九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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玃猿(かくえん)、ガールズバーを経営する

 おのれの能力を、誰はばかる事なく使えるのは実に気持ちの良い事だ――自宅にして牙城になったマンションを見上げながら、益田悟はほくそ笑んだ。

 悟は今年の夏で二十五になる。世間的にはサラリーマンとして身を立てていてもおかしくない年齢だった。彼自身は、ガールズバーのオーナーを経営している身分だ。商才と親族からの資金援助に恵まれたために、若干二十五にして経営者になる事が出来たと言えよう。ガールズバーの運営自体はまだ半月足らずだから、その手腕は満更でも無いといった所だろうか。ホステスで身を立て女手一つで三人の子供を育てる母の許で育った悟は、別に自分を特段幸福だとも不幸だとも思っていない。だが周囲からは、特に母方の親族からは、悟と弟妹達は、不憫な子だと思われる事がままあった。

 もっとも、彼が持ち合わせているのは商才と資金、そして母方の親族の縁故だけでは無かった。玃猿《かくえん》。人ならざる異形の血と能力を、悟は受け継いでいたのだ。

 その事を知ったのは、二年前の事だった。実の父を名乗る男から、自分の正体と息子である悟に流れる血の因果について語られたのだ。

 実の父親と対面するのは初めての事だった。しかしその男が父親である事、彼が異形である事を、悟は疑わなかった。件の男の風貌は、双子の妹によく似ていた。それこそ、血縁でなければ有りえぬほどに。

 それに玃猿の性《さが》についても、聞いていて違和感を覚えなかった。男しかいないために女を攫い、そして仔を生ませる。仔を生んだ女とは別れる定めである。これは男がしてきた事と、自分の裡に宿る欲求と驚くほど符合していた。

 シングルマザーの母は、自分と妹を産んだ後に、父と別れる事になったという。そして悟の心中には――女たちを侍らせ仔を作りたいという欲求があった。よろしくない欲求だ、こんな事は誰にも相談できないと思っていた。父に会うまでは。

 

「結局のところ、俺たちは種族の性からは逃れられないんだよ。俺だって、お前の母さんとは離れたくなかった。しかしどうしようもなかった」

 

 穏やかな笑みの下に郷愁の念を滲ませながら父は語る。それほど母も不幸では無さそうだけどな。反射的に悟は思ったが、水を差すような野暮な真似はしない。

 だがね。グラスの水で喉を湿らせ、父は言葉を続ける。

 

「しかし倅よ。俺たちの性や欲求は変える事は出来ないが、この社会で受け入れられるように()()する事は出来るんだ。ま、俺は息子と娘が出来たから、それで満足したんだけどな。お前はまだ若いし、そうはいかんだろう……」

「ああ、確かに」

 

 玃猿としての性、そして欲求。これを社会にそぐう形で解消する。父の言葉に、悟もまた笑みを浮かべていた。繁殖のために女たちを侍らせる。奇しくも悟は、そのための案がすぐに思いついてしまったのだ。

 

 そして悟は、思い立ったら吉日とばかりにガールズバーの運営を思いつき、着手した。順調に事は進んだ。進んでしまった。元より水商売を営んでいた母は、息子が事業を継承した事を特に何とも思わなかったのだ。

 ある程度少女たちの信頼を勝ち取った所で、小さなマンションを買って彼女らを住まわせ始めた。それが数か月前の話だ。

 ()()()()は目前に迫っている。しかし悟は焦らなかった。急いては事を仕損じるという言葉を、彼はきちんと知っていたのだ。

 ルームメイトたる少女たちの挨拶を受け、自室に戻る。悟は机の引き出しから、諸々の書類とノートを取り出した。ガールズバー運営に関する計画や今後の案について、思いついた事を書き出していたのだ。何も女の子がいるだけでガールズバーは成立しない。不本意だが黒服のスタッフも雇わねばならないし、用心棒の存在も不可欠だ。しかもスタッフは、女の子も黒服もあっさり退職したり仕事をさぼったりしてしまう。その辺の調整や人員の補填も必須事項だ。

 それに女の子たちも、ガールズバー以外の新たなビジネスを開拓しようとしている。その辺のリスク調整も気にしなければならないが、まぁ概ね順調だろう。

 やはり父さんの言ったとおりだ。満足感と多幸感を覚えながら、悟は微笑んでいた。

 

「さーとるっ」

「わきゃっ!」

 

無防備な時に真後ろから抱き着かれ、子猿のような声を上げてしまった。

 身をよじり、何が起きたのかを確認する。ルームメイトの一人、牛原瑠月《うしつき・るな》だ。彼女はルームメイトたちの中でも特に悟を好いていて、隙あらばこうしてボディタッチを仕掛けてくる。悟としても満更でも無かった。

 

「どうしたんだよルナちゃん。勝手に入って来るなよー。驚いたじゃないか」

 

 怒ったような口調を装いつつ、瑠月の頬を突く。じゃれ合いにじゃれ合いで返され、瑠月も満更でも無さそうな表情を見せた。

 しかし数瞬後には、真剣な表情を浮かべて悟を見つめ返した。

 

「求人情報があったのよ。女の子の一人が、あたしらのやってるお店で働きたいんだって」

「マジか」

「マジマジ」

 

 言いながら、瑠月はさっとルーズリーフの欠片を差し出した。働きたいと志願したであろう女の子と、瑠月とのやり取りが、その紙片には走り書きで記されていた。

 なお、悟のガールズバーでは、働きたい娘が事前に電話で連絡し、その後面談して採用するか否かを決定する形だ。履歴書を出してもらうという事は行っていない。採用する際に、店で用意した履歴書を書いてもらう程度だ。

 そう言う事もあってか、瑠月が書き留めている内容も、必要最小限の事柄だけであった。強いて言うならば、名前と年齢とどのあたりに住んでいるかと言うフワッとした事くらいだ。いや、それでも瑠月は短時間で聞き出せたのだから、彼女の話術は大したものだろう。

 

「んで、今回の娘は古月蓉子《ふるつき・ようこ》って言うんだな」

「うん。そんな名前だったよ」

 

 悟と瑠月は、二人して面接志願者の名前を今一度確認した。

 

「何と言うか、随分と古風な名前だな」

「だよねー」

 

 思った事を口にすると、瑠月もその通りだと頷いた。店では源氏名を使う事になっているから、本名はあまり気にしない。しかし、店に応募する娘たちの多くは、癖のある名前が多い事もまた事実だ。所謂DQNネームやキラキラネームと呼ばれる類である。

 それを思うと、古月蓉子と言うのは、古式ゆかしい名前のように思えた。苗字が古月だからなどでは無い。

 

「ま、一回面接してみてさ、それで入れるかどうか決めようよ」

 

 思案に耽っていた悟に対し、瑠月が告げる。視線を向けると、彼女は茶目っ気たっぷりの笑みを見せながら言葉を続ける。

 

「蓉子ちゃん、話した感じだと真面目な雰囲気だったかな。まー、他の業界ならやっていけそうだと思うけどね」

「あんまり真面目ちゃん過ぎてもしんどいだろうからな」

「とはいえ、電話口と実際に会って話してみるのとだと違う事もままあるしね。そんな訳で、明日の面接はあたしも一緒にいて良いかな」

「もちろん良いとも」

 

 ちゃっかり面接に同席するという瑠月の申し出を、悟はあっさり快諾した。彼女は店舗では女の子をまとめ上げる立場にあるからだ。悟の牙城であるこのシェアハウスでも、女子たちのリーダー格となっているし。

 ともあれ、新しい娘に会うのは悟としても楽しみだった。新たなお相手になるかもしれないからだ。

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