アタシだって、初めから引き受けるつもりじゃあ無かったよ。
いったんあずまやに戻ったラス子は、三匹の獣妖怪たちに事情を説明した。男の子が口にしたきなこというのは、飼いウサギの名前だった。散歩の最中にウサギが逃亡してしまったのだそうだ。それで血眼になって、母や妹と共にウサギを探している最中だったのだ。その時に「かしこそうなお姉ちゃん」を見かけたので、一緒に手伝ってくれるのではないかと思ったらしい。
ラス子の説明が終わるや否や、管狐のメメトがため息をついた。大体は物憂げな微笑を浮かべているはずの彼女は、今は何故か険しい表情を見せている。まるでラス子の判断を咎めているかのように。
「……それでラス子。あなたはウサギを探している親子が裕福そうで金払いが良さそうだから、ウサギ探しの依頼を引き受けた。それで良いですかね」
「ああ、そうさ。そうだよメメト姐さん。金払いの良いやつの依頼を引き受ける事は悪い事じゃあないだろう。それに姐さんのお陰で、アタシは別に獣妖怪だってバレなかったし」
但し高校生ほどの娘かと思われて疑われたが。ちなみに今は平日の昼日中である。学生ならば学校に通い、勤め人ならば仕事に勤しむ時間帯だ。野良妖怪であるラス子たちには無関係な話だけれど。
「時は金なり」
「――?」
意味深な様子で放たれたメメトの言葉に、ラス子を含め三匹の獣妖怪が目を丸くする。メメトはここで、得意げな笑みを浮かべた。
「本来の意味であれば、時間は金と同じだからないがしろにしてはいけないという意味になるでしょうねぇ。だけどラス子の話を聞いているうちに、二つ目の意味が、私の頭の中に浮かんできたのです。すなわち、目先の利益や欲に飛びついて大損をすれば、遠い未来に約束されていた成功を喪うかもしれないって言葉ですよぅ」
まだるっこしい意味じゃあないか。皆の意見を代表するかのようにタマキが叫ぶが、メメトもラス子も気にしなかった。
今一度表情を引き締め、メメトが言葉を続ける。
「ラス子。私がここまで言うのは、厄介事に巻き込まれそうな気配を嗅ぎ取ったからですよぅ。厄介事だけならまだ良い方で、下手をすれば生命に関わるかもしれない」
「言うてウサギ探しだよ。何だって生命に関わるような事になるのさ」
「普通のウサギなら良いんですけどねぇ。仮に相手が玉兎だとしたら、色々と厄介な事になりますよぅ」
玉兎とは月のウサギだが、それならば何故厄介な事になるのだろう。ラス子は不思議に思ったが、さりとて問いかけるつもりは無かった。
せっかちなラス子は、既に焦れていた。金持ちでアホそうな親子が飼っているウサギを探し出し、彼らのもとに連れ戻す。親子は感動しウサギも安堵しラス子も懐が潤う。三方よしの関係であるし、メメトも手伝ってくれると思っていた。
しかし実際にはどうだ。メメトは玉兎がどうとか生命に関わるなどと言って、苦言を呈しているではないか。ウサギ探しに関わる気配ではない事は伝わってきた。メメトはラス子以上に賢く、用心深いのだから。
だがここで、親子に「やっぱりウサギ探しは出来ません」とも言う事は出来ない。十年ほど前なら、苦も無くそんな事をやっていただろう。しかし今はラス子一人ではない。妹分のユーリカがいる。弟分にして悪友のごときタマキもいる。昔ほど自分勝手に振舞えなくなっている事を、ラス子は解っていた。
「ああ、構わないよメメト姐さん。厄介事に関わりたくないんなら、ね。でもアタシはもう親子に約束しちまった。あの三人も待ってるだろうから、一旦向こうに行くよ」
ラス子の言葉に、メメトは遠慮なく笑った。
「おやおやラス子ちゃん。せっかちはいけませんよぅ。私は厄介な事になるかもしれないと言っただけであり、協力しないとは一言も言ってませんが?」
「え、何……」
「私も話を聞いてしまったんですから、微力ながら協力しますよぅ。利用し合う間柄のラス子ちゃんがいなくなると、私も寂しくなりますからねぇ」
「姐さん……」
ラス子はまず驚き、それから頬を緩ませた。心強さと、メメトが自分たちを妹分として愛している事を、彼女の言葉から読み取ったためだ。メメトは素直に、他妖に対して情愛の念を示す事は無い。性根が腐った輩のように振舞うのだ。
しかしラス子は知っている。メメトの性根は腐っていない事に。彼女は大切な者を作る事、その者から心底愛される事を恐れている。ただそれだけの話だ。
「それにラス子ちゃんだけだと、女子高校生に間違えられて怪しまれたと思うんですよぅ。その辺のフォローは、私もしますんで」
「そんな事まで解ってたのかい」
「術を使わずとも、ウサギの飼い主との話は聞こえてましたからねぇ」
暇な時を見繕って、大人の女に変化する術でも練習した方が良いのだろうか。変化術と言えば、島崎のボンボンに頼れば良いのだろうか。颯爽と歩を進めるメメトの隣で、ラス子の頭には取り留めも無い考えが浮かんでは消えていった。
気付けばメメトだけではなく、タマキやユーリカも同行していた。その上で、散歩の最中に失踪したウサギのきなこについて母親から話を聞く事となった。クリーム色の毛並みにブドウ色の瞳が特徴的なのだという。
このカラーリングのウサギは、ここ最近は多いのだと母親は教えてくれた。従ってきなこである特徴は、オレンジ色のハーネスと、胸の部分にある白い差し毛らしい。差し毛が三つあるのだが、どういう塩梅か白い三角形を描いているようになっているのだそうだ。
※
「ラス子ちゃん。報酬は四対六で構いませんね? もちろん四が私で、六はラス子ちゃんたちお三方ですよぅ」
「うん。アタシゃそれで構わないよ。ユーリカとアタシは一緒だし、タマキにゃあ二分の五あれば十分だろうからさ」
「ええっ。俺の取り分が少ないじゃないか」
不満でもあったのか、タマキが頓狂な声を上げる。それから前足で鼻の付け根を掻き、ラス子たちを一瞥しながら言葉を続ける。
「それにしてもメメト姐さん。俺たち、何で狸の姿に変化しないといけなかったんですかね」
ラス子たちは今、人型ではなく獣の姿になっていた。但しメメト以外の三者は本来の姿ではない。狸の姿に変化していた。化けアライグマ、フェネック妖狐、ハクビシン妖怪の三者が、である。
獣の姿は、確かに人型よりも維持しやすいし妖力の消耗も少ない。しかしそれならば変化を解いて本来の姿でも良かったのではないか。イタチめいた本来の姿を取るメメトを見ていると、ラス子たちの心中に疑問が湧き上がってきた。
「私はイタチに近いから尻尾を誤魔化せば、単なる獣に成りすます事が出来ます。ですがお三方は、本来の姿だと目立ちすぎるのですよぅ。ハクビシンは良いとして、この国には野生のフェネックもアライグマもいませんからねぇ。
翻って、狸は野生動物でありながら街中でも見かける事の出来る獣なのです。人間たちに怪しまれぬよう、尚且つ自身の力をフルに近い状態で使えるようにするには、狸への変化が一番なのですよぅ」
狐や野良犬は、私が若い頃よりもめっきり減りましたからね――言い添えたメメトの言葉には、いくばくかの寂寥感が込められていた。彼女はかれこれ九十年近く生きているという。五年くらいしか生きていないタマキやユーリカよりも、半世紀も生きていないラス子よりも、うんと知識は蓄えていた。それでも妖怪的には小娘の範疇に収まってしまうのだから、妖怪の世界は恐ろしい。
「ね、野良猫じゃあだめなの?」
「――玉兎探しに、野良猫はいけません」
ユーリカの問いに、メメトはまたしても険しい顔となった。
「いえ、玉兎自体は犬猫も狐狸もイタチも気にしません。ですが土星猫は……彼らの敵は猫を敵視しているんですよぅ。彼らを刺激するのは危険なので。取り敢えず進みましょうか」
メメトの号令によって、獣たちは動いた。縦一列には並ばずに、単なる獣であるかのようにまとまりあって進んでいく。メメトは既に、きなこの気配が残った物をあの親子から受け取っている。遺物の気配とウサギ自身の気配を辿れば見つけ出せるはず。ラス子はそのように思っていた。