九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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怪羊は魔道具を欲し面談す

 結局のところ、源吾郎たちが参加した農産業関連のイベントは無事に終了した。源吾郎が緊張していたのもわずかな間だけであり、伯洋児なる羊妖怪と言葉を交わし、別れた後にはすっかりイベント会場の雰囲気にも馴染んでいた。

 それこそ、ジビエに関する展示などを見、試食を行ったり他のブースで粗品をもらったりして情報収集を行ったのだ。

 自分のブースに戻ってから、伯洋児と言葉を交わし、雉鶏精一派の事を彼に伝えたという話を、双晴鳥《そうせいちょう》や三國《みくに》に言ったのは言うまでもない。もっとも、それ以後は他のブースに顔を出して他の妖怪(一部人間もいたが)たちとも言葉を交わしたので、それらの中の一つとして語っただけに過ぎないのだが。

 そのためか、伯洋児《はくようじ》について双晴鳥たちが強く注意を引いたという感じは無かった。強いて言うならば、三國が「日本で羊妖怪なんてのは珍しいなぁ」と呟いた事くらいだろうか。

 

 イベントに参加したのちの数日間は、再び事業所内での雑事を任されていた。雑事は日常の延長そのものであり、源吾郎にしてみれば平和の気配が漂っていた。

 だからこそ、源吾郎は伯洋児に対して抱いた違和感を忘れつつあった。彼の存在もろともに。

 伯洋児の存在を思い出したきっかけは、事業所に掛けられた一本の電話だった。電話そのものを源吾郎が取ったわけでは無い。双晴鳥の部下が取っていた。そしてすぐに、双晴鳥に転送したのだ。

 

「……はい。初めまして。私どもの事は何処でご存知になったのでしょうか」

 

 普段の飄々とした陽気さを抑えた、丁寧なビジネス口調でもって双晴鳥は応じている。外部の相手と話している事は明らかだ。

 

「面接希望者かしらね?」

「そうだろうな。双晴鳥さんの所も、俺らが応援に出るくらいにゃあ妖手が不足しているし」

 

 応援要員である狗賓天狗、犬山と伏原が言葉を交わす。源吾郎は無言で聞いていたが、そうだろうなと思い始めていた。

 

「あ、はい。島崎からの紹介ですか。そうだったんですね」

「……!」

 

 すんでの所で、頓狂な声を上げるところだった。何の脈絡もなく、自分の名が出てきたのだから。伏原たちは、不思議そうな眼差しでもって源吾郎を見つめている。だが源吾郎には、事情を説明する余裕など無かった。

 

「ええ。私の方は、明日の十四時ならば空いています。それではお会いできるのを心よりお待ちしております。お電話ありがとうございました。失礼いたします」

 

 双晴鳥はいつの間にか電話を終えていた。彼は飛び上がるようにして席を立ち、軽い足取りでもって源吾郎の傍へとやって来た。

 反射的に身構えつつ、双晴鳥の顔を見上げる。彼は穏やかに微笑んでいるだけだった。偏光眼鏡の奥に隠された瞳には、源吾郎を怯えさせないような気づかいが宿っているように思えた。

 

「さっきの電話はね、羊妖怪の伯洋児さんからだったんだ」

 

 まず誰から電話があったのかを告げ、双晴鳥は言葉を続ける。

 

「そう言えば島崎君は、この間のイベントで伯洋児さんとお会いして話をしたそうじゃないか。それで僕の事業所に、いや雉鶏精一派そのものに興味を持ってくれたみたいでね。今回は直接僕らに会って話したいって事らしいんだ」

「そういう、事だったんですね」

「成程な。それで島崎君の名前が聞こえていたのか」

「イベントに参加していたのは知っていたけれど、それでお客さんを獲得しちゃうなんて。やっぱり狐は商売上手なのね」

 

 源吾郎は頷き声を上げた。しかし彼の声が、双晴鳥に届いているのかどうかは解らない。源吾郎とほぼ同時に、犬山たちが興奮した様子で声を上げたためだ。

 双晴鳥は目を細め、少し思案するような表情でもって源吾郎たちを見渡した。

 

「犬山さんに伏原さん。言っても明日のは単なる面談なんだ。お互いどんな仕事をしているのかを確認しないといけないから、あれですぐにお客さんを獲得したというわけでは無いんだよ。と言っても、ビジネスパートナーを得る手掛かりになった事には変わりないけどね」

 

 一度言葉を切ると、双晴鳥は源吾郎をじっと見据えた。

 

「島崎君。君には是非とも伯洋児さんとの面談に立ち会ってほしいんだ。別に難しい話を割り振るつもりはないよ。だけど君をきっかけにして雉鶏精一派を知ってくれた妖だもの」

「はい。もちろん立ち会います」

 

 明日の予定はさておき、源吾郎はそういって頷く他なかった。もっとも、この事業所の長は双晴鳥である。仮に源吾郎に何か予定があったとしても、上手い塩梅に彼が便宜を図る事とて造作もないはずだ。

 

 双晴鳥との電話での約束通り、伯洋児は翌日の十四時前に事業所にやって来た。別妖のような雰囲気に、源吾郎は思わず瞠目した。仕立ての良いスーツを身にまとっている事はさておき、にこやかな笑みを浮かべる伯洋児は、いかにも自信たっぷりのビジネスマンと言った佇まいだったのだ。前回、前々回と出会った時の、何処か物憂げで繊細そうな表情が嘘のようである。

 しかも伯洋児は単身で来たわけでは無かった。明らかに猫又と判る青年が控えている。態度からして、伯洋児の部下か側近であるようだ。前にイベントで参加した時には見かけなかったが、彼とは別行動だったのだろうか?

 源吾郎があれこれ考えているうちに、互いに挨拶が交わされた。そのまま名刺交換を行おうとしたのだが、伯洋児が困ったような笑みを浮かべ、双晴鳥たちに手のひらを見せた。

 

「申し訳ありません。僕たちはまだ名刺を持っていないんです。何分、この手の仕事を始めたのはつい最近の事なので」

「厳密にいえば、名刺は現在作成依頼と発注を行っているんですがね」

 

 伯洋児の言葉を補足するように、傍らの猫又が告げた。名刺は百枚単位で作らなければならないから時間がかかるだの何だのと、言い訳めいた言葉を猫又は重ねている。

――部下まで連れてこんなにかっちりとしたビジネスマンをやっているのに、名刺を持っていないだなんて事が、果たして有りうるのだろうか

 訝しく思う源吾郎をよそに、双晴鳥はにこやかな口調で言葉を続ける。

 

「ええ、ええ。大丈夫ですよ伯洋児さんに虎鉄さん。確かに名刺は発注してから届くまでに時間もかかりますもんね。弊社は組織の規模が大きいので、名刺の発注もまとめて行っておりますので、そんなに不便に思った事はありませんが。

 何か私どもに連絡したい事がありましたら、そちらのメールアドレスや携帯電話にご連絡していただけたら対応いたします」

「ありがとうございます」

 

 まず頭を下げたのは、伯洋児ではなく猫又の虎鉄の方だった。部下が頭を下げたのを見て、伯洋児も慌てて頭を下げたように源吾郎には見えた。

 

 

「それでは本題に入りましょうか」

 

 二人が頭を上げたところで、双晴鳥が口を開いた。既に伯洋児たちの手許には、同席するカーバングルの青年が用意したレジュメが配られている。双晴鳥が主に手掛けている事業に関する簡単な資料だった。

 双晴鳥とカーバングルの方で、第七事業所の説明が行われた。事業内容や取り扱っている魔道具類についての話を行ったのだ。伯洋児と虎鉄は互いに顔を見合わせて頷いたり、双晴鳥たちの話に相槌を打ったりしている。

 こちらの話に、相手は明らかに感心し、驚いてすらいるであろう事は、表情を見れば明らかだった。

 

「それにしても、双晴鳥様の所の事業所は素晴らしいですね」

 

 説明が終わってから、伯洋児が口を開いた。見開いた瞳はきらきらと輝き、そのためか何処か子供じみた印象をもたらしてしまう。

 

「魔道具の品揃えも多岐に渡っている点でも魅力的だと感じました。何よりあなた方は――かの有名な九頭雉鶏精に仕えていた組織ですものね」

 

 九頭雉鶏精に仕える組織。無邪気な様子で放たれた伯洋児の言葉に、双晴鳥とカーバングルが目くばせしたのを源吾郎は見た。何かを確認し合っているのだと思った時には、双晴鳥は伯洋児の方に向き直っていた。

 

「ええ。確かにわが雉鶏精一派の初代頭目は、九頭雉鶏精の胡喜媚様に当たります。もっとも、胡喜媚様自体は三百年前にこの世を去っておりますので、孫の胡琉安が頭目の座を引き継いでおりますが」

「そうですか。そうでしたか……」

 

 胡喜媚は三百年前に他界している。双晴鳥のこの言葉に、伯洋児は嘆息交じりの声を上げていた。

 

「胡喜媚様と言えば、高名な妖怪仙人である事は僕も存じております。しかしそんなお方でも、やはり天命には逆らえなかったという事なのですね」

 

 そこまで言うと、伯洋児はしばし思案顔となった。しかし何かを思い出したのだろう。再び彼は口を開いた。

 

「ああですが、虎力大仙様や鹿力大仙様のような力を持った妖怪仙人の方々も、戦いによって生命を落としているという事ですし。となると、やはり致し方ない事なのでしょう」

 

 妖怪仙人と思しき名を伯洋児が口にしたのを、源吾郎は聞き逃さなかった。やはり風狸杖などを携えて鴉を落としていただけあって、伯洋児もまた妖怪仙人などには精通しているようだった。

 

 伯洋児たちとの、商談とも面談ともつかぬやり取りは、小一時間ほどで終了した。結局のところ、伯洋児は起業したばかりの組織の長だった。彼がどんな事業を行おうとしているのかはまだ解らない。だが双晴鳥の取り扱う魔道具には興味を持ったので、購入して使ってみたいという話だった。

 面談の間には、多少不自然なやり取りもあったような気もする。それでも双晴鳥は、そんな事はおくびにも出さずに、にこやかな態度でもって伯洋児と接していたのだ。

 

「双晴鳥さん。あの伯洋児という男は、我々にとっての新規の顧客という事になるのでしょうか」

 

 同席していたカーバングルの青年が口を開いたのは、伯洋児たちが立ち去った後の事だった。疑念と不安の色が濃く浮き上がった眼差しでもって、双晴鳥を見つめている。ビジネスの話に対して用心深いのは、栄光と富をもたらすとされる宝玉を額に戴くためなのかもしれない。

 

「新規の顧客と言っても、法人のお客様って事になるかな」

 

 対する双晴鳥は、穏やかな口調で告げた。

 

「普通にね、お店にふらっとやって来ただけなら、個人客になるだけだから、そこまで大層な事にはならないよ。だけど伯洋児さんは法人として面談に来たから……」

 

 そこまで言うと、双晴鳥はカーバングルの方に首を伸ばした。人型であるはずなのに、鳥が首を伸ばす姿が脳裏に浮かんでしまう。

 

「法人の顧客ならば、八頭衆で一度取引するかどうかの打ち合わせを行うからね。伯洋児さんと正式に取引をするかどうかは、その打ち合わせ次第という事になるんだ。だからすぐに取引を始めるという訳じゃあないから、安心して欲しいんだ」

 

 双晴鳥の言葉に、カーバングルの青年が安堵の表情を浮かべた。

 源吾郎はただ、狐につままれたような気分で二人のやり取りを見聞きしていた。双晴鳥もまた、組織の行く末を決定する幹部の一角であり、ビジネスマンとしての度量も持ち合わせている。その事を改めて思い知った。

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