伯洋児《はくようじ》が面談と言う名の殴り込みを行ってからというもの、雉鶏精一派の幹部勢はどのようにして彼を迎え討つかについての会議が行われていた。
妖怪仙人を後ろ盾に持つという事もあり、伯洋児を迎え討つための会議には、勿論紅藤と萩尾丸も参加していた。のみならず、今回の議題に関しては、紅藤が積極的に舵取りを行っているそうだ。
やはり羊力小仙《ようりきしょうせん》が、紅藤と関わりのあった存在であると言う点も大きいのかもしれない。あとで知った事なのだが、羊力小仙と言うのは、紅藤に人工的に妖怪を作り出す術を教えた張本妖《ちょうほんにん》なのだそうだ。
大切な術を教えてくれた羊力小仙の弟分やその眷属が、雉鶏精一派を脅かそうとしているのだ。紅藤の心中は複雑な物だろう。
その一方で、紅藤が連絡を取ったものの、羊力小仙からの返答は未だに来ていない状況でもあった。だからこそ紅藤も、余計に焦って苛立ちを募らせているのかもしれない。
とはいえ、八頭衆やその側近たちが行っている会議の内容の全てを、源吾郎が仔細に把握している訳でも無い。何だかんだ言いつつも、源吾郎は平社員に過ぎないのだから。
源吾郎が把握しているのは、紅藤と萩尾丸が研究センターを空けがちであるという事だけだ。
「それにしても、雉鶏精一派はまた妙な輩に目を付けられたんだな。半年前に、八頭怪との全面戦争が終わって、俺らの周辺の情勢も落ち着いたかと思ったんだけど……ま、変な奴に目を付けられる事が、我らが雉鶏精一派の宿命と言うやつかもしれないな」
「言うて雉鶏精一派も、妖怪仙人を擁する巨大な組織ですもんね」
サンプル培養の業務の傍ら、白川と雪羽が雑談に興じていた。研究センターの妖員が手薄になるという事で、白川に応援するように声が掛けられていたらしい。萩尾丸に本当の忠義を誓っている彼の事だから、研究センターへの派遣も快く受け入れたのだろう。
いずれにせよ、白川は研究センターでは真面目に業務を行っていた。研究職に興味があったという事もあり、仕事を捌く手つきは慣れている。ついでにコツなどを源吾郎や雪羽にも教えてくれるのだ。
但し、白川と源吾郎の間には、相変わらず距離があったのだが。同じ妖狐でありながらも、境遇や才能の違いが、二人を隔てていたのかもしれない。
その一方で、雪羽とは気が合うらしく、暇さえあれば互いにああして雑談しあっているのだ。
源吾郎は会話には入らず、仕事に没頭するふりをしながら聞き耳を立てていた。白川に対しては身構えてしまうし、伯洋児の件には負い目があったためだ。紅藤や萩尾丸は、源吾郎を責める事は無かったけれど。
「――なぁ島崎君。君はどう思うんだい?」
白川が自分に問いかけていると気付くまでに、数秒の時間を要した。慌てて白川の方を見やり、唇を動かした。どう思うのかと聞かれたのは把握している。しかしそれ以前の言葉を、源吾郎は聞き逃していた。
「すみません白川先輩。もう一度言って頂けますか」
何がしかの嫌味を言われないだろうか。源吾郎は半ば身構えた。白川はうっそりとした笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「ああ、すまんね島崎君。作業に集中している時に話しかけてしまってさ。いやね、雷園寺君とも話していたんだが、雉鶏精一派は山羊妖怪の伯洋児とかいうやつを懲らしめるそうじゃないか。その時に、我々末端の妖員《じんいん》も、闘いに駆り出されるのかなと思ってね。その辺は、島崎君はどう思っているのかな」
「闘いに駆り出されるか、ですか」
白川の言葉を反芻し、源吾郎は深く息を吐いた。心臓の鼓動が速まっている。それと共に頭や耳元が血で熱せられ、鳩尾の辺りが見えない何かに押し上げられるのを感じていた。
「……そうならないと、良いんですけれど」
絞り出すように答えると、源吾郎は視線を落とした。自分が口にしたのは考えではなく願望だし、しかもかなり情けない話だ。だからいたたまれなかった。
白川が年相応に優秀で、尚且つ萩尾丸に対して忠実な部下だったから、尚更に。
「ま、まぁ、島崎先輩としては、争い事とかが大きくならないうちに解決してほしいって気持ちが強いですからね。ほら、白川さんもご存じの通り、平和主義者ですし」
雪羽が白川に対してまくし立てるように言っていた。その顔を見ずとも、源吾郎をフォローしようと思っているであろう事はありありと伝わって来た。
「いやまぁ、あんたがそう言うだろうって事は薄々解っていたけどな」
白川の声は平板な物だった。嘲りや失望の念はみじんも感じられない。かといって、源吾郎の心情に寄り添おうというニュアンスも持ち合わせていなかった。
「島崎君も、この間の闘いで食屍鬼《グール》の女を捕縛したり、夜鷹どもと闘ったりしてちったあ勇敢になったかと思ったが……まぁ、元から争い事が苦手な性質で生まれたんなら仕方ないわな。根っからの性質なんざ、そうそう変わるもんでもないし」
三人はしばしの間、誰も何も言わず見つめ合っていた。雪羽は安堵したような、困惑したようなおかしな表情を浮かべていたのが印象的だった。
と、今まで能面のごとき様相を見せていた白川の顔に、表情が宿った。思案し、それでいて源吾郎たちの身を案じるような、そんな表情だった。
「だがなぁ島崎君。伯洋児とやらもな、今や多くの妖怪を従える組織の長みたいなもんなんだ。所詮は急ごしらえの寄せ集めだと俺は踏んでいる。だがそれでも、そいつらを兵隊として使うつもりならば、こちらも頭数がいるだろうからな」
「そうですよね……」
頷きながら、源吾郎は八頭怪との全面戦争について思い返していた。八頭怪もまた、強大な力を持つ妖怪仙人でありながら、有象無象を手駒として用い、雉鶏精一派と闘った。いかな強大な力を持つ妖怪だったとしても、数の暴力に頼る事はままあるのだ。
羊力小仙と関りがあり、尚且つ自身も配下を従えている伯洋児ならばどうか。その答えは火を見るよりも明らかだ。彼もまた、紅藤を屈服させるためならば、配下を手持ちの兵として使うのではあるまいか。
しかも彼は、勢力を拡大させるにあたり、マッチポンプなどと言った姑息な手段すら使ったのだ。雪羽が見たゲーセンの襲撃事件なども、実際はマッチポンプだったのだ。チンピラは初めから伯洋児の配下であったのに、互いに無関係な妖怪同士であるように演出し、チンピラを屈服させたように一芝居打ったというのが真相なのだ。
全くもって嘆かわしい話である。しかしゲーセンの支配妖《しはいにん》自体も、元々は絶滅危惧種や絶滅種の動物や鳥の羽毛や毛皮などを使った小物を販売していたなどで当局からマークされていたという。
白川の話が一段落すると、雪羽はさも興奮した様子で声を上げた。
「成程、やっぱりあのチンピラが派手に暴れて、それなのに伯洋児のやつにあっさり従ったのは、あいつらの三文芝居だったんすね。えへへ、島崎先輩。やっぱり俺の読み通りですよ。俺の話を疑っていたみたいだけどさ」
「うん、うん。確かに君の言う通りだよ……」
得意気にすり寄って来る雪羽に対し、源吾郎は弱々しく告げるのがやっとだった。あからさまに雪羽の言葉を疑ってしまった事を気まずく思ってはいた。だがそれ以上に、様々な考えが野放図に浮かんでくるのだ。叔父が言っていたきな臭い妖怪の元凶は、やはり伯洋児なのだろうかとも思っていた。
いずれにせよ、だ。八頭怪を相手にした時とは全く異なるが、きな臭い相手が敵に回った事だけは明らかな話だった。