伯洋児を迎え討つ段取りは、幹部たちの間で会議が始まってから一週間足らずで決定した。
その旨の話を萩尾丸から聞かされた源吾郎は、二つの意味で驚いていた。
第一の驚きは、伯洋児を迎え討つ主だった計画が、一週間足らずの打ち合わせで決まってしまった事そのものに対してである。伯洋児は今や、巨大化しつつある組織のあるじである。しかも羊力小仙と言う、古の妖怪仙人ともコネクションのある存在であった。そんな相手と闘うにあたり、僅か一週間と言う短い時間で方針が定まるとは。
第二の驚きは、迎え討つにあたって、わざわざ伯洋児を誘い出すという事だった。しかも「紆余曲折ありましたが、私どもは伯洋児様を歓迎します」と言うスタンスでもって誘い出し、迎え討つのだ。言い方は悪いが騙し討ちに他ならないではないか。
そんな姑息な方法を、雉鶏精一派は取ってしまうのか。そんな疑問が脳裏をかすめたまさにその時、萩尾丸が薄く微笑みながら付け加えた。
「何か納得できないって顔をしている妖がいるみたいだから、補足説明をしておくよ。闘いや戦略と言うのは、いついかなる時も正々堂々と行わなければならないなんて方は無いんだ。スポーツじゃああるまいしね。
それによく思い出してごらん。八頭怪と闘った時だって、僕たちは正々堂々と闘った訳じゃあなかったんだからさ」
八頭怪と闘った時ですら、正々堂々としたものでは無かった。もはや晴れやかな笑みを浮かべて語る萩尾丸の顔に、源吾郎は頬を引き攣らせた。
戸惑いながらも、結局のところ納得してしまった。八頭怪と闘った時も、向こうが総攻撃を仕掛けてくる日を傍聴し、その前日にこちらから仕掛けてきたのだから。
つらつらと、八頭怪と闘った時の事を思い出している間にも、萩尾丸は説明を続けていた。伯洋児をどこに誘い込むのか、居合わせる面々はどのような顔ぶれなのか、そもそも伯洋児は何に興味を持っているかなどの話だ。
「今のところ、伯洋児は鳥の羽毛や獣の毛などと言った、鳥獣妖怪由来の素材に強い興味を持っている事が解っているんだ。雷園寺君や玉出君たちが居合わせたゲームセンターを騙して買収したのも、店主たちが珍鳥の羽を使った細工物を売っていたからだろうね。
そう言う意味でも、伯洋児にとっては雉鶏精一派は魅力的な組織なのだろうね。何しろ、珍しい妖鳥や妖獣の素材まで揃っているんだから。しかも新鮮な状態でね」
成程、そう言う観点から見る事も出来るかもしれない。雉鶏精一派に所属する鳥妖怪や鳥系魔族の姿を思い浮かべながら、源吾郎は密かに納得していた。
九頭雉鶏精・胡喜媚が擁していた組織と言う事もあり、雉鶏精一派には様々な鳥妖怪が所属している。雉妖怪や鴉天狗と言ったありふれた種族のみならず、コカトリスやカラドリオスなどと言った珍しかったり特殊な能力を持つ種族もいるにはいる。そうした者たちであれば、羽毛に何がしかの力が宿っていたとしてもおかしくはない。
素直に納得する源吾郎に対し、雪羽は何とも渋い表情を浮かべていた。鳥獣妖怪の新鮮な素材と聞いて、物騒なイメージでも抱いてしまったのだろう。滑稽ではあるが、いかにも彼らしい反応でもあった。
「いずれにせよ、相手が持つ欲望にこそ、付け入る隙があるという事さ」
とても爽やかとは言い難い笑みを浮かべながら、萩尾丸は計画について源吾郎たちに語った。伯洋児を迎え討つ際に、源吾郎も雪羽もその場に居合わせる事となるためだ。
味方であると言えども、萩尾丸はやはり恐ろしい妖怪だ――嬉々として謀略を語る彼の姿に、源吾郎は雪羽とそっと目配せを交わした。
※
「双睛鳥様の事業所の中に、こんなに広い所があったんだなぁ」
「そりゃあ雉仙女様の所にも広い地下室があるんだから、双睛鳥様の所にもこういう場所があってもおかしくないと思うわ」
「ははは。紅藤様の地下室は、元々拷問部屋だったらしいぜ。んで、峰白様や紅藤様が夜な夜な敵妖怪を拷問にかけてたんだとよ」
「いや怖い話はやめろよな。思い浮かべちゃったじゃないか」
第七事業所内の広間は、妖狐を筆頭とした若妖怪たちの雑談で充満していた。源吾郎の耳にも彼らの言葉は届いていたが、会話には加わらずただただ居住まいを正すだけだ。身体の筋肉が妙に強張っている。緊張と、あまり袖を通さないスーツのせいだと思った。少し離れた所にいる雪羽はと言うと、皆の言葉に耳を傾け、のみならず気が合いそうな妖怪に声を掛けてすらいた。
八頭衆たちは、伯洋児を迎え討つ場所として、この第七事業所を選んだ。伯洋児はそもそも、まず双睛鳥に接触を図っていたからである。双睛鳥自身が、呪物や魔道具の売買を主に行っており、その事を伯洋児も知っている。慾にかられた間抜けな羊を討つにはうってつけの場所であると、当局も判断したのだろう。
広間に控えているのは、双睛鳥をはじめとした八頭衆の面々だけではない。源吾郎や雪羽、更には萩尾丸や他の幹部たちの配下たる若妖怪たちの姿もあった。この度の作戦を遂行するために召集されたのだ。
作戦の全容はこのような物だ。勢力を増し、更に妖怪仙人の後ろ盾を持つ伯洋児に、雉鶏精一派は恭順の意を示すための会合を行う事を決意した。伯洋児様は仙術に詳しいがために、種々雑多の妖鳥・妖獣の羽毛や体毛の価値もご存じである。
それならば、我々もお近づきのしるしに、自分たちの配下の中でも、特に力のある者たちの羽毛や体毛を提供しよう。
そう言って――伯洋児に罠を仕掛け、彼を無効化するという算段だった。いや、武器として用いるモノを考えれば、無効化するという表現は生温い。雉鶏精一派は、伯洋児を亡き者にするつもりなのだ。
そのために用いる物。それこそが、胡張安の羽毛が使われているという羽箒だった。鞍本と言う人間の屋敷から見つけ出され、紅藤が回収した物である。これは既に解析が行われ、更には時間を巻き戻す権能を使用できる事も確認済みだという。
第一の秘宝としてこの羽箒を差し上げましょう。雉鶏精一派の頭目たる胡琉安が伯洋児に告げる。その話に乗った伯洋児が羽箒に触れれば……それで伯洋児は終わりだ。たちどころに彼の時間は巻き戻され、生まれる前の存在に戻ってしまうと紅藤は踏んでいた。羊力小仙とは既に連絡が取れていた。雉鶏精一派で伯洋児を誅しても構わぬという許可を、彼女から直々に受けていたのだ。そしてその時に、伯洋児はごく最近誕生した存在である事も明らかになったのだ。
また余談であるが、
朱衿と名乗る件の鳥妖怪は、峰白が見繕った存在でもある。ちなみに峰白は朱衿を騙して影武者に仕立て、伯洋児の件が片付いたら彼も始末する予定なのだという。峰白らしい、実に物騒な考えである。他の幹部たちが朱衿の処遇について異議を唱えていないのも不気味だった。
朱衿の処遇については、源吾郎も実の所深く考えないようにしていた。何も知らない若者を利用して、口封じのために殺す。道義上よろしくない事だというのは解っていた。だが雉鶏精一派の中で、源吾郎には発言権は殆ど無い。それに妖《ひと》が死ぬところなんて、この間の全面戦争でも目の当たりにしたではないか。心の中でおのれに言い聞かせ、仕方のない事だと思うようにしていた。
「き、雉天狗殿。僕の……いえ私の立ち振る舞いは如何でしょうか。ちゃんと胡琉安本鳥のように、あ、いや胡琉安様のように見えますでしょうか」
「ええ、ええ。ちゃあんと見えるわよ」
広間の一角で、向かい合う朱衿と峰白の会話が聞こえてきた。羽箒の柄の部分を彼は持ち、何処か所在なさそうな表情を浮かべていた。
そんな彼に対し、峰白は嬉しそうな笑みを浮かべている。今は亡き胡喜媚や、頭目たる胡琉安以外は塵芥でしかないと思っているはずの彼女は、しかし晴れやかな笑みを浮かべていた。影武者を胡琉安だと思い込むようにしているのか、はたまた別の意図があるのか。源吾郎には何も解らなかった。
峰白の心や思考は、紅藤以上に謎めいている。そして紅藤もまた、解りやすい存在などでは無い。
「でもね、強いて言うならばもっと堂々としていた方が胡琉安様らしいわね。私の事だって、雉天狗殿なんて胡琉安様は呼ばないんですから」
「そうですか。いえ……そうだよな、峰白」
「あらまぁ、あなたってば本当に胡琉安様にそっくりね」
峰白と朱衿のやり取りが、何故か仲の良い男女の睦言のように聞こえてしまう。妙な気にあてられたのだと思い、源吾郎は静かに視線を落とした。
それから五分も待たずして、伯洋児とその側近がやって来たという報せが届いた。