紅藤が手にしていたゲームセンターのド派手なチラシは、源吾郎の別宅であるアパートにも投函されていた。目立つデザインと色使いであるから、一目見て同じ店のチラシだとすぐに判った。
こんな辺鄙な所にゲームセンターのチラシを入れるなんて。他に投函されていたチラシたちはそのままに、源吾郎はチラシの文言を追った。「新装開店」「設備充実」などと言ったありきたりな文言が踊っている。派手なのは羽毛を使った細工物の写真を載せているからなのかもしれない。どうやらそれは、釣りで使う疑似餌の一種らしいのだが。何故ゲームセンターのチラシで釣りの疑似餌まで取り扱っているのだろう、と源吾郎は思った。広い意味で言えば、釣りもゲームの一種なのかもしれないが。
店の住所は、チラシの右下の部分に記されていた。吉前町の住所ではない。港町を擁する市の地名だった。と言っても、あの都市もそこそこ広いので、どの辺りになるのかは検討が付かなかったが。
白鷺城界隈で生まれ育ったがために、源吾郎は港町への土地勘はまだ薄いのだ。
取り敢えず、雪羽に聞いてみたら解るかもしれない。彼は港町界隈で遊び歩くことが多いし、この前もゲームセンターに遊びに行ったと言っていたから。チラシを四つ折りに畳みながら源吾郎は思った。
※
始業時間前。頃合いを見計らって雪羽にゲームセンターのチラシについて話した。話を聞くや、雪羽はさもおかしそうに笑い始めた。
「あはは。先輩ってば勝手に入れられたチラシとかにも神経質になる性質なんすかね。まぁ、育ちの良いお坊ちゃまみたいですし、解らなくもないですけれど」
育ちが良いのは雷園寺もだろう。そんなツッコミは心の中に抑え込んだまま、源吾郎はチラシを広げた。
「俺はただ、このゲームセンターとやらがどの辺にあるのか気になっただけさ。俺は姫路の出身だから、吉崎町とか港町の方の地理にはちょっと疎いんだよ。だけど雷園寺君は、亀水で暮らしているから、その辺は詳しいかなと思ってね」
言いながら、源吾郎は住所が記された部分を指し示した。雪羽はチラシを、そして源吾郎の指先を眺めている。先程まで笑っていたにもかかわらず、今はもう何も言わなかった。真剣な表情すら浮かべていた。
先輩。ややあってから、雪羽が口を開く。表情に違わず真剣な物言いだった。
「そのゲーセン、この間俺が行った所に違いないぜ。住所で解ったよ」
「この間行ったって、もしかして……」
「そのまさかさ」
源吾郎が言い切るのを待たずに、雪羽は頷いた。
「何かけったいな事件というか、けったいなチンピラが因縁を付けていたのを目の当たりにしたって言ってただろ。そこだよそこ」
気の抜けた声が、源吾郎の喉から漏れだした。チンピラが因縁をつけてきた事件というのは、源吾郎もうっすらと覚えている。雪羽から話を聞いていたからだ。
とはいえ、件のゲームセンターの件が、妖怪向けの新聞やニュースで大きく報道された訳でもない。野良妖怪同士のいざこざなどは日常茶飯事であるから、報道機関も敢えて取り上げなかったのだろうか。その辺りは、源吾郎もまだ詳しくは無かった。
「そうだったのかよ……!」
ともあれ源吾郎は、驚きの声を上げた。世間の狭さ、事件発生後に華々しく復帰している店の逞しさなどが、源吾郎の心を揺さぶっていたのだ。
「それにしても、事件に遭った後なのにこうやってチラシを入れられるなんて、やっぱり凄いよな。人間社会とかだったら、事件後のお店ですぐにチラシを入れられるなんて事は無いだろうからさ。
それともやっぱり、相手が野良妖怪だったから、店側もそんなにダメージを受けなかったんかな」
源吾郎の問いかけに、雪羽も最初は思案顔を浮かべていた。しかし何かを思い出したらしく、はっとした表情が浮き上がる。
「思い出したよ。あの店にゃあパトロンが出来たんだ。さっきさ、チンピラが因縁をつけてきたって言っただろ。その時にチンピラを大人しくさせた術者がいたんだけど、そいつがゲーセンの店長に『あなた方は私の傘下に入ってください』とかって言ってたんだよ。
だからまぁ……事件後すぐにこうしてチラシを入れてさ、新事業を展開する事も出来るのかもしれないぜ。それはまぁパトロンの規模というか、支援額にもよるだろうけれど」
「やっぱり雷園寺君は、その辺の事も詳しいんだなぁ」
「いやいや。叔父貴の話とかを中途半端に齧っただけだってば」
謙遜なのか何なのかは定かではないが、雪羽は笑いながら首を振る。彼自身が何と言おうが、源吾郎よりも妖怪社会に詳しい事は明らかだ。
結局のところ、ゲームセンターに関する話を行ったのはここまでだった。仕事をせねばならない時間が迫っていたし、萩尾丸がこちらの様子を窺っていたためだ。
※
研究センターに来客があったのは、午後二時過ぎの事だった。研究センターの事務所に電話がかかってきて、紅藤に挨拶とビジネスの話がしたいからやって来たのだという旨の事を、先方が伝えてきたのだ。
もっとも、電話を受けたのは源吾郎ではなくサカイ先輩であるから、話の内容については彼女が紅藤たちに伝えている内容のまた聞きにはなるけれど。
「べ、紅藤様。今回の来訪者ですが、ど、どうしましょうか」
「私と萩尾丸の方で対応するわ」
狼狽えるサカイ先輩に対し、紅藤はきっぱりとした口調で告げた。
「確か伯洋児と言えば、前に取引先にするかどうかについて、幹部会議で打ち合わせをしたばかりなのよ。結局のところ、事業内容が不明確という事で取引はしないという方向で落ち着いたんですけれど……」
紅藤はここで一度言葉を切った。萩尾丸やサカイ先輩に見つめられる中で、彼女は一呼吸おいてから言葉を続ける。
「もっとも、私に直接やって来たのなら、ビジネスの話ではないのかもしれないわ。自分でも言うのは何だけど、私も術者として名が通っているみたいだから」
「そこは謙遜なさらなくても大丈夫ですよ。むしろ名の通った術者として、堂々となさっていた方が良いと僕は思っているくらいですがね」
そう言うと、萩尾丸は自分も伯洋児の面談に出席すると告げた。それからあとの四名は、通常業務を引き続き行っていても構わないと言い添えたのだ。
「場合によったら名刺交換を求められるかもしれないから、その時は声を掛けるよ。ただ、向こうも直接紅藤様に会いたいと言って来たんだ。であれば、他の若い妖《こ》たちが集まっていたとしても、向こうも思うように話が進まないんじゃあないかと思ってね」
そこまで言うと、萩尾丸は紅藤と共に事務所を後にした。源吾郎と雪羽はその姿を眺めていたが、ややあってから雪羽がこちらを向いて口を開いた。
「島崎先輩。俺さ、伯洋児って名前は何処かで聞いた事があるんだ」
「だろうね。双睛鳥《そうせいちょう》様の許にビジネスの件で面談に来たお方だからね。もしかしたら、その話を双睛鳥様は三國さんになさったのかもしれないよ」
「言われてみれば、叔父貴がそんな話をしていたような気もするかな。それにしても、伯洋児ってやっぱり大陸の妖怪って感じの名前だよな」
雪羽の言葉に、源吾郎も黙って頷いた。飛ぶ鳥を落とす術を具えていた伯洋児が、紅藤に興味を持って訪れている。一体何が目的なのだろうか。何か妙な事を企んでいなければ良いのだけど。
ぼんやりと、源吾郎はそんな事を思っていた。