九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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黒山羊姫は顛末を語る

「いやはや、鋭角の猟犬のみならず、金毛九尾の末裔に雷獣の仔まで従えているとは。雉仙女様も、ここにきて中々良い妖を手に入れる事が出来たじゃあないか」

「ええ、ええ。島崎も雷園寺も前途有望な若者でして、本当に今後が楽しみですわ。もちろん、サカイも今では主戦力として頑張ってくれていますし」

 

 二人のやり取りを聞いている間、源吾郎はおのれの尻がもぞもぞと蠢くのをこらえなければならなかった。別に生理現象をこらえている訳ではない。紅藤と羊力小仙があまりにも褒めちぎるために、むず痒さを覚えてしまったのだ。

 しかし、こんな事をしていたら雪羽に笑われるのではないか。理性的な考えが脳裏を掠める。おのれの振る舞いについて、上司や先輩にたしなめられるよりも、雪羽に笑われた時の方がダメージが大きいのだ。

 雪羽と目が合う。よく見れば、彼も何処か気まずさと誇らしさと居心地の悪さがないまぜになった表情を見せていた。源吾郎は安堵した。尻尾周りのむず痒さも、少しマシになった気がした。

 羊力小仙たちは、今は雷獣の雪羽の事について話していた。彼の保護者たる三國が農業にも興味がある事に、彼女はいたく感心しているらしい。雷獣の気質と強い攻撃力で見落とされがちであるが、元来雷は農業や豊穣にも縁があるという。

 母ナル黒山羊もまた豊穣を司るという訳だから、その血を受け継ぐ羊力小仙が雷獣に興味を示すのも、まぁ順当な事なのだろう。

 

 さて。ひとしきり紅藤と談笑した所で、仕切り直しだと言わんばかりに羊力小仙が呟いた。その面には相変わらず人懐っこそうな笑みが浮かんでいる。しかしやはり、強大な力を持つ妖怪仙人である事は、底知れぬ雰囲気からうかがい知れた。

 

「久しぶりに雉仙女様と話し込んで盛り上がっちゃったよ。ああだけど、若い妖をほったらかしにして盛り上がっちゃうのは良くないよね。

 だから改めて自己紹介をするよ。雉仙女様や峰白さんたちにはとうに知っている話を繰り返す事になるかもしれないけれど、勘弁してくれるかな」

 

 滅相もない。お姉様のお話は興味深いものですから。謙遜めいた羊力小仙の言葉に、紅藤はにこやかな表情でもって応じた。峰白や萩尾丸、そして胡琉安もその通りだと言わんばかりに頷いていた。

 何処か満足げな笑みを浮かべながら、羊力小仙は自己紹介を始めた。

 まず彼女が語ったのは、自分の名前や時折名乗る変名、そして自身の種族についてだった。つまるところ、彼女は豊穣を司る邪神・母ナル黒山羊の娘なのだ。だからこそ黒山羊姫や黒山羊のお姉様と呼ばれる事もままあるらしい。

 そんな彼女は、羊力大仙と言う妖怪仙人と行動を共にしていたらしい。彼もまた兄貴分二人と共に母ナル黒山羊を信仰しており、それ故に黒い仔山羊である羊力小仙の事を、妹分として迎え入れたのだ、と。

 

「羊力大仙様、いえ虎力大仙様や鹿力大仙様を含んだ三大仙ならば、僕も西遊記で存じております」

「そうだったんだね島崎君」

 

 思わず口を挟んでしまった源吾郎だったが、羊力小仙は淡く優しい口調でもって受け止めてくれた。差し出がましい真似をしたのではないか。萩尾丸あたりからそんな糾弾をされるのではないかと冷や冷やしていたので、彼女の言葉は有難かった。

 

「西遊記を読んで、それで兄上たちの事を知っているとは。島崎君は実に勉強熱心だねぇ」

「やはり島崎は野心家ですからね」

 

 源吾郎が返答するよりも先に、萩尾丸が応じていた。少し困ったような愛想笑いを浮かべながら、彼は言葉を続ける。

 

「親族の意向によって人間として育てられながらも、それでも先祖たる金毛九尾の力を振るうべく虎視眈々とチャンスを狙っていたと、島崎は僕らに事あるごとに言うんですよ。ついでに言えば、父親が学者なので蔵書も多く、島崎自身も時に目を通していたそうです。西遊記や封神演義に関しても、原典やそれに近いものを知っているみたいですし」

「流石に金瓶梅の内容には詳しくないだろうけどね」

 

 雪羽がニヤニヤしながら妙な事を言ったが、聞こえないふりをしてやり過ごした。

 羊力小仙はと言うと、遠くを見るような眼差しを向けながら、ゆっくりと首を揺らしていた。物憂げで切なげな表情だった。

 

「兄らは、虎力大仙様たちは、我らが母ナル黒山羊を信仰し、皆に布教しようと奮起していたんだ。もちろん私も、兄らの力になろうと思っていた――結局のところ、失敗してしまったんだけどね」

 

 西遊記に詳しい源吾郎であるから、虎力大仙たちの末路は知っていた。彼らは、孫悟空との術較べで生命を落としたのだ。妹分だった羊力小仙だけが生き残ったのが何故なのか、源吾郎には解らない。もしかしたら、負け戦になる事を想定し、三大仙のうち誰かが逃げるように命じたのかもしれない。

 

「布教活動の一環として仏教を弾圧していたのが、虎力大仙様たちの運のつきだったのさ。そのせいで、孫悟空に因縁を吹っ掛けられて生命を落としてしまったのだから。でもそんな事は、あの頃の私は……いや私たちには解らなかった。皆まだ若かったからね」

 

 虎力大仙様も、せいぜい四百歳くらいだったんじゃあないか。事もなげに羊力小仙が言い放つ。妖怪であれば四百歳と言えば相当な年齢である。しかし一千歳を超えねば一人前とは言えない妖怪仙人の業界では、四百歳と言うのはまだ若い部類に入ってしまうのだろう。四百年はおろか五十年も生きていない源吾郎は、そう思うのがやっとだった。

 

「兄と慕っていた三大仙の皆様が亡くなられた事で、私は気付いたんだ。いかな自分が母ナル黒山羊の眷属だったとしても、神の真似事は出来ないとね。出来たとしても仮初のものに過ぎず、本当の神に討伐される事もあるとね。だからこそ、私は平穏に過ごす事を望んだんだ。身の丈に合わぬ野望を持たないように心掛けたんだ」

 

 身の丈に合わぬ野望は、自分や仲間の身を亡ぼす。羊力小仙の言葉に、源吾郎は知らず知らずのうちに身を震わせた。この言葉は彼女だけではなく、源吾郎自身にも当てはまる気がしたからだ。

 

「とはいえ、この肉体では感情を制御するのも難しいけどね」

「や、やっぱり、黒い仔山羊の皆様も、人間や妖怪の肉体を得て活動するとなると、意識とか、脳の働きが人間とかに近しくなるんですよね?」

「まぁね。それは私たちの母も同じ事なんだけれど。それにしても、サカイさんは私たちの事についても詳しいみたいだね」

 

 サカイ先輩の言葉に、羊力小仙が顔を綻ばせつつ言葉を紡いでいる。何の事だろうと思っていると、寺田が解説してくれた。母ナル黒山羊やその眷属たる黒い仔山羊は、人やそれに近い姿に変化すると、脳の構造までもが人に近しいものに変質するのだという。そうなると、本来の姿でいる時よりも感情に振り回されてしまうのだそうだ。

 羊力小仙の話も、あるいはそう言う事なのかもしれないと源吾郎は静かに思った。

 しばし笑っていた羊力小仙の視線が、源吾郎たちから逸れた。彼女が見つめているのは、隣に座する玄三羊だ。彼は虚脱したように椅子に身を預けている。

 

「野心を持つ事の愚かしさや、大いなる者を前にした時の無力さは、私は嫌と言うほど解っていた。だけど愚弟は……玄三羊はその事を知らなかったんだ。それこそ若すぎたからね」

 

 言うや否や、玄三羊の横腹を肘で突く。電流でも流されたかのように、玄三羊の身体がびくりと跳ねた。

 

「さぁ玄三羊。今度は君が話す番だ。君が何をやらかしたのか、何で雉鶏精一派の皆様にご迷惑をかける事になってしまったのか。きちんと話したまえ」

 

 幼子に道理を諭すかのようなゆったりとした口調でもって、羊力小仙が告げる。初めから怯え切ったような表情を浮かべていた玄三羊の顔が更に歪んだ。

 

「……羊力大仙様を復活させる事が出来ると、お、愚かな妖怪に唆されたんです。俺も、僕自身も相手以上に愚かだったために、やつの口車に乗って伯洋児を作ってしまったのです」

 

 話題に上った伯洋児自身は、今この場にはいない。時間が巻き戻って仔山羊になってしまった所だから、連れて来てもどうにもならないと判断しての事だろう。

 たどたどしい口調ながらも、玄三羊は続ける。

 

「ああですが……伯洋児が、伯洋児の基になったモノが、本当に羊力大仙様の遺骸だったのかは、今となっては解らないのです」

「アレは羊力大仙様の遺骸では無かったんじゃないかと、私は思うけどね」

 

 にべもなく告げたのは羊力小仙だった。その目つきは険しい。弟分が愚かにも騙され、大それた事をしでかした事に憤慨しているようだった。

 

「だけどただの羊妖怪の遺骸でも無いんだよね。恐らくは、饕餮《とうてつ》の血を引く存在だったのかもしれないと私は踏んでいるんだ。今となっては詮無い話だけどね」

 

 饕餮ですか。源吾郎たちの間から声が上がる。示し合わせた訳でも無いのに、複数の声は重なってシンクロしていた。

 さも感心したように紅藤が言葉を続ける。

 

「伯洋児って妖《ひと》は饕餮の子孫をもとにして作られていたんですね。ええ、ええ。言われてみれば、彼の振る舞いは饕餮らしかったかもしれませんわ」

「強欲で、弱い相手には強気に出るというあの気質だろう? よくよく考えれば、饕餮も私ら黒い仔山羊とも関りがあるとされているから、そう言う意味では身内かもしれないんだけどね」

 

  饕餮については、源吾郎ももちろん知っていた。四凶とも呼ばれる魔獣の一つである。強欲で貪婪な気質の持ち主であり、食べられるものなら何でも食べ、財産を略奪してまで蓄える事に腐心するという。

 しかも略奪の相手は弱い者ばかりであり、強い者には逆らわずむしろ媚を売る事すらあるのだという。出自としては九種いる龍の仔であるとも伝わっているが、貪婪で狡猾な性格ゆえに、四凶として忌み嫌われているのが饕餮だ。まぁ、貪婪な気質ゆえに、悪しきモノを喰らう事を見込んで崇められたりしていたが。

 改めて饕餮についての説明を終えると、羊力小仙は今再び玄三羊の横腹を突いた。

 

「さて玄三羊。今度は君を唆した妖怪たちについて話してもらおうか。あいつらの目的も、結局どうなったかも君は知っているだろう」

 

 問われ、玄三羊は赤べこよろしく頷いた。瞳の表面が潤み、今にも涙がこぼれそうになっている。

 

「俺を唆したのは、化け亀と蜃、要は化け蛤です。あいつらは、龍を捕まえて自分たちの方が龍より優れた存在だと知らしめたかったんです。は、伯洋児も、だから鳥の羽毛を集めようと考えたんでしょうね。鳥の羽は、魚を釣る毛鉤に加工する事が出来るので」

「……それなら、彼らが羊力大仙に目を付けたのも自然な事よね。羊力大仙は確か、小さいと言えども龍を作る術を会得していたんだもの。虎力大仙や鹿力大仙と違ってね」

 

 玄三羊と峰白の言葉に、源吾郎の脳裏は電流が走ったような閃きが駆け抜けた。饕餮。羊力大仙。龍。化鳥の羽毛。バラバラだったものが一つにまとまったような気がした。ついでに言えば、饕餮もまた龍の眷属であるとも言えるし。

 

「それで玄三羊。君を唆した化け亀と化け蛤はどうなったんだっけ?」

「お、俺が……()()()()()()()

 

 血を吐くように言葉を絞り出し、玄三羊はとうとう俯いた。彼の手許にあった箱の蓋が開かれ、中身が露わになる。そこには鼈甲細工と思しき櫛と、白くて丸い碁石が収まっていた。

 玄三羊は項垂れたままもう何も言わない。羊力小仙が言葉を続けた。

 

「ええ、ええ。雉仙女様はもしかしたら、血腥くて野蛮な事をなさったと思ったかもしれないね。だけど考えてみたまえ。やつらは私の可愛い弟を唆し、のみならず羊力大仙様の過去や思い出を冒涜するような事をしでかしたんだ。しかもあなた方にご迷惑までかけてしまっている。彼らには生命を以て清算してもらわなければ割に合わないってやつさ。それで、甲羅とか貝殻は妙に立派な物だったから、細工物にしてみたんだよ。これは胡琉安様たちに受け取ってもらいたい。今回の騒動のお詫びの品としてね」

「成程ね。伯洋児も結局生き残ったからどうなったんだろうと思ったけれど。羊力小仙、あんたもきちっとやる事はやってるじゃない。しかも不祥事の後始末を、事の発端になった弟にさせたんだから立派な物だわ。まぁ強いて言うならば、化け亀の方は生き血とか肉も欲しかったところですけれど」

「峰白のお姉様。そんな欲張った事を仰ってはいけませんよ。黒山羊のお姉様も申し訳ありません……」

「ひとまず、そちらの細工物は我々で受け取りましょう。双睛鳥君も、珍しい品が手に入って喜ぶでしょうし」

 

 玄三羊のように項垂れている訳ではないが、源吾郎は箱の中身を直視できず、ただただ震えあがるほかなかった。羊力小仙の、そして峰白たちの言葉がただただ恐ろしかった。

 唆した妖怪を見せしめとして殺すのはまだ解る。その遺骸を加工して細工物として献上してきたという事がまず恐ろしかった。それ以上に恐ろしいのは、峰白たちも嬉々として受け取ろうとしていた所だった。

 上に立ち権力を振るうには、こうした残忍な事にも慣れなければならないのかもしれない。そう思いながら、恐怖心が滲み出るのを必死でこらえる他なかった。

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