九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雷獣小僧と野良妖怪――不可解なる抗争に狐術者を添えて

 ピリピリした空気をもたらしたのは、新たにゲームセンターに立ち寄った者たちだった。妖怪である事は問題ではない。このゲームセンター自体、妖怪が立ち寄る事も予想しているようであるし。

 問題は、彼らの放つ気配と匂いだった。毛穴からは怒りの念と闘争心が汗と共に放出されているし、必要以上に金物の匂いもする。火薬の匂いもだ。

 強盗。強請。テロリスト。そうした単語が、雪羽の脳裏に浮かんでは消えた。

 

 雪羽のみならず、ラス子もユーリカも玉出姉弟も他の妖怪たちも、彼らをそれとなく眺めていた。新しいお客さんかな、などと呑気に眺めている訳ではない。

 そのうちの一人、テンかアナグマか解らぬ獣妖怪の一人が叫んだ。

 

「おいゴラァ、店の責任者はおらんのか!」

 

 叫び声から少し遅れて、か細い悲鳴とガラスや陶器が砕ける音が周囲に響いた。アナグマか何かが恫喝し、やつの取り巻きがゲームセンターの備品を破壊したのだろう。

 やっぱり大事になっているじゃあないか。そう思っている間にも、あわただしい足音を雪羽の耳は拾い上げた。責任者とやらがやって来たのだろう。責任者は猿妖怪らしかった。と言っても、緑樹の配下にいるような勇ましさや強さは持ち合わせていないようだが。

 

「ええと、あの、いかがされましたか」

「この間、俺の友達がこっちのクレーンゲームで遊んだんやけどなぁ、一万つぎ込んでも全然取れんかったんや。なぁエテ公。テメェも術を使えるんだから、イカサマでもやっとんたんちゃうんか?」

「そんな! 滅相もありません……!」

「そうは言っても誠意を見せろやぁ!」

 

 これは金品をせしめようとしているのだな。雪羽はすぐに勘付いた。彼自身は、恫喝して金品をせしめるような行為に手を染めた事は無い。しかしオトモダチの中には、そうした行為を行っていた者も少数ながら存在した。

 雪羽は周囲を見渡した。責任者があの体たらくだからなのか、従業員も客も闖入者に怯えているばかりだ。商売を行っているだけの、力の弱い野良妖怪ばかりだから自然な事であろう。

 それならば、俺があのチンピラ連中の暴虐を止めるしかないじゃないか。雪羽は何の躊躇いも恐れもなく、そんな考えに辿り着いていた。力の強さとは、そう言う事に使うべきなのだろう、と。

 連中の注意を引くために前進する。だが雪羽の身体には、四本の腕が絡み合い、雪羽の歩みを妨害していた。

 

「くそっ、誰だよ」

 

 雪羽に腕を伸ばしていたのは、玉出の姉弟だった。腹立たしさに牙を剥いた雪羽だったが、向こうも獣の形相で雪羽を睨んでいる。

 

「雷園寺、お前まさかあのチンピラどもを打ちのめそうだなんて、そんな馬鹿げた事を思ってないだろうな」

 

 雪羽は驚きに目を見開いた。自分の考えを見透かされた事ではない。チンピラと対決する事を、馬鹿げた事と一蹴する玉出弟の言動に驚いたのだ。

 

「馬鹿げた事だと……? 玉出の兄さん、今の状況を見て物を言ってるのか。責任者も従業員の妖《ひと》たちも、やつらにすっかり怯え切っている。あのチンピラ連中を蹴散らせるのは、この俺だけなんだよ」

「わざわざ争い事に首を突っ込む事が、馬鹿げた事以外の何になるって言うんだ」

 

 玉出姉弟は、雪羽を拘束する腕を緩めなかった。それどころか、より力を籠めてすらいた。

 

「お前はチンピラどもに勝つ事しか考えてないようだが、返り討ちに遭う事も考慮しないといけないぜ。そうでなきゃあ、また病院送りになるだけだからな」

「……そうなったとしたら、三國さんたちだって悲しむわ」

「……クソが」

 

 玉出姉の冷静な言葉に、雪羽は舌打ちと共に吐き捨てる事しか出来なかった。無鉄砲に闘って病院送りになった事も、それで三國たちが悲しむ事も全て事実だった。

 

「だがそれにしても、あんたらがそこまで腑抜けだったとはな」

 

 腑抜けで結構。雪羽の憎まれ口に対して、玉出弟は鼻を鳴らして笑っただけだった。

 

「生憎と、我々はボスたる萩尾丸さんから、退却すべき時は退却すべきと教育を受けている物でね。それに昔っから君と付き合いのあるオトモダチは、懸命にも既に退却しているようだし」

「ええ。ラス子って言うアライグマの娘なんかは、ツレのフェネックと一緒にトンズラしちゃったものね」

 

 言われてみれば、ラス子だけではなく付き合いの長いオトモダチの姿は店内には無かった。チンピラが責任者を恫喝している間に逃走したのだろう。

 自分たちを置いてオトモダチがさっさと逃走した。その事実に気付いた雪羽の心には、安堵感が広がっていた。勝手に逃げたとか、裏切られたという恨みや怒りの念は一切無い。逃げたのならばあいつらが被害に遭う可能性はゼロになる。怖い思いをしたりお金をむしり取られたりする事が無いのだから良かった。冗談抜きで、雪羽は純粋にそう思っていたのだ。

 玉出弟は、姉の言葉を聞くや忌々しげに頭を揺らしていた。

 

「まぁ、野良妖怪の連中、特に後天的に変化した連中は、危険を察知する本能が強く残っているみたいだけどな。それにしても、身勝手で薄情な奴らだよなぁ。テメェらよりも強いとはいえ、仲間であるはずの雷園寺を置いて逃げるんだからよぉ」

 

 べらべらと喋る玉出弟の顔に拳をぶち込んで、物理的に黙らせてやりたい。凶暴な衝動が、雪羽の脳裏にひらめいた。無論そんな事は行わない。しかし玉出姉弟は雪羽の心中に気付いたのだろう。抑え込む手に力が籠る。ついでに言えば微弱な電流も流れているようだった。

 

「何だ何だ。あんな連中に未練でもあるのかい」

 

 心中を読み取ったかのように、玉出弟が言葉を続ける。

 

「だが考えてみろよ。あのアライグマ女の兄は犯罪者だぞ。しかもお前の異母弟をかどわかし、殺そうとした組織に加担していたじゃあないか。あの女は犯罪に関与していなかったとしても、それでも交流を続けるなんて――」

 

 息を呑む音と共に、玉出弟の言葉が打ち切られた。のみならず、雪羽を抑え込んでいた姉弟の腕もすっと離れた。

 彼らは何を察知したのだろうか。雪羽も周囲に目を配った。チンピラたちと目が合った。連中は、少し前から雪羽や玉出姉弟に視線を向けていたらしかった。

 おうおう。掛け声とも獣の啼き声ともつかぬ声を上げながら、チンピラどもがにじり寄る。既に金品をせしめた後らしく、取り巻きは布袋をブラブラさせていた。金属の触れ合う音が、布袋からは聞こえている。

 

「ここの店はしけてやがったが、よく見りゃあ羽振りの良さそうな小僧がいるじゃないか。はは……」

 

 羽振りの良さそうな小僧とは、まさしく俺の事だろうな。チンピラ連中に注目されていると気付き、雪羽は笑みを浮かべた。向こうから近付いて来るのならば、闘わねばならないだろう、と。玉出姉弟もそれに気づき、雪羽を押し止める腕を離したのだ。よく見たら、互いに自分の財布をまさぐったり、首や腕に着けているアクセサリーを外したりしていたけれど。

 全くもって情けないやつらめ。ため息をつきながら、雪羽は前に進み出た。

 

「君たち、こんな所で一体何をしているのかい」

「あん?」

 

 チンピラたちが向かってくると思いきや、そのチンピラに呼びかける声が聞こえてきた。呼びかけたのは雪羽や玉出姉弟ではない。未だこの場に居合わせる従業員や他の客でもない。何者かが新たに店に入り込み、そうして呼びかけたのだ。

 やって来たのは二人の男妖怪だった。猫又と……何処か羊か山羊の様な匂いのする男だった。羊めいたやつの手には、細い棒が握りしめられている。大切な物であると言わんばかりに。

 

「ちょっと遊ぼうと思ってこの店に立ち寄ったんだけど、店員さんは怯え切っているし、機材も壊れている始末だ。もしかして、君らの仕業なのかな?」

「だったら何だって言うんだよ、このオッサンが!」

 

 チンピラはやはりチンピラであるからなのか、恐ろしく沸点が低かった。穏やかな調子で話しかけた羊男に対しても、牙を剥かんばかりの勢いで応じたのだから。

 全くもってみっともない輩だ。雪羽はそう思った。だが同時に、かつての自分もあのチンピラと大差ない存在だったのではと思い直し、一人静かに恥じていた。

 そう思っている間にも、チンピラは羊男の方に向かって行った。

 だが、責任者に対して脅しつけたような、派手な事は起きなかった。むしろ脱力したように、チンピラはその場に膝をついただけだった。

 一体何が起きたのか。雪羽は目を凝らした。羊男はただ、チンピラのアナグマに対して、自分が手にしていた棒を突き付けただけだったのだ。暴れないで下さいね、とでも言っていたのかもしれないが。

 

 チンピラの乱入によって発生した騒動は、結局のところ羊男の介入によって一件落着したらしい。チンピラのリーダー格であるアナグマの男が大人しくなったのを見るや、他のチンピラも大人しくなってしまったのだ。

 羊男はチンピラ連中に何事か話しかけ、従順に振舞うようになったのを確認していた。それから恐る恐る近付いてきた責任者の猿妖怪と話し込んでいた。

 

「いやはや済みません。ですが助かりました。私どもも、因縁を付けられて困り果てておりましたので」

「そうですか。それならば私めも妖のお役に立てて嬉しい限りです。

 それにしても……店舗の機材も壊れているようですし、私どもの方で援助いたしましょうか」

「良いんですか?」

「ええ。その代わり、私どもの傘下に入っていただく形となりますが……」

 

 妖怪たちのやり取りは続いていたが、雪羽たちは店内を出た。店員から、ややこしいから店を出た方が良いと言われたためだ。厄介払いされたのかもしれない。しかしその際にちょっとした景品やら軽食を貰ってしまったので悪くはないが。

 

「あ」

 

 店を出て路地裏から本通りへと進む道中で、玉出弟が声を上げた。雪羽たちに向かって歩く妖怪たちの姿があったためだ。しかもよく見ると、その中にはラス子とユーリカの姿もあった。ユーリカは変化を解いてフェネックの姿に戻り、ラス子に抱え上げられていたけれど。

 そしてラス子の隣にいたのは、半妖狐の術者たる桐谷苅藻だった。

 

「ラス子ちゃん。何処に行ったんだろうと思っていたんだよ」

 

 玉出姉の言葉に、ラス子はにっと笑みを浮かべた。

 

「野良妖怪同士のいざこざだったとしても、やっぱり自警団なりなんなりを呼んだ方が良いと思ってね。ケータイで片っ端から連絡を入れていたのさ。それで、桐谷の所長がいの一番に来て下さったって事なのさ」

「たまたま野暮用でこの辺に来ていたからね」

 

 苅藻は軽く手を挙げ、親しみやすい笑みを浮かべて雪羽たちを見渡した。

 玉出弟は気まずそうな表情でラス子を見つめていた。姿を消したラス子を薄情だのなんだのと言っていた事への罪悪感が、彼の胸の中で膨らんでいるのだろう。

 腕の中にいるユーリカを抱え直しながら、ラス子が問いかける。

 

「それにしても、雷園寺のお坊ちゃまたちは悠々と外に出ているみたいだけど、チンピラの騒動については落ち着いたのかい?」

「うん。あの後山羊っぽいやつが入ってきて、そいつが何かチンピラを大人しくさせたんだ。それで何というか、示談みたいな方向に落ち着いたみたいなんだけど……」

 

 雪羽の言葉に、苅藻は目をすがめつつ首をひねった。

 

「野良妖怪同士のいざこざだったら、示談になる事もあるんだろうな。まぁだけど、念のためにお店に事情を聞いてみるよ」

 

 苅藻はそう言うと、決然とした足取りでゲームセンターへと向かって行ったのだった。

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