九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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 前話に引き続き、暴力的な表現があるのでご注意願います。


九尾の末裔、大いに笑う

 古月蓉子だったモノの咆哮は一度きりでは無かった。突然の変貌に戸惑う悟たちを嘲笑しながら、それは何度も何度も吠えた。その吠え声は、赤ん坊の泣き声に、あるいは発情した猫の啼き声に似ていた。

 おぎゃぁあああ、と吠えるたびにソレの姿は変質していく。獣頭人身だった姿から毛皮の生えている範囲が増えていった。人めいた手足も鉤爪が生え毛皮に覆われ、獣のそれへと変化していく。

 そして今、ソレの姿は完全な獣の姿となっていた。白銀のふさふさとした毛皮や尖った鼻面、二等辺三角形に近い耳などは、イヌ科の獣の特徴を示していた。しかし悟には、古月蓉子と名乗っていたモノが、どのような獣であるのか見当がつかなかった。犬や狼であるとしても、ソレは余りにも巨大だった。レトリバーやジャーマン・シェパードなどの大型犬よりも、二回りほど大きいのだから。しかも尾は細長く、四本もあった。

 何処からどう考えても、悟の知る生き物とはまるきり異なっている。いや――この手の存在は、最近知ったばかりではないか。半獣のカマイタチに人間に身をやつす化け犬。古月蓉子だったモノも、それに類するものではないか。

 

「お化け、化け物だ――!」

 

 悟は叫んだ。恐怖にかられた絶叫ではない。その意味合いもあったが、用心棒たちに古月蓉子だったモノの正体を報せる役目も帯びていた。少なくとも、悟自身はそう思っていた。

 そもそも彼らは異形を従えていた。更に言えば、悟に異形が身近な存在であると教えたのも彼らなのだ。だからこそ、この巨大なイヌ科の異形をどうにか出来るだろうと考えたのだ。

 雷撃に似た爆音が炸裂する。銃声だった。半グレだか暴力団の末端だか定かではないが、用心棒は悟の報せなど待っていなかった。自分で考え、化け物を射殺すべくピストルを構えたのだ。こんな時にも銃を携えているという事に、悟は恐れおののいたが。

 だが――銃の一発で化け物を仕留められるのならば、苦労などしない。

 化け物は無傷だった。弾丸が貫いたのは化け物の脳天や胸ではなく、白い壁に過ぎなかった。

 

「銃刀法違反を堂々と仕出かすとは恐れ入る。ふふっ、私を仕留めようとして銃を撃ち続けるのならば、傷害罪や殺人未遂も追加されるかもしれないなぁ。流れ弾で、諸君のお仲間や隣にいる娘さんがとばっちりを喰らう可能性だってあるんだからさ」

 

 化け物の発言に、悟たちはまたしても驚き硬直してしまった。先程まで奇怪な啼き声をあげていたそいつは、同じ口で人間の言葉を放ったのだから。しかも話の内容や物言いには理知的な雰囲気すら漂っている。

 目の前のイヌ科めいた畜生は、しかし見た目以上の知能と知性を具えているのか。悟はぼんやりと思った。もっとも、古月蓉子という娘に成りすまして数日間過ごしていたのだから、知能は高いのだろう。それとも、何処かの段階でこの化け物が古月蓉子に成り代わったのか。

 考えれば考えるほど、何がどうなっているのか解らなかった。

 

「抜かせ、畜生が!」

 

 吐き捨てるような叫びと共に、再びの銃声。用心棒は憎々しげに化け物を見やりながら、何度も銃を撃つ。

 

「人間サマの法律に詳しいですね、と俺たちが褒めるとでも思ったか? 貴様には褒美なんぞよりも鉛の弾の方がお似合いだぜ!」

 

 しつこい雷鳴のように、何度も銃声が轟いた。しかし鉛の弾丸は、一発たりとも化け物の身体を貫く事は無かった。化け物は既に後ろ足でベッドを蹴って跳躍し、その勢いのままに弾丸をかわしていた。

 いや……軌道上化け物に命中するはずの弾丸すらも、奇怪な弾かれ方をして、異なった所に風穴を開けていた。壁や窓、そしてベッドの上に置かれた枕などに、だ。

 銃声は既に止んでいる。弾切れを示す、乾いた音が響くのみだ。躍りかかった勢いそのままに、化け物が銃を持つ用心棒の両手をおのれの前足を振るって叩いた。押し殺したような悲鳴と共に、銃が男の手から離れる。

 

「……拳銃みたいなオモチャなんぞで、私を仕留められると思うな」

「くそっ、くそが……」

 

 勝ち誇ったように化け物は語る。用心棒たちは怯え、あるいは歯噛みしながらそいつを睨むほかなかった。悟もまた、どうするべきなのか解らず化け物を眺めるだけだ。少しだけ理性が戻り、瑠月が無事かどうかが気になった。

 目で探すと、瑠月はちゃっかりベッドの脇に伏せて、石ころのようにじっとしている。この場にいる人間たちの中で、彼女が一番冷静に振舞っているように見えた。

 と、スタジオのドアが勢いよく開かれた。やって来たのは化け犬と化けイタチの異形である。こっそり用心棒の一人が抜け出して、彼らを呼びに行っていたらしい。

 若く気弱そうなチンピラは、既に半獣の特徴を具える化け犬たちに、へどもどしながら説明していた。

 

「すんません兄さんたち。何か、よく解んないんすけど、マシラの野郎が連れてきた女の子の一人が、見ての通りキツネか何かの化け物だったんすよ。おたくらは、見ての通り化け物には詳しいっすよね。だからその……いつものようにサクッと捻ってくれませんかね」

 

 化け犬たちもまた、青年と犬めいた化け物とを交互に眺めていた。途中から、射抜くような眼差しを悟にも向けてくる。

 やがて化け犬は、渋面を浮かべて舌打ちした。

 

「あいつを誰が連れてきたかは今となってはどうでも良い。しかしあんたら……とんでもねぇやつを敵に回したな」

 

 悟の額からは、今や脂汗が流れていた。恐ろしい異形だと思っていた化け犬たちをして、「とんでもねぇやつ」と言わしめたような相手なのだから。

 化け犬は尚も言葉を続けた。

 

「折角だから教えてやるよエテ公。あいつは化け狐、それも玉藻御前の子孫の中では最強とうたわれる男・島崎源吾郎だ!」

 

 あんなのは敵に回せんぞ。島崎源吾郎と言えばインテリぶった小僧じゃなかったか。何だってこんな所にいるんだよ。化け犬と化けイタチ、そして用心棒たちや男優などが何事か言っている。彼らの声を、悟はノイズとして半ば聞き流していた。

 

「アレが島崎源吾郎だと! それは本当なのかよ!?」

 

 驚きの念が、言葉となって口から飛び出してきた。用心棒や化け犬どものドロリとした眼差しが、悟の顔に注がれる。

 

「なんだマシラの兄さん。まさかあいつを知っているのか」

「……中学が同じだったんだよ。しかもタメで、同じクラスだった事もある。今、思い出した所だけど」

 

 悟の話を聞き終えると、用心棒は忌々しげに舌打ちした。島崎との関係性について、はぐらかしたりしらを切ったりする事は思いつかなかった。そもそも彼の名を聞いて、動揺してしまったのだ。そこでもう隠し通せないと開き直ったのだ。

 

「猿と狐が通っている中学校ってのは、それはもう動物園なんじゃあないのかい」

「いや、あれはやつの本来の姿じゃあありませんぜ。本来の姿は人型なんすよ。九尾の狐の子孫といえども、所詮は人間の血を引く半妖なんで」

 

 島崎も半妖だったのか。見下したかのような化けイタチの言葉を聞きながら、悟は島崎源吾郎の姿を思い出していた。意外としっかり覚えているものなのだなと、おのれの記憶の濃さに人知れず感嘆する。

 中学生だった頃、悟は島崎と仲が良かった訳ではない。しかしある意味印象に残る存在だった。世間知らずの、鼻持ちならぬお坊ちゃま。悟が島崎に対して抱いた印象は、およそこのような物だった。

 

「……それで、どうなさるんです?」

 

 追憶に耽る悟の意識を現実に引き戻したのは、皮肉にも島崎の呼びかけだった。彼の声は、獣らしい猛々しさも、異形めいた不気味さとも無縁だった。お上品に振舞いつつも、余裕ぶった態度が垣間見える声だ。あいつの性根は、中学生の頃から変わっていないのだ。悟は反射的に思った。

 

「あなた方が闘うのは僕一人といえども、こんな所で互いに大暴れしても得る物はありません。それならば――」

「おいクソギツネ。貴様の言葉を聞いて、俺たちが大人しく『はいそうですか』と頷くとでも思ったのかよ」

 

 島崎の言葉を遮り、化けイタチが吠える。彼の両前足は既に鎌になっており、臨戦態勢である事が伺えた。

 

「お前、まさか――」

 

 化け犬が狼狽えた様子で化けイタチににじり寄る。半身をよじり、化けイタチは化け犬が近づくのを振り払おうとしていた。

 

「兄貴も犬妖怪なのに、狐相手に怖気付くなんてらしくないぜ。ま、兄貴が闘る気が無いんなら、そこで指でも咥えて見ていて良いんすけど」

 

 言うや否や、化けイタチの姿がブレた。彼が小さなイタチの姿へと変貌し、更に高速で移動しているからそのように見えただけの話だ。

 カマイタチは勿論、四尾の狐に、島崎に向かって進んでいる。鋭い鎌を持つ前足が、島崎の身体を切り裂かんと振り下ろされた――ように見えた。

 

「!?」

 

 切り裂かれた物から溢れ出たのは、血ではなく羽毛だった。島崎だと思って化けイタチが突っ込んだのは、何と枕の一つだったらしい。さしもの化けイタチも、虚を突かれた様子を見せていた。

 次の瞬間、枕から溢れ出る羽毛の一枚一枚が、それぞれ小さな鳥の姿に変貌した。それも鋭い嘴と針のような羽毛を持つ、異様な姿の鳥である。針の羽毛を持つ鳥の大群は、そのまま化けイタチとついで化け犬へと殺到していく。

 

「うわ、何だ。何だよこいつら……」

 

 思いがけぬ奇襲に、化けイタチも戸惑いの声を上げた。この小鳥は切り裂いても潰しても死ぬ事は無く、しかも攻撃すればするほど増えるようだった。

 そうして鳥たちにかかずらっている間に、何処からともなく狐の姿が顕現する。狐は、島崎は何かを振るったようだった。化けイタチも化け犬も何故か縄で拘束され、地面に付している。その頃には既に、どちらも本来の姿を露わにしていた。化けイタチは薄茶色の毛並みの持ち主で、イタチというよりもむしろフェレットのように見えた。化け犬はもっと野性的で、狼を想起させる姿だ。

 そして化け狐の姿を取っていたソレも、古月蓉子と名乗っていたソレも、ゆっくりと本来の姿に戻る。

 そいつの本来の姿は、若い娘でも巨大な狐でもない。四尾を腰に生やした、のっぺりとした面立ちの小柄な青年だ。

 青年はやはり、化け犬の言う通り島崎源吾郎だった。出会うのは八、九年ぶりであり、互いに既に成人している。それでも往時の面影は多分に残っていた。

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