九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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 一部残酷描写があるのでご注意くださいませ。


地上の獣と星のケモノ

 四匹の獣は、誰はばかることなく街中を駆けまわった。歩道の端を疾駆し、塀の上を駆け巡り、時に屋根から屋根へと飛び移る。中々に派手な動きだった。イタチと狸という、ありふれた獣に変化した意味は、あんまり無かったのかもしれない。

 しかしここは思慮深く狡猾なメメトが率いている一団だ。彼女はしっかり認識阻害も薄く展開していた。それ故に、獣たちは鳩を驚かせたり飼い犬に吠えられたりしたものの、人間どもの注目を惹く事は無かったのだ。注目を惹いていたならば、撮影されSNSにアップされ、まぁ厄介な事になっていただろう。

 

「……!」

 

 先頭を走るメメトが、ふいに足を止めた。塀の上で四肢を突っ張らせ、小さな鼻をうごめかせて何かを探っている。

 ラス子もまた、彼女に倣って鼻を動かす。匂いを、気配を探すのは難しかった。様々な匂いが混じり合っていたからだ――アスファルトの匂い、生ごみの匂い、草木の匂い、そして血の臭いだ。

 

「はっは。管狐の嬢ちゃんよ、目当てのウサギは見つけたかい」

 

 老獪な大人の男の声が、ラス子たちの鼓膜を震わせた。声の主は、イタチ姿に変化したタマキだ。いや、厳密に言えばタマキ自身ではない。かつて彼が取り込んだという化けテンの声だった。化けテン自身は自動車事故で世を去ったのだが、タマキに肉を喰われた事で、魂の一部が彼の中に留まっているらしい。つまるところ、特殊なケースの二重人格と言っても問題は無い。

 土星猫とやらと闘うかもしれないというメメトの言葉を受け、タマキは肉体の主導権を兄貴分らしい化けテンに譲っていたのだ。

 さてメメトはというと、一度鼻を鳴らしてから頷いた。

 

「ええ。すぐ近くにいますよぅ。ただ……お楽しみの最中なので、突入したら我々も巻き込まれますが」

「やっぱりアタシらは、ろくでもない連中にぶち当たる運命なのかね」

「小娘。今回の依頼を引っ提げてきたのはお前だろう。弱腰になってどうするつもりだ。悪党らしくもない」

「小娘はよしな。せめてラス子と――」

「皆、何かが来る!」

 

 軽口を叩き合うラス子たちに、メメトが警告を発した。琥珀色の目を見開き、普段隠している三尾を顕現させながら。

 ラス子はユーリカの首根っこを掴んで背中に乗せ、タマキの身体を操る化けテンは、横っ飛びで老樹の枝へと駆けあがった。

 

「ガハッ……グウゥ、シュウゥ……」

 

 メメトの警告と、ラス子たちの警戒ぶりとは裏腹に、そいつはひどくゆったりとした足取りでもってこちらに歩み寄って来る。とはいえ、敵意や悪意めいたものはひしひしと伝わって来る。油断禁物であった。

 何より、そいつの異様な姿に、ラス子の思考は一瞬フリーズしてしまった。

 姿を現したそれは、ラス子の知るいかなる獣とも異なっていた。強いて言うならば猫に似ているだろうか。しかし普通の猫よりも遥かに大きく、しかも毛皮は触腕とギラギラと輝くガラス玉やスパンコールめいたものに覆われている。目はスーパーボールのように丸く、底知れぬ悪意をたたえていた。

 痰が絡んだような唸り声を、そいつは上げる。ラス子たちの事は、獲物ないし敵であると認識している事は伝わった。獣の勘だ。

 

「グググ……貴様らも、あのウサギ共の援軍か」

 

 腹部から血を流しつつも、そいつは身体の側面から伸びた触腕を振り上げる。振り下ろされる前に、ラス子は跳躍して斜め後ろに飛びずさる。ユーリカがぎゅっとしがみつき、背中の皮が適度に引っ張られる。触腕の振るわれたアスファルトは見事に抉れていた。

 

「まぁ良い。地上にいる獣共は殲滅するつもりだ。貴様らも、大人しく殺され――」

 

 二、三本ばかりの触腕を振り上げ、獣はラス子たちに向かってこようとした。しかし彼の言葉は途切れ、けつまずいたようにその場に転んだ。

 触腕ときらめく体表に覆われたそいつは、背後から殴打されたようだった。やつの頭をぶん殴ったのは、一羽のウサギだった。返り血にぬめる棍棒を、両前足でしっかりと抱えている。クリーム色の体毛にブドウ色の瞳。黄色いハーネスと三角形の星模様は無かったが、それ以外はきなことほぼ同じだった。

 頭を殴り倒されたそいつは、まだ生きていた。首を曲げて悪態をついていたようだったが、ウサギは五羽、六羽と姿を現す。ウサギたちはさも当然のように、異形の獣を取り囲み、袋叩きにしていた。ウサギは丸腰ではなかった。杵めいた棍棒を持つ者もいれば、自作の釘バットを持つ者もいた。刃物や小銃を携えた者すらいた。

 彼らはラス子たちなど一顧だにせず、触腕を持つ極彩色の獣に攻撃を加えていた。殴打し、触腕を切り裂き、急所に銃を撃ちこんでいた。獣の毛皮は硬いらしく、彼らも傷を与える事に難儀していたらしい。

 ああしかし、獣は傷を負っているし、急速に死に向かっている。匂いだけでもラス子はそれが解った。

 

「あ、あのウサギがきなこじゃあないですか」

 

 探していたウサギのきなこを発見した時には、奇妙な獣は既に死んでいた。しかしそれでも足りぬとばかりに、ウサギは死骸に油をかけ、火を付けようとしていた。慣れた手つきでマッチを擦っているウサギこそが、ラス子たちの探している()()()その兎《ひと》だったのだ。

 

「おや、何者かと思ったら地球上の獣たちではないか。我ら玉兎と忌まわしき土星猫との闘いに姿を現したようだが……ふむ、敵意は無さそうだな」

「あの訳の分からんやつは土星猫って言うのか。それはさておき、この中にきなこって呼ばれているウサギはいないかい? あたしらはね、きなこの飼い主とやらに探して欲しいってお願いされたんだよ。三人とも、きなこの事を必死で探しているからさぁ」

「ぷくく……きなこだなんてけったいな名前だなぁ」

「ふん、そんな事言わなくて良いだろう。あんただって、人間の飼いウサギに扮していた時は、マカロンと呼ばれていたんだからさ」

「あぁ。君らが心配せずとも、私もあの親子の許に戻るつもりだったんだよ」

 

 ラス子たちと玉兎たちの問答の中で、とうとうきなこを発見する事が出来た。彼女は星模様が出ている部分を前足で撫で、それからにぃと笑った。

 

「――何せ、飼いウサギだと思われて人間たちを懐柔している方が、何かと都合が良いものでね。月棲獣や土星猫と闘うにしても、我々がここを新たな棲み処にするとしても」

 

 何故メメトが玉兎を警戒したのか。ラス子はその理由を、骨の髄まで思い知ったような気がした。しかし彼女には、しなければならない事がある。きなこを、場合によっては土星猫とかいう異形よりも恐ろしい存在をその腕に抱え、逃げていたのを捕まえたという体でもって、あの親子の許に舞い戻らなければならないのだ。

 

 だが結局、ラス子たちは成し遂げた。親子には、ウサギのきなこが外の世界に興味を持って、それで飼い主たちの許から離れてしまったのだと、空々しい説明をしておいた。大根役者のごとき物言いだったが、親子はラス子の言葉を信じて疑わなかった。メメトの術によるものではない。彼らは単純で、尚且つ異形の存在を知らないだけなのだ。

 アタシの知らない所で、またきな臭い連中がきな臭い事をやっているんだ。大人しくキャリーケースの中に納まる玉兎を眺めながら、ラス子はため息をついてしまった。純粋で善良なウサギの飼い主は、ウサギ探しにラス子が疲れたためだと思い込み、特に注意を払わなかったけれど。

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