざる光景に驚いていたのだから。

 

「島崎、源吾郎だね。それじゃあ、島崎君って呼んだらいいかな。それとも島崎さんの方がいいかな」

「どちらでも大丈夫ですよ、僕は」

「なら島崎さんで」

 

 そこまで言うと、伯洋児は安心したように微笑んだ。

 短いやり取りながらも、源吾郎は伯洋児の言動に対して違和感を抱き始めていた。喋り方や言葉の選び方、イントネーションが見た目よりも幼いように思えたのだ。実年齢と精神年齢が追い付いていない場合もあるのかもしれない。

 源吾郎はしかし、伯洋児の言動の違和感に気付くや否や、イルマの事を思い出していた。彼は山鳥女郎の息子なのだが、父親が邪神であるためか、生後一年ほどで大人の男の姿に成長していた。それでも言動は妙に幼かったのだ。

 もしかしたら、目の前にいる伯洋児も、似たような存在なのだろうか。しかしその割には、禍々しい気配は感じられない。ただ単に、そういう言動の持ち主なのかもしれないと思う事にした。

 それにしても。源吾郎は視線をさまよわせながら、それでも伯洋児から離れることなく言葉を紡ぐ。

 

「伯洋児さんとこんな所でお会いするとは、奇遇ですね」

「僕は玄三さんに言われて今回のイベントに来たんだ。僕の、風狸杖《ふうりじょう》を操る能力は、動物たちを従えるのに役に立つからね」

「そうですか」

 

 口では従順に頷いてみたものの、頭の奥底には疑問符が渦巻いていた。動物を従えるという言葉の物騒さと、農産業という単語から連想される雰囲気とに食い違いがあったからなのかもしれない。

 冷静に考えれば、家畜の飼育や育成などもまた、農業に関わる大切な事柄だというのに。

 伯洋児が話をしたから、源吾郎もまたおのれの素性を少し語らなければならなかった。雉鶏精一派に所属し、雉仙女とも呼ばれる紅藤の直弟子となった事を語ったのは言うまでもない。

 のみならず、現在はコカトリスの若者の許で研修を行っているという事すら、源吾郎は語ったのだ。

 この話を行う間、伯洋児の瞳は妙に輝いていたようだった。妖怪仙人と聞いて驚いているのか、鳥妖怪と聞いてあの日の鴉の事を思い出していたのかは定かではないけれど。

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