九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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古月蓉子、面接を受ける

 牛原瑠月《うしはら・るな》から面接希望の電話があったという報せを受けた翌日。面接希望者たる古月蓉子は、升田悟の事務所に来ていた。時間にして午後三時半の事である。面接自体は、午後四時から予定していたのだ。

 他の業種はさておき、悟の職場では夕方からの面接はさして珍しいものでは無かった。ガールズバーの店員である事を考慮すれば、夕方の四時と言う面接時間はむしろ早いほうかもしれない。採用した娘は、そのまま体験入店という形で働く事も珍しくないのだから。

 もっとも、時間に関しては瑠月が融通してくれたので、悟自身が積極的に決定した物でも無いのだが。

 

「初めまして、お邪魔します……」

「こちらこそ初めまして。どうぞ掛けてちょうだい」

 

 ありがとうございます。座っても良いという悟の言葉に、古月蓉子は一礼してからようやく着席した。彼女は悟や瑠月と共に部屋に入ったのだが、さっきまでずっと立ったままだったのだ。

 隣にいた瑠月が、思わせぶりな眼差しを一瞬こちらに向ける。育ちの好さそうな娘だと、心の中で呟いているのが悟には解った。面接に来る若者――接客する女の子のスタッフだけではなく、黒服として雇う青年もだ――の大半は、わざわざ悟が呼びかけずとも、勝手に座っているのだから。

 

「古月蓉子、さんですね」

「はい」

 

 はきはきとした物言いで蓉子は応じる。そんな彼女の姿を、悟は抜け目なく観察した。彼女は薄い水色のワンピースの上に、紺色のカーディガンを羽織った姿だった。フォーマルな平服ではないにしろ、落ち着いた服装ではある。カーディガンもワンピースも、ブランド物では無さそうだが安っぽい訳でも無いし。

 もっとも、見た所二十歳前後と言った感じであるし、それくらいの歳の小娘が、ハイブランドの衣裳で身を固めていたら、それはそれで不自然ではあるのだが。

 身持ちの堅そうな、真面目で清楚な娘。悟の抱いた、古月蓉子への第一印象はおよそそのような物だった。ガールズバーなどでは無く、パン屋の売り子や書店員と言った堅気の仕事の方が似合っているような雰囲気が彼女から漂っていた。

 しかし一方で、生真面目で身持ちの堅い娘ほど、堕ちる所まで堕ちていく傾向にある。扱いさえ間違えなければ、真面目でお堅いタイプの娘とて、こちら側に引き込む事が出来るのだ。

 瑠月と目配せしつつ、悟は即座に考えを巡らせた。相手にはそんな事はおくびにも出さずに、にこやかな表情でもって語り掛けた。

 

「今日はシルバーコングへの面接に来てくれてありがとう。早速だけど、うちで働こうと思った理由について教えてくれないかな」

「率直に言うと、古月さんみたいな娘がうちみたいな業種の店で働こうとしているっていうのが、中々イメージできないのよね」

 

 悟が質問をしているその横で、瑠月が口を挟んだ。悟も蓉子も、ぎょっとした表情で彼女に視線を向けた。瑠月がどのように話すかについては、彼女自身の裁量に任せてはいた。しかし面接が始まった所で、敢えてこんな事を口にするとは。

 一方の蓉子も、瑠月の言葉にはひどく驚いたと見える。瞳が揺らぎ、まつ毛が小刻みに震えるのが悟には見えた。

 

「ええと、やっぱり、私みたいな人って、シルバーコングには向いていないんでしょうか」

 

 か細い声で蓉子は告げる。この世の悪事と不正は、自分の存在によってもたらされてしまっているんだ――哀れにも愚かにも、そのように思い込んでいるかのような表情を、彼女は悟たちに見せていた。

 蓉子の表情にぐっと来るものを感じつつ、さりげなく瑠月を睨みつける。単に真面目でお堅い娘かと思っていたが、少し情緒不安定な所もあるのだろうか。先程は余計な事を口にしたなと瑠月に対して思ったが、蓉子の隠された本性を暴くためであるのなら、満更悪くはない。

 

「いやいや、そんな事は無いよ」

 

 恵比須顔を使って、悟は何度も頷いてやった。

 

「古月さん。まだ面接は始まったばかりだから、君がうちに向いていないだなんて、そんな事を決めつける材料なんて無いよ。それにうちはガールズバーなんだ。世間ではキャバクラとかと一緒くたにされるけれど……キャバクラよりも気軽に働けるかな。ちょっと接客が多い、居酒屋や喫茶店と殆ど変わらないんだからさ」

「ガールズバーって、喫茶店や居酒屋と似通っているんですね」

 

 なだめるつもりで発言した悟だったが、蓉子は彼の言葉に喰いついた。喫茶店や居酒屋と言う、絶妙な部分ではあったけれど。

 蓉子はしかし、その顔に何処か嬉しそうな、そして得意げな表情を浮かべ始めた。

 

「それなら少し安心しました。私、喫茶店や居酒屋のウェイトレスなら何度かやった事がありますので」

 

 一旦そこで言葉を区切り、蓉子は思案顔を浮かべつつ言い足した。

 

「……確かガールズバーって、男性の方と接客する事もあるんですよね」

 

 まぁね。蓉子の言葉が終わりきらぬ所で、瑠月が再び横槍を入れた。心なしか、瑠月の蓉子への眼差しや言葉は何処か手厳しい。ガールズバーに相応しい人物だと思えないからなのだろうか。あるいは、悟が蓉子に興味を持っていると思い込んで、嫉妬しているからなのだろうか。

 いずれにしても、瑠月の心中は解らない。玃猿《かくえん》の血を引く異形と言えども、心を読む能力などを、悟は持ち合わせてなどいない。

 悟が瑠月の考えに思いを馳せている間に、女同士で話は続いていた。

 

「でもあんまりしつこい客がいたら、あたしや黒服のおにーさんたちが注意して、場合によっては出禁にする事もあるから。古月さんもそんなに心配しなくて良いよ」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私も男の人のあしらい方なら多少は心得ています。ウェイトレスになりたての頃に、男の子に……いえ男の人に絡まれた事がありますので」

「それはまぁ、大変だったのね」

 

 指を組み、もじもじと語る蓉子に対して、瑠月は軽い口調で応じていた。同性への同情や憐憫は微塵も感じさせない物言いだった。

 彼女は何故ああも古月蓉子に対して不躾な態度を取るのだろうか。気が付けば、悟は瑠月の言動に苛立ちを覚えてすらいた。彼女の事はお気に入りの一人のはずなのに。

 古月さん。雑念を振り払うように、悟は蓉子に呼びかける。身を震わせる彼女を正面から見つめ、採用する旨を彼女に伝えた。瑠月も蓉子も驚いていたが、驚きの念の根っこにある物は互いに異なっていた。

 

「店長! まだ古月さんとの面談は始まったばかりでしょ。職歴とかお酒を飲めるかどうかとか、そうした大事な事をまだ聞いていないのに、それでも採用するって決めちゃうんですか」

「それはこれから聞く所だよ」

 

 ポメラニアンよろしく吠えたてる瑠月に対して、悟はもごもごと弁明した。本来であれば、それらの事を確認してから採用すると伝えるつもりだった。しかし今は、誰あろう瑠月がピリピリした態度を見せていたから、先に採用すると言ってしまったのだ。

 もちろん、こんな事を言っても彼女は納得しないだろうから、敢えて口にはしないけれど。

 きょろきょろと視線を動かし、悟は弁明の言葉を絞り出す。

 

「だけどね瑠月。俺だってもうシルバーコングの運営を始めて三年は経つんだ。君も知っての通り、もう女の子の言動とか立ち振る舞いとかで、うちに合うかどうかは大体見当は付くようになっている。そう言う観点で見れば……古月さんはうちでやっていけそうだと思っているんだ」

「色々理由を付けてるけど、古月さんに惚れたからだったら承知しないよ」

 

 そう言って瑠月は鼻を鳴らす。女の面倒臭い所が噴出したな。悟は頭を抱えたくなった。

 しかしここで思いがけぬ事が起きた。惚れたという瑠月の捨て台詞に、蓉子が反応したのだ。

 

「升田さんでしたっけ。私なんかに惚れてくださるなんて……嬉しい限りです」

 

 嬉しい、などと口にはしていたが、蓉子の顔には申し訳なさが浮かんでいた。きっと彼氏の一人や二人いるのだろう。それとなく聞いてみると、蓉子は悪びれずに頷いた。寂寥感をその顔に浮かべながら。

 

「ええ、確かに私には恋人はいます。ですがあの人は仕事に打ち込んでいて……きっと仕事を恋人にしていると今では思っているのかもしれません。何せ、『私と仕事、どちらが大事なの』と聞けば、迷わず仕事だと言い張るでしょうし」

 

 蓉子の言葉に、いがみ合っていた事も忘れて悟と瑠月は顔を見合わせた。妙に古典的なフレーズが若い娘から飛び出してきた事に、思わずツッコミを入れたくなった。その一方で、彼女を丸め込むのは容易だと気付く事も出来たのだ。

 彼氏がいるものの、相手が仕事に打ち込んでいるから寂しさを持て余している。もしかしたら、ガールズバーで働けば、心の中に巣食う虚無感を忘れる事が出来るかもしれない。そんな考えでもって、彼女は悟の許を訪れたのではないか。

 ならばなおの事、彼女は悟の許から逃れたりしないだろう。瑠月に気付かれぬように注意しつつ、悟はほくそ笑んだ。

 

 その後も、悟と瑠月は蓉子から話を聞き出したり、彼女の話に耳を傾けたりして面談を続けた。

 そこで知ったのは、ガールズバーで蓉子が働く事を彼氏も容認している事、蓉子自身は舞台演劇で身を立てようとしていたが上手くいかず、彼氏もそれに苛立っている事などだった。また飲酒に関しては、下戸ながらもある程度は嗜むという事だった。蓉子は既に二十歳であり、法的にも飲酒は可能なのだ。

 後はさほど重要な話ではないかもしれないが……蓉子が白鷺城界隈の出身であるという事も悟は知った。悟は白鷺城界隈の出身ではない。しかし小学生から中学生の間の六、七年間は白鷺城界隈で暮らしていた事もあった。よくよく聞けば、出身中学校も同じだったようだ。

 

「そっか。僕も子供の頃は姫路にいた事もあるけれど、蓉子ちゃんは姫路の出身だったんだ」

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 そう言うと、蓉子は何処か含みのある笑みを浮かべてみせた。郷里の話で盛り上がったから、幾らかいい気分になっていたのかもしれない。

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