九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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研修に来るはウサギの女怪

 四月後半の月曜日。普段より少し早い時間に出社した源吾郎は、手早く朝の掃除を終わらせた。そして筆記具やノートなどを携え、雪羽と共に会議室に向かったのだ。

 

「島崎先輩ってば、何か浮足立ってません?」

 

 隣を歩く雪羽が、源吾郎の顔を見つめながら問いかけた。その顔に悪戯っぽいニヤニヤ笑いを浮かべながら。

 

「浮足立っているというか、やっぱり研究センターに戻って来たんやなって思ってる所だよ。潜入捜査があって、ここ最近こっちでは殆ど仕事もやってなかったからさ。月曜日のミーティングも二週間ぶりじゃあないかな」

「それで島崎先輩はそわそわしてたんですね」

 

 納得したように雪羽は頷いている。驚きの念と、少し拍子抜けしたと言わんばかりの態度も見え隠れしていたが。

 

「島崎先輩も、萩尾丸さんに言われて潜入捜査とかこなしているから、そう言うのにも慣れたのかなって思ったんすけど」

「潜入捜査なら、確かに何回もやってるよ。だけどこの間みたいに、何日も泊りがけでやるのは少ないから……

 雷園寺君は俺よりも内勤が多いから、あんまりピンと来ないかもしれないけどさ」

「そこまで言わなくても良いだろう」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽は気まずそうな表情を浮かべた。

 雪羽と源吾郎は研究センターの研究員であるが、今では業務内容も微妙に異なって来ている。源吾郎の方が、修行と称して外部エージェントとして働く頻度が増えてきたのだ。社会妖《しゃかいじん》として仕事をこなす事に慣れてきたようだと当局も判断したためであろう。

 一方の雪羽は、研究センター内で働く方が多い。彼も彼で社会妖として真面目に業務に取り組んでいるのだが、過去の不祥事やおイタが今も尾を引いているのかもしれない。

 もっとも、エージェントとして情報収集の任務を請け負うと言えども、源吾郎のメイン業務は研究センター内での事には変わりないのだが。

 気まずさを感じたのだろうか、雪羽が高い声を上げて言い放った。

 

「まぁだけど先輩。浮足立ってるのは先輩だけじゃあないと思うぜ。萩尾丸さんや紅藤様たちだって、ここ最近はちょっと浮足立ってるんだよ。何せ西王母様の遣いが、今日から研修生としてやって来るんだからさ」

「そりゃあ浮足立つのもやむを得ないぜ」

 

 源吾郎は、雪羽の言葉に頷いた。紅藤は妖怪仙人として仙道を学び、研究している身分である。女仙人の親玉である西王母とは、数年前から書簡のやり取りも行っていた。ビッグネームと書簡のやり取りを行うのも凄い事であるが、そこで配下を融通してくれるというのも冷静に考えればとんでもない事である。

 何か裏があるのではないか。と思わなくもない。しかし考えてみれば、雉鶏精一派の初代頭目も、各方面で名の通った存在である。真面目に(?)活動しているのを見れば、西王母であれ牛魔王であれ配下なり眷属なりを派遣する事も考えるだろう。

 雪羽とそんな事を話し合っているうちに、二人は会議室に到着したのだった。

 

 今日から研修センターで働くという研修生は、紅藤に連れられて会議室に入って来た。会議の折、普段ならば早めに会場に入っている紅藤と萩尾丸が遅れて入ってきたのは、彼女と前もって打ち合わせや説明を行っていたからなのかもしれない。

 いずれにせよ、源吾郎たちの視線は彼女に向けられていた。

 そう。新たな研修生は女妖怪だったのだ。すらりと背が高く、しなやかな身体つきが特徴的だ。小柄な紅藤が隣にいるために、それが一層際立っている。下手を打てば、身長一六五センチの源吾郎よりも背が高いかもしれない。

 少し伸びた黒髪を後ろにまとめ、白いブラウスに黒のタイトスカートと、全体的にモノトーンの出で立ちである。そのせいか、両目が紫がかった紅色であるのがよく目立つ。

 そして奇妙な事に、妖怪でありつつも何の妖怪であるのか、源吾郎には見当がつかなかった。人型に変化しきっているからではない。変化していても隠し切れぬ異形の気配というものが、彼女からは漂っていないのだ。

 

「それじゃあ望さん。自己紹介をなさって」

 

 優しく柔らかな声音で紅藤が促す。上機嫌である事は源吾郎たちには明らかだった。望さんと呼ばれた女妖怪は、一度頭を下げると口を開いた。

 

「皆さま初めまして。私は望玉蘭《ぼう・ぎょくらん》と申します。今回は縁あって雉鶏精一派の研究センターで研修する事となりました。未熟者ではありますが……ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

 

 望玉蘭はそう言うと、ぺこりと頭を下げた。控えめな拍手が、会議室の中に響く。西王母様の眷属であると聞いていたが、話す日本語は流暢だ。敢えて中国語や英語などで対応しなくても大丈夫かもしれないと、源吾郎は密かに思った。

 その後は逆に玉蘭に対して萩尾丸たちの事を紹介していった。意外にも、玉蘭は雷獣である雪羽や九尾の末裔である源吾郎の紹介に興味を示したようだった。会議室には大天狗や鋭角の猟犬の眷属と言った、大妖怪や一筋縄ではいかぬ異形が同席しているにも拘らず、だ。

 そしてお待ちかねの質問タイムと相成った。真っ先に質問を投げかけたのは雪羽である。

 

「望さん。そう言えばあなたの種族って何でしたっけ。西王母様にお仕えしているという事なので、高貴な血筋であるとは思うのですが……」

 

 高貴な血筋。敢えてその事を口にするのが、いかにも雪羽らしい。そんな事を思いつつも、玉蘭の言動を注視していた。

 彼女もまた、雪羽の言葉に驚いたらしい。僅かに顔を赤らめ、首を振りつつ口を開いた。人型を保った彼女の頭部で、長い耳のような物が見えたのは気のせいだろう。

 

「哪里、哪里《いえ、いえ》! 高貴な血筋だなんてとんでもありません。私はただの玉兎に過ぎないんですから……」

「玉兎だって!」

 

 玉蘭は謙遜したつもりだったのだろう。しかし種族を聞いた雪羽は、より一層驚いた様子を見せていた。

 

「玉兎って、あの、月に住むウサギじゃあありませんでしたっけ。え、それじゃあ、望さんは月から来たんですか?」

「雷園寺君。そんなに矢継ぎ早にまくしたててはいけないよ。望さんだって戸惑っているじゃあないか」

 

 雪羽のマシンガントークを見かねたのか、萩尾丸が横槍を入れた。流石の雪羽も、ばつの悪そうな表情で口を噤む。満足げな笑みを浮かべて、萩尾丸は言葉を続けた。

 

「それにね雷園寺君。玉兎は確かに月にいるというのが有名だけど、西王母様の許にも眷属として大勢いらっしゃるんだ。そうですよね、望さん」

「ええ、その通りです」

 

 急に話を振られたものの、玉蘭は戸惑う事無く頷いた。

 

「もっとも、西王母様の許にいる玉兎と、嫦娥様と共に月世界にいる玉兎では、気質や性質は違うんですけどね」

 

 それは興味深い話だな、と萩尾丸は微笑む。

 

「ちなみに望さんは、どちらの玉兎に当たるんですか」

「私はもちろん、西王母様の許にいる玉兎ですよ。月世界の玉兎は嫦娥様にお仕えしているので、西王母様との接触は少ないですからね。

 あと皆さん、私の事は望小姐とか玉蘭と呼んでいただいて大丈夫ですよ」

 

 先程までの落ち着いた口調とは異なり、何処か口早に玉蘭は告げた。

 月世界出身か西王母の許にいる玉兎なのか。萩尾丸がそう尋ねた時、彼女は一瞬ぎょっとした表情を見せていた気がする。

 その事が、源吾郎は少しだけ気になってしまった。もしかしたら、相手が玉兎――ようはウサギの妖怪だ――だから、気になってしまったのかもしれないが。

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