九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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怪羊、雉仙女を来訪す

 アポも無しやって来た来訪者は、紅藤と萩尾丸の方で応対する事になった。萩尾丸は、青松丸や他の若妖怪たちに引き続き仕事をするようにと伝えると、紅藤と共に玄関へと向かった。既に来訪者たる伯洋児は、研究センターのエントランスに到着しているのだ。

 

「本当にお会いするんですか、紅藤様」

 

 二人で廊下を歩く道すがら、萩尾丸は思わず問いかけた。

 

「伯洋児、でしたっけ。彼は元々双睛鳥君の事業所と取引がしたいと言って面談に来ていましたよね。ですがあの件も、結局はお流れにしたじゃあありませんか。事業内容どころか、彼の素性自体もあやふやなのですから」

 

 伯洋児。双睛鳥の許にビジネスを持ち掛けた妖怪について、萩尾丸は多くを知っている訳ではない。別の場所から流れてきた妖怪なのか、最近力を付けたので有名になったのかすら解らない。

 しかし直属の部下や他の幹部の部下たちによると、数十から百近い妖怪たちを従える組織へと急成長しているとの事だった。

 数多くの妖怪を従えられるというのは、あるじが力を持っている事の証でもある。

 それならば尚更、急に姿を現した事が不可解だった。勢力を持つ存在というのは、良くも悪くも周囲から注目される。それ故に、伯洋児が急に注目される事にある種の不可解さを感じていた。まるで彼は、ここではない別の世界から急に姿を現したように感じられたのだ。若しくは、生まれてすぐに力を付けたかのような。

 生まれてすぐに力を付けた異形と言えば――ここまで考えていた所で、紅藤が振り向いた。彼女は臆せず萩尾丸を見つめ、言葉を紡ぐ。

 

「私としては、彼に会う事には意義があると思っているわ。もしも会うまでもないと私が思っていたのなら、あなたに対応するようにお願いするだけで事足りるんですから。ね、あなたもそう思うでしょう」

「……ええ。そうでしたね」

 

 淡い紫に輝く瞳で見据えられ、萩尾丸は弱々しく頷いた。自分が子供に戻ったかのような気分だった。いや違う。紅藤は知っているのだ。萩尾丸が少年だった頃を。

 いずれにせよ、紅藤の言っている事が事実である事には変わりない。

 仮に紅藤が、会いたくないと心底思うのであれば、その事を萩尾丸に一言伝えれば事足りる。交渉、恫喝、脅迫ないし暗殺などと言った適切な方法にて、紅藤が厄介に思う相手を退ける事が出来る。

 これまで萩尾丸は、そうした事を紅藤や峰白に命じられて行ってきた事が何度もある。そして紅藤には、萩尾丸にそうした命令を下す権限があるのだ。

 

 萩尾丸。紅藤が再び口を開き、呼びかけてきた。

 

「あなたは伯洋児の事を、素性があやふやな存在だと言っていたでしょう。だけど私には、伯洋児が何者なのか、何となく解るのよ」

「何ですって」

 

 萩尾丸の口から、思わず驚きの声が上がる。紅藤は淡い笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「双睛鳥君の話だと、伯洋児は山羊の妖怪って事でしょう。それならば、黒山羊のお姉様の眷属かもしれないわ」

 

 何処かうっとりとした口調で告げる紅藤を、萩尾丸はただ無言で見つめるだけだった。

 黒山羊のお姉様と紅藤が呼ぶ妖物は、正真正銘の妖怪仙人である。羊力小仙とも呼ばれる彼女は、既に千年以上生きているし、何より妖怪を人工的に作り出す術を会得しているのだ。雉鶏精一派を立ち上げようとしていた紅藤に妖怪の作り方を指南したのも、他ならぬ羊力小仙なのだそうだ。

 妖怪仙人とされる一方で、羊力小仙は邪神の仔ではないかとも噂されていた。道ヲ開ケル者や這い寄る混沌などと言った邪神たちの中には、母ナル黒山羊と呼ばれるモノもいる。その眷属や仔は黒い仔山羊と呼ばれているのだ。しかも彼女は、対外的には黒岩洋子と名乗るという。変名の中には「黒山羊」の三文字が隠れてすらいた。

 そうした情報を持ち合わせているから、羊力小仙がただならぬ存在である事を萩尾丸は知っていたのだ。

 

「黒山羊のお姉様って……紅藤様にあの術を授けたお方ですよね」

「そうよ」

 

 素直に頷く紅藤を見やりながら、萩尾丸は目を細めた。

 

「僕はあのお方の事を多くは知りません。ですが高位の妖怪仙人らしく、あのお方も俗世の権力などには興味が無いんですよね」

「ええ、ええ。黒山羊のお姉様自身は、権力などには興味を持っていないわ」

 

 そこまで言うと、紅藤もまた遠くを眺めるような眼差しとなった。何処か凄味のある顔でもって、彼女は言葉を続ける。

 

「だけど眷属が、黒山羊のお姉様と同じ考えであるとは限らないの。眷属たちが親とは考えが違うなんて事例は、私たちの周りでは沢山あったでしょう?」

 

 眷属と親の考えが異なっている事例については、萩尾丸もよく知っている。胡喜媚の息子や玉藻御前の子孫たちと言った例があるのだから。

 そんなやり取りを重ねているうちに、紅藤たちは玄関へとたどり着いた。

 伯洋児なる妖物は、既に玄関の受付の部分に佇立していた。ツレとして獣妖怪の若者が控えている。アナグマか何かの妖怪であろう。双睛鳥と面談した時に連れていたのは猫又であるから、別の妖怪を連れてきたようだった。

 

 簡単な挨拶を済ませて会議室に通し、互いに名刺交換を行う。ビジネスパーソンであれば特にこだわりもなく行っていく挙動の中で、萩尾丸は伯洋児の様子をそれとなく観察していた。

 背丈は萩尾丸よりもやや低い程度だが、概ね長身痩躯と呼んでも遜色は無かろう。黒々とした短髪はことごとく巻き上がっており、山羊というよりも羊を想起させた。そして彼の額の上部からは、角と思しき突起が髪の間から垣間見えた。サテュロスなどのように完全に巻き上がっていない所を見るに、まだ彼は若いのだろう。

 

「雉仙女様。本日はお時間を頂きありがとうございます」

 

 椅子に腰を下ろすや否や、伯洋児は紅藤をじっと見据えてからそう言った。萩尾丸は僅かに瞠目した。紅藤ではなく雉仙女と彼が呼んだ事に、彼は注目していたのだ。紅藤の事を雉仙女と呼ぶ者の大半が、妖怪仙人かその縁者なのだ。

 黒山羊のお姉様こと羊力小仙と、関連のある存在であるという可能性が高まったと、萩尾丸は静かに思った。

 あれこれ考えているうちに、紅藤もにこやかな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「いえいえこちらこそ、伯洋児様にお会いできて大変嬉しく思っております」

 

 世辞とも本心ともつかぬ言葉を並べ立て、紅藤はじっと伯洋児を見やった。

 

「伯洋児様は山羊の妖怪であるように思われるのですが、もしかして黒山羊のお姉様の、いえ羊力小仙様のご知り合いでしょうか」

 

 羊力小仙の事について話題に上るや否や、伯洋児はツレの化けアナグマと顔を見合わせた。数秒も待たぬうちに向き直り、静かに頷く。その顔には戸惑いといくばくかの動揺の色が滲んではいたけれど。

 

「ええ。羊力小仙殿は、僕の上司の姉に当たるお方になります。まだお会いした事はありませんが、羊力小仙殿の話は上司から聞いておりますので、どのようなお方なのかは知っております」

 

 伯洋児によると、彼の上司は玄三羊と言うらしい。羊力小仙の弟分であり、尚且つ黒い仔山羊に関する存在であろう事は、その名前からも明らかだった。しかも聞き覚えのある名前でもある。議事録を書く役割を押し付けられたのだという表情を装いつつ、萩尾丸は玄三羊の名もノートに書き留めておいた。

 

「いやはや、羊力小仙殿の事もご存じとは、流石雉仙女様ですね。やはり雉仙女様も妖怪仙人ですから、同じく妖怪仙人である羊力小仙殿とは交流がおありだったのでしょうか」

 

 伯洋児の長広舌に対し、紅藤も萩尾丸も無言を貫くだけだった。

 何故紅藤が羊力小仙と交流があるのか。その部分は詳しく追及されたくなかった。根掘り葉掘り聞かれるうちに、妖怪を作り出す禁術を教わったという所を聞き出される恐れがあったからだ。

 紅藤と萩尾丸がむっつりと黙り込んでいる事について、伯洋児は特に何も思わなかったのだろう。彼はそのまま、能天気な口調で言葉を続けた。

 

「それでは本題に入らせていただきますね」

 

 伯洋児は、手指を組んでその上に顔を乗せ、身を乗り出していた。山羊らしく横長に伸びた瞳孔が、獲物を探る獣のように光っている。

 

「雉仙女様。我々は、あなたの力を欲しいと思っているのです」

 何ですって。戸惑いを孕んだ言葉は、果たして紅藤と萩尾丸のどちらから漏れ出たものだったのか。ほぼ同時に声を上げたので、萩尾丸には解らなかった。

 伯洋児はにこやかな笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

 

「雉仙女様。貴女が極めて優秀な存在である事は、こうして少し面談しただけでも十二分に伝わってきました。その能力を、僕の許で活かす事が出来ればどんなに素晴らしい事か思いまして、今回面談に参りました」

 

 悪びれる事なく語る伯洋児を見やり、それから紅藤の横顔をそっと眺めた。

 伯洋児が語るのは、もはや交渉でも何でもない。紅藤の存在が気に入ったから、自分の手許に収めたい。そう言っているのと何ら変わりは無かった。

 伯洋児の言葉は無礼そのものだった。そしてそれ以上に滑稽でもあった。何せ、妖怪仙人の知り合いがいるというだけの、世間知らずの若造が発した言葉なのだから。

 怒りとおかしさが、萩尾丸の胸の中で絶妙にブレンドされている。そのせいで、彼は思わず笑ってしまった。

 

「そうですかそうですか。伯洋児殿。あなたのお考えは十分に伝わってまいりました」

 

 皮肉っぽい眼差しを向けながら、萩尾丸は言葉を続ける。

 

「元々あなたは、弊社の第七事業所にビジネスを持ち掛けようとしておりましたよね。それがいつの間にか、第二幹部である紅藤を引き抜こうとするとは……飛ぶ鳥落とす勢いとは、まさにこの事を指すんですかね」

 

 流石の伯洋児も、萩尾丸の言葉が皮肉であると気付いたらしい。僅かにむっとしたような表情を浮かべつつ、言葉を絞り出した。

 

「萩尾丸様。僕は飛ぶ鳥を落とす術も、他の妖怪を従える術をも会得しているんですよ。ですから……飛ぶ鳥落とす勢いがあってもおかしくは無いでしょう」

 

 いや、皮肉に気付いていなかったのかもしれない。まさか額面通りに受け取るとは。若くて力があるが、さほど賢くないのだろう。

 そう思っていると、伯洋児は苛立ったように立ち上がった。ツレの化けアナグマも、それに倣って立ち上がる。

 

「他の妖怪を従える術がある。それがどういう意味なのか、あなた方にはお解りですよね。その気になれば……あなた方を僕が支配する事すら出来るという事ですよ」

「そんな術を会得した程度で王気取りとは、中々に愉快なお坊ちゃまなんだね、君は」

 

 売り言葉に買い言葉と言った塩梅に、皮肉がまたしても口からまろび出た。

 覚悟しておけよ、だとかまた来るからな、と言った旨の言葉と共に、伯洋児はツレと共に会議室を後にした。

 ともあれ新たな敵が出来てしまったらしい。萩尾丸はため息をつき、紅藤と目が合うと申し訳なさのために首を垂れたのだった。

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