九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雉鶏精の子は大妖を笑う

 それでは帰りますね。黒山羊姫こと羊力小仙は、至極あっさりした口調で告げた。未だ呆けたような表情の玄三羊と伯洋児の側近だった猫又を左右に従え、その胸に仔山羊と化した伯洋児を抱えながら。

 終わったんだ。源吾郎は安堵した気持ちで羊力小仙の一行を見つめていた。思えば緊張の連続だった。伯洋児も玄三羊も、強大な力を持つ妖怪ないし妖怪仙人だった。こちらは様々な謀略を張り巡らせていたと言えども、相手が上手く引っかかってくれるという保証はなかった。実際問題、激した玄三羊の口撃によって、こちらが当惑してしまう事態すら発生したのだから。

 

「もうお帰りですか、黒山羊のお姉様」

「あんたの用事もあるとは思うけれど、幾らなんでも素っ気ないんじゃあなくて」

 

 そんな中、羊力小仙を引き留めて彼女ににじり寄る者が二人いた。雉鶏精一派の最高幹部たる峰白と紅藤だった。

 帰ると言い放ったはずの羊力小仙が足を止める。それほど急いでいなかったのだろうか。よく見れば伯洋児が携えていた風狸杖を齧っているため、そんなにすぐに立ち去ろうと思っていなかったのかもしれない。

 羊力小仙が何か言い出す前に、峰白が口を開いた。

 

「羊力小仙殿。あんたがそこの弟分を諫め、我ら雉鶏精一派への脅威を取り払ってくれた事には感謝するわ。だけど……そこの玄三羊とかいう輩は、他ならぬあんたの弟なのでしょう。身内が仕出かした事を心底申し訳なく思っているのならば、あんたも誠意を見せないといけないんじゃあなくて」

「お、お姉様!」

 

 焦ったような口調で紅藤が告げる。峰白はどうにも尊大な物言いをしがちな所があるので、まっとうな事を言っていても脅しをかけているように聞こえる時があるのだ。

 羊力小仙は、風狸杖を齧り終え、咀嚼して飲み下す。それから峰白と紅藤を交互に見やった。

 

「うん。峰白さんの言う事ももっともだと私は思っているよ。確かに今回は、愚弟が君たちに迷惑をかけた。その事の埋め合わせとして、何でも要望を言ってくれたまえ。私の出来る範囲で叶えてあげるから、ね」

 

 気負わぬ様子で羊力小仙は言い放つ。それを聞いていた幹部やその側近たちは、怪訝そうな表情で何やらひそひそと話し合っている。

 彼らの言葉には、羊力小仙に対するあからさまな警戒心が滲み出ていた。無理からぬことだろう。名前からして妖怪仙人である事は明らかである。何より八頭怪などと同じく、邪神に連なる存在でもある事は、先程見せた真の姿からしても明らかだろう。

 紅藤と峰白はどうか。紅藤は羊力小仙をじっと見つめていて、峰白は紅藤を凝視していた。ひそひそ話を繰り返す幹部陣には一瞥もしなかった。そもそも彼らが何か言っているのも、聞こえていないかのような振る舞いだった。

 紅藤は思案顔を浮かべてから口を開いた。

 

「要望なら一つありますわ、黒山羊のお姉様。鋭角の猟犬たちに、私たち雉鶏精一派は敵ではない事を、味方になっていただかなくても襲わないようにとお伝えいただきたいんです。私が望むのは、ただそれだけの事ですわ」

「うーむ」

 

 短く唸りながら、羊力小仙は顎の下を撫でていた。

 善処するよ。ややあってから羊力小仙は告げる。

 

「確かに君ら雉鶏精一派は、どうしても時間操作の術と関わりを持ってしまう事がままあるもんね。伯洋児を単なる仔山羊に変貌せしめたのも、雉鶏精の羽毛に宿る時間操作術によるものだし。鋭角の猟犬に狙われるというのも、無理からぬ話だと私は思うよ」

 

 だけどね。一拍置いてそう言った羊力小仙の顔には、何とも複雑な表情が浮かんでいた。

 

「ああもちろん、私も猟犬たちには話を付けるよ。ただ、私が話を付けたからと言って、全ての猟犬たちが君らを襲わないようにするとは限らない。残念ながら、私も黒山羊の眷属の中では下っ端だからね。流石に()()()()まで説得する事は出来ないよ」

「いえ、いえ。それだけでも十分です」

 

 紅藤の顔と声は喜色に満ち満ちていた。難しい表情を浮かべていた羊力小仙であるが、紅藤から視線をずらすと、ふと悪戯っぽい表情で笑いかけてきた。

 

「まぁしかし、鋭角の猟犬に対抗する術ならば、身内に訊いてみるって言うのも手じゃあないかな。今は丁度、胡喜媚様のご子息もいらっしゃる訳だし」

「――え?」

 

 羊力小仙の言葉に、紅藤が居を突かれたような表情を見せる。いや、それは源吾郎も含め他の妖怪たちも同じだった――胡琉安の影武者である、朱衿と名乗る鳥妖怪を除いて。

 数瞬遅れて、室内がざわめきで満たされる。

 

「おい、羊力小仙様は、今なんて仰ったんだ」

「胡喜媚様のご子息がいる、みたいな事を言ってませんでしたっけ」

「胡喜媚様の息子だって? ここには本物の胡琉安様はいらっしゃらないのに。けったいな話だぜ」

「三國さん、胡琉安様は胡喜媚様の息子ではなく()ですよ」

「確か胡喜媚様の息子って、胡張安様でしたよね。ですがあのお方は、何百年も前に出奔したはずでは……?」

 

「羊力小仙! 胡喜媚の息子云々の話は一体――」

 

 ざわめきの中で、いっとう甲高く鋭い声が響く。戸惑いと僅かな怒りをないまぜにしながら峰白が問う。羊力小仙はしかし、笑いながらひらりと身を翻すだけだった。

 

「私もそろそろ帰らないといけないから。詳しい話は当事者に聞いてごらん」

 

 言い終えるや否や、彼女は玄三羊らと共に忽然と姿を消した。登場した時と同じく、何の脈絡もない形で。

 後に残されたのは、雉鶏精一派の面々だけだった。峰白の一喝で一旦静まり返ったものの、羊力小仙が去った事で、再びざわめきが広場を満たしつつあった。

 そんな中で、紅藤が動いた。先程まで胡琉安を演じていた鳥妖怪の許に、二歩ほど歩み寄ったのだ。

 

「朱衿だったかしら。あなたもしかして、本当に胡張安様なの?」

「いかにも。僕は確かに胡張安だよ。雉鶏精一派の皆さん、お久しぶりです。ああですが、初めましてと言った方が良い妖《ひと》もチラホラいますね」

 

 胡張安の物言いは飄々としていたが、妙に堂々としたものを感じ取れた。息子に当たる胡琉安とよく似た風貌だ。だが胡琉安が未だ具え切れていない威厳のようなものを、彼は既に持ち合わせていた。

 だからこそ、胡張安がいつの間にか少年の姿に変じていた事に、すぐには気付かなかった。

 

「こ、胡張安殿。あなたは一体、どうやってここに潜入したんですか」

「どうやってと言われても、さほど難しい話ではありません。峰白殿が影武者の募集をしていたので、それに応募しただけです」

 

 そして採用されたからこそ、胡琉安の影武者としてここにいる。胡張安はそこまでは言いはしなかった。そこまで言わずとも十分だった。

 胡琉安の影武者にと採用した妖怪が、胡喜媚の実の息子だったとは――瓢箪から駒とも言い難い、突拍子もない展開に、誰もが度肝を抜かれていた。老獪な天狗たる灰高も、冷徹な圧制者であるはずの峰白ですら。

 胡張安はと言うと、困ったような笑みを浮かべながら言葉を続ける。その指先は、またしてもおのれの羽毛で作られた羽箒に伸びていた。

 

「途中までは真面目に胡琉安を演じていたんですけどね、ちょっと悪戯心を起こして、それでこの羽箒を触っていたんです。もしかしたら、それで気付く妖もいるかなと思いまして。

 確かにこの羽箒は、羽毛に触れた者の時間を巻き戻す権能があります。ですがこの権能は、元々は僕が持っていた物。毒蛇が、自分の毒に斃れるなんて有りえないでしょう?」

「それもそうね」

 

 勝ち誇ったような、しかし苦々しさを隠しきれない声音で峰白が告げる。

 いや違う。苦々しい思いを、勝ち誇ったような言動でもって押し隠しているだけだ。雉ながらも猛禽のごとき鋭い眼差しを、峰白は胡張安に向けていた。

 

「言っておくけどね胡張安。私は途中から、あんたが胡張安かもしれないって事は薄々勘付いていたわよ。それこそ、あんたが羽箒を撫でまわし始めた頃からね」

 

 峰白の言葉は、相変わらず苦々しい。強がりの類すら内包しているようにも思われた。皆の視線は、今や胡張安から峰白に向けられているようだった。

 その事に気付いたからなのか、胡張安が再び口を開いた。

 

「もちろん、皆さんが僕の正体に気付けないのは無理からぬ事です。僕だって、正体がバレると色々とややこしいので、認識阻害やら幻術やらを総動員して、取るに足らぬ鳥妖怪に身をやつしていたんですから。羊力小仙殿には、僕の小細工など無意味だったようですがね」

 

 口ぶりからするに、正体を見破られた事は胡張安にとっても想定外の事だったらしい。名もない鳥妖怪に徹頭徹尾なりすまし、この場を去るつもりだったという事だろうか。

 

「成程。あなたが僕らの目を欺けた事については納得しましたよ。何せあなたは、化け山鳥の血も流れているんですからねぇ」

 

 口の端を歪めながら告げたのは、第五幹部の補佐である桶彦だった。灰高や萩尾丸とも異なる種の狡猾さを滲ませながら、彼は胡張安をじっくりと眺めている。

 

「雉鶏精一派の皆様は、どうしても胡張安殿となると胡喜媚様の子息である事に注目してしまいます。ですがあなたは、狡知に長けた山鳥女郎の異母弟でもあるんですよね。しかも八頭怪の甥でもある」

「いやはや、やはり雉鶏精一派の諜報部は優秀なお方が在籍しているんですね」

「……今は僕の母が第五幹部を務めている。元の第五幹部は八頭怪と通じていたゆえ、退場してもらったのでね」

 

 化けネズミとは思えぬ図々しさでもって、桶彦は胡張安と言葉を交わしていた。三國や双睛鳥を含めた若妖怪は、その様を関心と驚きの念でもって見守っていた。しかし中には、二人のやり取りをじれったく思うものもいたようだ。

 その筆頭が、第四幹部の灰高だった。

 

「長々とした無駄話はこれくらいにしておきましょう。胡張安殿。あなたは一体何を企んでいるんですか。あなたは我ら雉鶏精一派から離れる際に、互いに不干渉を貫くという協定を結んだではありませんか。だというのに、何故今更になって胡琉安の影武者などに成りすますなどと言う事をなさったのですか」

「――別に深い意味なんてありません。強いて言うならば、仏心ゆえにってやつですかね」

 

 仏心。謎めいた胡張安の言葉に、灰高たちが眉を顰める。疑問を口にする事すら忘れてしまったかのようだ。

 人の好さそうな笑みを浮かべながら、胡張安は言葉を続ける。

 

「仏心を向ける先は、あなた方雉鶏精一派ではありません。僕が仏心を向けたのは、名も知らぬ鳥妖怪たちに向けての事です。峰白殿が、胡琉安の影武者を募集していた事を知ったのは偶然ですよ。

 ですが……短期間の影武者と言う事は、用済みになれば殺すのではないかと思っていたんです。僕も雉鶏精一派の縁者でした。組織の為に名もなき同胞が利用されて、何も知らぬままに殺されるのは憐れだなと思いましてね。それで僕が影武者になったんです。

――そうすれば、他の誰かが殺される事もないでしょうから」

「その口ぶりじゃあ、自分は殺されないと慢心しているように聞こえるわね」

 

 さも呆れたように峰白が言い捨てる。それでも胡張安の表情は揺らがない。むしろ戸惑っているのは紅藤であり、そして何故か双睛鳥であった。

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