九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雉仙女と大天狗、怪羊について語る

 ※

 廊下越しではあるものの、源吾郎は伯洋児の姿を視界に捉えた。

 紅藤たちが彼との面談があると言って会議室に入ってから、まだ十五分ほどしか経っていない。妙だな、と源吾郎は首をひねった。面談が終わったにしては早すぎると思ったのだ。実を言えば、時折外部の妖が紅藤や萩尾丸と面談ないし商談を行う事がある。そんな時でも、大抵は二、三十分は話し込むのが常なのだ。

 あるいはもしかしたら、研究室や事務所の見学も行うのだろうか。それならば、面談を早めに切り上げたとしてもおかしくはない。

 そんな事を思っているうちに、伯洋児はツレと共にそそくさと通り過ぎてい行った。やや乱雑な足取りで進む伯洋児の顔には、言いようのない憤りの念が浮かんでいる。それもまた不吉だった。

 と、源吾郎のすぐ傍で短い声が上がった。声の主は雪羽だ。彼は廊下の向こうを見ていたのだが、その横顔には強い驚愕の色が滲んでいた。

 

「あいつだ」

 

 どうしたのかと問う前に、雪羽が呟く。彼の翠眼は、既に源吾郎を見据えていた。

 雪羽は源吾郎の方を向き、声のトーンを落として言葉を続ける。

 

「島崎先輩。俺さ、前に遊びに行ったゲーセンがチンピラに襲撃されたって話をしただろ。その時に店に難癖をつけたやつだよ。そいつが今回、伯洋児と一緒にいたんだよ。

 あれだろ、伯洋児ってあののっぽのパーマだろ」

「そ、そうだけど……」

 

 険しい眼差しの雪羽に対し、源吾郎はうろたえてしまった。屈服させたチンピラを連れているのは、もう仲間と見做したからであり、そんなにおかしな事では無いのかもしれない。

 呑気にそう思っていると、雪羽は言葉を重ねる。

 

「やっぱり妙だぜ。あのチンピラ野郎からは、伯洋児とかいうやつに対する敵意とかが、全く感じられないんだよ」

「……」

 

 やけに断定的な様子で、雪羽は告げる。決めつけているんじゃなかろうか、とは言わなかった。雪羽の勘の鋭さを、源吾郎は半ば信頼していたからだ。特に雷獣は、脳内で生ずる微弱な電波を察知し、考えを読み取る事すら出来るという。才能のある雪羽もまた、そうした術を会得していてもおかしくなかろう。

 

「もしかしたら、伯洋児のやつは、自分の手下を使って一芝居打っただけかもしれないな。店に難癖をつけたチンピラを、大人しく服従させるって言う三文芝居をな。それなら、あのチンピラ野郎が大人しく従っているのも納得できる話だぜ」

 

 それは流石に話が飛躍していないか。そう言おうとしたまさにその時、紅藤と萩尾丸が事務所に戻って来た。

 二人の姿を見るや、青松丸が彼らの方に駆け寄る。青松丸の背に遮られる前に垣間見えた紅藤たちの表情は、いつも以上に険しかった。

 

「面談はいかがでしたか」

「宣戦布告を受けたような物さ」

 

 呑気さを伴った青松丸の言葉とは裏腹に、萩尾丸の返答は剣呑な物だった。もちろん源吾郎はぎょっとした。しかし一方で、納得している部分もあった。それはきっと、憤慨したような伯洋児の横顔を見ていたからなのかもしれない。

 但し、戸惑っているのは源吾郎と雪羽だけだった。青松丸はさほど驚いた表情を見せずに、更に問いを重ねた。

 

「宣戦布告ですか。しかしそれにしても、何故伯洋児なる妖物は、紅藤様たちに突っかかってきたのでしょうか」

「……どうやらやつは、紅藤様を服従させたいと思っていたみたいなんだ」

 

 苦々しい表情でもって、萩尾丸は伯洋児が語った事について説明してくれた。

 伯洋児は何と、挨拶もそこそこに紅藤に対して「あなたは妖怪仙人で優秀だから、自分の許で働いてほしい」とヘッドハンティングをかましたのだという。その事に対し萩尾丸が皮肉を口にすると「自分は妖怪を従える術を持っているから、見くびらない方が良い」と捨て台詞を吐いたのだという。

 そもそも伯洋児が強気なのは、羊力小仙なる妖怪仙人が後ろ盾になると踏んでいるからだそうだ。もっとも伯洋児自身は羊力小仙とは面識がなく、彼の上司が羊力小仙の弟であるというだけなのらしいが。

 萩尾丸の話が一通り終わると、雪羽が嘆息の声を漏らしていた。

 

「それにしても、伯洋児とかいう羊妖怪が、よりによって紅藤様を従えようとした挙句、喧嘩を売っていう事を聞かせようとするなんて……そんな事をするやつがいるんですね」

「紅藤様に、雉鶏精一派に喧嘩を売る輩なんて、君が思うほど珍しくは無いんだよ」

 

 心底驚く雪羽に対し、萩尾丸は呆れの滲んだ醒めた表情で応じた。

 

「紅藤様に喧嘩を売る妖怪の筆頭として、八頭怪や山鳥女郎がいたじゃないか。まぁ、彼らは紅藤様単体というよりも、雉鶏精一派そのものを敵視していたようだけどね。しかしいずれにせよ、紅藤様を面白く思っていない輩は、雷園寺君や島崎君が思っているよりも多いんだよ。胡喜媚様に仕えていた妖怪だからね。もっとも、良く思っていないからと言って、直接敵対しようと考える輩は少ないけどね。

 それでもなお歯向かおうとするのは、マトモな知性を持ち合わせていないか、紅藤様に対抗できる力を持ち合わせているかに限られるんだ。両方持ち合わせている可能性もあるけどね」

 

 萩尾丸の顔には、いつの間にか皮肉げな笑みが浮かんでいた。よく彼が見せる表情だったためか、源吾郎は奇妙な安堵感を抱いていた。その間に、今度は紅藤が口を開いた。

 

「伯洋児の言動自体は、随分と幼稚で短絡的なものだったわ。八頭怪などとは違ってね。ただ、さっき萩尾丸も言ったとおり、伯洋児は黒山羊のお姉様と……羊力小仙様と繋がりがあると豪語していたの」

 

 そこが気がかりではあるの。紅藤は何処か物憂げな表情を浮かべながら呟いた。

 

「実を言えば、双睛鳥君が伯洋児を取引先にするべきかどうかの会議があった後に、羊力小仙様に彼の事について連絡を入れていたの。と言っても、まだお姉様も忙しいみたいで、返事はもらえてないんですけどね。

 当時は伯洋児が羊力小仙様の身内かもしれないって推測に過ぎなかったんだけど、今回の件で身内だとはっきりと判ったわ。それは良かったのかもしれないわ」

 

 推測のままに動くとはいかにも紅藤様らしいな。感心したような呆れたような思いを源吾郎は抱いてしまった。

 萩尾丸は渋い表情で再び口を開く。

 

「伯洋児自身は、僕の見た所では大言壮語を吐くだけのアホな若者に過ぎなかったんだ。しかし紅藤様が仰るように、羊力小仙様が後ろ盾としておられるのならば、実に厄介な状況だと言う他ないんだ。何しろ、羊力小仙様が伯洋児の言動を黙認している可能性も浮上してきたからね。妖怪たちの中には、年少の身内に甘くて、その仔がやろうとしている事を笑って見過ごすような輩もいるんだからさぁ」

 

 ここで再び、萩尾丸の笑みに毒気が入り混じる。雪羽が居心地悪そうな表情を浮かべ、首をすくめていた。源吾郎は雪羽を気の毒に思いつつも、萩尾丸と紅藤を見つめていた。

 

「黒山羊のお姉様には、今一度連絡を入れるわ。伯洋児の件については、どうしても看過できませんから」

 

 きっぱりとした口調で言い、紅藤は更に言葉を重ねる。

 

「あとね萩尾丸。今回の件について、黒山のお姉様が関与しているとは思えないの。あのお方は、強大な力と共に慈悲深さをも具えてらっしゃるがゆえに、市井の妖怪たちを無闇に虐げたり、変に権力を持とうとなさったりしないんですから」

「紅藤様。ここでも楽観的なお考えを提示なさるんですね」

 

 羊力小仙とやらが、紅藤たち雉鶏精一派を害する意思は無い。その点をやけに強調する紅藤に対し、萩尾丸がやや呆れたようにぼやいていた。

 源吾郎と雪羽は、羊力小仙なる妖怪仙人がどのような存在なのか、紅藤とはどのような関係があるのか、その点ばかりが気になっていた。

 もちろん、ある程度の力と権力を持った妖怪が、紅藤たちに対して喧嘩を売った事、それに紅藤たちが応じるであろう事の重要性には気付いていた。

 と言うよりも、そもそも伯洋児が紅藤や雉鶏精一派に興味を持ったのは、源吾郎との接触があったからだ。そうなると、今回の出来事を引き起こした元凶は源吾郎になるという事では無いか。

 その事を思うと、源吾郎は気分が沈んだ。自分に何か出来る事が無いか、紅藤たちに訊かねばならない。そんな使命感が、源吾郎の中で育まれつつあった。

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