九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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小鳥と散歩とベンチのウサギ

 午前十時二十分ごろ。今日は雨が降っていないから良かった。そんな事を思いながら、源吾郎は公園のベンチに腰を下ろした。誰もいない事を確認し、今まで片手に提げていた手荷物を傍らに置く。

 手荷物というのは、小鳥用のキャリーケースだ。小学生が持ち運ぶ虫かごほどの大きさしかないが、きちんと役立つ代物だ。何せケースに収める対象は、雀よりも小さな十姉妹なのだから。

 右手でケースの入り口を開き、左手の指をちらつかせる。ケースの中に入っていたホップが、たちまちにして姿を現した。小首を傾げて一、二度啼くと、ホップはそのまま源吾郎の指に飛び乗った。

 

「プ、ププ……ごめんね、島崎のお兄さん」

 

 小鳥の姿のままながらも、ホップの口からは人語が出てきた。

 小鳥の姿のままで、ホップは謝罪の言葉を口にしたのだ。

 

「良いんだ。良いんだよホップ」

 

 ぐっと胸が詰まるのを感じながら、源吾郎は告げた。

 指の上で、ホップの身体が一層重たくなったような感覚を抱く。源吾郎の指を掴んで踏ん張り、左右の翼を伸ばしたからなのかもしれない。ゆっくりと、しかし羽ばたく素振りを見せずに翼を伸ばしている。

 ホップの姿を見ながら、源吾郎は決然とした口調で告げる。

 

「大丈夫だよ。変化しなくて良いから」

「いいの?」

「無理してまで、変化しなくて良いんだよ」

 

 そこまで言うと、伸びあがっていたホップも翼を畳んだ。羽毛の並びが気になるのが、しきりに羽繕いを繰り返している。しかし、先程よりも落ち着いてリラックスしている事は、源吾郎には伝わっていた。

 

 ホップと共に外出し、あまつさえ本屋などで買い物をする。

 言葉にすれば簡単な事に見えるかもしれないが、実際には簡単に行く代物ではない。普通の、人間向けに作られた店にホップと共に入るには、彼がずっと人型を維持し続けなければならないからだ。

 ホップは確かに変化術を会得し、人型に変化した状態を二時間ほど維持する事も出来るには出来る。だがそれは、体調が万全で尚且つ落ち着いている時という好条件下での話に過ぎない。変化術は妖力を消耗するので、ホップも元気な時しか人型を取る事は無い。

 しかも、折角人型に変化したとしても、驚いたり恐怖心を抱いたりするような出来事に直面すると、変化術が解けて小鳥の姿に戻ってしまう。

 今日もホップと共に、本屋に徒歩で向かう予定だった。ホップも人型の変化を維持したまま、意気揚々と源吾郎の隣を歩いていたのだ――悠々と空を舞う猛禽の姿を見つけ出すまでは。

 猛禽を発見してしまったホップは、たちどころに本来の姿に戻ってしまった。源吾郎はホップをなだめ、用意していたキャリーケースに彼を収めた。ホップの変化が解けたのが、店の中でなくて良かったと思いながら。

 猛禽に恐れをなし、それ故に変化を解いたという事は、ホップ自身の証言で知る事となった。猛禽への恐怖心がきっかけで変化を解いたのは、致し方ない事だ。小鳥が猛禽を恐れるのは本能レベルの話なのだから。ましてや、ホップは十姉妹――小鳥の中でも特に臆病とされている種だ――の妖怪なのだから尚更だ。

 源吾郎はだから、予定を変更して公園に立ち寄る事にした。一部の例外を除き、動物を連れたまま店に入る事は禁じられている。

 妖怪たちは涼しい顔で人間向けの店に入って買い物をする事がままあるが、それはきちんと人型に変化した上での事だ。人型に変化し、人間と同じように振舞うのであれば、種族が何であれお目こぼしされるというのも、源吾郎は鳥園寺さんたちに確認済みである。裏を返せば、店内で変化を解いて鳥獣の姿を晒すのはご法度であると、源吾郎は解釈していた。

 そう言う事であるから、ホップと共に出かけるときは、彼の変化が途中で解けてしまうであろう事も見越して動いていた。源吾郎がキャリーケースを持ち歩いていたのもそのためだ。変化が解けてしまえば店まで行く事を断念する。その後はそのまま引き返して家に戻るか、公園など動物がいても問題ない場所に立ち寄るかのどちらかである。

 今回は公園の近くまで歩いていたので、一旦公園に立ち寄った次第だ。

 

「ホップ。今日は一旦家に帰って、それで本屋さんはまた後で行くかい」

「……明日で良いかな」

 

 ホップが完全に落ち着いたのを見計らい、源吾郎は声を掛ける。上空とはいえ猛禽を目撃したショックが大きいのか、ホップの声はいつもよりも暗い。ふいにホップが飛び立ち、源吾郎の指から離れた。思わず右手を伸ばす。ホップはちらと横目でこちらを窺いながら、ベンチの縁に着陸する。踏ん張る素振りを見せたのちに、再び源吾郎の許に舞い戻って来た。指の上ではなく、太腿の上だったが。

 

「鷹かハヤブサか解らないけれど、そんなのがいたから怖かったんだよね。それは――」

「べつに怖くないもん」

 

 しょうがないよ。言おうとした源吾郎の言葉を遮り、ホップは告げる。首を伸ばし胸を張り、さえずる時のようなポーズでもって源吾郎を見上げている。

 

「島崎のお兄さんって、ぼくを怖がりだって思ってるでしょ。ちがうもん。怖がりじゃあないもん」

 

 拗ねたようにホップは告げる。いつの間にかホップの口から出てくるのは「プップップッ」などと言った十姉妹らしい啼き声に変化していた。それでも彼の興奮は醒めないらしい。飛び上がる訳でも無いのに翼を羽ばたかせ、十姉妹の啼き声で源吾郎に何かを必死に伝えている。

 そうだな。ホップの姿を見つめながら、源吾郎は頷いた。

 

「ホップは怖がりさんじゃあないよな。勇敢で、大胆な所もあるって言うのは、兄ちゃんも知ってるよ」

 

 ホップは怖がりじゃない。この言葉は、何もホップをなだめて機嫌を取るために放たれたものではない。実際に、そう思う部分があるからこその言葉だった。

 ホップは初めから源吾郎の飼い鳥ではない。源吾郎の部活仲間である廣川千絵の飼い鳥の一羽だった。しかしホップは源吾郎の許にいる事を望み、元の飼い主の部屋から脱出し源吾郎の許に辿り着いたのだ。千絵が暮らしている町から源吾郎の勤務する研究センターまでの距離は、優に三十キロを超える。

 雀よりも小さい、それも渡り鳥でもない飼い鳥が三十キロもの距離を移動するなどと言う事は、尋常ではない話だ。しかもホップは、源吾郎が見つけた時には蜥蜴を襲い、喰い殺していたのだから。その時の事を思うと、ホップは臆病なだけの小鳥であるとは到底思えない。

 もっとも、最近はかつての大胆さを見せる事は殆ど無い。それはそれで良い事なのかもしれないけれど。

 そんな事を思っていると、源吾郎の腿の上に止まっていたホップが跳ねながら進んでいく。キャリーケースの前で止まると、嘴で入り口を突いた。

 

「ホップ、家に帰るかい?」

「ププッ」

 

 ケースの入り口を開きつつ問いかけると、ホップは喉を膨らませて啼いた。そしてそのまま勢い良く、未練など無い様子でケースの中へと飛び込んだのだ。

 一部始終を見届けてから、ケースの留め具をはめる。ホップは既に止まり木の上に止まっており、誇らしげな様子を見せていた。何だかんだ言っても、ケースの中だと安心し、のみならず気が大きくなるらしい。その点も含めて愛らしかった。

 ホップが買いたいと言っていた漫画については、また後でホップに詳しい内容を聞けばいいだろう。場合によっては、源吾郎が一人で買いに行っても良いかもしれない。外出、特に妖怪向けではなく人間向けの施設に出向くのは、ホップも慣れていないようだし。

 そんな事を思いながら、源吾郎は公園を出ようとした。キャリーケースが揺れないように、用心深くゆっくりと歩みを進める。

 その源吾郎の歩みは、僅か五、六歩進んだ所ではたと止まった。奥の方で、悲鳴とも歓声ともつかぬ声を聞き取ったからだ。四月のぬるい風を嗅ぎ取ってみると、若い男女と獣の匂いが微かに漂っている。

 踵を返し、それとなく声が聞こえてきた方に向かってみた。声と若い男女の匂いを辿って進んだ彼は、公園のやや奥まった所へと進む事となった。

 

「ウサちゃん、お腹空いているんでしょ? それっ」

「あ、食べた食べた」

「にしても美味しそうに食べるなぁ。ウサギって野菜以外も食べるんだな」

 

 眼前で広がる光景を目の当たりにした源吾郎は、思わず脱力しそうになった。何かあるのかと思って見てみれば、高校生ほどの少年少女が足許にすり寄るウサギに餌を与えてはしゃいでいるだけだったのだ。しかも与えているのは菓子パンの類だ。

 何故そんなものをやっているのか、そもそも何故ウサギがいるのか。源吾郎には全く解らない。源吾郎はしかし、何も言わず散歩しているという体で通り過ぎた。

 年長者として、ウサギに菓子パンなどを与えてはいけないと言った方が良いのは解っている。しかし今のご時世を鑑みると、見知らぬ子供――件のカップルは子供というにはやや大きいが――に声を掛けただけで、不審者扱いされる事もあるという。

 ましてや源吾郎の見目は、残念ながらよろしくない。特に女の子などからすれば、むっつりとしたオッサンに声を掛けられたと怖がる可能性とてあった。

 だからこそ、彼は何も言わず退散するしかなかったのだ。最近野良ウサギが増えているのだろうか、などと思いながら。

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