九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雷獣小僧と野良妖怪たち――不穏さ漂うブレイクタイム

「雷園寺のお坊ちゃまも、変わらず元気そうで何よりだよ」

「お蔭さまでな。俺としても、ラス子たちの事は心配していたから、今日は会えて良かったぜ」

「雷園寺君、何か緊張してないか。俺らがいるからって、緊張しなくて良いんだぜ?」

「そうそう。別に私らは、萩尾丸さんの監視役って訳でも無いし」

 

 土曜日の夕方。雷園寺雪羽は数名の妖怪たちを引き連れて、下町の隅にある場末のゲームセンターを訪れていた。元は小規模な遊園地だったというその場所は、時代の流れによって寂れ、動かなくなり放置された遊具たちが、もはや遊園地ではないことを如実に物語っていた。それでもゲームセンターや軽食屋――こちらは遊園地だった頃からあったのかもしれないが――を運営し、どうにか生き延びようとしていた。

 オトモダチとの会合、もとい暇つぶしで遊ぶにはうってつけの場所だと、雪羽には思えてならなかった。何がどうなのかと説明しろと言われれば困り果ててしまうけれど。

 ツレたちは、もちろん雪羽の知り合いやオトモダチばかりである。グラスタワー事件の前から交流のあった者もいるし、ハクビシンの玉出姉弟のように、再教育の最中に親しくなった者もいた。

 よく見れば、見慣れぬ獣妖怪の少女がいる事に、雪羽は今更ながら気が付いた。彼女は化けアライグマであるラス子の妹分であるかのように付き従っていた。しかし飛び出した尾や匂いからして化けアライグマではない。キツネの様なのだが、ホンドギツネやアカギツネが変化した妖狐とも違うようだ。

 じろじろと見つめていた事に気付いたのだろう。ラス子がこちらを向き、ツレの少女を引き連れてこちらにやって来た。

 

「雷園寺のお坊ちゃま、そう言えばこの娘をお坊ちゃまに紹介するのを忘れていましたね。この娘はユーリカと言うんです。フェネックの妖狐で、まぁ色々あってアタシと行動を共にするようになったんですよ」

 

 フェネックの妖狐だったのか。だから普通の妖狐とは何となく違っていたのだな。ユーリカと呼ばれた少女を見つめながら、雪羽は思った。

 ラス子はユーリカを前に押し出すと、そのまま言葉を続けた。

 

「ユーリカ。このお方は雷園寺雪羽さんだよ。名前の通り雷獣のお坊ちゃまで、アタシもかれこれ二、三十年来の付き合いなんだ。今は諸般の事情があって、前ほど頻繁に会ってないけどね」

 

 ラス子はえびす顔で説明していたが、ユーリカは緊張した面持ちでこちらを見つめている。ラス子の許にいた時から用心深そうな雰囲気を漂わせていたから、用心深い気質なのかもしれない。

 

「あの、初めまして。ユーリカって言うの。今年の冬に、リン姐さんに拾われて、それで一緒に暮らしているの。今回は、雷園寺さんに会えて嬉しいな」

「こちらこそ、ラス子の……いや熊谷リンの新しい仲間として、君に会えて嬉しいよ。俺の事は、気軽に雷園寺君とか雪羽とか呼んでくれれば良いから、な」

 

 ユーリカのたどたどしい挨拶に続き、雪羽も挨拶を返す。その間も、雪羽はユーリカの姿をまじまじと観察してしまっていた。不躾である事は解っていた。しかし彼女の立ち振る舞いや、ラス子との関係が気になったのだ。

 たどたどしい物言いや、敬語をマスターしていないのは、きっと妖怪化して間がないからなのだろう。だがラス子が弟分や妹分を作るのは珍しかった。雪羽に対しては愛想が良いが、進んで弟分や妹分を作るほど面倒見の良い女ではない。

 

「雷園寺のお坊ちゃま」

 

 にこやかな笑みとは対照的な、冷ややかささえ伴う声音でラス子が告げる。熊谷リンとフルネームを口にしたのが気に入らなかったのだろうか。雪羽が思案している間に、ラス子は言葉を続ける。

 

「さっきから、ユーリカの事ばかりまじまじ見てますけれど、もしかしてあの娘が気になったんですかい?」

 

 蓮っ葉な口調で言い放つと、ラス子はざっくばらんな笑みを浮かべ、上目遣い気味に雪羽を見た。ユーリカは既にラス子の斜め後ろに引っ込んでいる。

 

「駄目ですよお坊ちゃま。ユーリカはまだ子供なんですから。もしも女っ気が恋しくなったとしたら、アタシに声を掛けてくださいよぅ。今までと同じように、遊んであげますから」

「いや、そういうのは間に合ってるから大丈夫だよ」

 

 雪羽はやんわりとした口調で告げると、それとなく手を前に突き出した。何もしなければ、ラス子がすり寄り、しなだれかかってきそうだったからだ。かつてはそうだったし、雪羽も無邪気にラス子と遊んだ事も幾度もある。だからこその行動だった。

 少ししてから、雪羽は咳払いした。間に合っているという意味を、他の妖怪に曲解されないかと思い始めたのだ。特に今回は、化けハクビシンの玉出姉弟がいる。彼ら自身は気の良い妖怪たちだが、萩尾丸の部下である事には変わりはない。ラス子とのやり取りを萩尾丸たちにチクられたら、色々とややこしい。

 

「ああ、言い方が違ってたな。今は女の子たちで遊ぶ気分じゃあないんだわ」

 

 一言一句はっきりと発言した。ラス子は納得したような、それでも多少驚いたような表情を浮かべていた。雪羽はにやにや笑いを浮かべながら言葉を続ける。

 

「別に彼女が出来たとか、そういう訳じゃあない。だけど仕事も忙しいし、何より叔父貴の所に赤ちゃんがいるだろう。弟妹達の、本当はいとこにあたるんだけどともかく赤ちゃんたちの事とかも気になって、それで女の子と遊ぼうって気分じゃあないんだよ」

 

 最後の方は説明の内容がぐちゃぐちゃになってしまった。我ながら子供っぽい説明ではないか。雪羽はそう思って内心恥じていたが、ラス子たちは少なくとも気にしなかったらしい。彼女の表情からは驚きや疑念の色は消えていた。

 

「そうですかそうですか。そう言う事ならまぁ致し方ないでしょうね」

 

 ラス子はあっさりと雪羽から距離を取ってくれた。

 

「考えるまでもなく、雷園寺のお坊ちゃまはやんごとなき身分ですものねぇ。それゆえに、組織内での地位も確立されているみたいですし。そんなお方ならば、アタシたちと違って若い頃から仕事に励むように仕向けられても、まぁ自然な事だと思いますよぅ」

「そうそう。そんな感じなんだよ」

 

 雪羽はラス子に笑いかけたが、笑顔は妙に強張って引きつったものになってしまった。彼女が納得して引き下がったのはありがたい。しかし「組織内で地位が確立している」という言葉を聞いた時に、居心地の悪さをわずかに感じた。

 雷園寺家の次期当主になる事は決定していないし、研究センターの研究員として過ごしているのも、自分の悪事を清算するための事だ。三國は雪羽が雉鶏精一派の幹部になると信じているが、この未来とて確約されているものではない。

 結局のところ、雪羽は若妖怪の一人に過ぎず、確実に権力を持つ地位に納まるとは現時点では言い切れない。その事を知らぬラス子は、やはり自由で権力から遠い野良妖怪なのだと思い知らされた。

 

「やんごとなき身分と言えば……」

 

 ラス子はというと、既に別の事に関心が向いているらしい。さりげなく周囲を見渡し、ぼんやりとした口調で呟き始めている。関心が余所の事にすぐ向かうのも、なんというか野良妖怪らしいと雪羽は思った。

 

「今回は、島崎のお坊ちゃまにはお声がけしていないんですかねぇ? 仕事をされている時は結構一緒にいると聞いていたので、今回の会合にも出席されるかと思っていたんですよぅ」

「……実はさ、島崎先輩とは休みの日で会う事は少ないんだよな。それこそ、仕事でいやと言うほど顔を合わせるからね。それに先輩も、休みの日は何かと忙しいみたいだし」

 

 源吾郎の姿を思い浮かべながら、雪羽は告げた。

 島崎源吾郎と言えば、今の雪羽にとって公私ともに親しい妖怪の一人である。職場である研究センターでも、ほぼ毎日のように顔を合わせる間柄だ。

 しかし一方で、休日に一緒に会う頻度が少ない事も事実だった。お互い休みの日は予定やする事があるだろうし、そもそも仕事で顔を合わせているんだから、わざわざ休みに会わなくても良いのではないか。源吾郎はそのように思っているらしい。

 周囲には甘え上手の甘えん坊と思われている源吾郎であるが、このようにドライな一面も持ち合わせていた。あるいは末っ子で親兄姉や他の親族に構われて育った反動で、誰にも干渉されない一人の時間を欲するようになったのかもしれない。

 いずれにせよ「休日は互いの用事があるだろう」という源吾郎の申し出に、雪羽は特段不満は無かった。たまに一緒に遊びたいと思う時はあるにはあるが。

 

「ま、確かに、島崎のお坊ちゃまはお忙しいでしょうね」

「そうそう。島崎君は今研修中って事で港町の事業所で働いているみたいだし、仕事で手一杯なんだろうな」

「やっぱ島崎君は半妖だから、うちら妖怪よりも体力ないしね」

 

 ラス子は納得し、安堵したような表情で頷いていた。話を聞いていた玉出姉弟も口を挟んでいる。玉出姉弟も街中で働いているから、出勤する源吾郎の姿を見かける事があったのかもしれない。

 にこにこと、愛想笑いというにもやや過剰な笑みを浮かべながら、ラス子は言葉を続けた。

 

「正直言って、島崎のお坊ちゃまがいらっしゃらないという事で、アタシは安心しているんですよぅ。あのお方は決して悪い妖《ひと》ではないですけれど、やっぱりお強いので、傍にいらっしゃるとプレッシャーを感じてしまうんですよね」

「……島崎先輩は良いやつですよ」

 

 へつらうようなラス子の笑みが、一瞬こわばる。言い放った雪羽の言葉は、存外鋭い響きを伴っていたらしい。しかし言葉は留まらなかった。

 

「良いやつである事には変わりないけれど……ただ、先輩はプライドが高くて強情な所があるんすよ。そのせいで、ラス子とか他の妖怪たちとぶつかっちゃう事があるんだと俺は思うよ」

 

 言いながら、雪羽は思わずため息をついていた。

 雪羽は知っていた。源吾郎がラス子のようなオトモダチ連中を、下賤な取り巻きに過ぎないと侮蔑している事を。口には出さずとも、雪羽がオトモダチ連中と絶縁すれば良いと思っている事を。

 雪羽は源吾郎の事を友達だと思っている。心の底から信頼できる相手だとすら感じる時がある。だからこそ、源吾郎がオトモダチの事をそのように考えているのだと思うと辛かった。オトモダチが、取り巻き連中が、単に雪羽を利用し、彼の威光に縋ろうとしているだけである事は解っている。それでも彼らを切り捨てる事は出来なかった。

 

「まぁまぁ雷園寺君。島崎君が良いやつだって言うのは俺らにとっては朗報だと思うぜ」

 

 あまりに思い悩んだ表情を見せていたのだろうか。玉出の弟が、のんびりとした口調で話しかけてきた。手にしていたカップの中にある唐揚げの一つを姉が失敬していたようだが、気にせず玉出弟は言葉をつづける。

 

「だって考えてみろよ。あいつは玉藻御前の末裔で、しかも既に四尾だろ。三大悪妖怪としての血筋とコネ、そして数百年生きた妖怪に匹敵する妖力を具えているんだ。そんなやつが、善悪も気にせずに欲望のままに振舞ったら、一体俺たちはどうなるって言うんだよ?」

「……それは確かに恐ろしい話ですねぇ」

「確かに」

 

 おどけた調子でラス子が応じていたが、雪羽は玉出弟の言葉に頷くのがやっとだった。彼の言うとおりだと、心の底から思っていたためだ。

 源吾郎の潜在能力の高さについても、雪羽はきちんと把握していた。妖力の保有量だけで言えば、源吾郎の方が雪羽よりも優っている。その彼が、欲望のままに暴虐の限りを尽くしたら、確かに野良妖怪たちにとっては恐るべき脅威となるだろう。

 とはいえ実際には、源吾郎は慎ましく暮らしていた。仕事に励み、仲間の妖狐と交流し、使い魔の十姉妹を可愛がる。そして恋人とデートする。それが源吾郎の暮らしであり、彼の幸せでもあった。血腥い闘争などは似合わないし、そもそも彼も忌避しているほどなのだ。

 

「野良妖怪と言えば、最近新しい――」

 

 ラス子が何かを言いかけたが、彼女はすぐに口をつぐんだ。

 何を言いかけたんだ、とは聞かなかった。異様な空気が、寂れてそれゆえにのどかさを醸し出すゲームセンター内に充満し始めたからだ。

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