九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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精密な小兵、壮麗な木偶

 一体どういう事だろうか。源吾郎は細い目を限界まで見開き、状況を確認した。潰して細切れにしたはずのチビ狐たちが復活し、しかも数を増している。そこまでしか解らなかった。だがあれこれと深く考察している余地がない事も悟った。チビ狐たちは畑に群がるイナゴよろしく、先鋒のオーク、そして背後に控える巨狼やドラゴンに取り付き、彼らを害そうとしているのだから。

 細切れになった為か、モルモット程度の大きさだったチビ狐は今や独楽鼠程度までに小さくなっている。しかしそれでも彼らが脅威であろうと源吾郎は判断した。

 

「行け、やれ、やつらを蹴散らすんだ!」

 

 源吾郎はだから、幻影たちを鼓舞するように叫んだ。この叫びに呼応したのはオークだけではない。巨狼もドラゴンも、それぞれの得物――鋭い角や鉤爪――でもって、増殖したチビ狼たちを跳ねのけ、切り裂き、打ち砕いた。

 頬や耳たぶのあたりに熱が回るのを源吾郎は感じた。幻影たちの動きが、訓練の時よりもいくらか雑になっている気もするが、そんな事はどうでも良い。ひとまず今は向かってくる小兵たちを文字通り捌くのが先決だ。

 会場に視線を送る。蠢いているチビ狐の姿はまた激減した。少し心に余裕ができたらしく、源吾郎は周囲のざわめきに耳を傾ける事が出来た。源吾郎はそこで、すぐ傍にいる文明狐がクスクスと笑っている事に気付いた。

 

「ああ、まんまと術中に嵌ってくれたみたいだね、玉藻御前の曾孫殿よぉ!」

 

 視線を絡みつかせながら、文明は笑った。数秒前と異なり、チビ狐はまたしても数十匹もたむろし、徒党を組んで源吾郎のモンスターたちに向かっている。数秒前と同じだ。

――いや違う。モンスターたちが蹴散らす前よりも、チビ狐の数は増えているではないか。

 

「確かに俺の術は、島崎君みたくパワー重視じゃあないな。もう解ると思うけれど、すぐに潰れるし切り裂かれるし細切れにも粉微塵にもなっちゃう代物だしな。

 だけど、潰されたり細切れにされた方がこちらとしては都合が良いんだよ。あの狐たちは、細切れになればなるほど増殖するようなからくりだからさ」

「な…………」

 

 してやったりと言わんばかりに微笑む文明を前に、源吾郎はただ素直に驚くほかなかった。驚きが強すぎて幻影の従者たちに指令を送る事さえも忘れてしまうほどに。

 

「ブ、ブキィィイィ……!」

 

 野太い獣の、しかし悲痛さをにじませた絶叫が会場に響き渡る。声の主は源吾郎の出した幻影の一体、オークの戦士だった。彼の隆々たる体躯には、今やヒヨコサイズのチビ狐共が黄色い寄生虫よろしく群がり、たかっている。ただ近付いたりしがみついたりしているだけではない事は、刀剣を握ったり振り回したりしている個体が目立つところからも明らかだ。

 オークは今一度力なく咆えると、そのまま輪郭がブレて消えてしまった。

 起こった出来事としては、源吾郎が顕現させた変化術が、幻影の一つがうち破られただけに過ぎない。しかし源吾郎は、目の前でおのれを慕う生き物を喪ったような、仄青い哀しみの念を抱いていた。

 単なる幻である事は知っているはずなのに、一体なぜそのような感情に陥ったのか?

 自分で術を解除したのではなくて、一方的に術が破られた悔しさだったのか?

 最期にオークが向けた眼差しに、愚かにも心が動いてしまったからなのか?

 

 だが今はあれこれ考えている場合でもない。実際、源吾郎は数秒後には気持ちを切り替え、冷静に状況を把握する方面に意識を向けた。チビ狐は今や何匹何十匹いるのか目視では判別できないほどになっている。もしかすると百匹を超えているのかもしれない。

 彼らの勢いは衰えず、むしろ勢いを増しているかのようだった。チビ狐の方は味方が減る事は無く増えていく一方なのだ。しかも今しがた敵の数が減った訳であるし。

 身軽な足軽よろしくチビ狐たちは駆け回り、時に飛び跳ねてドラゴンや巨狼に彼らは向かっている。中には得物である刀剣を巨大な相手に投げる者や、その辺にある草の実や小さな砂礫を掴んで投げる者さえいるくらいだ。

 そんなチビ狐軍団の猛攻の中、源吾郎のモンスターたちは反撃どころかじっとうずくまったままだった。彼らの進退きわまる動きこそが、源吾郎自身が抱く戸惑いの動かぬ証拠だった。先程までは、単に蹴散らせばいいのだと思っていた。しかし蹴散らして打ち砕けば砕くほど相手に有利に事が起こるのだ。どうすれば良いのか。源吾郎は悩んでいたのである。

 とはいえ、悩んでいるだけでは事が進まないのもまた真実だ。

 

「飛べ、吹き飛ばすんだ!」

 

 声変わり済みの青年とは思えぬ甲高い声で源吾郎は叫んだ。この命令に応じたのは言うまでもなく翼をもつドラゴンである。彼はイヌワシなどとは比較にならぬ、壮麗な翼を広げると、軽やかに地面を蹴って舞い上がった。中空にいるドラゴンはしばしホバリングしていたが、やがて翼を打つペースを徐々に安定させ、上空五メートル程度の高度でゆっくりと旋回を始めた。地表では空気の流れを察した巨狼が身をかがめ、四肢の爪でしっかりと地面を握っている。仔馬程度のサイズのドラゴンのはばたきは、化け較べを行っている会場に文字通り竜巻をもたらしていたのだ。

 体積のある巨狼でさえ、吹き飛ばされないように自衛せねばならない程の威力である。巨狼よりもはるかに小さなチビ狐たちには、この人工竜巻の威力はてきめんであった。

 ギャアギャアキャアキャアとカモメのような啼き声を上げながら、チビ狐たちは成す術もなく一匹、また一匹と竜巻に巻き込まれ、文字通り舞い上がってしまっていた。十数秒と経たぬ間に、ドラゴンの作っている竜巻は淡い黄金色のつむじ風と化している。黄金色を構成しているのが、文明の作り出したチビ狐たちであるのは言うまでもない。

 源吾郎はちらと横目で文明を見やった。流石の彼も竜巻作戦は予想外だったらしい。呆然と目を見開き、竜巻とその中身を凝視しているのみだった。

 一方、源吾郎の頬にはしてやったりという笑みが浮かび広がっていた。つい先程まで劣勢に立たされていたと焦っていたところであるが、機転を利かせた事により、戦況を覆す事が出来たではないか。

――いや、まだ油断はできそうにないな

 おのれの優勢を確認できた源吾郎は、状況を冷静に把握する気持ちを取り戻していた。もっとも、優勢であるから冷静な判断を下せるという心持ちこそが彼の未熟さを示しているのだが、残念ながら源吾郎はその事に気付いてはいない。

 ともあれ源吾郎はドラゴンの直下で渦巻く竜巻と、地表で踏ん張る巨狼とを交互に見つめた。彼らも余裕の笑みを浮かべているように見える。しかし、チビ狐たちをああして竜巻に巻き込んだままにしておくのも何とも締まりがない気がした。

 

「おっしゃ、ここは派手に吹き飛ばすか」

 

 源吾郎の呟きがドラゴンへの動きに対する引き金になった。旋回を止めたドラゴンはその場でホバリング状態に入り……勢いが僅かに弱まったつむじ風に向かって一、二回翼を打ち付けた。虹色がかった銀色の翼から放たれた風圧が、チビ狐の軍勢を竜巻ごと吹き飛ばす。

 戦闘訓練が行われている会場の外まで吹き飛ばしてしまえばいい。源吾郎は風に翻弄されるチビ狐を見ながら無邪気にそう思った。

 しかしチビ狐たちが遠くまで飛ばされる事は無かった。風にあおられながらも彼らは飛ばされかけても見えない壁にぶつかってバウンドし、そうやって下へ下へと落ちていくだけだったのだ。

 

「今回も結界を張っておいたのよ」

 

 物静かな、落ち着いた声で紅藤が解説を行う。

 

「変化の術較べも色々な事があるでしょうから、一応結界も用意しておいたのよ。こういう結界が無ければ、訓練会場を用意した意味も無いでしょ?」

 

 妙に説得力がある所が紅藤らしい発言であった。そんな事を思いつつ源吾郎は一、二度頷き、ついで文明も腑に落ちたような、腑に落ちていないような微妙な表情を浮かべている。

 遠くまで吹き飛ばす事が出来ないと知り源吾郎は少し戸惑った。だが戸惑ってばかりではこちらの形勢が不利になるであろう事ももちろん心得ている。現に視線を向けると、チビ狐たちは大方地面に叩きつけられていたが、そのまま巨狼に向かっていこうとしているではないか。

 

「細切れにしたら増えるし吹き飛ばす事も出来ない……それなら、焼き払ったらどうなるかな」

 

 マッドサイエンティストめいた文言を源吾郎は呟いた。源吾郎のその面には、九尾めいた残忍な笑みでも浮かんでいたのだろう。文明はまずぎょっとしたように目を見開き、それから目許や口許に怯えの色がうっすらと滲む。

 

「好きにやってみれば良いじゃないか」

 

 文明の言葉を源吾郎は笑い飛ばし、小さく頷く。文明は彼なりに威厳を持って告げたつもりなのだろう。しかしその奥にある感情は源吾郎にはお見通しだった。

 ともあれ源吾郎はドラゴンに指示を送った。ホバリングしながらドラゴンは首を地面に向け、蒼白い焔を吐き出した。巨狼が驚いたように目を見開いている。チビ狐たちも戸惑ったようにてんでバラバラに逃れようとする。しかし蒼白い焔はそれらを皆等しく包み込んでいった。

 勢い盛んな焔は、たっぷり三秒ばかり訓練会場の地表を覆っていた。ドラゴンが焔を吐くのをやめ、ゆっくりと地面へと舞い降りる。焔の中で大きく動く者が無くなったと源吾郎は判断したためだ。

 

「な……マジかよ……」

「あぁ……どうにか耐えきれた……」

 

 焔が消えた直後、源吾郎と文明はほぼ同時に声をあげていた。

 源吾郎は呆然と目を見開いていたが、その顔と声には驚きの念がありありと滲んでいる。一方の文明は、会心の笑みを浮かべつつもどこか安堵したような表情だった。

 ドラゴンの吐き出した焔は、確かに大した効果を発揮していた。百を優に超えるチビ狐たちを、残り五、六匹程度まで減らしつくしたのだから。

 但し、源吾郎が顕現させていたもう一つの幻影、偃月刀めいた角を持つ巨狼も姿を消していたけれど。

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