九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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黒山羊姫は来訪す

 伯洋児が灰となった事で玄三羊たちに衝撃をもたらす事が出来たが、今度は玄三羊の言葉によって、雉鶏精一派の面々が色を失う番だった。

 彼らの顔に浮かぶ表情は、およそ二種類に大別できた。

 当惑と狼狽、そして玄三羊への怒りや殺意が入り混じった感情。あるいは純粋な疑問と驚き。表情が二分されたのは、胡琉安の真なる出生を知っているか否かによる。そして源吾郎自身は前者だと認識していた。

 

「玄三羊さん。さっきの話ってどういう……」

「三國君!」

 

 三國が今再び玄三羊に問いかける。隣にいる双睛鳥が、慌てた様子で彼を諫めんとしていた。八頭衆の中でも、純粋に驚き戸惑っている者たちだ。彼らは胡琉安よりも若いし、幹部勢の中でも新参だ。胡琉安の真なる出生を知らないのは言うまでもない。

 

「ははは。知りたいか若造どもよ。知りたいのならば、幾らでも教えてやる。お前らが胡喜媚の子孫だと崇め奉っている輩が何者なのか、そこにいるメンドリ気取りのメス雉共が、一体何をしでかした――」

「おだまり」

 

 短い命令と共に、風を切るような音が響く。さらに一瞬遅れて鋭い打撃音が広間に轟いた。見れば、玄三羊の蓬髪のひと房が、ぞろりと地面に落ちていた。それだけではない。彼が立っていた場所の延長線上、終着点たる壁には苦無が刺さっている。刃が食い込む壁の周囲は、ヒビが入っていた。

 

「胡琉安様は我ら雉鶏精一派の二代目頭目であり、胡喜媚様のれっきとしたご令孫よ。ま、異論を口にしても構わないわ。戯言を口にしたその()()()()だけなんですから」

「…………」

 

 凄絶な笑みを浮かべる峰白に対して、誰も何も言えなかった。先の言葉は冗談ではない事は解っている。首が飛ぶという言葉が、文字通り斬首を示す事も。そして、胡琉安の出生への意を唱えれば殺すという脅迫は、玄三羊のみに向けられたものではない事にも、源吾郎は気付いていた。

 だからこそ、無言のままに身を震わせるしかなかった。憐れなるかな、一尾や二尾程度の未熟な若妖怪に至っては、顔面蒼白の上脂汗を流す始末である。卒倒してもおかしくない者が何名か見受けられた。若妖怪の中で力のある雪羽ですら、青ざめた顔で峰白から視線を外せぬ状態になっているのだから。源吾郎ももちろん、恐怖心に歯が鳴るのを押さえられなかった。

 純粋に恐れおののく若妖怪とは異なり、幹部や重臣たちの態度はまちまちだった。

 双睛鳥や三國は、気まずそうな表情を浮かべて視線を落としていた。

 紅藤や萩尾丸などは、何処か安堵した表情を見せている。

 灰高や桶彦に至っては、ニヤニヤ笑いすら浮かべていた。面白い見世物を見る事が出来たと言わんばかりに。

 一つ言えるのは、幹部やその側近たちは、自分たちのようにただただ恐れをなすものは皆無と言う事だった。それこそが、妖怪としての格の違いなのだと源吾郎は思った。

 さて玄三羊はどうであろうか。視線を向けると、彼は断ち切られた髪の辺りを撫でていた。それから肩を震わせて、笑っているではないか。

 

「はは、ははははは……ほんの二百年の間に、お前らも随分と尊大になったもんだなぁ。だがまぁ、その方が俺にとっても都合が良いというもの。伯洋児の仇とはいえ、弱い者いじめは気が引けるからなぁ!」

 

 刹那、玄三羊の妖気と姿が変質するのを、源吾郎は目の当たりにした。濃密で強度を持っていただけの妖気に、禍々しさが加算される。それと共に、玄三羊の身体が人型から二足歩行の山羊めいた姿へと変貌していく。いや、サテュロスの様な半獣とは違う。奇妙なほどに植物的であり、それでいて触手が寄り集まったような姿でもあった。

 嗚呼これが、母ナル黒山羊の眷属、黒い仔山羊の真の姿なのか――木々のざわめきのような玄三羊の哄笑を耳にしながら、源吾郎は嘆息した。

 源吾郎の傍らにいた若妖狐たちの中には、もはやへたり込む者すら現れた。変化を解き、腹ばいに伏せていても、もはや誰も言わない。本性と、本来の姿を晒したであろう玄三羊とどのように闘うか。誰も彼もその事を考えているらしい。

 

「姉上などに頼るまでもない! そこの鳥頭共、俺の大切な伯洋児を殺した事を、後悔させてやる!」

「……誰が誰に頼るだって?」

 

 山羊と樹木と触手を掛け合わせたかのような姿となった玄三羊に対し、何者かが問いかける。雉鶏精一派の面々ではない。玄三羊の隣にいる猫又でもない。

 声の主は、異形めいた姿の玄三羊の隣に控えていた。すらりと背の高い、黒づくめの衣裳を身にまとっていた。中性的な面立ちと体格ゆえに解り辛いが、恐らくは女性だろう。そして彼女もまた、短い黒髪の間から、巻き上がった一対の角を具えていた。それも玄三羊よりも節が多く、長い角を。

 

「黒山羊のお姉様! 来てくださったんですね!」

 

 感極まった様子で紅藤が声を上げる。闖入者はやはり、黒山羊姫こと羊力小仙だったのだ。

 

「あ、姉上……?」

 

 玄三羊もまた、羊力小仙に問いかけている。異形の姿はそのままだが、禍々しい気配が心持ち弱まったような気がした。

 一方の羊力小仙は、射抜くような眼差しを玄三羊に向けていた。

 

「玄三羊。あんたはこんな所で一体何をしているんだい。自分の作った人形をけしかけた挙句、雉仙女様たちに因縁をつけて闘おうとするなんて」

「それは……」

 

 先程までの威勢の良さは何処へやら、玄三羊は弱々しく口ごもるだけだった。異形と化し、人型だった時よりも肥大化したはずの身体も、二回りばかり縮んでいた。

 羊力小仙は呆れたような表情を浮かべ、頭を振る。

 

「まぁ、あんたの考えなら大体解るわ。自分が私よりも優れているという事でも示したかったんでしょう。その考えこそが、愚かしい間違いに過ぎないのに」

 

 言うや否や、羊力大仙の姿も変質した。弟分である玄三羊に似通った、しかし異なった部分も持ち合わせる、触手と樹木と山羊を混ぜ合わせたような姿に、上半身を変貌させた。そして隣にいる玄三羊の頭部を、触手と粘液のうねる大口で咥え込んだのだ。

 禍々しい気配を抱く異形が、より禍々しい気配を持つ異形に頭を齧りつかれている。まさしく悪夢のような光景だった。紅藤は彼女を羊力小仙などと呼んで慕っていたが、結局のところ、彼女もまた邪神の眷属ではないか。

 羊力小仙は、しかし弟を丸呑みにした訳では無かった。しばらくの間――もしかしたらほんの数秒だったのかもしれない――咥え込んでいた弟の頭部を、彼女はおもむろに吐き出したのだ。はずみで玄三羊の身体が転がる。人型に変化していて、呆けたような表情だった。唾液と思しき粘液が彼の表面から滴り落ち、伯洋児だった灰と混じり合っていく。

 気が付けば、羊力小仙も人型に戻っていた。

 

「ああ、驚かせてすまないね。さっきは弟の意欲や野心を喰らっていたんだ。まぁその……普通にやっていて問題を起こさないのが一番なんだけど、そう言っていられない時もあるからね」

 

 口許を白いハンカチで拭った彼女は、ご丁寧にも自分が何をしたのかを教えてくれた。そう言う事もあるんだろうなと、源吾郎は割とすんなりと彼女の言を受け入れていた。座り込む玄三羊の顔には、もはや野心も雉鶏精一派への敵愾心も消え失せている。ただただ姉の叱責を恐れ、伯洋児を喪った事を悲しんでいるだけだった。

 

「雉鶏精一派の皆さん。今回は愚弟とその眷属が無礼な事をしてしまったようで、本当に申し訳ありません。師事を終え、独立して活動していると思っていたら、まさかこんな事になっていたなんて」

 

 身内として羊力小仙が謝罪した。彼女はそれから、玄三羊の角を叩いた。

 

「玄三羊。あんたも謝りなさい。変な奴に吹き込まれたくらいで野望を持つなんてみっともない真似をしたんだから」

「……俺も悪かった。姉上にも雉鶏精一派にも迷惑をかけたし、伯洋児も死んでしまったからな」

 

 拗ねた子供の様な声でもって、玄三羊はそう言っただけだった。

 羊力小仙が、呆れたようにため息をつく。

 

「全く、あんたって子は本当に思い込みが強いわね。思い込みだけで判断してしまったら、道を踏み外して崖から落ちかねないわ」

 

 崖のくだりは何とも山羊らしいな。源吾郎がそう思っていると、羊力小仙は伯洋児の残骸が留まっている所へと座り込んだ。集まった灰の中に手を伸ばし、仲をまさぐった。

 次の瞬間、皆の口から驚きの声が上がった。死せる灰の中に腕を突っ込んでいた彼女が、猫ほどの大きさの仔山羊を抱え上げていたのだから。腕の中で、仔山羊は赤子の様な声で啼いていた。

 

「この仔が伯洋児なのかしら。それなら……伯洋児は生きているわ。すっかり赤ちゃんに戻ったみたいだけどね」

 

 そう言うと、羊力小仙は仔山羊をおのれの胸に抱きよせてから立ち上がった。仔山羊の啼き声は、もう聞こえなかった。

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