双睛鳥《そうせいちょう》の部下によって通された伯洋児は、堂々とした足取りでもって広間へと入り込んできた。やって来たのは彼一人ではない。その背後には、ぞろぞろと配下なり側近なりが連なっていた。正確な数は解らないが、ぱっと見た感じでは十五、六人ほどであろうか。
――これはまた大名行列みたいだな。いや、妖怪だから百鬼夜行と言った所か
異形たちの行列を眺めながら、源吾郎はぼんやりとそんな事を思った。ほとんどの妖怪たちがスーツ姿である事もまた、件の行列の不気味さを際立たせていた。
もっとも、源吾郎の周囲にいる若狐たちは、彼らの妖気にあてられたらしく、冷や汗をかいたり身体の震えを押さえようと奮起したりし始めていた。源吾郎ですら、伯洋児の配下たちの中に強そうな者がいると感知できるほどのレベルである。一尾の若妖怪ならば、顔色を変えて震え上がるのも無理からぬ話だろう。
源吾郎の注目は、しかし伯洋児のすぐ後ろにいる妖怪のみに向けられていた。
黒から濃灰色のスーツ姿の行列の中にあって、その妖怪だけがスーツ姿では無かった。大陸の道士が身にまとうような漢服に身を包んでいたのだ。伯洋児のような巻き毛ではないが、頭部から生える巻き上がった角をこれ見よがしに露わにしている。
この道士姿の男こそが玄三羊であろう。源吾郎は静かに思った。羊めいた風貌の妖怪などは他にはいなかったし、何より妖怪仙人らしさを露わにしているのだから。
「伯洋児様。本日はご足労頂き誠にありがとうございます」
慇懃な言葉と共に伯洋児を出迎えたのは、第一幹部の峰白だった。事前に段取りは聞いていたものの、笑みをたたえた峰白の顔を見つめていると、どうにも奇妙な気分になってしまう。頭目たる胡琉安以外の存在は、たとえ紅藤であっても下等な畜生に過ぎないと思っているようなメス雉なのだ。
それが今の光景はどうだ。長く交流を重ね、互いに心を許し合った旧友を出迎えるかのような笑みでもって、伯洋児と相対しているではないか。こうした穏やかな笑顔を浮かべるのは、むしろ紅藤の方が多いくらいだ。
しかも笑みの裏では、冷徹に権謀術数を練り続けているのだから恐れ入る。
「いえいえこちらこそ。私どもも、あなた方に招いていただき本当に嬉しく思っております」
伯洋児もまた、にこやかな笑みを峰白に見せていた。強者ゆえの余裕なのか、若すぎるがゆえに相手の悪意を見抜けないのか。源吾郎には解らなかった。
よく見れば、桶彦や灰高の配下などは、嘲笑を押し殺したような表情でもって伯洋児を見ているではないか。源吾郎は笑えなかった。それどころか、伯洋児が少し気の毒に思えてしまった。
「それにしても、先日は二度も伯洋児様に無礼な振る舞いをしてしまい、申し訳ありません」
いっそ空々しさすら感じるほどの丁寧さでもって峰白が告げる。双睛鳥や紅藤との面談の事について語っているのだと、源吾郎はすぐに気付いた。
伯洋児は特に警戒した様子は見せていない。それは他の配下たちも同じ事だった。玄三羊と思しき男は、興味深そうに周囲をきょろきょろと見渡しているくらいだろうか。
伯洋児が何か言い出す前に、先手を打ったとばかりに峰白が口を開いた。その傍らには、胡琉安に扮した朱衿が控えている。
「誠に情けない話ですが、前回・前々回と伯洋児様がお見えになった時は、私どもも準備が出来ていなかったのです。それ故に、紅藤も双睛鳥もあの時あなたを突っぱねてしまったのでしょう」
「……ほう」
峰白の言葉を聞き終えると、伯洋児は感心したように息を吐いた。スーツ姿ながらも粗暴さが見え隠れするかのような化けアナグマの男が、何処か怯えたような様子で身体を震わせた。それに呼応するかのように、他の妖怪たちもそわそわと身を揺らす。
そんな中でも、玄三羊は落ち着き払った様子を崩さなかった。若鳥の言葉に私は騙されないぞ。無言ながらも、紅藤や胡琉安に対してそう言っているかのような立ち振る舞いだ。
「その準備と言うのが、今回集まって頂いている鳥獣妖怪になるという事ですね?」
「その通りですわ」
峰白はゆっくりと、堂々とした表情で頷く。隣にいる胡琉安が、緊張したように眉を上下させていた。彼らの傍にいる紅藤などは、何とも申し訳なさそうな表情でもって、源吾郎たちを、そして胡琉安に化けている朱衿を見つめていた。
「様々な仙術を会得した伯洋児様は、よりよい魔道具の素材を、特に力のある鳥獣妖怪の羽毛や体毛を入手したいと思っておいでなのですよね。確かに我々は雉鶏精一派を名乗っており、種族も能力も様々な鳥妖怪が集まっておりますわ。
……現在では、鳥妖怪だけではなく、獣妖怪もおりますが」
峰白の最後の言葉に、灰高や桶彦が何故か笑っていた。彼らの笑いのツボは全く解らない。それに獣妖怪と言われた事で、源吾郎の尾に注目する輩が出てきた事も、何とも気恥ずかしかった。
芝居がかった様子でもって、峰白は尚も言葉を重ねる。
「ええ、ええ。羽毛や体毛ならば、伯洋児様のお気に召すまで差し上げましょう。もちろん、私の羽毛を所望なさってもかまわないですよ」
無造作に放たれた言葉に、伯洋児の配下たちがどよめいた。
「なっ……」
「マジか。あの雉女、中々の太っ腹じゃあねぇか」
「てか、よく見たら凄そうな妖怪ばっかり集まってるし」
「やっぱり雉鶏精一派って大きな勢力を持つ組織なのね」
配下たちが顔を見合わせひそひそと話し合う中で、伯洋児は今一度長く息を吐き出していた。
「ふふふ。仰る通り、中々に魅力的な提案ですね。僕たちに従ってくれるだけではなく、大切な羽毛や体毛まで提供して下さるとは……」
「それこそが、私どもに出来る恭順の証でございますから」
伯洋児の言葉を半ば遮るように、峰白が告げた。笑みの裏に押し隠した彼女の本心が、滲む程度であるが露わになっている。「僕たちに従ってくれる」と言う無邪気で傲慢な伯洋児の言葉に、峰白は憤怒の念を抱いたのだろう。源吾郎には解ってしまった。峰白の思想を、そして信条を知っているのだから。
憤怒と、そしていくばくかの焦りを押し隠しつつも、峰白は言葉を続ける。
「だからこそ、伯洋児様にはまず一級品から吟味していただきたいのです」
そう言うと、峰白は半歩ほど後ろに下がった。入れ替わりに、隣に控えていた胡琉安が前に進み出る。
胡琉安としての自己紹介を行った朱衿は、手にしていた羽箒を捧げるように差し出した。
「伯洋児様。こちらは九頭雉鶏精の子孫たる鳥妖怪の羽毛を用いた羽箒になります。我ら雉鶏精一派の中でも、最も珍重な素材であると、私は思うのです」
どうぞ――差し出す胡琉安の、いや朱衿の腕は微かに震えていた。
さぁ触れろ。慾に駆られて手を伸ばせ。そうすれば全てが終わる。皆がそう思っているであろう事を、源吾郎はひしひしと感じていた。期待と同じくらい不安が膨らんでいる事も。訝って伯洋児が手を伸ばさなければ、作戦は水泡に帰してしまうのだから。
そこから先の動きは、コマ送りのようにゆっくりとしたものだった。
伯洋児は、小首を傾げつつ「ほう」と息を吐いていた。
玄三羊の視線が、伯洋児から胡琉安、そして峰白へとスライドしていった。
何かを察したのか、玄三羊が声を上げようとした。
しかしその時には、伯洋児は既に羽箒の羽毛の部分に、手指を伸ばした直後だった。
「これが、九頭雉鶏精の子孫のはね……」
伯洋児は、最後まで言い切る事は無かった。羽毛に触れるや否や、その身体がみるみる縮んでいったのだから。
玄三羊が声にならぬ声をあげ、他の妖怪たちが狼狽し右往左往する。そうしている間に、伯洋児の姿は服の合間に消えていった。
そこにはただ、彼が着込んでいた高級そうなスーツが抜け殻のように地面に放り出され、所々塵とも灰ともつかぬ物が、こんもりとした塊となって留まっているだけだった。