九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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黒山羊姫と鋭角の猟犬

 黒山羊姫こと羊力小仙が研究センターを訪れたのは十一月も半ばを迎えた頃だった。折しも雉鶏精一派が伯洋児を迎え討ってから一週間ほど経っていた。

 羊力小仙自体は、雉鶏精一派に対して既に謝罪は行っている。両者の間で、落とし前の類は既についていたのだ。

 だから今回の来訪は、もっと気楽な挨拶と近況報告を兼ねたものだと萩尾丸は説明してくれた。

 

「厳密に言えば、紅藤が新たに迎え入れた弟子たちの事が気になって、それで直接会って話してみたいと、羊力小仙殿は言っているわ」

 

 萩尾丸の言葉に補足を入れたのは峰白だった。普段は本社で働いているのだが、羊力小仙が研究センターを来訪するという事で、先んじてこちらに来ていたのだ。影武者ではない、本物の胡琉安と共に。

 実際には、峰白は紅藤ほど羊力小仙と親しい訳ではない。だが峰白は、紅藤と同じく胡喜媚亡き後の雉鶏精一派を再興させるために動いた立役者だ。妖術には明るくないと言えども、紅藤が禁術を得て人工的に妖怪を造る所は目の当たりにしている。それ故に、この度の面談に顔を出す事を決めたのだろう。

 世間話めいた口調でもって、峰白が告げる。

 

「紅藤。あんたが何百年も前から、優秀な妖怪を部下として抱えている事は私も羊力小仙も知っているわ。だけどここ十年ほどで、新しい妖怪を三匹も部下にしたでしょう。羊力小仙は新入りたちが気になっているのよ。あんたたちは何かと気が合う所もあるみたいだしね。

 そうでなくとも、新入りの三匹は種族的にも能力的にも皆の興味を惹くような存在だもの」

 

 そこまで言うと、雉ながらも猛禽めいた鋭い眼差しを、峰白は源吾郎たちに向けていった。

 

「鋭角の猟犬と関わりのあるすきま女に金毛九尾の直系の子孫。雷園寺の坊やは……ああそれでも何千年も続く雷獣の名家の子息だったわね。

 三匹とも若くてまだ年相応かもしれないけれど、長じれば大物に化ける事間違いない。羊力小仙も、そう思っていたとしても自然な事じゃあなくて」

「峰白のお姉様。サカイさんも島崎君も雷園寺君も、現時点でも才覚のある妖だと私は思っておりますわ。あまり彼らの気を削ぐような発言は慎んでくださいな」

 

 穏やかな、しかし微かな怒りを押し隠した口調でもって紅藤が抗議する。胡琉安は両者のやり取りに狼狽えていたが、峰白は涼しい顔で受け流すだけだった。

 さて当の源吾郎はと言うと、別に気を悪くする事は無かった。血統こそ優れているものの、自分が未熟である事は嫌と言うほど理解しているためだ。

 むしろそれよりも、峰白が雪羽の事も種族的には優れた存在であると口にした事に安堵し、心が暖まるのを感じていた。源吾郎やサカイ先輩と異なり、雪羽は特段邪神に連なる存在ではない。雷獣の名家と言えども、源吾郎の先祖とは見劣りしてしまう。そうした事から、峰白が雪羽を軽んじているのではないかと、源吾郎は勝手に思っていたのだ。

 萩尾丸が咳払いしてから再び口を開いた。

 

「本来ならば、羊力小仙様が本部に謝罪に出向いていらっしゃったときに、君らを紹介するのがスムーズな流れだったのかもしれないとは思っているよ。だけどあの時は八頭衆の皆が集まっていたから、顔合わせなどを行う余裕が作れなくてね」

「萩尾丸。あの時はあの時で黒山羊のお姉様も私たちもピリピリしていたんですから、サカイさんたちを紹介できなかったのも致し方ない事だと私は思うわ」

 

 苦い表情で告げる萩尾丸に対し、紅藤が労うように言い放つ。何処か物憂げな表情で、彼女は言葉を続けた。

 

「身内の不祥事に対してどのように落とし前を付けるかって話と近況報告じゃあ、全くもって話の内容が違うもの。前の……落とし前云々の話は、島崎君や雷園寺君に聞かせるには刺激が強すぎたわ」

「あーらら。紅藤ったら相変わらず過保護ねぇ。まぁでも、綿毛だか産毛だかが抜け落ちたばっかりの仔狐と仔猫だから、そう思うのは致し方ないかもね」

「しかも島崎君も雷園寺君も名家の子息らしく、世間の汚濁を見せないように育てられた節がありますからね……特に島崎君とか」

 

 先の会合は若妖怪たちにはいささか刺激が強すぎた。紅藤の言葉に、峰白も萩尾丸も納得したようだった。

 やり取りを眺めながら、源吾郎と雪羽はそっと顔を見合わせる。サカイさんが見聞きしても刺激が強いって事にはならないのかよ。雪羽の顔にはそんな疑問がありありと記されていた。

 

「雉仙女様。今日は時間を作ってくれて本当にありがとう」

「いえいえこちらこそ。黒山羊のお姉様もお忙しいでしょうに」

 

 午前十時半。二人のツレを伴って来訪した羊力小仙を、紅藤はにこやかな笑みでもって歓待した。

 羊力小仙に挨拶しつつ、源吾郎は彼女のツレをそれとなく観察した。ツレは一組の男女だった。男の方は羊力小仙の弟分である玄三羊だった。羊力小仙と同じく黒づくめの衣裳を身にまとい、捧げ持つように箱を抱えている。但しその顔には生気は無く、憔悴し何かに怯えているかのようだった。頭部から生えた角が若干短くなっているのも、気のせいでは無かろう。

 女の方は見慣れぬ顔だった。光の加減で青緑に輝くウルフカットと、鋭い眼差し、そして細身のしなやかな体躯が何処か欧州の猟犬を連想させた。獣の特徴を見せずに完全な人型を取っていたが、人間ではない事は明らかだ。羊力小仙のツレであるし、何より人間とは異なる気配が彼女から漂っている。かといって、妖狐や雷獣と言った獣妖怪とも違うようだ。強いて言うならば、サカイ先輩に気配が似ていた。

 羊力小仙はと言うと、紅藤の言葉に微笑みながら頷いた。

 

「良いよ良いよ。今日は組織の長とかそう言う堅苦しい事は抜きにして、旧知の間柄として私は雉仙女殿に会いに来たんだからさ。お互い、新入りとか仲間を紹介したい所だろうし」

 

 そこで一旦言葉を切ると、羊力小仙が猟犬めいた女の肩をそっと撫でた。

 

「そうだ。雉鶏精一派の皆に寺田君を紹介するよ。ほらさ、雉仙女様は鋭角の猟犬と繋がりが持ちたいって話していただろう。その事を彼女に伝えたら、是非とも会いたいって言ってくれたから。

 さて寺田君。自己紹介をお願いするよ」

 

 鋭角の猟犬だと称された寺田は、小さく頷いてから口を開いた。

 

「……寺田葎子と言う。先程黒岩殿から紹介があったとおり、鋭角の猟犬になる。道ヲ開ケル者やその眷属は、本来ならばわが一族の敵ではあるが……そこは心配しなくて良い。われら寺田家は、過去の因縁ゆえにこの世界に縛られているのだから。

 それに黒岩殿に紹介されたとあれば、われらが雉鶏精一派と対立するのは道理から外れる事にもなりうるからな」

 

 鋭角の猟犬。ただならぬ種族の名を耳にしたものの、源吾郎はそれほど驚かなかった。寺田は人間の姿に擬態してはいたものの、異形としての気配を隠しきれずにいたからだ。

 寺田の表情がにわかに歪む。匂いを嗅ぎ取ろうとする犬に似た表情を浮かべていた。

 

「……雉仙女殿だったか。われら猟犬とは対立したくないという話だったが、その割には同胞に近しい者を従えているように思えるのだが」

「それってサカイの事ね」

 

 さらりととんでもない事を口にする寺田に対し、紅藤は事もなげに応じた。今日持参した弁当のおかずでも語るかのような軽い調子で、彼女は言葉を続ける。

 

「彼女はすきま女と言う種族なのだそうです。親もすきま女ないしすきま男であるという話を聞いた事がありますが、それならばそもそもすきま女自体が、あなた方猟犬に近い存在かもしれませんわ。

 現に八頭鰥夫と、八頭怪と闘った時も、彼女は鋭角の猟犬を呼び寄せておりましたし」

 

 八頭怪は確かに自分たちの敵でもある。寺田はそう言ったきりだった。サカイ先輩と鋭角の猟犬の関連性については、結局のところ話はさほど膨らまなかった。当事者たるサカイ先輩自身も、詳しい事を知らないからだ。あるいは、知っていたとしても語りたがらなかっただけかもしれない。その辺りは源吾郎には解らなかった。

 話はそのまま、新入りである源吾郎や雪羽の話題へとスライドしていったのだった。

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